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44話 高尾山の遠足(1)

高尾山は意外とハード


「うげぇ、マジですか……」


「ええ、清水先輩の代では遠足直後に特進科で大きめのテストがあったそうです。お気をつけください」



 “油断も隙も無い”とスマホ越しにぼやくなっちゃんこと宮沢妹に適当に別れの挨拶をして、俺は明日の遠足で食べる弁当の材料調達のために駅ビルの生鮮食品売り場に急いだ。どうせクラスメイトたちが興味津々に俺の弁当を除きに来るだろう。天下の美少女、姫宮愛莉珠が持参するに相応しい見栄えのいい女の子っぽい弁当を作って俺の株価を維持しなくてはならない。

 一応委員会では高尾山の山頂で1時間の昼食時間を設ける予定になっている。とはいえ友達とダベってると1時間なんて一瞬だろうし、あまり食べるのに手間や時間がかかる料理は避けるべきだ。それに女子なら互いに食べ合いっことかしてきゃっきゃうふふするはずだ。つまみ食いしやすいように手づかみでも簡単に食べれるものがいいだろう。


 色々吟味した結果、手鞠寿司とカニ爪クリームコロッケをメインに、アスパラの豚バラ巻きと野菜のロールキャベツ、ほうれん草の和え物でスキマを埋める感じに決めた。バラ巻きと和え物はともかく手鞠寿司や野菜ロールキャベツは彩りも良く女子っぽいレシピだし、カニ爪コロッケはとにかく弁当箱を開けたときのインパクトが凄いのだ。学園モノのメインヒロインって何故か一品だけ凄い男子っぽいオカズを弁当箱に入れてるイメージあるじゃん?そんで好感度が高いとそのオカズを主人公に“あーん”してくれるの。そんなヒロイン要素が入っている弁当箱にしてみたい。

 あ、でもカニ爪コロッケってあーんするモノじゃないか。


 そもそも俺があーんしてあげたい男は別の中学で色々キモい伝説作ってる最中だから桜台の遠足には当然来ないし。


 そうと決まれば早い。早速材料をレジ籠に入れて買い物を済ませ、いそいそとマンションへ帰宅する。まずは作り置き出来るカニクリームコロッケの種を作ろう。カニ爪から身を取って、食感が残るように荒くほぐす。クリームはベシャメルの感覚で作るから、潰した缶コーンとみじん切り玉ねぎ、塩コショウで味付けしたカニ身をバターで弱火で軽く炒める。バターが溶けたら焦げ付く前によくふるいにかけた小麦粉をぶち込み弱火のまま一気にかき混ぜ、30分くらいかけて黄色っぽくなるまでさらに炒める。粉っぽさがなくなったら牛乳を少しずつ垂らしながら強火にかけ、ソースがぼてっとしてくるまで泡だて器で混ぜまくる。生クリームを加えてさらにぼてぼてするまで混ぜ、最後に粉末魚介だしとコンソメで味を調えたらカニクリームコロッケの種の完成だ。

 よくアニメとかでヒロインの料理が美味しかったりするが、彼女たちはおそらくバターのパンチや今回のように粉末だしを上手に使うことでコクを上乗せしているのだろう。それ以上のことをしても子供に“素材本来の味”だの“香りのハーモニー”だの理解出来る訳がないのだ。私にもわからん。

 コクを出すだけなら本だしやコンソメを入れればいいし、それだけで十分別格の美味さになる。超便利だし俺も当然使ってるぜ。


 その他の下ごしらえを終えた俺は荷物をまとめて一足早く寝床に着いた。夜、あまり寝れなかったのはこういう学校行事を元の紫藤広樹としてではなく一人の女子生徒として参加することが新鮮に感じたからだ。決してわくわくしてたからではない。


 そして翌日朝4時。目が覚めてまず寿司飯のご飯を炊き、油を熱し、とって置いたカニ爪の根元にカニクリームをもっこりくっ付けパン粉をまぶして揚げる。同時にフライパンで豚バラアスパラを炒めながら、昨夜のうちに準備しておいたほうれん草の和え物を作る。野菜を切ってロールキャベツにし、完成して冷めたモノから漆塗りの小さな重箱に詰めていく。揚げ物の下にはレタスも敷くぜ。

