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03話 *小西美奈のご近所さん*

「おかーさんただいま~」


「おかえりなさい、みっちゃん。学校どうだった?」



 お家に帰るとお母さんが興味深そうに入学式のことを聞いてきた。玄関を開けたとたんに漂ってくる我が家の匂いにちょっとだけほっとする。

 どうやら今まで随分と緊張していたようだ。



「そう、聞いて聞いて!すっごい美人なお友達が出来たんだ!アリスちゃんって言って絵本に出てくる可愛い女の子みたいな名前なの!可愛くて頭も良くて、すごいでしょ?」



 姫宮愛莉珠。

 そう、中学に通い始めて初めて出来たわたしの友達だ。

 アイドルより可愛いくて、通学途中にわたしからぶつかったのに逆に謝ってきたり、自己紹介で失敗したわたしを慰めてくれたりと、とても礼儀正しく優しい子。

 なのに初対面のわたしを“みっちゃん”なんて幼稚園児のようなあだ名で呼びたがったり、引越ししたばっかりで早く友達が欲しいからと入学式の自己紹介をお家で一生懸命練習してたり、それが本番で大成功したらクラス中のみんなに注目されて逆に恥ずかしがったりと、性格まで可愛い完璧な女の子なのだ。

 おまけに言葉遣いも大人っぽいというか、とても上品なお金持ちのお嬢様みたいだった。

 こんなステキな子と入学早々友達になれるなんて、毎日学校に行くのが楽しみでしょうがない。



「へえ、“アリス”なんて欧米系の子?彼女ハーフ?外国人?」


「違うよ!……あれ、違うよね?苗字も姫宮だし髪の毛黒かったし、日本語というか敬語も得意だったし普通に日本人だよね……?」


「いや知らないけど。本人が特に隠したがってる感じじゃなかったら、明日さり気なく聞いてみたら?」



 お母さんがヘンなこと言うからわたしまでよくわからなくなって来た。当て字で“愛莉珠”なんて、何となく最近話題のキラキラネームっぽいけど、アリスちゃん自身がキラキラしてるから逆にぴったりな名前だと思う。

 でも鼻とかわたしより高くてお目々も大きかったから、もしかしたらお母さんの言うとおりハーフとかクォーターとかかも知れない。


 ……ん?



「でもよく考えたら隣のアホがあの顔で日本人として許されるならアリスちゃんは普通に日本人だと思う」


「“隣のアホ”って……あんた最近ヒロくんにキツくない?幼稚園小学校と一緒だったんだから仲良くしなさいよ。タダでピヤノ教えてもらってるのにアホはないでしょ、アホは」


「ふんだ、教えてくれてるのはおばさんだもん!アホはヤダヤダ逃げ回ってるだけだし、むしろわたしの方がアイツに教えてるんだけど」


「……この前ヒロくんが全く間逆のこと言ってたような気がするんだけど」



 アホがあのシリア人みたいな顔で先祖代々の日本人を自称してるんだから、他の大抵の人も日本人でオッケーでしょ。

 て言うかアイツがシリア人ってシリア人にも失礼だと思う。

 シリア人とかテレビでしか見たこと無いけど。



 “アホ”、本名は紫藤広樹という。

 ウチの真向かいの一軒家に生息している、眼つきが悪くて思わずへし折りたくなるでっかい鷲鼻をした色黒のクソガキ。“泣き黒子がセクシーでステキ”なんて小学校の美人な先生に褒められて以来、年中鏡の前でニヤニヤしながら目元の黒子を強調するダサいポーズを決めている、歩く黒歴史だ。

 何故アレが女子に人気なのか、女子のわたしにも理解できない。


 ……あのアホなら“お前が女子とか世の中の女子様に失礼だ”なんて、失礼極まりないことを言ってくるんだろうけど。


 ふんだ。



「まあでも、もうヒロくんとは学校違うんだから何かと都合つけて一緒に遊ぶ時間作った方がいいわよ?あんたにはまだわからないだろうけど、仲のいい異性の友達って貴重なんだから」


「仲のいい異性の友達筆頭がアイツとか超頭痛んだけど……」


「流石に中学にもなると異性は大抵の場合、恋愛対象になっちゃうからねぇ。その点ヒロくんならあんたの友達だろうと彼氏だろうと大歓迎よ?ヒロくんイケメンだしヒロくんパパママもいい人たちだし、安心してあんたを任せられるわぁ」


