【50話記念外伝】 女神信仰
50話記念のショートショートです。沢山の応援をいただき、誠にありがとうございます!
バカな男子目線で作風が大きく異なる可能性がありますので、ご注意を。
読まなくても物語の展開的に特に問題はありません。
桜台には3つの勢力が存在する。
原始教会と異端教会、そして無神論者である。
もっともそんなキザったらしい名前は一部の病気持ちな連中の自称で、大多数の生徒たちはこの異様な集団を単純に表と裏と呼んでいる。表の厳しい戒律に耐えられなくなった過激派が自然と離れ、己の欲望にそって好き勝手行動し、時には過激派同士で争っているのが実情だ。そんなバカたちを表の連中が便宜上、裏と分類しているだけなのである。桜台の生徒たちは現在、ほぼ全員がそのどちらかに所属している。それを自主的に表明しているかは不明だが。
そして俺はその何れにも所属していない、無神論者を自称している。
何故かって?だって表は戒律が厳しいし、裏は敵が多すぎるからな。表だと教義で抜け駆けが禁止されているから、相手に気付かれるレベルで見惚れていると“色目を働いた”として放課後に宗教裁判にかけられてしまう。居心地が悪すぎる。かといって裏は常に表の監視があるし、場合によってはそこに居るだけで表の連中に囲まれて追い出されたりする。おまけにほとんどの派閥の活動内容が穏やかじゃないので、もしご本人にバレたりしたら本気で嫌われてしまうかもしれない。
うん、やっぱり誰からも束縛されず、敵もいない無神論者がいい。だいたい同級生の女の子を女神視するのはどこか間違っている。謙虚な人だしいつも周りに注目されて恥ずかしがっているから、女神扱いされてるなんて知ってしまったら絶対戸惑うと思うんだよな。
ゆえに俺は無神論を提示したい。
学院の女神・姫宮愛莉珠は俺らの憧れのヒロインだ。
「そういや女子って今日からテニスだよね」
「……ッ!テニスってあそこだよな、南コート」
「ああ……俺の野球グラウンドの真隣の……」
「ってことは……」
誰かが唾を飲む音が聞こえた。いや、“誰か”というより、“この場の全員”と言ったほうがいいだろう。当然だ。何せあの姫宮さんの体育着どころか、その悩ましいお体を活発に動かしている姿までもを間近で見ることが出来るのだから。おまけに俺たち男子の体育授業は野球だ。打順が回ってくるまでの長い時間で存分に拝見させていただけるのである。
野球なんて全然ボール打てないし大嫌いだったけど、初めてこのスポーツがこの世に生まれて来てくれたことを感謝した。いや、むしろこのためだけに今まで桜台中学の体育カリキュラムに採用されるほどの知名度を育んで来たに違いない。イチ□ー選手ありがとう!
しばし、男子更衣室に静寂が流れる。おそらく今みんなは姫宮さんの体育着姿を想像しているのだろう。やはり一番ありえそうなのは、白と紺のオーソドックスな半そで短パンだろうか。真面目でお淑やかな姫宮さんのことだ。限界までスカートを伸ばして更にその下にタイツまで穿いてるいつもの完璧ガードな制服姿を見る限り、たとえ体育の授業であっても必要以上に肌を露出することは無いだろう。
ハッ!もしかしたらこれ幸いとダボついた地味なジャージで女子制服姿以上に体のラインを隠して来るかもしれない!そっ、それは流石に夢が無さ過ぎるよ姫宮さん!せめて、せめて普通の体操着でいいからジャージだけは、ジャージだけは止めてください!半そで短パンからちらっと覗く二の腕と太ももと……そ、それと出来れば翻るTシャツの裾から見えそうな、おっ───おへそ……は、流石に無理でも!それだけで満足します!それ以上の我侭は言いません!
だから……だから……っ!
