06話 保健室イベントに保険医が不在な確率って100%?
校舎に入り宮沢ブラザーことブレイヴ先輩に別れを告げた俺は、レズこと宮沢妹と共に急いで下駄箱の上履きに履き替え、1階の踊り場からそそくさと4階に上がった。
わき目も振らずに1年4組の教室へ向かい、目立たないように体を小さくしてさっと入り込む。
だが俺の美少女オーラを感じてしまったのか、教室に足を踏み入れた途端にクラス全員の視線が集中した。“話題の女子なんて見てやるもんか”と頑張るプライド高い男子諸君も、気になるのかチラチラこちらに目を向けてくる。
やめろ……誰も、誰も俺を見るな……
俺の前を歩いていた宮沢妹もこの空気を感じてしまったのか、ビクッと身じろぎした
「うわっ!凄い視線……。姫宮さんいつもこんな景色見てたんだね……」
「……昨日の自己紹介のときからずっとこのような感じで……」
「あー……あれはね……。先生まで見惚れてたから……」
そんな俺たちの話を近くで聞いていた扉近くに座る女子生徒がうんうんと相槌を打つ。
ちなみにこの子は昨日最後に自己紹介をした、矢沢葉月と言う。さっきの相槌を見る限りなんとなくノリが良さそうなので、今度仲良くなるきっかけを探してみたい。
とりあえず席に着くと、時刻はもう7時50分を回っていた。HRの30分前に着く予定がもう15分前だ。清楚な優等生ヒロインとしてはアウトな時間だろう。
明日もこんな感じになるなら朝お筝を練習する時間、減らして早めに出るか?いや昨日は愛莉珠パパンを夜遅くまで待ってたから朝遅めに起きちまっただけだし……
そして離れない周りの視線。
まさか俺が見返して“やめろ”って言う訳にもいかねぇ。
頼りの宮沢妹はどうやら別のグループの女子たちに捕まってしまったらしい。こっちをチラチラ見ながら何か話している。俺は居心地の悪さを感じながらチラッと左斜め前を見るが、その席の主はまだ不在だ。
……隣の黒髪少年は相変わらず俺をガン見してくるけどな。
しばらくすると宮沢妹が先ほどの女子グループを引き連れて俺の席までやってきた。何だカツアゲか?
いや冗談だけど。
「姫宮さん、ちょっといい?」
「え、ええ。あ、皆さん、おはようございます」
後ろの連中に挨拶すると、慌てて全員が返してくれた。その日出会ったらまず挨拶!清楚系ヒロインの常識!
「それで、何か私に御用でしょうか?」
「あ、その、何かさっき3年2年の先輩たちが姫宮さんに会いに来たって、この子たちが言ってるんだけど……姫宮さん誰か心当たりとかある?」
いや俺入学式直前にこっち越して来た設定なんすけど。上級生どころか学年にも知り合いなんてみっちゃんしか居なかったし。
「いえ、先輩でご挨拶したのはまだ宮沢先輩だけですけど……」
「さっきのアニキだけかぁ、うーん……」
何とも歯切れの悪い。
するとグループの中心っぽい女子がヘンに意気込みながら話してきた。
「あ、あの!姫宮さん!」
「は、はい。何でしょう?有馬さん」
「あっ、名前覚えて……!っあ、いえ、えと、さっきの先輩たち、みんな姫宮さんがキレイな人だから見に来たって言ってましたし……その、二回とも……」
するとグループボス、有馬玲子に釣られて他の女子たちも口々にまくし立てる。
「あの!3年の先輩たちはなんかチャラい感じで……」
「そうそう!ちょっと怖い感じだったよね」
「うんうん!2年の人たちは女子グループでただ興味が湧いたって感じだったけど」
おかげで全体像が見えてきた。まあ大方予想通りって感じだな。入学式やらクラス自己紹介やら校内施設案内やらでこの愛莉珠の姿を見られたり、噂が拡散したりして結果行動力のある連中が話のネタ程度に本人を見に来たって感じか。
そして3年の野郎共の方はチャラい系か、ったく盛ってねぇで勉強しろよ。中高一貫でも進学試験とか成績とかあんだろうに……
「でも3年の方はまた来るって──────」
キーン コーン カーン コーン
あ、予鈴のチャイム鳴った。
「あっ、チャイム」
「ひとまず席へ……。皆さん、わざわざ教えてくださってありがとうございます」
「あっ、は、はい!」
「あ、ありがとうございます!」
礼を言うと女子グループが興奮した面持ちで逆に礼を言ってきた。目上の人間に礼を言われると思わず礼で返したくなるよな、わかるわ。
でも俺、同級生なんですけど。
「じゃ、あたしも」
「ええ、宮沢さんもありがとうございます」
「いいっていいって!友達だし!にしし!」
にししって……。何でこんなタチっぽいキャラなんだよ。
本当に大丈夫なんだろうな、俺。
あとやっぱ登校中のアレで友達認定してくれたのか。嬉しいけど、何か恥ずかしい。
女子グループ+宮沢妹が各々席に戻る。まだ予鈴だけど新入生はちゃんと着席するのがマナーってモンよ。俺がアイツらを促したせいか、釣られて他のクラスメイトたちも席についている。
俺、影響力高過ぎぃ!