「あ、健全な友情でお願いします」



 地味に印象に残っていたアリスちゃんのあのセリフを試しに使ってみた。

 うん、これから誰かにあのアホとの関係をネタにされたらこのセリフで返そう。


 ……あの時のアリスちゃんも今のわたしと似たような心境だったら泣いちゃうけど。



 それにしてもお母さんのあのアホへの評価の高さには呆れてしまう。小学校でも近所で幼馴染ってだけでアイツとよく噂になって、そのせいでわたしが何度みんなにちょっかいかけられて嫌な思いをしたか。大体みんな、アレがイケメンとか目が腐ってるんじゃないだろうか。エッチで変態で自意識過剰なナルシストにしか見えないわたしの方が正しいはずなのに……


 しかし、そのアホを避けて桜台中学に入ったおかげでアリスちゃんと友達になれたのだ。

 捨てるゴミあれば拾う宝あり、ってね。


 たまにはアホも役に立つ。



「あ、そうそうヒロくんと言えば、ヒロくんママが今日時間あるからレッスンどうかっておっしゃってたわよ。違う中学行ってヒロくんにも心配かけたんだから顔だけでも出して来たら?」


「おばさんのレッスン!?行く行く、もっと練習してピアノ上手になる!」


「あれ、あんたそんなにピアノ好きだった?」



 残念ながらお母さんの言うとおり、ピアノはそんなに好きではない。だけど友達のアリスちゃんが自己紹介のときに“ピアノとお筝を嗜む”って言ってたのだ。ああいう何でも出来そうな人の言う“嗜む”はプロレベルのことを指すというのは世の中の常識だ。真向かいのおばさんなんて“弦楽器なんて出来ないわ、嗜む程度よ”何て言いながらお友達の某テレビ局のオーケストラメンバーさんとヴァイオリンだのハープだの一緒に楽しそうに演奏していたもの。

 お筝はわたし流石に触ったことすらないけど、ピアノならおばさんのアホ息子よりは上手だし、音楽の授業に一緒に弾けるぐらいには巧くなりたい。


 ……ただでさえあんな美人の隣でこれから一緒に学校生活を送るのだ。外見は相応しくなくても、一応の特技のピアノぐらいは彼女に並び立ちたい。それに一緒に練習とか出来たら、もっと仲良くなれるはず!


 善は急げと早速スマホをスカートのポケットから取り出しおばさんに連絡する。数回のコールで出てくれた。



『もしもしみっちゃん?久しぶりね、学校どうだった』


「おばさん久しぶり。うん、友達も出来たし楽しくやれそうだよ。心配してくれてどうもです」


『いいのよ、学校楽しめそうでよかったわ。それで、電話くれたのはもしかして今日のレッスンのこと?』


「あ、うん。お母さんに聞いたんだけど、今日おじゃましてもいいかな?邪魔じゃない?」


『いえいえ、いつでもおいでなさい。丁度ウチの馬鹿がレッスン逃げ出して今空いてるから』


「おばさんも大変だね……」


『全くよ……“ちょっと広樹!いつまで休憩してるの、みっちゃんにも呆れられてるわよ!?ったく、ホラさっさと下りてらっしゃい!”』



 電話越しに馬鹿息子を呼ぶおばさんのドスの効いた叱り声が聞こえた。

 男の子の教育って大変そうだ。



『ったくもう……ごめんなさいね、話の途中で』


「いえいえ別に。それじゃあこれから向かうね。あ、制服着たまんまだけど、みる?可愛いんだー、これ」


『あらまあ、うふふ。みっちゃんの志望動機の一つだものね?いいわぁ女の子は、可愛くて。それに比べて、はぁ……』


「おばさん……」



 その後〆の挨拶を交わして、わたしは楽譜や筆記用具を手に真向かいの紫藤邸へ向かった。

 ヒロくんの家は大学で建築を教えているおじさんがデザインした、木材の木目と打ちっぱなしのコンクリートのバランスが美しいらしいヘンな建物だ。詳しい人にはとても素晴らしい建物に見えるそうだけど、その美しいバランスとやらをおばさんが育ててる蔓バラやアジサイが思いっきり覆い隠していて、正直よく見えない。

