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43話 テニスを楽しむ先輩後輩


 コン……パコーン──、コン……パコーン──


 多目的グラウンドに隣接している複数のテニスコートの1つから規則正しいボールラリーの音が聞こえる。聞こえてるといってもプレーしているのは俺自身な訳だが。

 相手をしてくれているのは元プロテニス選手の小野寺雄二先生だ。元の紫藤広樹時代にみっちゃんに“脇が臭い先生”という不名誉極まりない評価を付けられていた体育教師である。



「よし、姫宮ご苦労様。……みんなも見ていたようにさっきボールが内側の大きな四角内で2回跳ねたらアウト。これで点数は1-0ではなく15-0、“フィフティーン・ラヴ”と言う。その後は30となり、次は変則的に40、さらにもう一度点を取れば1ゲームゲットだ。みんなわかったか?」


「姫宮さんカッコいい……」


「ステキ……」


「先生、御託はいいから早く姫宮さんとのテニス再開してください。もう30分しか授業無いんですから」


「おまえたち見惚れるのもいいけど授業なんだから少しは先生の話を聞けよ!先週もずっと見せてやっただろ!そろそろちゃんと授業やらないと俺が怒られちゃう……」



 こんな風にノリがいい面白い先生なのだが、どこか隙があると言うか、とにかくこうして生徒たちに舐められてしまっている。もっとも流石元プロなだけあって、12歳の俺でも打ち返せる簡単なボールを俺の欲しいところに返してくれる。個人的には優しくて結構好きな先生だ。

 まあ、確かに脇は臭いけど……



「……ったく。じゃあみんな───はキツイだろうから、半数以上のペアが合計10回のラリーが出来るようになったらまた観戦させてやるよ、もう」


「!マジで!?やった先生愛してる!」


「よし、運動神経いい人は組んで早くノルマ達成してください!私はここで応援してます!」


「あ、矢沢さんズルイ!あたしも自信ないから見学しまーす」



「……俺教師向いてないのかな」



 先生の緩すぎる提案に図に乗った女子たちが好き勝手にサボりだした。先生としては全員にやらせて出来なかった子が周囲から浮いてしまわないようにと配慮したつもりだったのだろう。いじめの原因を作らないように配慮するその視野の広さは間違いなく教師向きですよ、小野寺先生。


 もう一人の頼りない先生?

 “ちゃん”付けされるのを許容出来ない心の狭いポンコツはもう少し頑張りましょう。



「───皆さん。そろそろおふざけは程々になさって、授業に集中しましょう?教えを乞う者の態度ではありませんわ」



 俺は先ほどの更衣室でのフラストレーションを言葉に上乗せしながら女子たちに自制を促した。するとだらけていた空気が一瞬で無くなり、皆が一斉に謝罪しながら各々のコートに散って行った。見事な“すみません!”だったが本来の謝る相手が違っていたことに誰も気付いていない。しかたないので代わりに俺が隣から漂う刺激臭の発生源に頭を下げた。



「小野寺先生、大変申し訳ございませんでした。1年4組のHR委員としてお詫び申し上げます」


「お、おう。……にしても凄いな、流石姫宮」


「……皆さんには些か過分な評価を頂いている身ですが……恐縮です」



 “むしろあの子たちの態度が正しい”なんて真顔で言って来る先生に曖昧に微笑み返す。ひとまず次回からはHR委員の俺が授業前に先に皆に注意しておくことを約束した。授業に出る子の半分は俺の管轄外の3組の生徒であることは考えてはならない。

 まあアイツらは何故か俺が更衣室を出るまで全員が室内で待っていてくれるから、事前の注意くらいは簡単に出来る。まるでヤの付く人たちみたいに俺の後ろからぞろぞろ続く女子の集団に初日は随分びっくりした。でも遠慮して貰うにもどうやって頼めばいいか全く思いつかなかったので、もう最近は存在しないものとして無視していたのだ。勝手に側に集まってくれるおかげで全員に注意するのも大した手間ではない。


 ……分家の吉城姫宮家の連中には鷹司先生からあの豪華すぎる下着の文句を言って貰おう。そして明日からはあのシンプルなサンプル下着に戻ろう。……ダジャレじゃないぞ?



