41話 女子の会話に混ざれる男子って尊敬しない?
「はぁぁ~、いいですよねぇ。子供は自由に遊べる時間がたっぷりあってぇ~」
「津田先生も昔はそうだったのでは……?」
「う……」
「……アンタが口で姫宮さんに勝ってるところ見たことないんだけど」
有馬玲子と黒髪少年と一緒に遠足の買出しに行った日の翌日の月曜日。班員で一人だけ参加出来なかった1年4組担任の津田先生に遠足委員会の書類を提出しに行った俺は、職員室で不満顔をしていた先生に数学教師の篠原先生と一緒に捕まってしまった。この人は顧問をしている吹奏楽部の生徒達のリハーサルを監督する必要があったので俺らとの買出しお出かけを泣く泣く諦めた経緯がある。
だが俺を侮るでない。どうせグチグチ嫌味でも言ってくるだろうと、ご機嫌取りの差し入れをちゃんと用意してきたのだ。
「部活の顧問は大変だとお聞きしたので、津田先生のために以前好評でしたクッキーを焼いて参りました。篠原先生もよろしければご一緒にどうぞ」
「わぁい、姫宮さんのクッキーだぁ!」
「あらありがとう。そうやって餌付けしとくと津田先生もダダこねることは無いわね」
「えっ、私姫宮さんに餌付けされてるんですか……?」
ここでクッキー袋を開けるとバターの香りが朝の職員室に充満してとんでもないことになるので、そそくさと隠れるように窓際のデスクに移動した。
2人が並んで窓の外に顔を出しながらクッキーを頬張る姿を横目に、俺は一人思案に耽る。
俺の“姫宮愛莉珠”としての目標はパーフェクトメインヒロインになる事と、そんな姫宮愛莉珠をこの世界の俺に“捧げる”こと。俺を裏切った本来のようなクソビッチではなく、愛莉珠を俺の理想の女に磨き上げて、この世界でもう一度恋人関係になることだ。
冷静に考えるとただの頭のおかしいキチガイだが、この状況そのものが既に頭おかしいので何の問題もない。
そしてその目標を完遂するのに避けて通れぬ障害は大きく分けて2つある。
1つはこの世界の俺、紫藤広樹くん12歳について。この驚愕的中二病患者はとんだ曲者だ。既に二度ヤツと遭遇しているが、同じ中二病(元)としての同属嫌悪というべきか、正直現段階でアレに男として以前に人として魅力を感じる部分が顔しかない。そして俺の考えるパーフェクトメインヒロインは面食いではない。清楚で可憐で上品で、相手の人間的魅力に惹かれる少女のことを指すのである。俺プロデュースのNEW姫宮愛莉珠は断じてあんなキモくてダサいナルシストに惚れるような女ではないのだ。
つまりパーフェクトメインヒロインキャラを維持しながらアレと恋愛するには、アレを更生させ、パパンのような魅力的な男性に育て上げないといけない。難易度が高すぎてもはやバグを疑うレベルである。
そしてもう1つの障害はもっと難易度が高い。俺が憑依している姫宮愛莉珠のことだ。コイツもコイツで色々問題だらけの女なのだ。
姫宮愛莉珠はれっきとした名家のお嬢様、それも一人っ子の長女だ。これまでは元の愛莉珠がクソガキだったおかげで実家から半ば放置されていた状態だった。しかし俺がこの体に憑依してからは、パパンとの関係が修復され、作法教育の鷹司先生と知り合い、実家と縁のある人たちと関わりをもってしまった。俺がパーフェクトメインヒロインを演じ始めたことで姫宮愛莉珠という少女の価値は以前と比べて格段に高まっているはずだ。鷹司先生もウチのおばあちゃんが俺に会いたがっていると言っていた。実家がこれまでのように俺のことを放置してくれることもなくなるだろう。気をつけておかないと知らないうちに大問題に発展する可能性がある。
全てがうまく行きこの世界の紫藤広樹といちゃいちゃしてたら、突然“貴女の婚約者を決めました”とか実家から言われてどこぞのボンボンと強引に結婚させられたりするかもしれない。この21世紀日本で身分違いの恋を体験だなんて、少女マンガじゃあるまいに。簡便蒙りたい。
この世界の紫藤広樹との恋愛絶対阻止ウーマンのみっちゃんのことや、顔も知らぬ宗教家のママンのこと、パパンとおばあちゃんのわだかまりなど、他にも問題は色々ある。
どうしたものか……
「姫宮さん……?どうしたんですか、そんな眉間に皺よせちゃって」
「……ぇ、あ、いえ」
急に名前を呼ばれ、驚いて隣へ振り向いた。
