6.反省と訓練
入学式のその夜。風呂上り後のまったりとした時間をアメリアと過ごし、お休みを言って部屋に戻った。
ベッドに倒れ込んで枕に顔を埋めると長い白金の髪が寝具に広がる。
目をつむって暫く全身を脱力していると今日の模擬戦のことが浮かんでくる。
なんか恥ずかしいかも。いやすごく恥ずかしい。
一年ぶりの模擬戦にとびきりはしゃいでしまった。
顔から火が出る。足をばたばたして熱を逃がそうとする。
あの戦闘は一年ぶりのデモンストレーションというか……生存確認?
レオンも笑ってて楽しそうだったし……まあ、良かったと思おう。
魔物を倒すときには一々あんな派手なことはしない。
非常に地味に淡々と。弱点属性でいかに最小魔力で静かに倒せるか、というちまちました作業の繰り返し。
作業楽しい。作業最高。レベル上がると嬉しい。そう思えるのはやっぱりスキルのお陰かな。
普通の人は自分の修行の成果を自分で確認できないから。鑑定で知った最高位の魔法を一生をかけて育成していく。
ランクアップという中間地点も最終ランクという行き止まりがどこにあるのかも知らずに。
有名な世の中の説があります。演奏者が一日練習をしないと腕がなまると。
この世界の仕組み。経験値は減少する。
魔法・武器・技能スキルは放置して怠けているといずれランクアップ上昇直後の経験値0にまで戻ってしまう。
特に魔法や武器スキルは必要経験値が多くて育成に根気が必要。
効率良く育てるなら一点集中が一番!一時中断なんて出来ないんです。
10歳からの魔法のレベル上げが難航した理由はここにある。
魔力総量は少ないのに必要経験値は多く、経験値は容赦なく減少する。
一気にランクアップするまで精神的休息は得られない。
不調の時は入手経験値は少なく大きく減少し、とびきりあわてた。
逆に気分がノっていると伸びが良くておそらく二、三日放っておいても減退しないのではないかと思う。
つまるところ、スキルランクアップとは必要経験値・飽き・疲労・三大欲求・不調に打ち勝ちなければ到達できない高みなんだろう。高ランクになって行くほど顕著に。
私のランクの認識は
S世界的に有名人
A一流・国内では有名人
B本職としてはまあまあ、界隈で知られる人
C才能ある人
D普通の人、冒険者としてしてならば最下層
E才能なし
F希望なし
スキルは初期がE。F以下は取得すらできないということ。
自分の育成方針としては出来れば早熟型を早めに上げてしまいたい。
幸いにも私は世界一無駄なくランクアップが可能な人間なのだから。
さて、人々は如何にして魔力総量を知るのだろうか。
魔力切れ寸前になると吐き気・眩暈・頭痛等々の状態異常が起こるのは万人共通である。
綿密な魔術師は万全の状態から具合が悪くなるまで様々な魔法の行使パターンを覚える。
魔力を使い切ると総量が増えるという一説も存在する。信じている人にお祈り申し上げる。
魔力が0になると?気絶するだけだよ。素直に苦行だと言えよう。
苦行だと分かっていてもやらねばならない事もある。
窓からありったけの水を放出しながら考える。
属性魔法の行使によって属性の経験値は増えるからだ。
安全が確保されている寝床で魔力を使い切ってしまわなければ勿体ない。
意識がフラフラしてきた。ベッドまでたどりつけるだろうか。
翌日。
朝、アメリアが髪を綺麗に二つ結びにしてくれた。うなじの辺りで結んでいて髪は後ろに流している。
担任は初回の授業で今後の授業の参加不参加は自由だと宣言した。生存確認はとるが欠席の追及はせず本人任せだそうだ。
座学は楽しかった。必要なのは教科書に書いてある一般常識と冒険の経験談。冗長な話はそっちのけで別冊子で配られた町一帯の魔物出現パターンを読み込む。
初日の魔法戦闘授業。予定表には”球体を生み出して遠くの的にまっすぐ当てよう”と書いてあり、アメリアは元気に参加していった。
セルジオも授業には出ないようで運動場の少し離れた所で一緒に訓練をする。
火魔法 最終E 普通
水魔法 最終A 早熟
風魔法 最終D 早熟
土魔法 最終D+ 早熟
光魔法 最終E 晩熟
闇魔法 最終A+ 晩熟
癒魔法 最終E 普通
無魔法 最終C 普通
セルジオの魔法の才はこんな感じで闇魔法と水の魔法の資質が素晴らしい。
闇魔法は状態異常を引き起こす魔法が豊富。
大きく手を振って笑顔で要求する。
「セルジオ、撃ち込んでくれる?わたし防御張るから」
「授業と余り変わりない気がしますね」
「こういうのが結局役に立つんだから!」
「脳筋……」
七歩の距離に立つ。
「闇よ」
闇属性の小さい球が右腕にポーンと飛んでくる。
「は~い」
右の手の平に水属性の防御壁を出してバシンと受ける。これを延々繰り返します。
属性は光と闇はお互いに弱点と強みになり、四大属性は火<水<土<風<火となる力関係にある。
今は水魔法育成期間なのでとにかく水魔法を使う。相殺しきれないダメージは都度回復魔法で癒す。
「今日、皆で夕食取りませんか?校舎に調理室があって、申請すれば使えると生活規則の冊子に書いてありました」
「うん?寮にも調理場あったよ?」
「寮は異性入室禁止です」
