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48話 ロマン派以降の曲を上手に弾ける人って憧れない?


 俺、またやっちまったったのか……?


 心に巣食う獣が存分に暴れ終わった後。一種の賢者モードに入った俺は、性懲りも無くまたいつものアレをやらかした数十分前の自分の頭の中を殺菌消毒したくなる衝動に駆られていた。俺が熱演した素敵な友情の一幕に、感極まって思いっきり抱きついて来たみっちゃんなっちゃんペアには助けられた。人は感情を爆発させている人物を見ると何故か冷静になることがあるが、今回も運よくその現象が起きてくれたらしい。2人の過剰気味なスキンシップに気圧されて羞恥に悶える隙もなかったのだ。さりげなく誰かに胸を揉まれた気がしたけど多分気のせいだろう。

 そんな我が親友たちは今、俺の肩に頭を乗せて気持ち良さそうに寝息を立てている。何て羨ましいヤツらだ。


 くっ、遠足前ハイテンションで寝れなかったのがここに来て祟ってやがる。俺だってもうヘトヘトだし全部忘れて眠りこけたいのに……




「どうやらちゃんと仲直り出来たみたいね」



 俺を除く全員がぐっすり眠る後部座席を眺めていた篠原先生が慈愛の籠った声色で呟いた。



「やはり先生が私たちのあの下山時の会話の内容をお2方にお伝えしたのは……」


「ふふっ、さぁどうかしらね」



 悪戯が成功したようなニンマリ笑顔が素敵な先生。どうやらヘンに拗れる前に、俺のみっちゃんたちに対する不信感を払拭させようと人肌脱いでくれてたようだ。確かにあのファンクラブ問題は俺が築き上げて来た姫宮愛莉珠の清楚イメージを壊しかねない問題である。それを本人たる俺に秘密にしていた我が親友たちには、当然謝罪の1つくらいは要求するつもりだった。でも別に彼女たちが直接悪事を働いていた訳では無いし、俺も2人が愛莉珠に不利益なことをしていたとは考えていない。正直ほとんど余計なお世話だった。

 まあ俺も何気にあの“メインヒロインごっこ”が出来て楽しかったので、先生の好意に対する礼くらいはちゃんと言っておこう。


 それにしても……3年金髪ピアスコロンの男鹿少年の時も少し思ったけど、篠原先生って結構おせっかいな人だな。今回も、多分俺たち3人の仲の良さをこの遠足で把握した上で首突っ込んだんだろうけど、一歩間違ってたら双方のすれ違いから喧嘩になってた可能性だってあったはずだ。

 彼女が昔の新人担任時代のエピソードとして語った“いじめを仲裁したら双方に恨まれた”という話を思い出す。あれももしかしたら生徒たち以外に、篠原先生自身の仲裁の仕方にも大なり小なり問題があったからなのかもしれない。ぐいぐい行きすぎて角が立ってしまった───とかだろうか。

 頼りになるけどちょっと空回りしやすい、有能な小悪魔って感じの人のようだ。



「姫宮さんも山登りに加えて津田先生のお世話やクラスの監督で疲れたでしょう。そこの3人のように休んでいいのよ?」


「いえ……私は別に……」



 ほらぁ、またそうやって余計なお世話ばっかり焼いてぇ!


 ヤメロよそういうの!そりゃ確かに昨日は寝付き悪かったし、朝は4時起きだったし、登山時は最後尾の津田先生とクラスを何度も往復して大変だったし、下山時では裏ファンクラブとかいう面倒事が発覚するし、タクシー内では嘘泣き演技で疲れたし……

 だからといって今寝たら絶対他の3人が先に起きてしまう。コイツらのことだ。俺の寝顔を存分に堪能して、最悪スマホで盗撮してくる可能性だってある。冗談じゃない。俺は寝ないからな!


 絶対睡魔なんかに負けたりしない!!








