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38話 我が家の新たな問題


 女性の第二次性徴期は大体8歳から15歳までだと言われている。初潮を境に伸長の伸びがガクンと下がり、代わりに胸や尻の成長が活発になる。女性が男性とは異なるぷにぷにした柔らかい肉体を持つようになるのはこの時からで、妊娠に備えた断熱保温及びエネルギー源である皮下脂肪が付きやすくなるからだ。

 胸の成長は大きく分けて3つの段階がある。乳頭乳輪が発達する第1段階、サイズが大きくなる第2段階、そして成熟する第3段階だ。この第1・2段階を更に2つに分けて、乳頭、乳輪、乳房、乳腺の順に発達していく。個人差はあるが乳房が膨れ始めるのは初潮の前後でその後3年ほどかけて大きくなり続ける。以後はしこりが柔らかくなり成熟した胸になるが基本的に乳頭の発達開始から4年で発育期間は終了する。



 ところで丁度この第2段階後半の佳境に突入したと思われる俺のおっぱいを見てくれ。こいつをどう思う?




「すごく…大きいです…」



 脱衣所の端に備え付けられている全身大の姿見に移っているのは本日ようやく伸長150cm台後半に差し掛かった愛莉珠ちゃん12歳ボディと、その胸部からピィィィンと突き出ている見事なロケットおっぱいである。先っぽが擦れて大変痒いのを我慢して何とかホックの調整だけで切り抜けてきたが、もう限界だ。


 と、言うわけで────



 プルルルルル……



『ごきげんよう、愛莉珠様。鷹司でございます』


「ごきげんよう、鷹司先生。夜分遅くに失礼致します。唐突で大変申し訳ないのですが、本日のお稽古の後に少しお時間をいただけないでしょうか?」



 俺はスマホを取り出し、愛莉珠の母親代わりになってくれている鷹司先生に相談することにした。この前も生理用品の使い方から鷹司家秘伝の銀食器磨き術まで、幅広い女子力スキルを教わったのだ。果たして現代の日本人女性の何割が銀食器を磨けるのかは知らないが、愛莉珠のマッマにオッバ、バッバはみんな出来るらしい。

 本来俺にそれらの女性の生活術を教えてくれるはずの彼女たちは皆ここにいないので、代わりに先生が人肌脱いでくれたのだ。知識はネットで調べれば出てくるけど実演は人じゃないと出来ないからな。ありがたや~ありがたやと感謝したら沈痛な面持ちで何でも相談してくれと逆にお願いされた。


 ……俺の周りの人間がみんな優しいせいで自分のクズっぷりを強く自覚してしまうのが最近の悩みです。



 鷹司先生に相談したら明日のお稽古じゃなく早朝に飛んで来てくれるらしい。何でも美容関係全般の資格を持っているそうで、下着のアドバイザー的なものもその中にあるのだとか。

 俺は先生に相談した後にその辺のデパートにでも買いに行こうと思っていたんだけど、どうやら彼女が全部準備してくれるらしい。元男としては流石に女性の下着売り場に特攻するのはハードルが高かったので大変ありがたい。


 これなら別に古いブラ調整して我慢する必要なかったな……





 翌朝、いつものように5時に起きた俺は、いい復習だとみっちゃんなっちゃんにも振舞った供茶の準備をして先生を待っていた。マンションからの通学時間は脅威の25分なので7時半まで時間がある。本鈴は8時15分だが、その前の8時の予鈴には席についていることになるので、俺の優等生のイメージが崩れることはないだろう。いつも本鈴30分前についている方がおかしいのだ。


 鷹司先生が予定の6時から少し遅れてやってきた。この数分の遅れも訪問側のマナーらしい。もうずっとこの人の側にいるだけでマナーの授業になりそうだ。




「早朝にお邪魔してしまい大変申し訳ございません」


「いえ、登校前に身に着けられるので安心です」



 まあ朝6時にお客さんにお茶を出すってのは非常識だけど今回は俺の健やかな学校生活がかかっている。この痛痒さのまま授業なんて受けられない。


 お茶を出して少し世間話を交わした後、先生が俺の意識の高さを褒めてくれた。



「素晴らしいおもてなしのお心ですわ、愛莉珠様。以前より手馴れてらっしゃいますし、授業の後にお客様をお招きになられたのですか?」


「ええ、丁度昨日学校の友人を」


「大変結構ですわ。作法とは他者との対話。お一人で練習なさるよりも実際にお客様に振舞われる方が正しく身に付くでしょう」


「確かに親しい相手でも緊張感がありました」



 うむ、失敗したら恥ずかしいからな。特に宮沢妹ことなっちゃんは家が金持ちで、俺のように密かに作法教育受けててもおかしくなかったし。



「さて、そろそろ」


「あ、はい。それでは宜しくお願い致します。脱衣所はこちらです」



 しばらく寛いでいた先生がふと会話が途切れたタイミングを見計らうように本日の本題に移った。

 案内した脱衣所は2人で入っても全く問題が無いほど広い。先生も荷物を広く展開出来てご満悦のようだ。無地のサンプル下着をいくつか台に乗せてメジャーやらよくわからない小さな布のお椀みたいな物を取り出している。これってパッドか?偽乳のイメージが強いけど、実はブラの下に入れるとクッションになって気持ちいいらしい。



