40話 遠足のお買い物と、口の堅い守谷さん
最後の更新が2ヶ月以上前……だと……?(驚愕
た、大変お待たせしました……
中学然り、高校然り。
新入生という連中は皆初々しく、新たな環境に戸惑ったり不安を覚えたりするものだ。学校が同年代の子供達のコミュニティである以上、学校の運営関係者たちは彼らがコミュニティに適応するための後押しをしてくれる。
ここ桜台学園中等部では新入生のためにいくつか(強制参加の)イベントを開催している。
その一つが今、俺達新入生の間で話題の『遠足@高尾山』である。
1年生高尾山遠足の準備のために俺は今、同じ班員の女子グループボスの有馬玲子と隣席の黒髪少年の黒神タカシ少年と一緒に学校近くのショッピングセンターにお邪魔している。
最後の班員である我が1年4組の担任先生は顧問をしている吹奏楽部の生徒達に捕まってしまって不在である。
遠足委員になった俺は早速専用ブログを立ち上げて連絡事項や持ち物リストなどを掲載した。当日用の点呼アプリや道のりの写真付きの地図もそれに載せているので、現地の集合もかなり楽になるはずだ。
幸いクラスメイト全員がスマホ持ちでブログ自体も便利だったので、気が付いたら他クラスにも転用され、結局それが今年の遠足実行委員会の正式運営ブログになっていた。
当然ブログの管理人は立ち上げた張本人の俺だ。ファッキュー!
まあそういう訳で、持ち物一覧を作った張本人の俺がそれらを無視するわけにもいかないので、こうして買い物に来ているのだ。
「姫宮さんってこういうブログ管理とかネット系にも強くて、ホント何でも出来るんですね!」
「さ、流石姫宮さん!僕もお手伝い出来ることあれば、な、何でも行ってください!」
そして相変わらずキラキラした目で俺の方を見つめて来る班員2人。高校の学校行事ではこういうネットの参加型ブログは結構使うけど、中学ではまず見かけないだろう。俺も青嵐の中等科では覚えが無い。
まあ高校生なんて彼らからしたら大人みたいなモンだ。5年先の未来から来たチート野郎の俺としては胸が痛いが、俺の存在が皆の向上心を刺激しているのなら多少こっちの罪悪感も薄れてくれる。
さて、早速薬局に突撃してさっさとモノを揃えよう。救急セットやお菓子、スポーツドリンクは全部ここで揃うのだ。おまけに安くて青少年の財布に優しい。元の身体だった頃の中3の修学旅行の時なんてほぼ手ぶらで行動し、現地に着いてから近くの薬局で持ち物を揃えたものだ。ワザワザ重たい荷物を東京から持ち運ばなくても済む、この俺の合理性を褒めてくれ。
まあ今回の行き先は場所が場所なので現地調達は諦めよう。
「折角こうして班員で集まって外出しているのですもの。買出しは手早く済ませて、後は近くの喫茶店でお茶でもしませんか?」
「わあっ!いいんですか?実は私も姫宮さんとお出かけしたかったんです!」
「えっ!あ、あっ……えっと、ぼ、僕も一緒していいんですか……?」
「ええ、もちろんです。実はこの近くに前から気になっていたお店が────」
買出しを薬局で瞬殺した俺たちはウキウキでオシャレな和風喫茶に入った。ここは昔、愛莉珠のデートコースを調べていた時に発見したお店だ。大正ロマン風のかなり有名な喫茶店で昼間は暇なマダムたちが全席占領しているのだが、俺たちが集まった朝の9時頃は流石に空いていた。以前(と言っても時系列的には未来になるが)アイツと2人で来た時に座った店内を見渡せる一際いい席に3人で腰掛ける。こうして“姫宮愛莉珠”としてあの時と同じ席に座っている現状がなんだかとても不思議で面白い。
「す、凄いステキなお店……」
「うん、ホントに……」
こういうお店は老若男女問わず誰だって憧れるものだ。中1の有馬も黒髪少年もウットリしている。