「───リ…ちゃ…っ!アリスちゃん!津田ちゃん家着いたよ!そろそろ起きてってば!」


「待って美奈、ちょっとコレで2ショット撮って!今側行くから」


「……宮沢さん、貴女ついさっき姫宮さんに怒られたのもう忘れたの?」


「ごほっごほっ……あの、ここどこですか?……高尾山は?」




 睡魔には勝てなかったよ……







***







 車内で1時間近く爆睡したおかげで津田先生の体調はかなり回復したらしい。今も自宅のマンションのエントランス内を普通に歩いている。両脇を篠原先生と俺に抱き抱えてもらわないと立てなかった乗車時の様子が嘘のようだ。


 津田先生の家は駅から程近い場所に建つ中々立派な中層マンションの一室だった。パパンから貰ったクレカを取り出そうとする俺の手を押さえ、万単位のタクシー料金を代わりに払ってくれたイケメン篠原先生が、その立派な門構えを見て驚いている。明らかに新人教師の稼ぎを超える家賃のマンションに案内され、困惑する先輩教師。すると珍しく相手の内心を察した津田先生が事情を説明してくれた。



「私、お兄ちゃ───じゃなくて、兄の家にお世話になってるんですよ」


「ああ、なるほど……って、貴女やっぱり上の兄姉がいたのね」



 容易く想像出来てしまう分、あまりにベタすぎてまさか本当に妹キャラだったとは俺も思わなかった。それも兄妹同棲生活とは。意外と身近に実在したギャルゲーテンプレ設定に驚愕する。

 美人でかわいいポンコツ女教師で、おまけに“お兄ちゃん”と呼んでくれる妹と同棲ですか。


 ……背中刺されないように気をつけろよ、津田兄。



「津田先生……下世話な質問で申し訳ないんだけど、お兄さんってご結婚されてるとか、彼女さんいらっしゃったりとかしないの?」


「え、由紀ゆきさんのことですか?いますよ彼女」



 なん……だと……?

 稼ぎが良くて、萌え属性のデパートみたいなかわいい妹がいて、おまけに彼女持ちとか───それなんてリア充?いっぺん死んどく?その狙いやすい大きい背中、俺が刺してあげようか?



「ねぇ……彼女がいるのに貴女、お兄さん家にお世話になってるの?」


「さ、流石に休日に由紀さんが家に来る時は外に避難しますよ!近所に高校時代の友達が住んでるので、その時は女2人で寂しく宅呑みしてますもん」


「よかった……その辺のマナーは一応持ってるのね、安心したわ……」


「篠原先生は私を何だと思ってるんですか!?───ッごほっ、ごほっ」



 馬鹿なのに風邪を引いた変異種、津田先生がテンションを上げすぎてまた咳き込み始めた。背中を優しくさすってあげると、今度は俺を見る先生の目が突然潤み出した。



「ごほっ、ひ、姫宮さん優しいよぉ……。ひっく、今日は、ホントにごめん、なさぁい……わたし、またひめみやしゃんにめーわぐかげで……ひぐっ、うっ、うぅっ……」


「えっと……」



 俺が着ているピンクのトレッキングウェアを見て、先ほどの遠足のことを思い出したらしい津田先生。ベソを掻きながら遠足委員の俺に謝って来る。

 そういえばこの人って4組の担任、責任者だった。もう最初から問題児扱いで計算していたから迷惑をかけられたという印象が薄い。謝罪なら俺よりも、隣で呆れてる篠原先生にするべきだろう。



「先生……どうかお気になさらないでください。4組は篠原先生のご尽力を賜り全員無事に解散出来ましたので……」


「姫宮さんのおかげで別にそれほど苦労はしてないけど……確かにいつも面倒かけられてる身としては、何か一言くらい欲しいものね、津田先生?」


「えぐっ、ごべ、ごべんにゃじゃぁぃ……」



 恐れていた面倒くさい落ち込みモードがついに始まったのを察した篠原先生が溜息を吐いて、えぐえぐ謝る泣き虫を慰める。



「はぁ……はいはい、反省したんだったらいいのよ。……辛かったわね、津田先生」


「ふぐっ、ううっ、うえぇぇぇん……」



 自分の担当する生徒たちの目の前で、まさかのガチ泣きである。

 するとそんな津田先生を見たみっちゃんが釣られて泣き出してしまった。



「津田ちゃん……泣かないでよ……えぅぅ」



 近所の某幼馴染おれに対しては辛辣だが、俺の知る限り小学校時代のみっちゃんは基本的に純粋で感受性が豊かだったのだ。前世とは異なり俺が演じるパーフェクト美少女な姫宮愛莉珠と友達になったことで、その純粋な心が中学でも無事に引き継がれているのだろう。