 愛想笑いを顔にへばり付かせたままの俺に、先生が別の話題を投げかけてきた。



「そういえば姫宮は神宮外苑のクラブに入ってるんだったか?」


「はい、入会したのはつい最近ですが。ただスクールに入る時間も一緒に遊ぶ友達も無く、まだ一度も足を運んだことはございません……」



 そう、折角パパンがくっそ高い入会費を払ってくれたのに相手が居なくてまだ一度も遊びに行けてないのだ。身近でテニスをやっている人間なんてパパンか目の前の小野寺先生くらいだし、先生は既に別のクラブに入ってるから誘い辛い。かといってテニス部の連中を誘おうにも、部室に顔を見せるだけで“部に入れ”って煩いし……



「姫宮は小学校の時にスクール通ってたんだったか?それでその実力なのは磨くべき才能だと思うけどなぁ」


「そ、それは流石に……」



 先生が俺の12歳らしからぬ技術をテニスの才能だと言って来る。確かにインターハイクラスの男子高校生の技術を持つ中学一年生女子なんて、傍から見たら正真正銘の化物だ。この幼い脆弱な体で再現出来るプレーは限られているが、逆にその中途半端な拙さが俺の将来性を先生に感じさせてしまっているらしい。

 しまったな、初日に久々のテニスが楽しくてつい全力でプレーしてしまったのが拙かった。流石に姫宮家の令嬢である愛莉珠おれに“プロになれ”なんて言って来ることは無いが、言葉以上に彼が発しているオーラがそう主張している。

 出来ればその強烈な脇のオーラ共々押さえてくれると助かります。



「ま、まあスクールはともかく遊び相手がいないのはどうしようも────あれ?そんなことはないだろ?」


「?」



 “そんなことはない”とはどういう意味だろうか。俺は首を傾げ話の続きを催促した。



「てっきりそっちつながりで2人が親しいのかと思ったけど……姫宮は知らなかったのか?」


「と、おっしゃいますと?」


「姫宮と仲いい2年の清水菫、あのテニスクラブの会員だよ」



 なん……だと?







***






 時は飛んで放課後。

 今俺がいるのは銀座線の外苑前駅から歩いて数分のところにある明治神宮の外苑にあるテニスクラブだ。国内有数の格式高いクラブで、正直中学生が学校帰りにふらっと遊びに行っていい場所ではない。まあ俺は世界に冠たるPRINCESSユニバーサルの社長令嬢で、今俺の隣に居るこの少女も大手ゼネコンの社長令嬢である。その辺に転がってるみっちゃんとは違うのだよ。



 清水菫。


 宮沢妹の兄が率いる(?)2年生トリオこと“ブレイヴ3”の一角である。いつも相方の但馬先輩と一緒にいるイメージが強い彼女だが、実家のこともあって何気に桜台の金持ちグループとの付き合いも深い。俺はボロが出るのが怖くてまだグループの生徒たちと積極的に関わっていないが、清水先輩は実家のために子供同士の社交場(学校公認の会があるらしい)にもちゃんと出席している。れっきとしたお嬢様なのだ。

 ……本家の桜子おばあちゃんとつながりが出来たら俺もその子供社交会に呼ばれたりするんだろうか。1年生はまだそういう話は全く聞かないけど、2年3年は月1くらいで集まっているらしいし。要注意だな。


 そんな清水先輩がまさかのテニスクラブ会員であるという情報を小野寺先生からゲットした俺は、早速昼休みに彼女を捕まえて近いうちにクラブに遊びに行こうと提案した。すると丁度彼女も体育でテニスがあったので“テニスウェアがあるなら今日の放課後行きましょ”と社長令嬢らしからぬ行動力でそのまま連れてこられたのだ。もうどっちが誘った方なのかわからない。



「あら。姫宮さんのウェア、去年のウィンブルドンのセリーナ着用ドレスじゃない。それ……本人より似合ってるわね」


「こ、光栄です……」



 何でだよ、セリーナウィリアムスかっけぇだろ!あのゴリムチッ、って感じのボディから繰り出される即死級サーブとか思わず技名付けたくなるカッコよさじゃねぇか!

 ふん、来月末のウィンブルドン覚えてろよ。お前の着てるウェアの着用モデルは去年の残念セリーナみたいに4回戦でボコられるんだからな。そして俺の復活セリーナ兄貴姉貴が新たなタイトルを獲得する瞬間を歯軋りしながら見てろ、バーカ!

 未来知識ってホントどうでもいいことばっか覚えてるんだよな……


 ちなみにこの人は流石に人の下着姿を覗くようなマネはしませんでした。国内最上流階級のお嬢様はどこぞの1.5流階級のレズとは違うのだよ。



「それにしてもまさか姫宮さんがここの会員だったなんてね。言ってくれたらもっと早く2人で遊べたのに。」


「入会したのはつい最近でして。私も小野寺先生に伺うまで清水先輩が入会されてたとは存じませんでした」


「小野寺先生ってたまにファインプレーするわよね」


「元プロ選手なだけに、ですか?ふふっ」


「ぷっ、そうね。まあ親しみやすい方だしいい先生だわ」



 よかったな先生。知らぬところで金持ち令嬢2人に好意的に噂されてるぞ。これは人生の春かも知れないな。


 そんなふうにわいわい談笑しながら屋外のクレーコートに向かう。このクラブはウェア規制があるから土で汚れない屋内のカーペットコートにしたかったのだが生憎そちらは予約で埋まっていた。まあどうせ帰って洗濯してしまえば大して変わらないか。