「それでは制服を失礼してもよろしいでしょうか」


「は、はい。宜しくお願い致します」



 一言断ってきた鷹司先生がスルスルと俺の制服を脱がし始める。あっという間に下着まで脱がされた俺は今、パンツ以外は全て全裸だ。バスタオルで前を隠しているけど、正直凄い恥ずかしい。



「只今トップとアンダーを計りますわね。後ろから失礼致します」



 ものの数秒でメジャーを胸に回し数値を測る先生。紫藤広樹時代は他人に身体を触られるのがくすぐったくて嫌いだったけど、先生は手は暖かくてすべすべしているからか結構気持ちいい。

 全部測り終わった先生が台に置いていたサンプルっぽいブラを差し出してきた。



「こちらをお試しくださいませ。先端が敏感になりやすい年代の方に作られたものです。今までお着けになっていらしたものよりも肌触りが良いかと」


「お、お借り致します」



 今着てるのも結構高そうなデザインだったんだけどな。多分俺が乗り移る前の愛莉珠ちゃん12歳が自分で買いに行ったものなんだろう。日記にそれらしきことが書いてあった気がする。


 薦められるままに受け取ったブラのサイズは何故かカップが上がりアンダーが下がっていた。なんだこれ。カップは上がるのは成長期だからわかるけど、アンダー下がるっておかしくないか?

 縦に伸長が伸びたから横が減ったのかと冗談みたいなことを考えていたら、先生が説明してくれた。



「バストの形によっては基本値よりワンサイズほどカップとアンダーを上下させた方がよろしい場合もございます」


「……そういう微調整もあるのですね」



 付けてみたら少し大きい感じがしたのでそれを指摘したらパッドをくれた。まだ胸が高いだけで全体のボリュームが少なく、スキマが出来るからカップの下にパッドを入れるといいらしい。ためしにやってみたら、どこからか“ブッピガァァァン”って聞こえそうなほどのフィット感だった。おおっ、これは凄い!胸が軽いしB地区さんも痒くない。


 素晴らしい……



「愛莉珠様はブラの着け方はお上手ですし、またキツくなりましたらわたくしがサイズを調整致しますので、その時はお声をお掛けくださいませ」


「ありがとうございます」


「ひとまずはこの2着をお使いください。正規品は出来上がりし次第お持ち致します」


「……正規品、ですか?」



 思わず制服に着替える手を止め聞き返す。


 どういうことだ?

 今着けてるコレとはまた違うのか?



「ええ、吉城姫宮家が運営されているオーダーメイドの工房に連絡を入れております」


「えっ」



 オーダー……メイド……だと?

 い、いやそりゃお金持ちだし全然ありなんだろうけど。


 つかその下着工房とやらを運営しているのが吉城姫宮家……?


 吉城姫宮家って確かウチの姫宮家の分家だよな?繊維産業でファッションとかやってるって先生が言ってたけど。



「本家のご令嬢のためのお仕事ですもの。大変熱が籠っていらっしゃいましたよ」


「えっ、わ、私の下着だと先方はご存知なのですか……!?」


「もちろんですわ。……愛莉珠様のお心の事情はお聞きしておりますが、やはり吉城姫宮家の方々も、中学にご入学された愛莉珠様から今まで注文が一度もなかったことに歯がゆい思いをされてらしたようです」


「それは……」



 あっ、何?そういうこと?


 今俺が愛莉珠として姫宮家の関係者に下着のことを相談したから、その話が下着工房を持ってる分家に伝わってその人たちが作ってくれることになったのか。なるほど、確かに下着工房としては自分たちの本家の娘のために仕事をするのは多少のモチベになりそうだ。鷹司先生も俺のために一番信頼出来る人間に任せたのだろうし、必然的にその分家の工房に依頼することになったのね。


 んで折角身内に工房があるのにワザワザ市販のものを買っていた以前の愛莉珠の行動がまずかったと……



 まあその工房からしたら“何で自分たちに頼んでくれないんだ”って不愉快になるだろうし、おそらく愛莉珠としてもパパンに自分の下着のことを相談するなんて恥ずかしかったはずだ。そしてパパンは愛莉珠を放置していたからそもそも彼女が工房の存在を知ることはなく、結果的に今までその分家の人たちに愛莉珠の下着が依頼されることはなかった……ってことか。



「じ、自分の身体のことを身内……?の方に知られるのは大変恥ずかしいのですが……」


「何をおっしゃいますか。使用される絹糸綿糸の生産から全て自社で管理されている完全オーダーメイドですわよ?素材へのこだわりを突き詰められたPRINCESSグループだからこそ実現出来る、世界最高の信頼ですわ」


「は、はぁ……」



 なにそれ、布作る糸から自分で作ってるの?つまり蚕とか綿花とかから?