「そうだっけ~わたしの料理の腕に期待しないでね」
「僕も同じようなものですから。でも、シエナ。一時期は一生懸命料理してたじゃないですか。飽きたんですか?」
「料理はもういいの」
最終ランクまで上がり切ってしまったからね。
「そうでしょうね。貴女は飽きっぽいですからね。魔法も料理も男も」
正面から魔法が二連続で飛んでくる。
「誤解を生む言い方やめて!飽きっぽいなんて言いがかりだよ。きっとアメリアが上手いことやってくれるから、期待しよ?」
額と、左足に部分的な防御魔法を発動して防ぐ。
「献立は簡単なもので構成しましょう。昔悪夢のように食べさせられたアレを久々に食べたいです。お願いしますね」
「わたしの最高の得意料理馬鹿にしないでよお」
「男子寮の食堂でレオンに言われたんです。”寮の食事は飽きた。シエナに目玉焼き焼かせよう。”って」
「レオンにも作らせよう。一人一品作る約束にしよ」
「伝えておきます」
突然セルジオの右後方、死角から二つ火魔法が飛んでくる。
咄嗟に水球をそちらに放ち一つを相殺させる。
セルジオが水球を目線で追い振り返り、自らも盾を張る。二つの魔法は衝突し消滅。
男が三人揃ってだらだらと歩いてくる。見覚えがある。
入学式前の教室で目立っていた騒がしい同級生たち。
「あれ?手がすべっちゃったー!わりーわりー」
典型的にワルぶっている。イタい感じが百点満点。
三人が私を囲いこむように近寄って来るのでセルジオの隣に逃げる。
「男いらねーから消えていいよ、可愛い女の子独り占めすんなボケ」
一番背の高い男が眉間にしわを寄せて毒づく。
「え?風変わりですねハハハ。宜しいですよ。是非相手してあげてください」
この返答の軽いこと。意外だったのか、一瞬の空白のち、どっと笑いが巻き起こる。
「情けねー奴だなハハハハ!!彼氏がそう言ってるから俺たちと一緒に行こうぜ」
あ、なあんだ。にこにこ。嬉しくて笑顔がこぼれちゃう。
「相手してくれるの?有難う」
「行こうぜ」
「どこに行くの?ここでいいよ」
三人組の一番後ろに立っていた男、二度火球を投げてきた男が突如崩れ落ちる。
状態異常:睡眠(残り298秒)うん?
横目でセルジオを見上げれば同級生たちを高慢に見下ろしている。ちょっと。
私の”経験値”とっちゃダメ。
二人の男が振り向いて声を上げる。よそ見をしていて良いの?
小さい水球を作り出して左の男の胴体に不意打ちの攻撃を当てる。
「ぐうっ」っと男はうめき声を吐きながら一歩分飛んでゴロゴロと転がって停止。
残った男と向き合う。ポケットから一口分の魔力回復薬を取り出し、飲み干す。
唇の表面に残った雫を舐めとり、精一杯の親愛を込めて話しかける。
「戦闘訓練、頑張ろうね♡」
その後は時間一杯、男達を追いかけ、回復してあげては追いかけ回した。
魔物は消滅させないと経験値が入らないが、人間相手では敵対相手が死亡のほか、体力10%以下の戦闘不能・戦意喪失になると経験値が入る。
同意のない相手を襲っては犯罪だし恨みを買うが同意があれば話が別。彼らは一緒に訓練しに行こうと言った。確かに言った。
せっかくの機会だ、喜んで戦わせていただく。但しこのやり方をすると相手と疎遠になるので親しくなくても構わない人間相手にしかできないのだ。
「ふぅ」魔力回復薬を二本開けたところで授業終了の鐘がなった。
攻撃の手をやめたところで相手も正気に戻ったのか、震えて泣き出しながら今日の授業担当のオードリー先生のもとへ駆け込んで行った。
セルジオの姿を探せばちゃっかり授業に参加している集団の中に黒髪が見える。
オードリー先生が手招きしているので近寄る。
泣いている男子を中心にクラスメイト達が慰めながら団子状になって校舎へ帰っていく。セルジオも白けた表情で心にもない言葉をかけて慰める会に参加している。
というか酷くない?先に絡まれたのはこちらなのに。先生の前で直立して沙汰を待つ。
白の優雅な外套をまとい、優しい黄色の魔石の杖を左手に持つ立ち姿は貫禄を感じさせる。
見た目は50歳前後だが魔力が高いほど肉体の老化は遅くなる。実は御年64歳。上品なグレイヘアが美しい。
ため息をひとつ。
「シエナ・ロス、元気なのはよろしいですがあまり男の子を苛めてはいけませんよ」
「はい、先生。ごめんなさい」
鷹揚に頷く。
「ええ、先に無礼を働いたのはどちらかは知っておりますので此度は不問にします」
「ありがとうございます」
助かった。
しかし、今の環境は安全でスキルを伸ばすのにはよいかもしれないけれど、総合経験値効率は悪いな。
正直、彼らを追い回しても美味しくなかった。レベル差があると入手経験値はどんどん減っていく。
魔物と違ってドロップ品はでないし。流石に同級生の所持金を奪ったら大問題になるだろうし。
同じ故郷の四人でとった夕食はとても楽しかった。
主食は寮のパンを頂戴して、私は目玉焼きをたくさん、アリシアは野菜汁を、セルジオは食後の菓子を持ってきた。
レオンはギョウという魔物のちょっとお高い肉をしれっと用意した。肉は機嫌よくアシリアが焼いた。
最高でした。いつもありがとうアリシアだいすき。