そして本鈴ギリギリでぜーぜー息を切らしながら飛び込んできた、俺の左斜め前の席の主。
「おっ、おは、ようっ……アリス……ちゃ……」
「ふふっ、おはようございます。ひとまず落ち着いて、ね。みっちゃん」
「う……っく、うん……でんしゃ……わすれ、もの……しちゃっ、て……」
「忘れ物?大変……!駅員さんには連絡した?」
お、おい、みっちゃん?若干涙目になってんぞ!?
ハンカチを貸してあげると、糸目を見開いてぶわっと涙が溢れて来た。
やべぇ、これは重症だ!おまけに俺がやけに目立つせいで、その話し相手のみっちゃんの泣き顔がクラス中の注目の的に!
と、とにかくこのままじゃコイツが色々とまずい……
「みっちゃん、落ち着いて。立って一緒に保健室行きましょう?」
「……っく、で、でもっ、ちこく、しちゃ────」
「みっちゃんの事情の方が先です……!さあ、一緒に……」
「でもっ、アリスちゃ、が────」
「かまいません、貴女の方が心配だわ」
俺は以前、愛莉珠を落とすために身に着けたジェントルマンスキルで優しく、それでいて強引にみっちゃんを保健室までエスコートした。
流石にね?
彼女とか出来るとね?
こういう女子に対する気遣いは普通に出来るようになるしね?
どや?みっちゃん。
俺も高校に上がって進化したろ?ふふん
昨日案内された保健室に、まさか翌日に世話になるとはな。
「ごめんください」
「あらどうしたの?1年生。もうHR始まるわよ?」
ぽっちゃりおばちゃんの保険医が驚きながら迎え入れてくれた。お筝教室の和服お姉さん師範(元)はあと1、2ね────い、いや、5年くらいはお姉さんで許されるけど、この保険医さんを“お姉さん”と呼ぶのは流石にスィーツ(笑)以上にアウトだ。
許せ、保険医さん。
「彼女が通学中にトラブルにあったようで、ご覧の通り……何か目を冷やせる物をお借り出来ますか?」
「あら、泣き腫らしちゃってるわね。ここはこっちでやっとくから、あなたはもう戻りなさい」
「そ、そうだよアリスちゃん!わたしはもう大丈夫だから……」
「でも私、心配です……」
いやそんな情けない顔してるみっちゃんほっぽって帰れねぇし、何より──────
「それに……一人で戻って、またあのクラス中の視線を集めてしまうのが……恥ずかしくて……」
「大丈夫よ、そんなの。よく言うでしょ、人なんてかぼちゃみたいなモノだって」
ぐぬぬ、こういうとき男子は普通に帰るけど女子はもっと距離近いし“仲良くお手々つないで”ってイメージあるしなぁ。
それに……なーんか今のみっちゃんは俺の知るいつものコイツと違う感じがして、ちょっと不安だから側に居て様子を見たいってのもある。
ここは俺の美少女スキルを発動させて再チャレンジだ!
「でも、その……やっぱり、側に居ては……ダ、ダメ、ですか……?」
「~~~~~~ッッッッ!!!」
「───ッくっ!あっ、あなたそれっ、天然でやってるの……っ?」
ちっ、流石におばちゃんレベルの上位種族になると魅了耐性も高いか……。真っ赤になってフリーズしてるみっちゃんと違って、すぐに復活しやがった。
仕方が無い、プランBだ。
「……わかりました…………。みっちゃん、ごめんなさい……。先生には私から貴女の不名誉にならない範囲で事情を説明しておきますね」
「あ、あぅ…………」
「ちゃんと落ち着いてから戻ってきてくださいね……?それでは、先生も、お騒がせいたしました」
「え、ええ。その……アリス、って、あなたが姫宮愛莉珠さん……?」
「は、はい。初めまして、姫宮と申します…………それで、私が何か……?」
何故に保険医が俺の名を知っている?名乗った記憶は無いんすけど……
「ああ、やっぱりね……」
「あの……」
「あ、ああ、大したことじゃないわ。気にしないで」
何だ、一体?
俺別に何もしてないぞ?
気になるが……ひとまずは置いておこう。みっちゃんの手当てが遅れる。
「そうですか……では、みっちゃんお大事に。先生、あとはよろしくお願いします」
「ええ、あなたも急いで戻りなさい」
そう言って俺は保健室から静々と撤退する。そして階段のある踊り場に向かう。
────と、見せかけて保健室近くの女子トイレに隠れた。
そう、プランB。帰ったと見せかけて、実はまだ残っていた。その名も“フェイント作戦”だ!