このお店のオススメは和風パフェ。季節ごとに変わる俗に言う“期間限定メニュー”なのだが、今まで訪れた中では秋の和栗ほうじ茶アイスパフェが最強に美味かった。残念ながら今は初夏メニューのオーソドックスな宇治金時パフェだけど、こちらも絶品だ。
“期間限定メニュー”に釣られるのって何か女子っぽい。俺の美少女演技もそろそろ本音と一体化し始めたのかも知れぬ。
まだあまり親しい関係ではなかったからだろう。どこかぎこちない会話が続いた俺達のテーブルだったが、女子グループボスの有馬玲子も俺も人並み以上にコミュ力があったおかげで自然と固い空気も溶けていった。黒髪少年は相変わらずだったが元男の俺が5年前の記憶を掘り起こしてスポーツや漫画アニメなどの話題を振り続けたからか、何とか一人だけハブられることはなかった。未来知識による漫画の展開のネタバレを避けるのに凄く疲れたわ。
感謝しろ。
「それにしても姫宮さんの私服やっぱりすっごくかわいくてステキ……」
「ふふっ、ありがとうございます。先週末に父とお出かけしたときに買って貰いましたの」
駅前で合流した時も言われたが、よほど気になっていたのか有馬が同じ話題を俺に振ってきた。
そう。精神科の診断後、ちょくちょく休みを取ってくれるパパンとこの前丸の内にSP兼運転手の守谷さんを含めた3人で遊びにいったのだ。紳士2人にちやほやされてまた何か黒歴史を生産しないように必死で平静を装っていたが、何とか無事に乗り切れたと思いたい。流石に以前のようにほっぺたチュ~はやらかさなかった分、俺も成長したのである。
それでも折角2人で(守谷さんもいたが)デートっぽい状況になっていたので、これくらいのワガママは許されるだろうとパパンに服を選んで貰ったのだ。
元男の俺は結構気にする方で、自分の服は自分で選ばないと気がすまない人間だったが、他の同姓の友達は私服は親に任せている連中が多かった。逆に女子はほとんどが自分で選んでるヤツが多かったと思う。オシャレに気を使うのはやはり女子が圧倒的だった。
だけど俺の女物のセンスは、オタク趣味のせいもあって、どこか二次元キャラが着てそうなコスプレ臭が強いモノばかりだ。本体の紫藤広樹時代に本人の方の愛莉珠に裾フレアのミニスカに黒ニーハイ穿いてと頼んだら「オタクが好きそうな服ね」と言われたことがショックで今もその言葉の杭がぶっすり俺のハートに刺さったままなのである。
そこで俺より遥かにイイ男のパパンに選んで貰ったのが、この水色のA-ラインノースリーブワンピースと、白のシフォンレースのボレロ、そして白のストラップ付きヒールパンプスだ。もう“ザ・清楚系メインヒロイン”な姿になって、思わず鏡の前で見惚れてフリーズしてしまったほどである。このままどこかのパーティに参加しても浮いてしまわないレベルのお上品コーデなのだが、このボレロの襟のフリルのデザインが少し子供っぽく、これがこの愛莉珠ちゃん12歳ボディにパーフェクトフィットなのだ。目が行きやすい襟元を年相応の子供らしいデザインにしたことでワンピースやパンプスの大人っぽさが緩和され、背伸びのし過ぎにならない完璧な“大人っぽい少女”が出来上がっていた。
うむ、もう私服は全部パパンに任せよう。
「へぇー、姫宮さんってお父さんと仲いいんですね。ウチのはいつも汗臭いか酒臭いかで近寄りたくないです……」
「お、お仕事が大変でお疲れなのでしょう。家族なのですからあまり邪険になされないほうがよろしいかと……」
「うっ、で、でも普通のお父さんってやっぱ臭いものなんですよ!ねえ黒神くん!」
「えっ、そこで僕に振られても……」
我が姫宮家の慶一さんは葉巻のいい匂いしかしないのだが、であれば彼は“特別なお父さん”ってことでOK?