……いや待て、逆に考えるんだ。あの姫宮さんだぞ?あんなに完璧な人がダサい地味ジャージなんて着てくるだろうか。ウチの姉ちゃんも“女子のステータスは女子力で決まる”って言ってたし、あの姫宮さんが例え体育の授業であってもオシャレに気を配らない訳が無い。ジャージで肌を隠してくるのは高確率でありえるけど、着てくるのはおそらく……かなりかわいい女の子らしいジャージなはずだ!
おお、そう思うとジャージでも期待出来るぞ。どんなのだろう、やはり色はピンクが本命だな。いつも付けてる大人の女の人が持ってそうなあのスリムな腕時計もだし、姫宮さんピンク好きそうだよな。いや、ピンクはあくまでアクセントでベースは清楚な白かもしれない。対抗は……水色とかだろうか。体育だし、あえてクールな色で攻めて来る可能性も考えられる。デザインは……女物のスポーツウェアといえば体のラインを出すものがオシャレってイメージあるけど、やっぱり姫宮さんならオシャレは色だけで止めてしまうだろうか……?いや、でも同じ女子の姉ちゃんの意見もあるし───
「おい男子!いつまで着替えてるんだ、もう授業始めるぞ!」
『───ッうわっ!?』
突然耳を劈くような高い声が聞こえた。体育の井手口先生だ。男のクセに女声なのを気にしている先生で、そのゴツくて毛むくじゃらな見た目とのギャップがハンパない。
「何だお前ら、全然着替えてないじゃないか!今まで何してたんだよ、早くしろ!」
「すっ、すみませんっ!」
慌てて周りを見ると先生の言うとおり着替えが終っている生徒は半分もいなかった。遅れて更衣室に入って来た特進科のヤツらはともかく、俺と一緒に入った黒神たちが終ってないのはおかしい。
……まさかコイツら全員、ホントに今までずっと姫宮さんの体育着の妄想していたのか?俺も全く人のこと言えないけど。
後ろから急かしてくるキャンキャンしたチワワみたいな声に顔をしかめながら急いで着替えを終わせた。ああ、耳が痛い。同じソプラノならこんなゴリラじゃなくて姫宮さんの美声を聞きたかった。
先週のロングHRで姫宮さんがプリント回収のために俺の机まで来てくれた時のことを思い出す。良い臭いを纏いながら、腰が砕けそうなほど素敵な微笑みで、その玲瓏たる美声で俺の名前を───俺のフルネームを呼んでくれた、あの一生の思い出だ。
『失礼します、安藤くん。プリントはお持ちでしょうか?』
『あら……?申し訳ございません、お名前が書かれていないようですので、お手数ですがこの場でご記入お願いしてもよろしいでしょうか?』
『恐れ入ります。はい、あん・どう・やま・と……くん、っと』
『はいっ、ありがとうございます。失礼致しました』
妄想ではない。
姫宮さんは俺が書いた名前を読み上げたのではなく、逆に呼んだその名前を俺に書くように促して来たのだ。それは俺の名前を知っていないと決して出来ないことで……俺はあの時、思わず周りの男子に先ほどの光景が真実であったかどうか確認してしまったくらい、自分の目の前で起きた出来事が信じられなかった。
ああっ、あの小振りな桜色の唇から俺の名前が紡がれたことを思い出すだけで、あの姫宮さんの記憶の中にこの俺の名前が刻まれている事実を意識するだけで、俺は、俺はもう……っ!