 ご飯が炊けたら寿司桶で酢を振りながらシャリを準備し、スモークサーモンやアジ、イクラ、キュウリ、桜でんぶなどで彩り豊かな手鞠寿司を作る。手鞠寿司は格子の仕切り付きの段に詰めると凄い見栄えがいいのでワザワザ駅ビルで専用の重箱を買ってきたのだ。

 完成した弁当の美しさに少しの間ウットリした後、シャワーを浴びて油の臭いを落としてから急いで髪を乾かす。まだ6時前だし集合時間の9時半までまだ時間はある。今日はあれだな、作法の鷹司先生に教わっているナチュラルメイクをしてみよう。それに指定体操着の無い桜台では運動着もオシャレが出来る。いつもなら清楚イメージのため穿けない際どいミニスカートだって、黒のスポーツレギンスの上からなら問題ない。裾プリーツのパステルピンクのヤツだ。上は大正義ゴアテ○クスの蛍光ピンク色のレインジャケット。完璧なザ・山ガールである。

 やはりオシャレは女子の特権だ。折角のイベントだし女子的な楽しみに慣れておかねばな。決して浮かれている訳じゃないぞ!違うからな!


 しばらく姿見で見惚れてたらもう電車の時間だ。再三の忘れ物チェックをして俺は姫宮愛莉珠として初めてのレクリエーション行事に参加すべく、軽い足取りで駅へと急いだ。






***





 東京。


 かつて江戸と呼ばれたこの地は18~9世紀頃にはすでに100万人が生活していたと伝わる世界最大の都市であった。その後大日本帝国時代に天皇を旧江戸城に迎え、以後大規模な都市開発が何度も成され実にアジアらしいカオスな都市へと変貌する。

 明治維新の廃藩置県では名を東京府と定められ、京都、大阪と共に首都機能を有する三府に設定された。その後大戦中に首都機能の強化を狙い府から都へと昇格し、戦後も首都復興を最優先にしたため都のまま現在に至る。

 東京都全体を見るとその面積はかなり広い。広いということは多様性があるということでもある。離島とかもあるし。


 何が言いたいかというと、俺たち桜台学園中等科1年生の目の前にある緑豊かな高尾山もその1400万人近くが住む世界最大級の都市“東京都”の一部だということだ。

 一部の都民は旧東京市(現東京都区部23区)以外東京とは認めないと言うが、高尾山は自分のことを“東京都”のレジャースポットだと思っている。決して八王子市さんのことを都の面汚しだの田舎だの言ってはいけない。その奥で健気に都民に水を捧げてくれている奥多摩町さんが泣いてしまうからだ。


 そして俺は今、その“東京都”のレジャースポットの玄関口である高尾山口駅の広場で同級生たちにもみくちゃにされている。



「ア、アリスちゃんダメだってば!そんなかわいいカッコしてたらまた襲われちゃうよ!」


「きゃああぁ!テニスのときの白もいいけど、ピンクも似合いすぎよ愛莉珠ぅぅ!」


「はぁぁ、天使。天使がいる……」


「ぐはっ……!ひ、姫宮さん!わた、わたしと記念撮影してくれませんか!?」


「葉月ちゃんその写真悪用するつもりでしょ、ダメだよ!みんな我慢してるんだから!」



 素晴らしきかな姫宮愛莉珠の超絶美少女素材、そして女子力MAX鷹司先生のメイク講座。ナチュラル系とはいえメイクで更に磨きがかかったこの顔に、女の子らしいピンクのトレッキングウェア。おまけにレアなミニスカート姿である。生徒たちの黄色い歓声が止まらない。

 あの、オシャレした甲斐あったので嬉しいんだけど……お前らの奇声が周囲の迷惑になってるからちょっと自重しましょう?俺も委員という責任者なので……


 登山開始時間めいいっぱいまでこの愛莉珠ちゃん12歳ボディを褒められた俺は、天狗気分で調子に乗る前に真面目モードに切り替えて、委員の仕事を行った。



「それでは各班は3組担任の石井先生に続いて登山を開始してくださいませ」



 事前に出しておいた指示や注意事項の最終確認を終え、自分の1年4組の生徒たちに指定の表参道コースの登山開始の合図を出す。俺が担任先生を差し置いて合図を出している理由は決して自分が仕切りたがり屋だからではない。ある問題が起きたのだ。