津田先生と篠原先生が心配そうに俺の顔を除きこんでいる。よほど自分の苦悩が顔に出てたのだろうか。しまった。
とにかく適当に誤魔化すとしよう。
「……明後日の遠足でクラスの皆さんを滞りなく引率出来るか少し不安で……」
「えっ?引率って担任の私なんですけど……」
「……姫宮さん、この新米が苦労をかけるわね……」
「ええっ!?私まだ何も悪いことしてませんよぉ!」
「しそうだから不安なんでしょうに……」
……なんか勝手に俺が津田先生をdisったみたいになってるんだけど。
いや、確かにそっちの問題もあったな。高尾山とか何度も行ったことあるから楽観視してたけどこの人を見張ってないといけないのか。大変そうだ、気をつけておこう。
俺は新たに露呈した厄介ごとにうんざりする。
「ああっ!姫宮さんがまたその顔してます!私知ってますよ!その顔してる時の姫宮さんは何か私に失礼なこと考えてる時ですよね!?」
「!ま、まさかそんな。おほほ……」
「誤魔化されませんよ!だって篠原先生も同じ顔するんですもん!」
「気付いてるならその緩いオツムを何とかしなさいな。あともうすぐ予鈴鳴るわよ、さっさとHRの準備しなさい」
「うっ……わ、わかってますよ!毎日毎日同じこと注意しないでください!」
毎日注意されても気付かないのかよ……
***
「おはよ、アリスちゃん!津田ちゃん!昨日二人でお出かけ行ったんだって?いいなぁ」
「おはようございます、みっちゃん。いえそれが……」
「……先生は吹奏楽部の仕事があったのです。そう、子供と違ってし・ご・とが!」
ぷりぷり怒る津田先生を宥めながらHRの準備を手伝った俺は先生と一緒に教室へと足を運んだ。そこで鉢合わせしたみっちゃんに無自覚に煽られた先生の機嫌は、俺の先ほどのメンタルケアも虚しくまた急降下してしまったのである。
最近の1年4組の生徒たちは自分たちの担任がポンコツであることに気付いたのか、津田先生のことを“ちゃん”付けするようになっている。それもまた先生のプライドにダメージを与えているようだ。
ハンカチをどうぞ、津田ちゃん。
「うへぇ、津田ちゃんかわいそう……」
「ううっ、優しい小西さん大好きです。ついでにちゃんと先生呼びしてくれるともっと好きになれそうです」
「えぇ~、“津田ちゃん”の方がかわいいのに」
「今の先生には他者からの敬意が足りないのですっ!最近は姫宮さんにまでずさんに扱われてる気がするのに……」
「被害妄想ですよ、先生」
俺の顔には美少女の満面の笑み。
「うっ、かわいい……」
「……アリスちゃんってやっぱずるい」
失敬な。美人は生きるのが大変なのだ。どこに行くにも人目を引き、ワリとマジで何度も身の危険を感じてるんだぞ。今だってそこら中から熱っぽい視線を感じるし。
はぁーつれーわ。美人ってマジつれーわ。
しばらく教卓付近でダベっていたら予鈴が鳴ったのでひとまず席に着くことにした。この予鈴着席は自分の清楚系パーフェクトメインヒロイン像に沿ったもので、既に俺の習慣となっている。だけど気付いたら何故かそれがクラスメイト全員の習慣になってしまっていたのだ。姫宮愛莉珠の1年4組における影響力の高さと、普段みんながどれだけ俺のことをガン見しているかの証明である。
はぁーつれーわ。美人って(ry
「おっ、おはようございます姫宮さん!昨日は、その、ぼ、僕も買い出しに呼んでくれてありがとうございますっ」
「おはようございます、黒神くん。こちらこそ、楽しい休日でしたね」
「はっ、はいっ!」
着席すると、既に座っていた隣の窓際の主人公席の黒髪少年が話しかけてきた。昨日コイツには有馬と愛莉珠の女子(?)2人の空間でハブられないようにとかなり気を使って話題を提供してやってたのだが、まだ女子に慣れていないのかキョドり癖は健在のようだ。
……出来る男ならここで挨拶ついでに相手の女子の昨日の私服を褒めたりするモンなのだが、まあ中学生にそれは厳しいだろう。俺の紫藤広樹くん12歳の育成計画にもこういったポイントを加味しないとな……
先は長い。
「あ、そっか。2人は遠足の同じ班員なんだったね」
後ろで話し始めた俺たちが気になったのか、黒髪少年の前に座るみっちゃんが会話に参加してきた。どことなく不穏な空気を発しながらこちらに責めるような目を向けてくる。
……何で俺を睨んでんだ、コイツ?