勇気を出して今度はこちらから話しかけてみたいけど、どうせまた表の女子連中に邪魔されてしまうだろう。あの“安藤フルネーム事件”以後の女子たちの気迫は凄かった。自分の本名も覚えて貰えてるだろうかと確認したがった他の生徒たちが全員次の日のプリントに名前を書かなかった時なんて、アイツらが一瞬で立ち上げた“名前記入欄確認部隊”が姫宮さんが回収に来る前に全36人分を調べ尽くしていた。あんな結束の堅い連中のガードを潜り抜けて姫宮さんに近付ける訳が無い。
こんなことなら俺も副委員長とかに立候補しておけばよかった。男子だから女子の姫宮さんとの接点が全く無いのが辛すぎる。
クソッ、黒神のヤツめ。席が隣なだけでも十分過ぎるのに、遠足まで同じ班とか一生分の運使いやがって……
「!い……ッて!ちょ、何、痛いんだけど!?」
「うるせぇ死ねカス、地獄に落ちろ!」
「何で!?」
ヤツのケツを蹴ってやったらいい音がした。
***
俺ら3・4組男子の集合している桜台学院軟式野球グラウンドのベンチ付近には今、桃色の熱気が渦巻いている。一部の聡い連中はさっさと着替えて真っ先に南コート近くの位置に陣取っていたらしく、ずっと女子の集団が現れるのを鼻息荒く待っていたらしい。聞いて“出遅れたか!?”と思ったが、今見ての通りまだ女子は更衣室から出て来ないので結果的に無傷で済んだ。
「……おい、抜け駆けなんて卑怯だぞ」
「……ぼーっとしてるのが悪い」
「……んだとコラ───ッ、おい来たぞっ!」
『───来たかッ!』
小声で言い争っていた3組の門田たちが突然体育館の方角に目を向けながら声を上げた。釣られて見ると、なるほど確かに知った顔の体育着姿の女子が大勢ぞろぞろとこちらにやって来た。何やらテンションがとても高い。体育時の女子っていつもこんな感じなのか?
「姫宮さんはどこだ……?」
「……おっ!あれ───い、いやわからねぇ。頭は辛うじて見えるけど体が女子たちに囲まれてて全く見えない」
「クソッ、ここでもガードかよ……」
二重三重にもなる女子の壁に阻まれ、中心にいると思われる姫宮さんの体育着が完全に隠れている。必死に首を伸ばしその壁の隙間を探そうとしていると、正面を歩いていた何人かの女子が俺たちの視線に気付いた。するとそれまでの興奮したような笑顔から一転、背筋がぞくっとする冷たい目でこちらを睥睨してきた。そのウチの一人、小西美奈が緑のジャージのジャケットを脱ぎ、集団の奥に飛び込んで行った。もしかしてアレで姫宮さんの体を隠そうと───ハッ、ま、まさか!あんなジャケットで隠さなくてはならないレベルの露出なのか!?だから女子がああも騒いでいるのか!?!?
「おい……」
「ああ、これは……」
「相当期待出来そうだな……」
どうやら3組の連中も同じことに思い至ったらしい。俺たちの間で漂う熱気に色が付いたかと錯覚しそうなほどの場が高揚している。
俺はいつもいつも邪魔してくる糸目眼鏡に、声に出すと怖いので仕方なく、心の中で挑発する。くくく、残念だったな小西。そんなちゃちなジャケットで俺たちの情熱は止められないぞ。姫宮さんが体育で肌を露にすることを選択した時点で俺たちの勝ちだ!
