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04話 清楚系美少女にお筝は標準装備だよね!

 入学式後みっちゃんと別れて自宅に戻った俺は、まず可能な限り大人びて見える私服をコーディネートした。桜台中学の制服から満足の行く女子大生風のファッションに着替える。


 ちなみによくこの手の“女の子になっちゃった!”系の男子が自分の身体を弄りまくるのは常識なんだが、どうも俺の場合はあまり当てはまらないらしい。最初こそ12歳児の裸を見るのに強烈な背徳感を覚えて興奮していたが、数分もしたらそんなものは消えてしまった。

 やはり女はぼんきゅっぼんに限る。



 しかしこの私服コーディネートは正直楽しい。

 愛莉珠ちゃん12歳がオシャレ好きだったのもあるだろうが、クローゼットにはブランド物やら質のいい可愛い服が山のように入っていた。それらで自分の身体を着飾ると、まるでねんど□いどのパーツ換えをしているみたいでつい夢中になる。ネットのファッションサイトは宛ら、ねんど□どいど好きたちの魔改造のショーケースだ。


 流石に世の女子様に失礼か……?



 まあとにかく、今回選んだのはガキ特有の弱々しい足を隠す脛丈のカーキー色のフレアスカートと黒タイツ、靴は黒のハイヒールだ。上は腰のスカートにタックインした厚めの生地の白いワイシャツに、ラベンダー色のセーターを着て華奢な身体のラインを隠す。そこにネックレスにイアリングにフェミニンな腕時計をつければ、もう3ヶ月前まで小学生やってたガキには見えないだろう。ネットで美人な黒髪ロングのちゃんねーモデルの着ていた服にビビッと来て、初めてということで彼女を丸パクリしたファッションだから不自然では無いはずだ。


 メイクは流石に練習が足りないので頬だけピンクのアレを叩いて来た。

 まあ愛莉珠の顔はメイクしなくても十分目鼻立ちはっきりしているし、アイラインなんて引くとツタンカーメンになってしまう俺のメイク力でこれ以上は不可能だ。


 若干の不安を残し俺は外に繰り出した。





 さて、俺がこんなにおめかしして外に行くのは理由がある。

 そう、お琴を習いに行くためだ。


 この身体の年齢は12歳。とても一人で大手の音楽教室と契約できる年齢では無い。

 だが大人びた容姿なら年齢を誤魔化せるし、一人で通いながら月謝を支払っても不信がられないだろう。

 それに大きな邦楽教室だとコンクールやなんちゃら会なんて名前の演奏会を開くために、その教室を経営している会の会員にならないといけないが、個人経営の教室だと特にその義務はない。

 俺みたいに親の力(金を除く)を借りれない子供には最適だ。



 近所ってほどでもないが、ウチのマンションからそこそこ近い場所に伝統芸能やら和楽器やらと幅広く教えている敷居が若干高めな感じの個人経営っぽい文化教室がある。入学前にちらっと覗いてみたが、見事におばちゃんおじいちゃん生徒しか居なかった。

 最初はもっと入りやすい子供用教室を探していたんだが、今日のあの自己紹介でこの美少女ボディのスペック効果を体感し、大人の女性に紛れていたほうが余計なトラブルを避けられそうだったので、ここを選んだのだ。



「ごめんください」



 アルミのスライドドアを開けて、受付の30代くらいの和服お姉さんに声をかける。

 30代はまだ“お姉さん”なのだ。決して間違えてはならない。



「いらっしゃいませ」



 俺の心を読んだのか、和服お姉さんが少し目を細めながら俺を見る。

 いや、もしかしてこの背伸びの服装を見破ったのか?女性は年齢に敏感だからな。今の俺みたいにガキが頑張って化粧したり、大人びた服着てたりするのを一瞬で看破出来る後天的特殊スキルを持っている可能性がある。

 特にメイクの看破スキルは自分のメイクスキルにもつながって来そうだしな。必死に覚えるのだろう。

 んでスキルを身に着けたらもうオバサンの仲間入り……と。


 この愛莉珠ちゃん12歳ボディなんて、30代(俺の勝手な予想)の和服お姉さんに取っては自分の三分の一近い年齢差がある子供からな。使い慣れたスキルを使用しなくても勘でわかってしまうのかもしれない。


 ……初潮すらまだみたいだし、この身体。



 小さく深呼吸し、土間の店部分に正座して座る和服お姉さんの前に立つ。中々伝統古民家風というか、京都の町屋風な空間だ。表のファサードはそこまで伝統民家っぽい感じじゃなかったんだが、知る人ぞ知る隠れ家っぽくて、何かいい。


 俺は緊張で赤くなりそうな頬を無視し、続けて尋ねる。



「表の案内を目にしたのですが、こちらで(こと)を教えてくださるのですか?」


「あ、はい。ご存知のとおり当教室では和楽器の稽古教室も兼ねておりまして、筝でしたら生田・山田流双方を担当出来る者がおります」



 あ、あれ?