 まあわたしとしては芸術性とかより、夏は蔓バラの木陰とコンクリートが涼しくて、冬は暖房が暖かくてつい長居しそうになる居心地のいい家だって部分の方が重要だけど。



「ごめんくださーい、美奈でーす」


「いらっしゃい、まあまあ制服姿で可愛いわねぇみっちゃん。ワインレッドがオシャレでカッコいいわよ。さあ、馬鹿は放っておいて教室へどうぞ。今お菓子を準備してるから」



 紫藤邸を訪ねるとすぐおばさんが迎えてくれた。玄関に巨大なコントラバスとハープがデデンとインテリアのように鎮座している。別に生徒に教えているわけではないのに、何故置いてるんだろう。


 どうやら馬鹿は結局二階の自室から下りて来なかったようだ。おかげで美味しいお菓子を独り占め出来る。


 そうほくそ笑んでいたら、ドンドンドンと上から階段を下りる音が聞こえてきた。ちっ、耳のいいヤツ。



「へいへいへ~い、みっちゃん!ルッカッミー!」


「あ?」



 踊り場に親の顔並みに見なれた、女子に大人気(らしい)な色黒男、紫藤広樹がウザさMAXで下りたった。思わず女の子が出してはいけない声で返事をしてしまった。

 アホは桜台学院方面行きとは別の電車に乗って、30分ほど行ったところにある私立青嵐学園中等科の制服を着ている。確かに彫りが深くて姿勢がいいと、ブレザーが良く似合う。

 まあまだ伸長が足りなくてダボダボだけど。



「……何なのヒロくん、久しぶり」


「ユー中学生?アイム中学生!?ウィーアちゅうがくせーい!!ッウェーイwwww」


……


 わたしとおばさんは目の前のアホを放置してグランドピアノが置かれた一階の教室へと足を運ぶ。

 “コレ”とあの礼儀正しく上品なアリスちゃんが同じ中学一年生の12歳だとは到底思えない。精神年齢に親と子ほどの差があるんじゃないだろうか。コイツの側に居るだけで今朝のアリスちゃんと一緒に居たときに身体中で感じられた、あの上品な空気が汚染されていくような気がした。


 信じられないことに、このアホの方がわたしより中学受験の模試の点数が上だったのだ。そのせいでわたしのささやかなプライドはもう木っ端微塵。青ざめながら春休み返上して色々塾で予習したけど、“こんなの”より学力が下だったなんて知られたら、アリスちゃんに軽蔑されちゃうかも……


 この悲嘆と焦燥をショパンにぶつけよう。おばさんのピアノで弾くと音響に凝ってる教室の壁の効果もあって凄く綺麗な音が出るのだ。今ならわたしの苦手な感情を込める演奏も上手に出来るかもしれない。


 たまにはアホも役に立つ。



「ったくノリわりぃなお前はよぉ。小学時代の友達一人も居ない桜台でぼっちやってんだろうなって思って笑わせてやろうってウェーイしてやったのに。ガン無視かよ、おい」



……こういうヒロくんの優しさは確かにモテる要素なんだけど、それを恩着せがましく言ってくる時点で台無しだ。


 あと“ウェーイする”で一つの動詞なんだ、初めて知った。

 いや、別に知らなくていいや。逆に頭悪くなりそうだから。


 にしてもホント、頭悪そうな喋り方だ。とてもウザい。



「んで、どうだったんだ?まあ寂しくなって結局俺ん家に遊びに来てる時点でお察しだけど」


「ふふん、聞いて驚けアホヒロキ。なんとわたし、初日からクラス中の男子を一瞬で恋に落としたスーパー美少女と友達になれたの!性格も礼儀正しくて優しくて、どっかのアホとは間逆な超優等生!今日ほどアンタと別の中学を選んでよかったと思った日は無いわね!」


「は?嘘付けよ、お前みたいなメガネブスが初日から友達なんて出来る訳ないだろ」



 メガネブスって……ヒドい……

 こっちは気にしてるってのに……ッ!

 いつか絶対殺す。



「広樹……アンタ次に女の子にブスなんて言ったら───」


「いいよおばさん、気にしてないし。あとヒロくん、友達の美少女は本物ですぅ~。ぼっちじゃなくて残念でしたぁ~」


「美少女って……ゲーム以外でそんなオタ用語使ってるヤツ始めて見たわ。ドン引き……」



 まるでゴミを見るかのような目でわたしを見返してくる、真性のゴミ。普通ならムカついてぶっ叩いてるトコだけど、今のわたしはアリスちゃんとの出会いを経て彼女のような上品で大人びた女の子を目指そうと決めたばかり。出会いがしらに“ウェーイwwww”なんてアホやってくるアホに一々キレる幼稚なわたしとはサヨナラだ。新生みっちゃんはピアノやお琴を嗜みクラスの全生徒の憧れの的である、姫宮愛莉珠の友達として隣に立てるようなステキな女の子になるんだから!