 津田先生の体調不良である。


 我が組の津田先生おとなは集合時間ギリギリで到着し、今は公衆トイレで順番待ち中だ。どうも薄着のまま夜遅くまで注意事項を確認していたら寝落ちしてお腹を壊してしまったらしい。“寒気がする”なんて言っていたからおそらく風邪も引いているのだろう。あまりにテンプレな張り切り爆死に思わず珍獣を目にしたかのように歓心してしまった。


 とはいえ津田先生をここで休ませる訳にはいかない。引率抜きで勝手に登り始めるのは許されないからだ。高校生ならまだしも我々は中学1年生である。いくら遠足委員の俺が大人びてて優秀な生徒だと評価されていても、所詮は子供。クラスの責任者はやはり担任先生であり、その先生の代わりに俺がクラスを率いることは出来ない。


 俺は急いで最後尾を任されている数学教師の篠原先生に事情を説明した。この人、津田先生が心配で遠足の引率補佐に立候補してたらしい。仲良しか。



「篠原先生。津田先生の体調を鑑みると先生には麓でお休みいただいた方がよろしいかと」


「えぇ~……風邪って、津田先生ったらやっぱりやらかしたのね……」



 これを見越して引率補佐に立候補してくれてありがとうございます、ホント抜け目無くて有能です、篠原先生。



「でも担任を置いてくのは無理よ。最後尾でいいから他の足の遅い生徒たちと一緒に進んでもらうのが一番ね」


「ではその生徒たちの引率を津田先生にお任せして、篠原先生に4組の生徒たちをお願いしてもよろしいでしょうか?」


「はぁ、それしかないわね」


「よろしくお願い致します」



 そういう訳で、今年の遠足で我が4組は担任先生ではなく無関係な篠原先生が率いることになった。津田先生のポンコツっぷりに慣れている4組生徒たちが唐突な引率者変更程度で動揺などするはずが無く、平然と3組を追って出発する。みんな逞しくなっちゃって……

 それからしばらくして真っ青な顔をした津田先生が足をふらつかせながら戻ってきた。

 これは相当体調が悪そうだ。



「ご、ごめんなさい……。他のみんなはもう行っちゃったんですか……?」


「はい。ですが先生、ひとまずこれをお飲みください。その顔で山登りは委員として見過ごせません」



 こんなこともあろうかと風邪薬を用意していたのだ。風邪の効き始めに最適とか箱に書いてあったから多分効いてくれるだろう。



「ううぅ……ごめ、ごめん……なさいぃ」



 よほど辛いのか、自分が情けないのか、ついに先生がベソをかき始めた。プロである以上体調管理も仕事のうちなのだが、彼女の度重なる失態は新人ゆえ色々と気負いすぎているせいもあるかもしれない。正直かなり同情する。



「4組の引率は篠原先生にお任せしてあります。津田先生は体調が回復次第、篠原先生に代わって全学年の最後尾グループの引率をお願い致します」


「は、はい……」


「もし何か問題があれば私を通じて篠原先生に連絡が行くように、ある程度進んだところでもう一度こちらに参ります。後は私と篠原先生にお任せください」



 辛そうな顔をしている先生も心配だが、先に進んだクラスのことも気になる。後で絶対グチグチうるさい篠原先生のご機嫌伺いのためにも急がなくては。

 後ろ髪を引かれる思いで最後尾グループから離れた俺はペースをぐんと上げて4組の下まで急いだ。


 少し息が上がってきたところで無事篠原先生に追いついた。隣には俺の班員の有馬玲子と黒髪少年がいる。



「只今戻りました、篠原先生」


「あら姫宮さん、おかえりなさい。津田先生は大丈夫そう?」


「姫宮さんそっちどうでした?津田ちゃん風邪で死にそうって篠原先生が言ってたけど」


「何とか最後尾で付いて来られてます。こちらは何かありましたか?」



 軽く状況確認して班に合流する。やれやれ、まさか───と言う程意外ではないが、津田先生がダウンするとは。篠原先生が来ていてくれて本当に助かった。


 やはり委員なんて言われてやるモンじゃない。



「あのバカ後でおしおきね」



 怒れる篠原先生に苦笑いで返しながら、俺は久々の高尾山を班員たちと楽しんだ。

 紳士な黒髪少年は有馬と俺の荷物を途中まで持ってくれたものの、中腹でダウンして結局我ら女子勢が彼の荷物を持つという本末転倒なことになっていた。サンキューあんどドンマイ。