小西美奈
“あの姫宮さんの親友”と聞いて真っ先にその名前が挙がる人物である。“超”の字すら恐れ慄くレベルの美人の姫宮さんとは異なり、平安時代の絵みたいな細いツリ目と眼鏡な短髪女子で、ピアノと勉強が出来ること以外特にコレといった長所がない地味なヤツだ。一体何故あんな芋っぽいのが完璧人間の姫宮さんの親友の座に座っているのか首を傾げてしまうが、姫宮さんからの信頼は絶大だ。いつもの丁寧な敬語を少しだけ崩し、頬をほんのり赤く染めて心から楽しそうに小西と話す姫宮さんの姿を見たら、いくら不自然でもあの糸目眼鏡が女神の親友であるという事実を否定することは出来ない。
そんなヤツが男子に遠巻きにされている理由は一つ。ガードが固いのだ。
自身に対してではない。親友の姫宮さんにである。
姫宮さんに近付くといつもコイツの刺すように痛い視線を感じるのだ。話しかけようなら姫宮さんの真後ろに立ってこちらを無言で睨んでくるのだ。凄い怖い。
姫宮さんの隣で、コイツの後ろに座っている黒神なんて”圧倒的プラスとかなりのマイナスで総合的に悪くない席”だなんてふざけたことをぬかしていたので集団リンチにしてやったが、こうして考えると意外と的を得た発言だったのかもしれない。姫宮さんに見惚れていると目の前からコイツの憎悪の籠った視線が飛んでくるなんて、一気に台無しだ。モナコの夜景を見ていたら突然横から銃口を突きつけられたレベルの天国地獄である。
まあそれでも姫宮さんの隣の席とか万死に値するからいつか殺すけど。
俺たち男子は後ろ髪を引かれる思いでストレッチやウォームアップのためにベンチ付近を離れる。そのまま何も起きないまま2チームに分かれてゲームを始める段階となった。守備側の熱意が凄い。早く女子に近いベンチに座れる攻撃側に移りたいようだ。
焦れるような時間が過ぎ、ようやく女子の集団に動きがあった。どうやら女子担当の先生が生徒の誰かと模擬戦をするみたいだ。名前は確か、小野寺先生だ。女子の誰かが”脇が臭い先生”と言っていた記憶がある。……俺の脇は別に大丈夫だよな?クンクン。
『きゃあああぁぁっ!!』
必死に姫宮さんを探していると、小野寺先生の対戦相手側のコートに集まっていた女子の集団が突然黄色い声を上げ始めた。なっ、何だ?女子があんなにはしゃぐなんて姫宮さんのこと以外には何も───ハッ、ま、まさかっ!!
その時、1年3・4組男子に全員に、天からの啓示があった。
「───っえ、は?ちょ、ちょお前ら!何やってんだ!?どこに行く!?!?」
気付いたら男子35人全員が持ち場を放棄してベンチ裏のフェンスにしがみ付いていた。後ろから聞こえる甲高いソプラノゴリラの声に振り返ってる暇は無い。俺たちは何としてでもあの女子の壁の奥でプレーしている生徒が、天の啓示通りの人物か確認しなくてはならないのだ!
そしてその瞬間。
俺たちは、女神を見た。
壁の隙間から覗いた、雪のように真っ白なそれは、まるで神話を題材にした絵画から飛び出てきたかのようだった。
Vネックのノースリーブの白いワンピース。
ぴっちりした上半身の部分が着用者の中学1年生とは思えない大きな胸を強調し、裾の部分はふわりと柔らかく、翻るたびに太ももが惜しげもなく曝け出されていた。
夢ではない。
あの沁み一つない象牙のような肌、風に流れる長く艶やかな黒髪、宝石のように輝く海色の瞳。そして───かつて俺の名前を紡いだその麗しい桜色の唇を、この俺が見間違う訳がない。
姫宮愛莉珠が、まるでパーティドレスのような服を着てテニスをしていた。
「かっ───」
無数の胸が貫かれる音が聞こえた気がした。女神の艶姿が信者たちの影に隠れた後も、俺たちは呼吸すら出来ずにただただ立ち尽くしていた。
そしてその隠れる一瞬。俺たちの目に飛び込んで来たのは、翻ったミニワンピースの裾の奥の、全男子の夢が詰まったその場所にちらりと見えた純白の───