***
有馬家の大黒柱さんが臭い、というくっそどうでもいい情報を得た俺はその後しばらくワイワイおしゃべりして解散した。最近自分のガードの緩さを何度か自覚することがあったので、帰りは迎えの車を寄こして貰った。
「愛莉珠お嬢様、お待たせ致しました」
「ご足労頂きありがとうございます」
迎えに来てくれたのはパパンの専属運転手の守谷さんだった。オジサマ紳士に手を取られて後部座席へ促された俺は、ワンピースのスカートが皺にならないように手で押さえてから座った。もう何も考えずにこういった些細な動作が自然に出来る。
「先日はとても楽しい休日でした。父に代わってお礼申し上げます」
「いえいえ、また機会がございましたらいつでもお申し付けください。ところで今日のお召し物はあの時にお2人で選んでらしたものですか?初夏の青空のようで大変よくお似合いですよ、愛莉珠様」
「恐縮です。先ほど会っていた友人たちにも好評でした」
「ええ、そうでしょうとも」
「それにしても何故父は少女服のコーディネートまで出来るのでしょうか。あの人が影でこっそり子供のファッション誌に目を通している姿が想像出来ないのですが……」
「ふっ、くくく……っ。お、おっしゃるとおりで」
「ふふっ、でしょう?」
運転の邪魔にならない程度に守谷さんといくつか世間話を交わしていた俺はふと、以前作法教育の鷹司先生の話していた姫宮家の実家のことを思い出した。
「……ところで守谷さんは姫宮の本家にいらっしゃったことはおありですか?」
「本駒込の本邸ですか?ええ、社長───お父様が御家の一族会議に出席なさるときに私が送迎を」
「本駒込……」
本邸ってそんなトコにあるのか…
意外とウチのマンションから近かった件について。
ちょ、ちょっと気になる……
「……愛莉珠様、申し訳ございません。お父様よりお嬢様をマンションの方までお送りするように仰せつかっておりますので、寄り道はお控え頂いても宜しいでしょうか?」
心を読まれた、だと……!?
これはもしや……釘を刺された、と捉えたほうがいいのかな?
やはりパパンは俺に実家の問題というより実家そのものに関わって欲しくないのか。守谷さんまで抱込まれてるとは、相当溝は深そうだ。
ここは空気読んだ方が良いんだろうけど……まだ時間あるしあえて無視して話を掘り下げてみよう。
「……やはり父は実家、祖父母とはあまり親しく無いのでしょうか?」
「……はて。お父様はいつも本邸の方々の歓迎を受けてらしたので、特にそのような風には見えませんでしたが……」
少しだけ言葉を濁しながら俺の問いに答えてくれる守谷さん。
いや、そりゃ出迎えの使用人というかドアマンとかはそれが仕事だから当然歓迎してくれるだろうけどさ。おばあちゃんとパパンが話してる姿とかは見てないのだろうか。
守谷さんのどこか要領を得ない答えに、何となくはぐらかされているような気になった俺は別のアングルから実家のことを訊いてみた。
「父はいつもは新宿本社におるそうですが、祖父もそちらに?」
「会長ですか?はい、おっしゃるとおり。たまにお2人で夕食にいらっしゃるので私も何度か本社から料亭までの送迎を担当致しました」
ふむ、つまり祖父とは仲がいいと。
やはり問題は祖母との関係みたいだな。これで鷹司先生の話の信憑性が増したことになる。まさか運転手の守谷さんにまで口止めをさせてたとは。パパンの用意周到さには悔しいが惚れ惚れする。
でも裏を返せばそれだけ俺に知られたくないことって訳で、鷹司先生が俺にこのことを話してくれたのはちょっと不味いことだったのかもしれないな。
先生、パパンに怒られたりしないかな……?
「愛莉珠様、そろそろ到着します」
「はい、お忙しい中大変ありがとうございました」
結局その後も大した情報は引き出せず、不完全燃焼のまま俺は降ろして貰ったマンションのロータリーから守谷さんの車を見送った。
しかしパパンとおじいちゃんは今は2人で外食行くほど仲がいいのに、子供時代に可愛がってくれてたらしいおばあちゃんとは仲が悪いなんて。昔と逆なんだな。
にしても、父息子2人で外食か……
今度行くときに俺もそこにお邪魔出来ないかな……?