「ええ、昨日は早めに買い出しが終りましたので有馬さんと三人で喫茶店でお茶をしましたの。大正ロマンのおしゃれなカフェで抹茶パフェが絶品でした」
「なぁっ!何それすんごい美味しそう!いいなぁ、わたしもアリスちゃんの班になりたかったなぁ……」
一瞬で険呑な空気が甘ったるいスイーツっぽくなった。食い物だったら実物じゃなくてただの話題でも機嫌直るのかよ、節操ねぇな。
「でもカフェで抹茶パフェ選ぶって、アリスちゃんホント和風系のスイーツ好きだよね」
「いえ、お店のオススメでしたので気になりまして。別に和風だからというわけではないわ」
「え、そうなの?アリスちゃんって何かいつも和菓子食べてるイメージあるんだけど」
「……それは私ではなく貴女のことではなくて?」
「なっ、違うもん!洋菓子もちゃんと食べるもん!」
「そうですか……虫歯と体重には気をつけてくださいね」
ホント食うことしか考えないな、この元幼馴染は。
つか途中から黒髪少年が空気なんだが、どうしてくれるんだみっちゃん。男子はこんな風に除者にされると傷つくんだぞ!昨日だって俺が必死に未来知識のネタバレにならないように気を付けながらNARUT○の話を振って彼の疎外感を晴らして班の結束を高めてたってのに。お前ももうちょっと空気読めよ!元々俺と彼の会話だったのにずけずけ割り込んできやがって、気が付いたら少年が一人ポツンだ。ほら彼を見ろ、影を背負いながら窓の外を見つめちゃってるじゃんか!かわいそうに……
安心しろ少年。パーフェクトメインヒロインはそんな哀れな男子のことも気にかけてくれるからこそ、パーフェクトメインヒロインと呼ばれるのだよ。
「まったく、みっちゃんは甘いものの話ばかり……」
「甘いものは女子の血肉なのだよ、アリスちゃん!」
「確かに女子は皆好きですけれど……黒神くんはどうですか?」
「うぇっ!?ぼ、僕ですか!?」
俺は出来るだけ自然に隣の彼を話題に引きずり込む。
君はもう少し自分に自信を持ちなさい。その挙動不審っぷりは女子に印象悪いぞ?男子にもだけど。
「ええ、男子は甘いものが嫌いな方が多いと聞きますし。昨日は有馬さんと2人で頼んだパフェに黒神くんを無理やり合わせさせてしまったのではないかと申し訳なくて……」
「えっ、ええっ!?そっ、そんなことないですよ!パフェ美味しかったですし!」
「そうでしたか?杞憂でしたのね、よかった……」
「も、もちろんですよ!僕好き嫌いが無いことだけが自慢なんですっ!あ、あはは」
「まあ。……みっちゃん?貴女もお菓子ばっかりではいけませんよ?」
自然に……自然に……
俺は2人の顔色を観察しながらそれぞれに話を振っていく。大丈夫だ、俺には出来る。みんなが楽しめるように会話の流れを操ることなど、この天下の美少女様には造作も無いこと。これもパーフェクト(ryには必要な技術なのだ。多分。
「…………そうだね……」
「……みっちゃん?」
そんな俺の意気込みなぞ何のその。俺が黒髪少年に話しかけた瞬間に機嫌が急降下したみっちゃんがまたこっちを睨んできた。
ははん、なるほど。
コイツ、さてはヤキモチ焼いてるな?
いつもは予鈴と本鈴の間の15分間は俺とみっちゃんの2人きりでお話してたからな。遠足で班が別々になり、そんな中俺が新しく親しくなった隣の席の生徒に気をかけていることが気に食わないんだろう。
“前みたいにわたしだけを見て!”ってか?ふふふ、かわいいヤツめ。
糸のように細い目を更に吊り上げて睨んでくるみっちゃんが途端にかわいく見えてきた俺は、口角が吊り上らないように表情筋に力を込めポーカーフェイスを貫く。そんな俺をお構い無しにみっちゃんの顔は険しさを増す。
限界が近付き口元がぴくぴくし始めた辺りでようやく本鈴がキーンコーンカーンコーンと鳴り響いた。
「はーい、それでは1週間最初のHRを始めまーす。明後日の遠足の連絡事項が色々あるので姫宮さんの遠足委員会ブログもこまめに見てくださいね。では姫宮さん、委員会の連絡事項をお願いします」
「はい、津田先生」
みっちゃんから逃げるように机から離れ、足早に教壇へと向かった。
教壇に立った俺に津田先生がふてぶてしい顔をしながら耳打ちしてきた。
「……今度はクッキーより抹茶パフェが食べたいですねぇ」
そんな先生の顔を見ながら俺は“津田先生って意外と生徒のこと見てるよな”なんて失礼なことをぼんやりと思った。