三角関係
ヴィヴィアン・シャーロン・メリルは、ニコラスの帰りを待っていた。けれども、彼は「愛人」を連れて帰ってきた。
野暮ったい黒髪。冴えない平らな顔。ヴィヴィアンよりも背の低い子供のような女。蚊の鳴くような声やおどおどとした態度は相手を苛立たせるのに充分であり、ヴィヴィアンもまた、何故彼はこのような女を選んだのだろうかと不満を抱いていた。
否、彼が選んだのではない。あの女がそう仕向けたのだ。そうでなければ、あのあ清く正しい勇敢なハウベル侯爵令息が、あのような中途半端な女を伴侶に選ぶはずがないのである。
そう思ったヴィヴィアンは、彼に目を覚ましてもらうよう、迷わずニコラスの元へと赴いた。そこにはあの女も共におり、彼女は挙動不審に目を泳がせながら顔を上気させていた。
本人と対面して益々未来の侯爵の伴侶として彼女はふさわしくないと感じたヴィヴィアンは、面と向かって彼女に牽制の言葉を嗾けた。すると、彼女は瞳を潤ませ、唇を小刻みに振るわせ始めた。
やはり、彼女の精神は弱いと判断したヴィヴィアンは、更なる言葉を重ねようとする。しかしながら、彼女の次の言葉は、対面している小柄な女性によって遮られることとなった。
「ほ、ほ、本物の悪役令嬢だ!!!」
吹き出すニコラス。そして感極まった様子で虚ろを見詰める彼女。ヴィヴィアンは一瞬で彼女の性格を理解し、次いで、未だに肩を震わせ続けるニコラスを見遣った。
やおら、柘榴のような麗しい紅の瞳と視線がかち合う。
その時、ヴィヴィアンは悟った。彼は、珍しい特徴を持った女性が好みなのだと。
これまで彼の帰りを待ちながら、女性としての能力を磨き上げてきたヴィヴィアン。しかし、彼の心を射止めるために必要だったのは、能力ではなく個性だったのだ。その事実に触れた今、ヴィヴィアンは早急にアタック計画を変更していた。
取り敢えずのところ、まずは彼の視界に入るところからにしなければならない。その為には、自分らしさを主張する事が必要になる。そこに気遣いを兼ね合わせれば良いと考えたヴィヴィアンは、一度出直すことにした。
*
ヴィヴィアンが帰ってからも興奮が落ち着くことのなかった愛未に、ニコラスは声をかける。
「宣戦布告されたが、いいのか?」
「宣戦布告って……。あぁ、でも、そういうことになるんだよね」
オタクと呼ばれる人種の彼女は、良くも悪くも真っ直ぐに我が道を突き進んでいた。そうした彼女の素直さを好いているニコラスなのだが、彼女のオタク道を全て理解しているわけではない。けれども、彼女の趣味には尊重の念を抱いており、それ故に、暫くは様子見しても良いのではないかと考えていた。
無論、此度のヴィヴィアンの訪問からアルマの示した厄災の意味を理解したわけなのだが、折角愛未が恋焦がれた世界へとやってきたのだ。少々発展している感は否めないが、それでも彼女は『こちら』に来ること、そして『こちら』側で起こることも楽しみにしていたのである。
しばらく考え込んでいた愛未は、次のように答えた。
「自分のことになるとちょっと怖いけど、でも、私がちゃんとニコラスのことを好きだって、ヴィヴィアンさんにも知ってもらいたいし」
だから、真っ当にやり合うよと言い切った彼女は、やはり可愛かった。
どうも、鏡春哉です。
完結後に次話投稿する術が分からなかったため、小説自体を分けておまけパートを投稿することにいたしました。
本作からの方は、前作の『Donuts~君のためなら何度でも~』を先に読んでいただくことを推奨します(*´ω`*)