「あら、もう友達が出来たの?流石みっちゃんね!もっとお話聞かせてちょうだい?」



 おばさんが目の前の“ウェーイ”の方を極力見ないように、ヤツとは逆方向に首を回してこっちを振り返った。先ほどの自分の息子の失言で傷ついたわたしを守ってくれようとしているのか、学校の話題にワザとらし過ぎるほどに食いつく。


 だからもう諦めてるから気にしてないってば……


 気を利かせてくれたおばさんのためにも、わたしは気を取り直して話をつなぐ。



「うん、すんごい美人でピアノにお筝まで上手なお嬢様って感じの子なんだ。自己紹介の時も凛としててホント綺麗で男子なんてもう釘付け!登校中にたまたまわたしからぶつかっちゃって、それから色々お話してたら実は同じクラスでね!そんな感じで仲良くなったんだ~」


「まあ、ピアノにお琴まで!桜台はお金持ち多いって聞くし、本当に良家のお嬢様かもしれないわね。おばさんも一度本物を見てみたいわ~」


「あはは、家族や同じお嬢様相手だと『ごきげんよう』とか言ってたりして」


「……漫画の読みすぎだろ。オタクかよ気持ち悪い」



 さっきから一々オタクオタク煩い、妙にそわそわしてる中学生が一人。


 ……アンタよくそういうオタク系なもの軽蔑してる素振り見せるけど、実は影でコソコソそっち系のゲームやってるの、わたしもおばさんも知ってるんだからね?

 かわいそうだから指摘しないでいてやってるだけなんだけど、知らぬは本人ばかり也。



「まあお嬢様だろうと普通の家の子だろうと、みっちゃんが選んだ友達なんだし良い子に決まってるわ。ピアノが上手ならみっちゃん家にお呼びする時のついでにウチにもいらっしゃい。片方普通の壁立ピアノになっちゃうけど、デュエットでモーツァルトのソナタでも弾いたらカッコいいわよ」


「わあ!『2台のピアノのための』シリーズだよね!千秋センパイみたいにアリスちゃんと一緒にモーツァルトの第1楽章、一緒に弾いちゃったり!きゃ~ステキ~」


「のだ○かよ……つかその子“アリス”って名前なのかよ。外人?」


「“愛”に草冠の“莉”に数珠の“珠”で“あ・り・す”だから、日本人だよ」



 たぶんね。つかこの名前ネタもういいよ……



「うわキラキラネームとかマジでいるんだ。その子かわいそー」


「あら、でもアリスって発音だけなら“有栖”って書く日本人名がちゃんとあるわよ?テレビで見る……なんだったかしら?“帝王”かなんかって書いて……キング?」


「ロードじゃなかったっけ?」


「ええそう。そんな感じなのよりよっぽど可愛い良い名前だわ」


「“アリス”は普通に人名だし本人もマジで美人だからね。キラキラネームに名前負けしない稀有な例だよ」


「……ふ~ん、美人ねぇ……」



 うわ、しまった。

 アホが食いついてきた。


 話題を逸らさねば……



「あの、おばさん?そろそろレッスンを……」


「あらやだ、私ったら。じゃあ広樹は順番待ちね。みっちゃん、どうぞ座って」


「はーい。宜しくお願いします、先生」



 わたしはさっさと椅子に座り、おばさん自慢のグランドピアノと向き合った。





 途中ヒロくんと何度か交代して練習曲第3番ホ長調を2時間に亘って練習した。おばさんに“ステキなトリステッセだったわ”なんて褒められた。やはりアホを見て、自分を省みて悲嘆に暮れたわたしの心を鍵盤にぶつけた甲斐はあったみたい。


 たまにはアホも役に立つ。


 その本人は何やらソワソワしながらソファーに座っている。

 気持ち悪い、何よ?



「……それで?その友達はウチに呼ぶのか?」



 うわまだ覚えてたんかい。

 必死過ぎ……



「……ま、まぁお前の友達とか俺の敵になる気しかしねぇしな。ウチに呼ぶときは俺が居ない日にしてくれよ?」



 へー、ほー、ふーん。

 家に来られるのを嫌がってる割には、随分わたしの話す、可愛くて美人なアリスちゃんの話題に興味深々のようだけど?