 琴って確か子供用というか学校で親しむための簡易版がなかったっけ?案内見る限り“初心者ok”だったんだけど、最初から流派を決めさせられるのか……


 色々調べたけど、“お琴”こと筝は生田流と山田流の二種類があるらしい。違いは楽器の構え方というか、腕のアングルと座り方だ。これは使う“義甲”と呼ばれる指の腹にくっつけてる爪っぽいアレの先端部分が角ばっている生田流と、丸まっている山田流では音の出し方に差があるため、必然的に構えが違うのだ。

 前者が筝の右端に斜めに座って爪の角を活用し、後者が爪の造形を意識せずに楽器と垂直に真正面から構える形だ。現代では山田流が人口は多いらしいが、テレビの特集やようつべの参考動画に出てる一人で演奏してるガチ勢は生田流が多い。

 生田流のあの正座を筝本体の正面から少し左斜めに向いて座った姿勢がカッコいいんだわ。


 ……カッコつけて“生田流です”とかドヤ顔してみたいが、何せ既に見栄張って触ったことすらないのに“お琴弾けます!”何てクラスで宣言してしまったのだ。流派とかよくわからないから流れに身を任せてどうかするのだ。

 わからないことは先生に訊く!

 愛莉珠、大人になったの!



「初心者用の入門稽古を体験出来たりはしますか?」


「はい、体験教室ですね。もちろんです。もしお時間がございましたら、すぐにでも奥のお稽古部屋にご案内出来ますが、いかがなさいますか?」


「よろしいのですか?では、宜しくお願いします」



 気付いたら俺も和服お姉さんもニコニコしていた。

 なんだろう、このハイソな空気感。嫌いじゃない。


 やはり清楚な女の子に和楽器は必須スキルだな!愛莉珠の外見でお筝を奏でるとか最高かよ。テンション上がってきた。



 奥の和室に上がって正座しているとお姉さんが俺の身長より長い巨大な板を運んできた。

 いや、やっぱ目の前にデンと置かれるとデケェよ、筝。確か持ち運びが簡単な小振りなヤツがあったはずだ。あれなら借りて家でも練習出来るだろう。いずれ買うにしても、もっと上手になってから選びたい。



 すると和服お姉さんがもう一台でっかい筝を運んできた。その2つを筝台と呼ばれる短く切断したH型鋼材みたいなスタンドに置いて浮かせる。立筝台を使うと演奏者が椅子に座れるんだけど、どうやら今回は正座での演奏を体験させてくれるらしい。

 やっぱ正座のほうが雰囲気出るしな。



 準備が出来たのか、和服お姉さんが俺にお辞儀し、流れるような動作で正座して、また頭を下げた。三つ指付けてる“不束者ですが……”のアレである。

 数秒ほど見惚れてしまったが、正気に戻って慌てて和服お姉さんの真似をする。愛莉珠の体が柔らかいのか、思ったほど正座がキツくない。もしかしたら愛莉珠は小学生の頃、何か茶道とかやってたのかもしれない。

 本人は俺に特にそんなこと言ってなかったけど、愛莉珠って自分のことや家庭のことをとにかく隠したがるヤツだったから、正直ほとんど知らんのよ。


 むなしい。



「それでは、本教室の門扉を叩いてくださり、誠にありがとうございます。体験教室ということで、本日は拙いながら私、山本昌子が稽古を担当させていただきます。どうぞ宜しくお願い致します」



 俺が正座したのを確認した和服お姉さんがおもむろにそう口上を述べ始めた。


 ……つかこれ流れ的に、体験教室って受付の和服お姉さんが教えてくれるのかよ。色々失礼なこと考えてすいませんでした、師範!


 あと受付は大丈夫なんですか?




***




 それからしばらく身の上話やお筝に対する俺の熱意やらを社交辞令を折り混ぜながら交し合い、稽古に移る。

 どうやら受付は放置するらしい。気になったら和室まで尋ねてくるでしょって、適当過ぎんだろ姉さん……


 さて、ピアノで言う“キラキラ星”ポジのお筝の初心者用楽曲と言えばズバリ、“さくらさくら”だ。

 邦楽の例に漏れず、この曲もあの独特な上品で物悲しい旋律で俺たちのジャパニーズソウルをくすぐる。

 さーくーらー、さーくーらー、さーくーらーのーはーなーあがーって続く冒頭の簡単な部分だけ練習させてくれるらしい。後半になると最早別の曲レベルのぽろろんびょろろんと難しい演奏部分になるので初心者的に無茶はしない。


 和服お姉さんこと山本師範の手ほどきで基本の、引き色・突き色、後押し、強押し・弱押しなど弾いた糸の音の余韻を操るスキルを実演して貰う。続いて自分が練習し、ある程度その余韻系スキルを覚えたらそれらを多用する初心者用楽曲、“さくらさくら”で実際に曲の中で使ってみる。


 ぽろん(びよぉぉおぉぉん)、ぽろろろん(びいぇぇぇえぇん)、と耳に心地よい良い音が和室に響き渡る。



 アーイキソ。




 俺は今、どっからどう見ても完璧な清楚系メインヒロインになっている……っ!





