4.試合
入学式は問題なく終了。
担任からして希少価値が高い鑑定持ちならば、と新入学生百名ほどと他の教師を「見た」けれど、他に鑑定持ちは一人もいなかったしランクSスキル持ちもいない。A持ちは何人かいたけれど。
何も無かったといっていい。
キョロキョロするんじゃない!と後ろからアメリアにどつかれたくらい。
教室に戻った後はわいわいと冊子や教科書を眺めながら生活の基本ルールや授業日程の確認。
「じゃあ、次な。誰もが知ってるこの世の中の一般常識。成人の18歳までにレベル15まで上げられなければ男女等しく恥をかく。勿論知ってるよな」
先ほどまでの雰囲気を一掃する担任に緊張が走る。
「これは、たったの六年しかセンセーやってない俺の一意見だが、お前らこっちの道を選んだからには最低一年でレベル15まで上げる努力をしろ。出来ねえ奴はマジで才能がねえ、他の道探せ。食い物にされたくなけりゃな」
すっかり静かになってしまった教室に委縮する生徒たち。
「この学校じゃ進級に必要なのは年に二回の簡易レベル調査の魔法具によるレベル提示と筆記試験。さぼりは半年経つ前に面談するし、進級が危なそうな者は強制的にレベリングやるぞ。退学もあり得るからな~頭悪いだけの奴はなんとか進級させてやるけどな~頼むぞ~」
担任がゆるっとした話し方に戻すと同級生の皆さんは元気が出て来た様です。やり方が上手い。
先生の話をよそに櫛を取り出しごそごそとする右のアリシア。
髪がくいくい引っ張られ、左のセルジオが制服のポケットから髪留めを複数個取りだして私の背中越しにアリシアとあれやこれやと密談する。
レベリングとは低レベル者を高レベル帯に連れていって攻撃に参加させ、とどめは高レベル者に任せるといったお手軽方法だが、レベルだけ上がっても、自分で鍛えた者より確実に弱くなるという説がある。
それだとスキルにほぼ経験値が入らないからね。
レベリングはお金をいくら積もうと決して信用する者以外とはしてはならない。定番の犯罪の一つ。
手を後ろにやって後ろ髪を手前に持って来てみれば緩めの三つ編みを作られていた。
髪留めがかわいい。つるつるした生地の二重になってる赤いリボンが装着されている。
セルジオが手のひらを上に向けて何かを催促してくるので新品のヘアピンを乗せてあげる。
「じゃ、帰っていいぞ~今日は解散」
担任が居なくなってどっと周囲が騒がしくなった。
「ヘアピンじゃ割に合わないですよ」
「技術料も頂戴ね」
「押し売りはよくないと思う」
同郷出身の気兼ねのないやり取りをしていたら、教室に堂々と身なりに隙のない灰色の制服の淡い茶髪の男が入ってくる。二年生だ。
「シエナという子はいるか?」
メッセンジャーが来た。
「ついて来てくれ」
不満そうな表情を隠しきれずに早足で先を案内するのは先輩。会話はさっきの一言だけだが、時折ちらちらと顔を確認される。後ろにはアメリアとセルジオがついてきた。
しばらく歩けば屋外の開けた円形の施設に到着。
ここの周囲も桃色の花の木が豊富にあって、風が吹くたび花びらが入り込んでくる。
外周には観戦用椅子がついていて到着後二人は訳知り顔で素早く階段を上がって行った。
中央に視線をやると地面には授業などで使うであろう線が多数引かれていて、その上に朝再会した幼馴染が静かに待っている。今日の得物は木製の剣か。
メッセンジャーの男が私を置いて中央に駆け寄った。
「やはり待て!ここへ連れた来たのは一年とやるためなのか!?」
先ほど知り合ったばかりだが、彼はまるで大好きな飼い主に構って欲しい犬の様に見える。おっと失礼。
レオンは男の存在を無視し、私をそっと喜色を浮かべて迎える。
やろうか。
彼から六歩の距離まで近づく。
形の良い唇が言葉を紡ぐ。
「アイテムはなし、行動不能又は降参で終了」
「いいよ」
「聞け!」
「一応、俺が負けた時のために。彼、回復魔法使えるから」
「うん」
「抜いていいぞ」
レオンは右手に持った木の剣を二度上下に振る。
右手の指先でつつつと短剣を確認。右の太ももに帯で括りつけてある。
じゃあ、遠慮なく。
二度後ろに飛び、魔力の網を広げ風の流れに干渉して支配する。プリーツがはためき三つ編みが跳ねる。
「風よ!」
花びらを大きく巻き込み顔を狙う。
相手が半歩下がり左腕で顔をガードした隙に、攻撃魔法を連続で作り放つ。
一つは避けられ
一つは打ち消し
一つは方向を曲げられてメッセンジャーの男の足元に命中し、慌てて逃げだす。
男の口元が魔法を紡ぎだす。火の気配がする。
花びらが燃えていく。
数秒後に一帯が火の嵐に巻かれる予兆を感じる。
風の支配を取りに来る。熱い。ほら来た。
体が、燃やされるようだ。上塗りされる。侵される。
この男と綱引きしたって勝てないことは分かっている。魔力を断って主導権を渡す。
炎嵐を巻き起こし、瞬時に螺旋状に変形した炎嵐が飛んでくる。
嵐が直進してぶつかる直前に水をまとわせて上昇。新たに風を生み出し一時滞空する。
「槍へ」上から細い水の槍を降らすも土属性を付与した木の剣のみで振り払われる。
武具は属性付与すると青錆色に光るが属性は分からない。常人は発動した瞬間の相手の口元や呪文で判断が必要。
もしくは一撃食らってみれば良い。私の目なら一瞬で看過。
男の剣の一振りに乗せた衝撃波が風を乱し地上に降とされる。
踏み込む足元をみた。避けられない。
魔力減少確認。スキルの一撃が来る!
「盾を」
剣が土属性なら風属性で厚めの防御を。これなら受けてもほぼダメージは通らない。
その後の追撃の方に注意を巡らせ、短剣を抜き放ち着地。
目の前で振り抜かれる直前、
「燃えろ」
突然火属性に変更された。
ずっっる。発音した瞬間に塗り替わった。
「たて」
咄嗟に水防御を重ね、て、衝撃。
「うっ!」
ふっ飛ばされた。痛い?間に合った大丈夫ちょっとダメージは負ったけど。
風で体制を整え、猫の様に柔らかく地面へ着地する。短剣は離してない。距離は八歩。
「強化」
光魔法で身体強化を掛け次に備える。
次々に剣が飛んでくる。壁際に追いつめられ、逃げられず三度打ち払う。
「ふっ!」
上段から打ち込まれた木の剣を短剣で押し返す。
間近で見るアッシュブロンドの合間からちらつく緑色の瞳が愉悦に染まっている。
対抗心が高まる。木の剣ごと断ち切ってやる。
短剣に大量に魔力を流し込み、強打のスキルを発動。
「はあっ!」
「強化」
「ふごっ!!」
レオンが光魔法で強化した瞬間。押し負けた。脳天に木の剣が炸裂。
女子にあるまじき声を出して。意識が霞んでいく……。