 もっとも、そんなみっちゃんの隣にいる同い年の宮沢妹は自分の担任の痴態にドン引きしているのだが。


 大の大人と女子中学生が声を上げて泣く大惨事を他の住人に見られる前に、俺たちはポンコツ音楽教師とその兄が暮らす部屋まで2人の泣き虫を引き摺って行った。






***






 津田兄妹の家は掃除の行き届いたフローリングのキレイな3LDKマンションだった。津田兄が結婚を見据えた“由紀さん”とやらとの生活を考慮して借りている一室に、津田先生が厚かましくも居候させてもらっているらしい。背中を刺されそうな津田兄も色々苦労していそうで思わずニッコリ。



「へぇ、流石は津田先生のお兄さん。廊下見るだけで几帳面で綺麗好きなのがわかるわね」


「まあ、先生のお兄様は料理もお上手なのですね。とても丁寧にシーズニングされた鉄製フライパンがステキです」


「見て見て愛莉珠!YAMAH△のかわいいグランドピアノがあるよ!津田先生のお兄さんピアノ得意なんだ~」


「何でみんなも私が家で何もしてないみたいに言うんですか!あとピアノは私のですよ宮沢さん!4組に音楽教えてるの私じゃないですか!あとかわいいとか言わないでください、グランドピアノむちゃくちゃ高かったんですから!」



 “もうっ”とぷりぷり怒っている我が桜台中学唯一の音楽教師。泣いたり怒ったり風邪引いたりと、随分忙しい人だ。あとついさっきまで落ち込んでいたのに、もう立ち直っている。まあナントカは過去を振り返らないとも言うし、津田先生はこれでいいのだろう。


 篠原先生。面倒は任せた。





「……ごめんなさい。そ、その、麦茶くらいしか無くて……」



 ソファーに腰掛けた俺たち一同のために、やけに恐縮しながら麦茶が入った人数分のガラスコップを盆で運んでくる津田先生。お茶菓子のムーンライ○に“わぁい”なんて陽気にはしゃいでいる子供みっちゃんはともかく、目が泳いでいる先生を見た残りの俺たち3人はティンと察する。これほど女子力が高い津田兄が管理する家に、来客用のお茶が無いとは思えない。

 空気を読んで気付いてないフリをする俺と宮沢妹を尻目に、先輩教師が遠慮など要らぬとばかりに津田先生に容赦無く突っ込みを入れる。



「麦茶しか無いんじゃなくて、急須か茶葉の場所がわからないだけでしょ……」


「なっ!ななな……っ。……うぅっ……おっしゃるとおりです、ハイ……」



 津田先生……



 このところ───というより4月上旬に桜台中学でクラス担任になってから失敗続きな先生。肩を縮こませてしょんぼりと項垂れる、我らが4組の担任教師の可哀想な姿。そんな彼女に俺の溢れんばかりの……そう、溢れんばかりの良心が悲鳴を上げる。今は篠原先生含む先輩教師陣に注意されてばかりで、自分を褒めてくれる自尊心の回復役が少ないのだ。篠原先生もよしよしと慰めてはくれるけど、褒めているところは見たことが無い。いくら立ち直りが早い能天気な人でも、たまには周囲に何か自分の長所を見せてドヤ顔したいだろう。

 なら清楚系パーフェクトメインヒロインの俺くらいは津田先生の回復役になろうかな。




「……ところで、先ほど宮沢さんもおっしゃられてましたが、私の家のピアノもY△MAHAなのです。の津田先生とお揃いでとても嬉しいですわ」



 篠原先生の説教が途絶えた一瞬を狙って、津田先生の長所であるピアノの話題を出す。さり気なく相手を褒めることも忘れない。ほら、俯いていた頭がプロって言われて一瞬で跳ね上がったし。ホント単純だな、この人。