 登山道半ばの霞台展望台付近で一度津田先生の様子を見に下がったり、そこで死にそうになっていた先生をしばらく励ましながら登る遠足らしからぬ一幕もあったけど。




 表参道コースの終着点、高尾山展望台広場まで2時間ほど歩いた俺たちは予定通り昼食兼自由時間を取った。

 遠足委員と引率先生はここからが大変だ。一度自由時間を作ると生徒たちがバラバラになりカオス化する。当然再集合は難しい。桜台の中等部は生徒数が比較的少なめなのだが、それでも210人強は居る。それほどの人数が好き勝手動いても他の登山客の迷惑にならない広いスペースが必要だ。大人数を率いる時はいかに組織だった行動を維持出来るか、そして一時解散はどこで行いどのように再集合するかを考えないといけない。


 今年の遠足委員会は昨年の厳しすぎる運営への反省から展望台広場内の自由行動を広く認めることにした。その代わりに引率の先生を各クラスの担任以外から募集して監督を増やしている。鬼門の昼食時間では広場の3つの出入り口に引率先生を控えさせて生徒が離れないように監視を頼んでいる。おまけに俺の自作簡易アプリの力で点呼作業もスマホで簡単に出来るのだ。アラーム機能も付いてるから集合時間を忘れることもない。スマホ普及が社会に及ぼす影響は大きい。

 かがくのちからってすげー。



「では皆さん、自由時間をどうぞお楽しみください」


『わーい!』



 そう言いながらテンションを上げている我がクラスメイトたち。だが誰も解散地点から動こうとしない。



「……あの、皆さん?今年は委員会より自由行動が認められておりますので、お好きに移動なさっても構いませんよ?」


「そんな勿体無いことしません!」


「一緒に食べましょ、いいですよね姫宮さん!」



 お、おう。



「え、ええ。ですが私はこれから津田先生のご様子を窺って参りますので、食事はもうしばらく後になりますが……」


「全然待ちます!」


「いつまでも待ちます!」



 お、おう。

 では俺は愛莉珠ファンのお前らのためにも急ぐとしよう。



 ガキ共でごった返す展望台広場を掻き分けるように進み、津田先生を探す。


 ……あれか?あのやけに空気がどんよりしてる一角で階段に腰掛けてる女の人。


 足早に近付いて声をかける。



「津田先生、お疲れ様です。体調はいかがですか?」


「ぜー……ぜー……し、しぬ……」


「ダメみたいですね……」



 完全に悪化している。渡した薬が効く効かない以前に2時間近くも山登りをすればそりゃこうなるわ。麓でも思ったけど、自業自得とはいえ流石にこれは同情を禁じえない。

 先生の顔の汗をハンカチでふき取り、背中のバッグから熱冷まし布を取り出して額に張ってやる。



「先生、日陰で休まれた後は最後尾グループの皆さんとご一緒にケーブルカーで下山なさってください。そのご様子ですと下山中に倒れてしまわれます」


「れもわたし……たんにんれ……」



 呂律も回ってないのかよ!流石にそこまで瀕死の状態なら他の先生たちも許してくれるってば!


 俺は側で津田先生を介抱していた脱落組みのぽっちゃり系男子生徒に先生を任せ、他の引率の先生のところまで急いで向かった。仕方が無かったとはいえ津田先生をここまで連れて来たのはやはり間違いだった。このまま生徒たちと一緒に下山までさせたらマジで倒れるだろう。


 俺は見晴らしのいい階段の上で4人で集まって昼飯を食べている引率先生たちの背中に声をかけた。



「───先生方、少しよろしいでしょうか?」


「あら姫宮さん、どうしたの。折角の自由行動なんだから貴女もちゃんと楽しまないと」


「いえ、どうかお気使いなく。実は津田先生が体調不良で熱を出してしまわれまして」


「はぇ?津田先生が熱?遠足当日に?」


「全く、あの人は……」



 ……職員室でも問題児扱いされてるんだな、津田先生。まあウチの4組でも似たようなものだけどさ。

 先生、涙拭けよ。


 流石に子供の俺の報告では拉致が空かぬと思ったのか、先生たちは席を立ち津田先生がダウンしている木の下の木陰までぞろぞろと歩き始めた。一人取り残された俺は遠くの津田先生からビシビシと感じる助けて欲しそうな視線に気付かないフリをしながらクラスの輪に戻った。


 先生、生徒の俺に出来るのはここまでだ。後は責任者同士で問題を解決してください。帰ったら慰めてあげますから。



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