 ストレッチをして体を解してから軽めのラリーを打ち合う。気になる清水先輩の腕前だが……まあ、うん。スポーツってよりは文化や社交の場として楽しむ上流層向けクラブだし、先輩もエンジョイ勢に毛が生えた程度の技術だ。彼女はどちらかといえばテレビとかでの観戦派なのだろう。



「……姫宮さんってテニスまで上手なのね。勉強もピアノも得意だし、ホント畏れ多いわ」



 ベンチで休憩していた先輩が俺のサーブの練習を見ながら唖然としている。

 FUFUFU、これは今朝の体育の授業の最後に小野寺先生と3ゲームの対戦でサービスエースを取れた、俺の紫藤広樹時代の必殺技なのだ。未来の2015黄金時代のジョコビッチのフォームを真似たジョコサーブである。当然身長も筋肉も足りないので威力はゴミだが初見殺し程度にはなってくれたらしい。

 まあ実際は先生が手を抜いてくれたんだろうけどね。



「清水先輩はヴァイオリンとお筝をなされてるのですよね?」


「教養として母に無理やりやらされているだけよ。貴女のピアノと同じにしないで欲しいわ、全く」


「わ、私もお筝は嗜み程度ですので……」


「貴女……それ程のピアノとテニスの実力持ちながら特進科で満点取ってて、その上お筝まで習ってるの……?」



 “一体どういう時間の使い方したらそんなに万能になれるのよ”なんて胸に痛い疑問を呟く清水先輩。当然なのだが、やはり5年の時間的アドバンテージは周囲からも大きく見えるようだ。ごめんなさい、俺は天才ではなくただのズル野郎です。

 これで日本舞踊や作法のついでに鷹司先生に英会話とフランス語習ってるなんて言ったらドン引きされそうだな。黙っておこう……


 もっとも俺としてはその5年のアドバンテージの維持に苦しんでるから大変なのは変わらないんだ。勉強も忘れないように中高6年間の問題集毎日解き続けるのくっそダルいし。テニスも身体のせいもあって当時の動きなんて全然ダメだ。友達付き合いに家の管理、作法教育もある。これがいわゆる“苦しいです評価してください”ってやつか……

 あのゲームってこの世界でももう販売してたっけ?まあウチにPS3なんて無いんだけど。


 日々の弛まぬ努力で罪悪感から逃れている中身高2男子の姫宮愛莉珠ちゃん12歳です。





***





 まるで温泉旅館の大浴場みたいな施設で汗を流した俺たちはホテルラウンジのような豪華なクラブハウスで寛ぐ。流石に午前中に体育の授業もあったせいでかなり披露が溜まっている。少しはしゃぎすぎたな、疲れて瞼が重い。ソファーが柔らかくて俺を眠りに誘いやがるぜ……



「そういえばあまりに大人びててまだ1年だってこと忘れてたけど、姫宮さんってもうすぐ高尾山の遠足よね」


「っ、あ、は、はい、明後日に学年の友人たちと楽しんで参ります」


 どこかに飛んでいた意識を手繰り寄せて何とか返事をする。危ねぇ、リアル社長令嬢さまにみっともない姿を晒すところだった。


 あ、ちなみにその遠足の運営委員も俺です。何というオーバー労働。もう二度と行事委員なんてやりませんので津田先生も俺以外の生徒を頼ってくださいね?



「そう。……姫宮さんなら何の問題もないだろうけど、一応先輩として一言」


「は、はい。何でしょう?」


「特進科の先生たちはみんなそろって性格悪いから、遠足から帰ったら必ずテストをやらされるわ。かなり大きなテストだから宮沢くんの妹さんにも一応伝えといて。成績気にしてたでしょ、あの子」


「まぁ、大事なテスト……それは確かになっちゃんにとって一大事ですね。ありがとうございます、伝えておきましょう」


「あら、“なっちゃん”だなんて随分親しくなったのね」


「え、ええ、まあ……」



 正当な取引の結果だとだけ言っておこう。

 そういえばアイツ、ちゃんとみっちゃんがこの世界の俺くん12歳と仲直りするように動いてくれているのだろうか。明日さり気なく訊いてみるか。



「ふぅん……なら私も“愛莉珠”って呼んでもいいかしら?」


「え、ええ、別に苗字で呼べと皆さんに強制している訳ではございませんので。お好きなように───」


「違うわよ。折角こうして同じテニスクラブで遊ぶ仲になったのですもの。…………私はもっと愛莉珠と仲良くなりたいの」


「!」



 ……何今の、ちょっとキュンって来た。



「ダメ……かしら?」


「めっ、滅相も無い!こちらこそ是非、これからもどうぞよろしくお願い致します、菫さんっ」



 当然だ。折角テニス仲間が出来たのだ、逃がすもんか。暇さえあれば引きずってでも連れてくから覚悟しろ!俺のストレス発散に付き合って貰うぜ、先輩!




「ふふっ、やったぁ。これからもよろしくね、愛莉珠」





 女子って尊いよな……



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