 しばらく堪能していると稽古が一区切りついたのか、山本師範がお茶を、それはもう、見事な作法で淹れてくれた。

 それではいただきまして一口……ッッッ!?


 な、何だこれ。めっちゃ美味ぇ……!ただの煎茶なのに、柔らかくてとろっとしてて、ちょっぴり甘くて……ウチのババアが淹れるヤツが泥水みたいだ……。嘘だろ何で淹れる人が変わるだけでド素人の俺でもわかるレベルに美味くなるんだよ!?


 ……淹れ方教えてくれねぇかな?



「凄く筋が良いですね。何か楽器を習われたことはございますか?」


「弦楽器はババ───いえ、知人の趣味のハープを触らせてもらった程度です。ピアノは幼い頃より習っておりましたが、和楽器は初めてです」



 あぶねぇ、何と言う誘導尋問。お筝の余韻と美味いお茶で気分が昂って思わず口が滑りそうになったわ。

 こんな事が続くようなら、中身の俺の生い立ちやら何やらの記憶は一度きっちり仕分けしたほうがいいかもしれねぇな。どうもまだ着グルミを着ているような感覚が抜け切らない。

 いつかとんでもない失敗をしてしまいそうだ。


 反応を見た感じ、山本師範には聞こえていなかったらしい。

 よかったぜ。



「ああ、クラシックに馴染みのある方だったんですね。和楽器はいかがでしたか?最近では義務教育の音楽の授業にも取り入れることが決まったそうですし、姫宮さんのようなお若い方にも身近な楽器になってくれると嬉しいですね」


「……ええ、ステキな音でとても興味深かったです」



 その“義務教育”だの“お若い方”だってのはマジで俺のことを中学生だと見抜いてる訳じゃねぇよな……?

 ただの俺の自意識過剰だよな?

 怖すぎるぜ、女性の年齢識別スキル。


 まあいいや、早速今後に付いて相談しよう。



「近所ですし、今後もまたこちらでお稽古を受けたいのですが、今月からその予約をしてもよろしいでしょうか?」


「はい。当教室をお選び下さり、ありがとうございます。それでは、予約の仕組みと月々のお月謝に関しましては─────」



 何かえらくすんなり契約出来るらしい。練習用の筝を借りたり、その他備品などをそろえても合計月々15000円程度で月4~5回の稽古が出来る。

 中学生はもちろん中身高校生の俺にとっても大金だが、今の俺には週単位で札の詰まった封筒が手の中に放り込まれるのだ。早速親に許可を貰ったら、近日中に予約が空いてる明日か木曜日に稽古を受けてみよう。

 後、先に連絡したら教室の空き部屋を使わせてもらえることになったぞ!


 愛莉珠パパンのあのダンディーなオジサマにlin○で訊いてみる。いつもおはようおやすみとその日の出来事を軽く伝えてコミュニケーションはとってるけど、今回も最低限の礼儀としてね?流石に許可なくあの封筒の金を使うのは憚られる。


 ためしにその場で契約内容やら俺の熱意やらをパパンとのl○neトークに書き込んでみる。のんびりと師範の絶品煎茶をしばらく堪能していると、返事が返ってきた。





『愛莉珠がお筝に興味を持つとはな』



『ちゃんと続けるのなら、お前の好きにやりなさい』





 たった二言。

 もうちょっと何かくれよ!

 言葉にした愛情とか!

 愛莉珠ちゃんまだ12歳なんだぞ!?


 こんな、子供にとって一世一代レベルの我侭に対する返答がコレとか、普通の子なら間違いなくグレる。


 まあしかし、俺は普通ではないのだ。スマホをその辺に放り投げて不貞寝したくなるほど愛の無い言葉も、俺にとっては甘美な福音にしか聞こえない。

 金だけだして口はほとんど出さないとか親としては色々と終ってるけど、金蔓もとい扶養者としては完璧じゃないか……



 愛してるわ、パパ!



 パパの名前、もう忘れちゃったけど!













「─────というわけで、明日からお世話になります、師範」


「ご契約ありがとうございます。あの、大変申し訳ないのですが師範は私ではなく母になりますので、どうかご了承ください」




 あ、そうなんだ。


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