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02話 自己紹介のあの空気って何なの?

 幼馴染のみっちゃんこと小西美奈と、自分が元の紫藤広樹とは別人になって腕を組みながら登校している現状になんとなく小恥ずかしさを感じながら、俺たちは桜台中学の体育館へ向かった。



 入学式と聞くと一面桜色な満開の桜並木を想像するが、どうやら俺にはそんなものは縁がないらしい。4月の東京なんて暖かすぎて桜の花も俺の嫌いな葉桜になってるし、雨が多けりゃそもそも4月まで花が持たないことだってある。今回も、まあ5年前の過去ってことで既に一度経験してことになるんだが、どうやら気温が高い日が続いたせいで木の上の方の花が全部散って葉っぱだらけになってやがる。

 全くもって見苦しいぜ……


 葉桜ってあの葉の緑色が折角の幹の黒と花の白(桜色)と空の青のコントラストを邪魔してる感じがするよな。桜のあの幻想的な雰囲気を台無しにしてるのが好きになれねぇ。花が散り終えてから葉が出てくればいいのにね。




 さて、そんな物議を交わす桜花七変化の好みについて考えていると目の前に近未来的な建物が見えて来た。スレンレスっぽい質感のルーバーが、壁に沿って等間隔で埋め込まれている縦に長い巨大な窓を覆い隠し、真っ赤に塗られたトラス構造の屋根が被さった意匠をした新体育館だ。



「わぁ、カッコいいねあの建物」


「ええ、男子が好きそうなデザインね」



 中身男子な俺が保障するぜ。あれは思わず受験の志望動機とかにしたくなるほどカッコいい。

 俺も中学時代はこっちに来ればよかった。


「あーわかる。ウチの近所のクソガキがアホみたいにはしゃぎそう」



 おっと、早速みっちゃんの周辺環境の情報をゲットしたぜ。この調子なら俺の話題が出た時にさりげなく“男子の部屋に入る時はノックをしよう”と注意出来そうだ。これであの盗撮脅迫事件は回避出来る。


……しかしみっちゃんの言う“体育館のデザインにはしゃぎそうな近所のクソガキ”って誰のことだ?俺の近所でもあるわけだし、そんな騒がしい近所迷惑なヤツがいたら覚えていそうなもんだが……



「あっ、もうみんな座ってるね。何かソワソワしてるけど」


「ふふっ、皆さん入学式で緊張しているのかしら」


「……わたしたちも本来そのはずなんだけどね。アリスちゃん大人びてるから、隣のわたしも引きずられてあまり緊張しないなぁ」



 体育館の中に入ると、既に多くの生徒達が出席番号順に座っていた。全員が一年生の黄色のリボンかネクタイをしている。二年生が青、三年生が緑らしい。


 そうだ忘れてた、折角このJC愛莉珠ボディになってもみっちゃんと仲良くなれたのだ。彼女のクラスを確認しよう。この世界での俺(紫藤広樹)の心の平穏のためにもみっちゃんの行動は把握しやすくして置かなければ。



「私は4組教室の17番の席なのだけど、みっちゃんはどこのクラスですか?」


「えっアリスちゃんも4組!?やったぁ同じだぁ!6番だよ!」


「まぁ、偶然ね!これからもよろしくおねがいします」


 おおっ!これで万に一つもクラスで孤立する残念系ヒロイン化は回避できそうだ。やはりパーフェクト美少女ヒロインは校内一の人気者でなくてはな!


さりげなくお上品に“まぁ”とか感嘆詞をつけて見たんだけど、気付いてくれた?みっちゃん。



「うんっ!来年もまた同じだといいね!」


「……まだ初日の入学式なのですが」



 相変わらずせっかちなヤツだ。

 安心しろ、例え来年再来年とクラスが違っても17年の付き合いで男の好みから背中の黒子の位置まで熟知しているお前とは仲良くし続けたいと思っているさ。なんなら中1の頃の初恋相手だった加賀某くんへの恋を成就させるのを手伝ってやることだってやぶさかでは無い。


 だから頼むから失恋の腹いせに俺(紫藤広樹)を苛めないでやってくれ。

 傷心のお前の姿に思わず爆笑してしまったのは謝るから……




***




 そんなこんなでドキドキの入学式も終わり、みっちゃん(現実)の言ってた通りに3分程度でスピーチを終わらせたおじいちゃん校長先生に拍手を送った後、これまたみっちゃん情報通りに美人で可愛い新人担任の音楽教師に率いられて4組の教室に入室した。