「───ねぇアンタたち、そんなに死にたいの?」
『ッうおあっ!?』
底冷えするほどの冷たい女の声に思わず悲鳴を上げて振り向くと、俺たち4組生徒がよく知っているかわいい顔の女の子がフェンス越しにこちらを見つめていた。その顔に似合わない冷たい瞳に睨まれ、俺は夢から叩き起こされた気分になった。
宮沢夏美。
大きな目とトレードマークのポニーテールが印象的な小柄な人物で、先ほどの小西美奈と共に姫宮さんの親友として学校中でその名が知られる美少女だ。姫宮さんをガードするのに特化しているの小西とは違い、何かと敵を作りやすいその糸目眼鏡も含め守っている友達思いな良いヤツで知られている。
だがこれが男子相手だと事情が全く異なる。この女、その愛らしい顔に反して凄まじい男嫌いで、女子のボス・有馬玲子のグループを唆して“姫宮愛莉珠親衛隊”を成立させた張本人だとか何とか。表の行き過ぎた姫宮さん至上主義を指揮している影の支配者だとか何とか。とにかくそんな感じで色々と不穏な噂が尽きないヤツである。
糸目眼鏡より更に勉強が得意な化物で、授業態度も極めて真面目。先生たちの覚えも良く、絶対に敵に回してはいけない女として相棒の小西美奈と2人揃って男子の間で非常に恐れられている。
だが残念かな。俺たち1年3・4組男子は、“男子”だというどうしようもない事実だけで、既にコイツを敵に回してしまっているのだ……
「あたし言ったよね?愛莉珠にヘンなことすんなって。サルだからもう忘れちゃった?痛みで無理やり体に覚えさせないといけないかな、ああん?」
「びゅぇっ、べっ、別に俺ら何もしてな───」
「質問に答えろよ変質者。今すぐここから離れるかその目ん玉抉りぬかれたいか選べっつってんのよ、頭ん中マジで脳ミソ入って無いんですか??」
こっ……怖ぇぇ……
その瞳孔が開ききっている大きな目に気圧されて、へばりついていたフェンスから3組の門田が後ずさった。“美人は怒ると怖い”をリアルで体言している。これが姫宮さんになったらどれほど怖ろしいか……ぎゃ、逆に怒られたヤツが別の扉を開けてしまいそうだ。
「ちっ、ちげぇって!だ、大体あんな際どい服見せられたら男子ならつい見ちゃうって!俺ら悪くねぇし!見られたくないなら普通の服着ればいいだろ!」
「はぁ??アンタそれ痴漢がよく使う言い訳だって知ってる?犯罪者宣言ありがとうございました。2年後のアンタの内申書、とても面白いことになりそうね」
宮沢にボッコボコにされている門田が救いを求めるように後ろからやって来た井手口先生に目を向ける。門田に釣られるように先生の方を向き睨み始めた宮沢に少したじろいだゴリラは、渋々といった感じに問題の姫宮さんの体育着姿を分析し始めた。そのでっかい伸長だと女子の壁の向こうが見えるのか。いいなぁ……
「あの白いワンピースっぽいのは……ウィンブルドンとかでプロ選手が着てるヤツか?下のスポーツショーツまで白みたいだし全英オープンで着用が義務付けられる正統派のウェアだな、別にあれが特別際どい服装って訳じゃない。女子のテニスウェアはどれも基本的にああいう感じなんだよ」
そうだったのか。テニスなんて動画でも見たこと無いけど、あんな際どいミニスカートで動き回るスポーツなのか。あんなイロイロと丸見えな服でプレーする女の人を見ても平然としてるなんて、やっぱ大人って進んでんな……
まだまだ子供な俺が女子集団の奥にいる姫宮さんの姿を必死に探していると、大人な井手口先生がぼそっと、“まあお前らの言うこともわからんでもないが”、なんていいながら、俺と同じ方角にその両目を固定した。上から女子の壁を越えて見えるその高い伸長が非常に羨ましい。そんな非常に羨ましいことしている先生の表情は、深夜に父さんがエロ動画見ている時にしている顔に少し似ていた。
……あんたも同罪じゃねぇか、このエロゴリラ!
一人だけズルいぞ!俺にも姫宮さんのテニスウェア姿を見せろ!!
