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オタラを一言で表すならば、軽薄な中年男性騎士である。自慢の髭を毎日手入れしている。癖の強い髪も気に入っていて、横顔が隠れる程度に前髪を伸ばしている。ミステリアスな自分を演出したいらしい。平民の出身で、モテたくて騎士になった。婚約者がいたが、自らの行いで破談になった。経験が長いため、腕前は確かだ。
そんな彼だったが、今、死の危機を感じていた。苛烈になった攻撃を防ぎきれず、傷も増え、疲労も増してきた。にもかかわらず、敵の攻撃は収まる気配がない。援護はまだ来そうにない。だらだらと時間を使わせる予定は崩れてしまった。わざわざ自分の軽口で火に油を注いでしまったのだ。
オタラはいつも自分はそうだと思い返す。肝心なことを言わず、変な勘の鋭さで、余計なことだけはしっかり言ってしまう。そうして歳だけを重ねてきた。皮肉げに口を歪ませると、敵の攻撃が止まった。
ちょうどいいと息をこっそり整えつつ、敵に話しかける。
「どうした?もう終わりか?」
本当に終わりにしてほしいと願いつつも、オタラは馬鹿にしたように話しかけた。
「ああ、そうしよう」
初めて聞いた声は、オタラが想像したように女だった。それに、じっとりと低く、妖しげな美しさを持った声だった。
ぼそぼそと女は何かをつぶやき、次の瞬間、体が溶けるように床へと沈み、姿を消した。水の雫が落ちた音が聞こえたような気がした。
「……闇魔法ッ」
オタラの血の気が引く。魔法は貴族か、裏組織ぐらいしか使うことはない。とにかく覚えるのに金がかかるのだ。確実に後者で、魔法を使うことのできない平民であるオタラには、どうすることもできないことは目に見える。
そもそも闇魔法は貴族に対抗するための魔法であり、殺傷力だけに特化している。暗殺目的の魔法を使ったということは、自分の命を確実に奪うという表明でもあった。
冷や汗が止まらず、動悸も激しくなった。死の予感が体を染めていく。亀のように体を小さくするが、敵の姿はまったくわからない。なにも感じない。遠くから聞こえる誰かの音に救いを求めたくなった。
瞬間、視界は赤く染まった。右だ。衝撃で体が吹き飛ばされそうになるが、咄嗟にそれを掴んだ。手に感じる痛みは、もうわからない。ただ熱さだけが感じられた。
目の前には女が驚いたようにしていた。オタラはしてやったりと嗤う。一矢報いたような気持ちだった。
なにかを強く掴んだまま、空いた左手を振るった。重い鎧をまとった一撃だ。ようやく一撃を与えたが、咄嗟に体を引いたのか、手応えは薄かった。
それでもダメージは与えることができたようで、女が咳き込むのが見える。
立っているのもやっとで、オタラは足に力を込めるが、頭が重く支えることができない。
背後からは鎧の音が聞こえてきた。子守歌のようにそれは響く。
女もそれに気づいて素早く去っていく。頭巾が外れたのか、濡れたような黒い髪が風に流れた。
ほっとして体から力が抜けると、ちょうどだれかに支えられた。
「右手をゆっくりと離せよ、それ以上刺さると命に関わる」
オタラは相変わらずムカつく野郎だと思いつつ、指示に従う。
「オタラッ、無事なのか?」
花の蜜のような匂いを感じた気がして、オタラは微笑む。
「これが、無事に、見えるか」
口を動かせば血があふれて、いよいよこれは不味いと思う。
「頭もおかしくなったのか?喋るな、サナリア、お前もこの馬鹿に余計なことを言わせるな」
オタラはまた余計だったか、と冷たくなった体を感じていた。そこに熱を与えるように、柔らかい手が触れられる。
体を横にされると、鎧が外されていく。まるで棺に入れられるようだとオタラは感じていた。
サナリアの長い金の髪が体に落ちてきて、思わず撫でたくなった。動かない体を不甲斐なく思いながら、目だけを動かす。
彼女はオタラにとってあまりにも美しかった。意志の強い瞳も、唇も、丸みを帯びた鼻さえも、今は素直に愛しく思えた。貴族というのは恐ろしく、美しく、選ばれた者であると思っていた。また距離の遠い、縁のない存在だとも。
それなのに、彼女は騎士団へやってきたのだ。毎日が驚きだらけだった。それに、彼女はあまりにもお転婆が過ぎる。
「これは……、酷いな、よく生きてたものだ」
おいおいとオタラは心の中で毒づきながら、もったいなく思いつつも、意識を手放した。