 席はなんと教室の窓側から二列目の中央後ろ付近というまさにザ・ヒロイン定位置だ。この席は、だいたい窓側の最後尾あたりに座る主人公が横目でチラチラと相手の姿を窺える位置で、学園モノのメインヒロインがほぼ決まって座っている。

 まさにパーフェクト美少女ヒロインを目指す俺のための座席だ。


 ちなみに俺の左斜め前の窓側の席にはみっちゃんが座っている。これで俺(紫藤広樹)が俺の左横に座っていればメインヒロインと幼馴染に囲まれて座る主人公というテンプレ状況が形成されたのだが……

 残念ながらそこにはこっちをチラチラと窺う名も知らぬ黒髪の少年が座っている。

 別の中学に行ってしまった俺(紫藤広樹)よ、惜しかったな。


 ……それにしても“俺が俺の横に座る”って、何だろう。

 哲学かな?





 さて、入学式を終えた最初のHRと言えば、涼宮ハ○ヒのアレである。そう、教室自己紹介という名の公開処刑だ。

 あの気まずい空気。嫌だよねぇ……


 まあもっとも、今の俺は恋人の姫宮愛莉珠の過去の体を乗っ取ってる訳だし、彼女のスーパー美少女な原石を最大限磨き上げながら将来のビッチ化を(俺の独りよがりな願望のために)防ごうとしてるのだ。理想のヒロインになるためには、こんな自己紹介程度でうろたえてはならない。クラスの有象無象どもに、家で何度も練習した最高に清楚可愛い愛莉珠ちゃん12歳を印象付けさせてやるぜ!

 ……頼むから俺の足に声、震えないでくれよ?



「えっと、じゃあ次の人どうぞ……ってうわ、凄い可愛い子……」



 よっしゃ来たぜ!

 新人なのに担任をやらされてしまった哀れな音楽教師の津田先生が若干キョどりながら俺に自己紹介を促す。生徒個人の外見的特徴を大っぴらに口にするのは教師としては若干まずいんだけど、大丈夫かこの新人教師……


 ちなみに10人くらい前に順番が来たみっちゃんは思いっきり噛んで周りからクスクス笑われていた。

 後で慰めてあげよう。



 しかし、この一斉に視線が集まる感じ……羞恥に頬が序々に熱くなる。

 ええい、みっちゃんだって乗り切ったんだ!精神的に年上な俺が恥ずかしがってどうする!


 俺はみっちゃんで効果を確認した必殺技、パーフェクトヒロイン美少女スマイルで優しげな清楚系美少女を演じた。



「はい。本日より津田菜々美先生の1年4組で皆さんとご一緒させていただきます、横浜の浦ヶ崎小学校出身の“姫宮愛莉珠”と申します。趣味はテニスとピアノ、あとおことを拙いながら嗜んでおります(予定)。東京に越してきてまだ日が浅いので、機会があれば是非、色々と都会での暮らし方をご教授いただけたら幸いです。これから三年間、どうぞ宜しくお願いいたします」



 愛莉珠(本人)も自慢だった鈴の音のような綺麗な声で、男女の区別無く顔を赤らめてこちらを見つめてくるクラスメイトたちに自己紹介をする。彼らにつられて熱を持ち始めた頬はご愛嬌だ。

 セリフ自体は若干堅苦しくてとても中学生一年生の自己紹介とは思えないが、ぶっちゃけこの超絶美少女な外見でヘンにネタに走ったりすると悲惨なことになりそうなので……つか俺が羞恥心で死ぬので無難な内容にしたのだ。

おかげで皆騙されてくれたようだ。

 隣の主人公席に座る黒髪の少年なんか耳から首まで真っ赤っ赤だ。

 あと何故かみっちゃんも顔を赤くしてこっちを見ている。

 ヤメロ、その道に進んでも何も生産性は無いぞみっちゃん!



 それと……言い切ったからにはマジでおことを習わないとな……

 あ、自己紹介の“お筝を嗜んでます”発言はただの見栄です。パーフェクト清楚系ヒロインにお筝スキルは標準装備だろ?俺やこの愛莉珠ちゃん12歳にはそんなもの無いから、これから習う予定なのだ。

 どうせ中学の授業なんて俺みたいな学年試験平均点トップ10な天才からすれば楽勝だし、あまった時間と金で楽器買って教室に通おう。

 既に目星はつけてるし。



 ちなみにピアノは愛莉珠(本人)の特技だし、俺の本体(紫藤広樹)も4歳の頃からピアノ教師の母親に嫌々叩き込まれていたからそれなりに弾ける。愛莉珠のマンションの部屋にも馬鹿でかいYAM△HAのグランドピアノがリビングを占領していたし。万に一つも弾けないなんてことはないだろう。