 ……もっともウチのリビングにある津田先生とおそろいのYAM△HAは、先生のコンパクトなGBシリーズではなくその20倍近い値段差があるYAMAH△最高最強のCFXシリーズなのだが、当然そんな理不尽な事実は伏せる。


 だが俺の意図を理解してくれないバカが一人───



「……ん、あれ?でもアリスちゃん家のピアノってもっと“デェェン!”って大きかっ───っむごごっ!?」


「もっ、もぉ~美奈ったらまたクッキーの食べかす付けちゃってぇ~!ホント子供なんだからぁ!」



 すかさずそのバカの口を塞ぐのは、クラス分け試験全5教科満点を叩き出した天才少女、なっちゃんこと宮沢夏美ちゃん12歳である。バカみっちゃんよりさらにポンコツな津田先生は、まだ俺にプロと言われたことが嬉しいのか、ニヤニヤし続けている。

 何とか無事に誤魔化せたみたいだ。流石の察しの良さと行動力に惚れ惚れするぜ、なっちゃん。


 その後もさり気なくピアノの話題を投げ続け、20分ほどが経った。途中から宮沢妹に続いて俺の意図を理解してくれた篠原先生も何度かナイスアシストを決めてくれて、ついに俺たち『津田先生を励まし隊』はこの場で先生にピアノを教わることになったのだった。



「んもぉ~しょうがないですねぇぇ~!」


「きゃー、津田せんせーステキー!」


「学校外で教えるのはホントはダメなんですよぉ~?ま、まあ私も“プロ”として?練習に使えるグランドピアノくらいは持ってますけどぉ~……」



 その結果。褒められ慣れていないポンコツ女音楽教師さんは、自分の4年間のバイト代で購入したと言うコンパクトグランドピアノを鼻高々に見せびらかし始めた。


 え、4年って長くね?グランドピアノって新品ならまだしも、先生のこのベビーグランドって中古なら50万くらいでギリギリ買えるだろ。それくらい大学生なら夏休み返上で頑張ればひと夏で稼げるって、大学で建築教えてるクソ親父が言ってた気がするんだけど……


 ちなみに姫宮家のリビングに鎮座するCFXシリーズはクソ親父の年収でも手が届きません。今度パパンが帰ってきたらまたキスしてあげようと決めた現金な愛莉珠ちゃん12歳である。



「そ、それじゃぁ姫宮さん。そうねぇ……あ、姫宮さんってドビュッシーとか似合いそうだからアレ弾いて!『月の光』!」


「わあっ、凄いわかる!アリスちゃんドビュッシーって感じしますよね!やーん、楽しみぃ~!」


「え、それって凄い暗い曲じゃなかったっけ?愛莉珠にはもっとかわいいのが似合うと思うんですけど……」


「そっちのはベートーベンの方のだよナツミちゃん。それに後半は盛り上がるから暗いだけじゃないもん。曲名ニアミスしてるけど『月光』って別の曲」


「何それ紛らわしい」


「文句ならドビュッシーのお墓で言ってよ……」



 唐突すぎる俺の作曲家イメージと課題曲の選出に困惑する。


 えぇ~俺ってドビュッシーっぽいかぁ?俺、ドビュッシー───というより印象派自体が苦手なんだけど。ロマン派もだけど。何あの唐突に出てくるキモい不協和音。あんなのマトモな感覚で弾ける訳ないだろ。ババァにも“弾くとき怯えすぎてて聴いてて不安になる”とか言われたし。“ちゃんと自分を感じろ”とか言われても意味わからないんですけど。俺が自分なんか感じちゃったら『月の光』じゃなくて『†ムーンライト†』になっちゃうだろ、いい加減にしろ!俺はそこでみっちゃんに貪られてるムーンライ○より○セイバターサンドの方が好きだ!