 ……わかり安過ぎるのよ、このエロガキ。



「いや当然だし。アンタみたいなエロスケベ変態にアリスちゃんを会わせる訳ないじゃん!絶対あの子が寛いでる時にスカート覗いたり胸とかお尻とか足とかガン見したりするでしょ。アリスちゃん恥ずかしがり屋で男子の視線に慣れてないんだから、アンタの下卑た視線なんて向けられたらあの子絶対次の日ショックで学校休んじゃうよ!」


「は、はぁ!?んな赤の他人の身体なんて見ねぇよバカ!自意識過剰過ぎんだろ、どんだけそのアリスとやらのこと好きなんだよ。レズかお前!?」


「いいや、今回だけは絶っっ対にわたしが正しい!“女子なんて興味ないぜ”って感じですましてカッコつけてたクラスの男子たちがアリスちゃんの顔見て全員リンゴ見たいに真っ赤になってたもん!同じ女の人の、担任の先生まで見惚れてたんだから。あの子に一目惚れしない子なんて同じ女子か恋人持ちかホモかのどれかに決まってる!」


「アンタたち、レズだのホモだの中学上がりたての子供がどっからそんな単語覚えてくるのよ……」



 もしおばさん家にピアノ弾かせてもらうためにお邪魔するのなら、ここに生息しているエロ猿からアリスちゃんを守るのは私の仕事であり、責任だ。

 指一つ触らせないのは当然として、髪の毛一本すら彼女の姿を見せてやるもんか。



「と・に・か・く!ウチに呼ぶときは1週間ぐらい前からアンタにも連絡するから。そのときアンタん家にお邪魔するとして、もし、万が一、億が一、アンタと鉢合わせするようなら、マジで殺すから。アリスちゃんが座った椅子に触れただけでも殺すから!あの子のあの椿の花の香りがするシャンプーの残り香とか嗅いでたらその長っ鼻捥ぎ取って、座ったトコの体温感じてたりなんかしたら触れたその手首切り落としてやるから!ジュース飲んだコップに口つけたりなんかしたらもう葬式挙げるのすら許さないから!むしろ同じ空気すら吸うな!もうありとあらゆるアンタの弱みをシイッターで拡散するから!わかったら返事、はい!」


「いや、あの……ここ俺ん家なんですけど」



 知るか!





 楽譜を片付けたわたしはおばさんに礼を言い紫藤邸を後にする。


 別にアイツがどこの誰と恋に落ちようと、知ったことではない。ヒロくんのことが好きだった小学校のはるなちゃんやみなみちゃん、それにアイツの通う青嵐中学でも新たな出会いがあるだろう。わたしに害が及ばない限り、どうぞお好きにすればいい。



 でもアリスちゃんだけはダメだ。

 あの盛りの付いた猿の目に晒してしまえば、アリスちゃんはきっと男性不信になってしまう。アイツの前に連れてった、わたしのせいで。


 美人で可愛くて、礼儀正しくて上品で、わたしみたいな何の魅力もない子を“友達”だと言ってくれた、とっても優しい恥ずかしがり屋な女の子。

 中学のわたしの、初めての友達。



 でも完璧な彼女と違って、その友達のわたしには何もない。



 ならわたしは彼女の盾になろう。

 その美しさ可愛さカッコよさから人目を集めてしまう彼女を守る、一枚の盾になるのだ。

 友達が欲しくて頑張って練習した自己紹介。

 頑張りすぎてクラスの輪に加わるどころか、勢い余って輪の真ん中に飛び出してしまった、寂しがり屋で恥ずかしがり屋な、わたしの大切な友達。



 わたしは知ってるよ、輪の外も孤独だけど、輪の中はもっと孤独なのだって。


 彼女が輪に戻りたがるのなら、そのスキマをこじ開ける盾に。

 彼女が輪を作りたがるのなら、その作り上げた輪を守る盾に。


 あなたがわたしを友達だと思ってくれるのなら。

 私はあなたにとって、そんな盾のような友達になりたい。









 ……真向かいに住むアホの中二病がうつっちゃったかな?


 まあ無力なわたしが出来ることなんてたかが知れている。




 でもね、ヒロくん。










 アリスちゃんの顔や身体を想像してグヘグヘニヤけてるアンタから彼女を守るぐらいのことは出来るんだよこのド変態が!!!


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