 とか考えながら着席の指示を待っていると、ポカンとしながら頬を赤く染めた顔で俺を見つめる津田先生と目が合った。



「……先生、もし?」


「っあ、ご、ごめんなさい。あの、アイドルとか少女モデルとかされている方ですか……?」


「いいえ、申し訳ございません。特にそのようなことは……」


「あっ、い、いいえ、何でもありません!自己紹介ありがとうございましゅ!そ、それでは次の方、自己紹介をお願いします」



 “うわぁやっちゃった~”と小さく呟く津田先生。うん、確かにドジッ子で可愛い先生だ。

 俺的には同じ音楽に馴染みがある者としての何らかの感想が来ると思って、先生返答用のセリフを色々用意してたんだが……

 ムダになってかなCよ、津田先生。


 まあ、まだ習う予定段階のお筝について色々聞かれたら困るから逆によかったのかもしれねぇけど。




 ……それと横の主人公席の黒髪少年よ、そこに座る者が自己紹介が終った後でもそんな火を噴きそうな顔でメインヒロインをガン見し続けるなんて許されんぞ?そんな“一目惚れしちゃいました”オーラ出しまくってて、基本的に難易度高めなメインヒロイン様を落とせるわけねぇだろうが!

 もうちょっとギャルゲやエロゲで勉強しなさい。

 あとこの愛莉珠ちゃん12歳のボディは将来、俺の彼女になるのだ!そんなに見つめんなよ、減っちまうだろ!






 あ、俺はパーフェクトヒロインだしクラスメイトの名前と趣味は全て暗記したぞ。

 俺のボイスレコーダーが。




***




 その後もどこかソワソワしたような空気は続き、最後の席の女の子の自己紹介が終ったところで校内案内の時間となった。顔や声、言葉遣いや仕草所作が並の女子中学生とは一線を画していたためか、クラスメイトたちから随分と遠巻きに見られながら校内を移動する。視線やヒソヒソと聞こえてくる話の内容は全て好意的なものではあるんだけど……


 しまったな、これでは友達が作りづらい。あと視線が地味に強烈で、今すぐ逃げ出したい。

 全く、あの一瞬で皆を釘付けにしてしまうとは、スペック高すぎるぜこの身体……


 そんな贅沢なぼっちフラグが上がってしまった俺のとなりで恥ずかしそうに周囲を窺っているのは、現時点で唯一の友人みっちゃんだ。



「ううぅ、自己紹介失敗しちゃったよ……」


「大丈夫よ、津田先生も緊張で噛んでらしたのだから。気にしてはいけないわ」


「でもアリスちゃんは先生もびっくりするほど上手で可愛くてカッコよかったのに……」


 “クラスのみんなもメロメロだよ”なんて羨ましそうに俺を上目遣いで見つめて来る。

 まずい、ここでみっちゃんに距離を置かれてしまったら完全にぼっちになる上この世界での俺とのつながりも消えてしまう!

 特にみっちゃんの行動はある程度把握しておかないと、あのシコシコ盗撮脅迫イベントが起きかねない。何としてでも彼女をフォローして親友ポジを確保しなければ!



「……実はアレ、昨日の夜ずっと鏡の前で練習していたの」



 落ち込んでいる相手には逆に自分の弱みを暴露して同族意識を持たせるのがベストだ。こっそりと俺のパーフェクト美少女化強化計画の一部をみっちゃんに囁いた。


 改めて言葉にすると俺めちゃくちゃ恥ずいことやってるんだな、これ……



「えっ、そうなの!?」


「ええ、私まだみっちゃんしか東京にお友達が居ないから頑張らなくちゃって張り切ってしまって……」



 “それがこんなに注目されてしまうなんて”と恥ずかしそうにしながら俯く。

 演技のつもりが案外マジな恥ずかしさから本気で俯いてしまった。確かにこんなに注目されるのは慣れてない俺にとってもかなりキツイ。

 見栄張ってたが、これからはあまりカッコつけないようにしよう……


 その瞬間、ざわっと周りの空気が変わった気がした。


 な、なんだ?まさか今の聞かれてしまったのか!?



「アリスちゃん可愛い……」


「えっ?」



 いやそんなこと俺が一番よくわかってるけど、何故に今それを言う……?頼むから俺の名誉のために顔見ないで?耳とかすげぇ熱くなってるから。



「そっ、それではこれより集合写真撮影のため、正門前へ向かいましゅ!皆さん先生についてきてくださーい!」



 可愛い声で津田先生が一同を先導する。相変わらず噛みまくりだな、先生……









 集合写真の撮影時、俺の前後左右斜十字の8人の男女がやけに挙動不審だったのは俺のせいではないだろう、うん。



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