危うく男子トイレに入るとこだったが寸前のところで気付いてよかったわ。傍から見たら、まさに“フェイント”!
男の子だと思った?残念、愛莉珠ちゃんでしたぁ!
まだたまにこういう男子の頃の常識が抜け切らねぇんだよなぁ。
しかし、こういう保健室の友情・恋愛系イベントで決まって保険医さんが不在なのは、こんな感じにメインキャラとの二人きりの時間の邪魔になるからだよな。
中学時代に部活で擦り傷だらけだったせいでやけに仲良くなったアニメ好きの保険医さんが居たけど、その人も“物語であんな頻度で私たち保険医が保健室に居ないのは、現実だとアウトだから!”って俺のオタク議談にヘンに食いついてきてたっけ。
まあ確かに俺が保健室に飛び込んだときは決まって先生が居てくれたしな。学園ロマンス的にはつまらんのだろうけど、怪我人にとっては何より安心するからやっぱ嬉しいモンだ。
男女でにゃんにゃん互いの傷を舐めあう(物理)のは自宅でやってくれ。
俺と愛莉珠は怪我なんて無くても普通に俺の自宅でにゃんにゃんしてたけどな!
そして相手はもっと色んな男たちともっとにゃんにゃんしてたみたいだけどな!
ちくしょう……
しばらく待っていると泣き跡がキレイになくなっていたみっちゃんが保健室から出てきた。そーっと女子トイレから出て本人を迎えにいく。
「みっちゃん、気分はどう?泣き跡はもう目立たないけれど……」
「へっ?わっ!あ、アリスちゃん!?」
「ごめんなさい。戻ろうと思ったのだけど……やっぱり心配で」
まあ実は教室の鞄の中でボイスレコーダー先輩がドヤ顔で連絡事項を聞いてくれてるからこんな余裕ぶってられるんだけどな。大体すでに昨日の時点で今日の授業は特進・一般のクラス分け試験だけだって言ってたし、体が元の紫藤広樹だったころに塾で高校3年まで網羅してたから、中1のクラス分け試験なんて1教科20分もあれば終るだろ。
「アリスちゃん……」
おっと、俺たちの尊い友情でまたみっちゃんが泣き出しそうになってやがる。もし俺が本当に女だったらぎゅって抱きしめてあげられたんだけど、残念ながら“ヒロくん”がンなことやったら永遠に口利いてもらえなくなるからな!
イケメン無罪なのに、何でだ?
まあ今の涙は見なかったことにしてあげたほうが今後のコイツのためだろう。
「流石にそろそろ戻らないと叱られてしまうわ。一緒に戻りましょう、みっちゃん」
「う゛、うん……えへへ」
ファッ!?
お、お前……お前そんな可愛い笑顔出来たのかよ!今中学生やってるこの世界の俺にもたまには見せてくれよ!
やっぱお前もキマシタワーじゃねぇか!ここはレズしかいないのか!?
「ありがとう、アリスちゃん!大好きだよっ!」
……
……ちっ、ったくしゃーねーな。
***
小西美奈と言う女は、それはとにかくムカつくヤツで、それでいて一緒に居てとても居心地のいいヤツでもあった。
だが愛莉珠の中学時代のこの体になってから、俺のみっちゃんに対するイメージが若干変化した。
俺の知るコイツは入学式で自己紹介をしくったりするあがり性なヤツでも、電車の中に忘れ物をしただけで泣き出したりするようなヤツでも、ましてはさっきのようにあんな笑顔で素直に“大好き”なんて言うようなヤツでもなかった。無難に自分の番をこなして続く俺の自己紹介をニヤニヤしながら聞いていたり、忘れ物があればよほど重要なものじゃない限り“まあいっか”と特に心配もしないまま放課後に取りに行こうとする。
そんなふてぶてしい女だったはずだ。
みっちゃんのこの変化についてはよくわからない。
俺が過去のコイツを見ているから、そしてコイツ自身が俺のことを“姫宮愛莉珠”として見ているからなのか。
愛莉珠の美少女ボディと俺の清楚系正統派メインヒロイン風の演技が合わさった、“完璧な女の子”と友達になり、何らかの影響を受けたからなのか。
……それとも、俺の知る小西美奈はアイツの見栄の部分で、本当はこっちの、人並みに弱い女子の姿の方が正しいのか……
まあ人間なんて相手によって態度が変わるモンだし、みっちゃんはみっちゃんだ。時間軸どころか姿かたちまで変わっても、こうして出会ってまた友達になったんだ。俺はどんなみっちゃんとだって仲良く付き合える自信があるぜ!
だからこれからも俺の○ナニー動画で脅迫するのは無しな!ミッチャン マイ フレンド!