「……その発言と嫌らしい眼つきは姫宮さんに対するセクハラだと判断してもいいですか、井手口先生?」
そんなエロゴリラのエロ思考に気付いた優等生女子・宮沢夏美が、俺たちに向けたものと同じ目で先生を睨みつける。そのドスの効いた声にビクッと反応したエロゴリラが振り向き、音程の外れた甲高い女声で慌てて訂正し始めた。
「ッ違うわ!そういうのマジで止めろ、最近特に厳しいんだから!……大体先生既婚者だし嫁さん泣かせることなんかしないって!」
「…………そうですか。でも教師としてはこっちのセクハラ男子の監督は不十分なようですが?」
「……ああ、そっちはすまないな。教師の俺の責任だ───おいお前ら」
『ヒッ……!』
ソプラノエロゴリラがギロッとこちらを睨みつけて来た。だからその声に似合わない凶悪フェイスはヤメロって、怖ぇぇよ!
「授業中に女子の尻追いかけるなんて、随分といいご身分だな。俺がお前らくらいの年齢の頃の体育の罰に“階段ウサギ飛び”ってモンがあってだな。そんなに興味があるなら特別にやらせてやるよ、オラ全員体育館裏の非常階段に行くぞ!」
「ちょ、ウサギ飛びって先生それ前にニュースとかで問題になってたヤツ───」
「安心しろ、平成生まれの諸君に昭和の気分を少し味わわせてやるだけだ。俺も一緒にやるからついて来い!」
自分の頭二つ分もデカい大人の男の人に凄まれて、拒絶なんか出来る訳が無い。ビビッて固まっていると、先生のその言葉を聞いた宮沢がハッと息を呑んだ。そしてカタカタと震えながら後ずさり始める。女子組の宮沢が凄まれている訳ではないはずだが、流石のコイツもこのゴリラの気迫には怯えるのか。意外とかわいいところがあるじゃないか。
……だが続いた宮沢の言葉に、俺はそんな甘っちょろいことを考えていた一瞬前の自分を殴りたくなった。
「“俺も一緒にやる”って、自分にまで罰を……やっぱり井手口先生、愛莉珠のこと嫌らしい目で……ッ、せんせーい!小野寺せんせぇーい!!」
「なっ、はあっ!?ちょ、ま、待て宮沢!違うから!やめっ、小野寺先生、違うんです!ちがっ、やめっ、やめろおおおお!」
女子担当の小野寺先生の元に走る宮沢と、それを必死の形相で追いかける井手口先生の後姿を見て、俺は女子の優等生ってこんな感じで怖い男教師の扱いも上手なのか、と女の強かさを怖ろしく思った。
結局その後俺たちはフェンスに近寄ることを禁止され、千載一遇のチャンスだった姫宮さんの艶やかなテニスウェア姿をじっくり堪能することは叶わなかった。
それでも、辛うじて確認出来たあの姫宮さんのミニスカートから覗くすらっとした両脚や華奢な肩と二の腕を、俺は一生忘れられないだろう。そして、翻ったスカートから一瞬だけ見えた足の付根の───あのぴっちりした白い布の正体を巡って盛んな議論が学内で交わされることだろう。表も裏も関係ない、正道も異端も派閥も全てを超えて、一人の少女に魅了されてやまない哀れな少年たちの目の前で起きた、女神の奇跡だ。
俺は間違っていた。姫宮さんはジャージや半そで短パンなどという俺の灰色の妄想を吹き飛ばし、夢と希望に満ち溢れる世界を見せてくれたのだ。光り輝く純白の袖なしミニワンピースという俺が想像すら出来なかった理想のスポーツウェアで、女神は無神論者の俺にも啓蒙をもたらしてくれたのだ。
お前ら……俺もやっと、やっと目が覚めたぞ……ッ!
この日、桜台学院に一人の敬虔な信者が誕生した。
今後もどうぞよろしくお願いします!