 ラフマニノフやろうよラフマニノフ。ロマン派ならまだギリギリなんとか───って、いや待て!やっぱダメだ、ラフマニノフも止めてくれ。この前の、あのババァに抱きしめられた時のことを思い出してしまう。……逆に上手く弾けるかもしれないけど。




「───す、愛莉珠?大丈夫?何か凄い顔してるけど……」


「……ぇ、あ、い、いえ、何でもありません」



 宮沢妹が心配そうに俺の顔を除きこんでいる。げっマズい、全然聞いてなかった。



「えっ、姫宮さんドビュッシーわかりますよね……?」


「えっ、津田先生何言ってんですか、天下のアリスちゃんですよ!?この前もお家お邪魔した時とってもキレイなアラベスク弾いてましたもん!ねぇ、アリスちゃん!」



 えっ……あの時のアラベスク、キレイだったの……?

 ホント……?


 た、確かにこの前弾いた鐘もババァに初めて褒められたし……ハッ!ま、まさか、この愛莉珠ちゃんボディになったおかげで感性が変わったのか?

 もしや別人の体に乗り移ったおかげで、俺もついに古典主義から脱却出来たのか?

 あのベートベン先生の壁を越えられるのか!?

 “いつまでキラキラ星弾いてるのよ”なんて不名誉極まりないことをババァに言われる日々も終ったのか!?!?

 小学生時代に聴いた辻井信○ニキの、あの音の波みたいなカンパネラのご尊顔をついに拝見することが出来るのか!?!?!?


 そうなのか、リスト神よ……?





「わあっ……!」



 俺は意を決して津田先生の4年の労働の対価と向き合い、その白黒の鍵盤を弾き始めた。我が姫宮家のリビングと違って部屋もピアノも小さく音も若干喧しいが、それでもかつて無いほど気持ちよく弾けている気がする。先生もかわいい笑顔で聴いてくれている。

 演奏が終った後、恐る恐る津田先生の方へ振り向くと、その顔にはちょっと苦笑気味の表情が浮かんでいた。


 ───まあ、そんな意識の違い程度で簡単に上達してたら世話無いですよね……



「凄いですね姫宮さん。コンクール出ましょうよ、コンクール!もうちょっと練習したら何か賞取れそうな気がします!」


「きょ、恐縮です……」


「はぁ~コンクール……懐かしい響きですねぇ……。学生時代を思い出します……」



 途中からドビュッシーの話になったから完全に頭から吹っ飛んでたけど、俺たちってそもそも津田先生のプライドを取り戻すことを目的にこの臨時ピアノ教室の開催を求めたんだよね……?

 なら一応成功したってことでいいよね?ほら、津田先生めっちゃ満足そうな顔してるじゃん?普段よく見せる相手への憧れが混じっている切なそうな顔じゃなくて、どこか余裕のある素直な笑顔だし。流石は腐っても音大ピアノ科出身の音楽教師24歳。いくら俺がピアノ教室を持つババァに13年間扱かれたとはいえ、素人高校生に遅れを取る音大卒業生なんて普通いないから当たり前なんだけどね?


 ……何か凄い悔しいから早くお家帰って練習したいんだけど。




「あ、あれれー?もうこんな時間だー。ごめーん津田ちゃーん。あたし、もうお家帰らないとー」


「えっ、もう帰っちゃうんですか?」



 俺と同じように『津田先生を励まし隊』の活動が一定の成果を上げたことを確認した宮沢妹が大根役者のような演技でお暇したいと言い出した。ホントに今日のコイツとは息が合う。俺も早速なっちゃんに便乗しよう。



「……そうですね。残念ですがもうかなり日が傾いております。この続きは学校の昼休みにでも……もし先生のお時間がございましたら、またご教授頂けないでしょうか?」


「はっ、はいっ!もちろんいいですよ姫宮さんっ!先生にどーんとお任せくださいっ!」




 “にぱぁっ”と笑う津田先生。よく見る“にへらぁ…”って感じの情けない笑顔ではない、何かを極めた人間が見せる立派な“プロ”の笑顔がそこにあった。そんな先生に俺は一瞬、不覚にも見惚れてしまった。



 ……俺のプライドと引き換えのその笑顔、大切にしてくださいよ?














「ねぇ……何かその笑顔ムカつくから言っちゃうけど……貴女が優越感に浸ってる相手の姫宮さんは、まだ12歳よ?」







 篠原先生……それは言わない約束でしょ……





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