 それって儲かるの……?


 パパンの会社って大丈夫なの……?



「愛莉珠様は姫宮本家のご令嬢。美容品を扱うPRINCESSグループの方々でしたら、本家の長女でいらっしゃる貴女様が自社の商品をお使いくださることを大変光栄に思われるのではないでしょうか」



 社長の娘ってそんなに会社にとって価値のある人間なのか……?

 正直社員にとっては赤の他人だろ。むしろヘンに気を使う邪魔者じゃん。



「特に愛莉珠様は大変お美しいお嬢様ですもの。開発部を視察なされたら部の皆様が愛莉珠様のために傑作商品を開発してくださるかもしれませんわね、ふふっ」


「……ご冗談を」



 予算があるのにたかが一人のために商品なんか作れる訳ないだろ……

 え、普通ないよね……?



「うふふ、もちろん冗談ですわ。ただ────そうですわね……」


「……?」



 それまでにこやかな笑みを絶やさなかった鷹司先生の顔に、ふっ、と真剣な色が浮かんだ。思わず背筋が伸びて、俺は彼女の言葉の続きを待った。


 しばらく何か葛藤しているような雰囲気を漂わせていた先生は、小さく息を吐いた後、言い辛そうにしながらも俺にある事実を突きつけてきた。




「姫宮家の話といえば……中学に上がられて成長なさった今の愛莉珠様のお噂を、御母堂様────桜子様がお知りになったそうです」


「桜子……様?」



 初めて聞く名前だ。御母堂って母親のことだから俺の場合だと……なんだっけ?愛莉あいり?マッマの筈だ。

 しかし桜子様とやらが“御母堂”?


 それってつまり……



「はい。桜子様は御当主けいすけ様の奥様で、慶一様のお母様……そして愛莉珠様の御祖母様でございます」


「私の……お婆様……」



 慶輔爺ちゃんに桜子婆ちゃん、慶一パパン、小春叔母ちゃん、そして俺こと愛莉珠。

 これが姫宮本家出身の人間たちか。


 そして一族トップの妻である桜子婆ちゃんに俺のことが知られたということは────



「……御母堂様は以前より愛莉珠様のお立場に大変お心を痛めておいででした。ですが慶一様は愛莉珠様を姫宮家の方々から遠ざけようとされているのです」


「……」


「姫宮家では最近、御母堂様が成長なさった愛莉珠様を本邸にお招きしようと考えておられたそうなのですが、それを慶一様が強く反対されて……」




 ────やはり実家の面倒事か……




「……父は私を家のしがらみから守ろうとしてくれているのでしょうか……?」


「……申し訳ございません。わたくしが慶一様から愛莉珠様のことを初めてお伺いしたのはごく最近のことなのです。上京される前の慶一様がどのようなお考えで、愛莉珠様を方々から遠ざけていらしたのかまでは……」



 面目なさそうな表情で俺に謝ってくる鷹司先生。



「ただ慶一様は愛莉珠様をとても大切に思っておられますわ。わたくしは自信を持ってそう申し上げます」


「はい、そのことはよく存じております」



 俺は笑顔でそう返した。パパンは娘に対しては色々不器用で優柔不断なところもあるけど、ちゃんと話し合えば凄く頼りになる愛情深い父親なのだ。先生同様、俺も自信を持ってあの人に愛されてると宣言出来る。



 そう、パパンはちゃんと話し合えば必ず理解し会える相手なのだ。俺のクソ親父みたいにヘンに頑固なところも無いし、自分の理想を押し付けたりもしない。それでいて娘の成長はしっかり褒めてくれて、それをさらに後押ししてくれるのだ。


 だからもしパパンがまた何か俺に関して悩んでいるのなら、それを話し合って解決することは可能なはずだ。

 影で色々俺のために面倒事を背負っているパパンの助けになるかもしれないし。




 着替え終わった俺は鷹司先生と共にマンションを後にし、駅へと向かう。


 ブラのおかげで胸は軽いけど、胸中は未だ重たいままだった。




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