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37話 みっちゃん陥落と、共同百合戦線

この物語に女の子同士の恋愛はありません(真顔


「はぁあ?お礼のお菓子渡しただけで帰って来たの!?連絡も交換せずに次どうやって会うのよ!」


「も、申し訳ありません……」



 傾き始めた午後の夕日に照らされる我が姫宮家のリビングルーム。客人2人にあの神社裏でのランデブーについて掻い摘んで話した俺は今、その内の1人である宮沢妹に恋愛の何たるかを懇切丁寧に説明されている。中学1年生の女の子に恋のいろはを教わっている中身高校2年生という不思議な状況だ。



「その……紫藤くんはみっちゃんのご近所さんですし……」


「美奈、紫藤くんのアドレス姫宮さんに渡して」


「やです」


「は!?」



 そしてもう一人の客人、みっちゃんは未だ頑なに俺が紫藤広樹くん12歳と仲良くなることを許してくれない。昨日少し説得出来たように見えたのは気のせいだったのか……



「いやホント何でよ!姫宮さんの恋路なのよ!?サポートするのが友達でしょ!?」


「友達だからこそ相手を吟味しているのデス。あの男はアリスちゃんに相応しくないのデス」



 それぞれの友情に関する持論を互いにぶつけ合う俺の友人たち。もっとも、宮沢妹の場合は単純に情報不足だから一般論を言っているだけのようだ。話題の紫藤少年の公然わいせつ物っぷりを知られたら相手のみっちゃんと同じ意見になるだろう。これは最初から結論が見えている言い争いなのだ。


 そして誠に遺憾ながら、俺にその結論を変える説得材料は無い。いやマジでとこの完璧清楚美少女のどこに釣り合う要素があるんだよ!まあ愛莉珠おれもパパンにほっぺたちゅ~とか”ヒ・ロ・く・ん(はぁと)”発言とかヤツと似たような闇黒魔法発動してるけどさぁ!



「……その紫藤くんって前に美奈が言ってたエロガキなんだっけ?」


「自分がイケメンであると自負するくされナルシ野郎でもありマス。詳細は省くけど、幼馴染のわたしは昔ヤツのせいで大変な迷惑を蒙りマシタ」



 “ヤツが悔い改めない限りわたしは邪魔シマス”、とミッフィ○顔で断言するみっちゃん。意思はとても固いようだ。


 でもその言葉通りなら紫藤少年が“悔い改め”さえすれば邪魔はしないということなのだろうか。


 これは俺の長きに渡る説得(3日)の効果かな?



「な、るほど……。親しい美奈からしたら彼は姫宮さんの話通りの白馬の王子さまって訳ではないのか」


「そういうことデス」


「い、いえ私は別に白馬の王子さまと申してはおりませんが……」



 宮沢妹がまるで俺の昨日の説明が問題だったかのように自己解決しているので、咄嗟に反論する。確かにあの昼休みの時は、そんな王子さまに憧れる少女っぽい演技をしたけど……あれは宮沢妹に俺と紫藤少年の恋愛フラグを印象付けるためにやったことだ。最初からあの黒歴史製造機の実体を知られてしまうよりは、先に“愛莉珠おれが気になる男子”という良いイメージを持たせた方がマシだと考えたからな。

 断じて自画自賛(中の人的に)している訳ではないぞ?


 初対面、初印象というのは極めて重要だからな。



「でも姫宮さんは美奈からその紫藤くんのことは聞いてるんでしょ?それでもその子のコト気になるの?」


「きっ、“気になる”と言うのは些か語弊がございますが……(演技)」


「ほほう、“ございますが”、何でしょう?」



 ニヤニヤとイヤらしい表情で俺の顔を除きこんでくる宮沢妹。思わずぶん殴りたくなるが、宮沢妹はみっちゃんと違って俺と紫藤少年の恋愛には肯定的なのだ。


 例えそれがただ恥ずかしがる友人をからかって遊びたいだけだったとしても、みっちゃんを説得してくれそうなのはコイツしか居ない。ここは我慢するべきだろう。



「…ッ、ご、ございますが……っ、み、みっちゃんは紫藤くんの、大の大人2人を相手にしながら見ず知らずの私を助けてくださった、その……か、カッコい────ッ、か、果敢で勇敢な一面を見向きもされません。少し幼馴染憎しの感情が先立っていられるような気が致します(演技)」


「ほほぉぉん、つまり“果敢で勇敢”な“カッコいい”彼を見てくれない美奈が悪い、と?」


「…ッ、含意が少し異なる気がしてならないのですが……大体おっしゃる通りです…っ(演技)」



 そっぽを向いて会話する。こうするとウザい宮沢妹の顔を見ずに済む。おまけに怒気で赤くなっている俺の顔も合わさって、いかにも照れ隠しに奮闘する初心な乙女って感じがするはずだ。一石二鳥である。


 宮沢妹もノリノリだし、この演技はマンネリ化し過ぎない程度に続けよう。


 ……やってて精神的にかなり疲れるが、已む無し。



「ほほぉ、ほほほぉ!……って姫宮さん言ってるけど美奈はどうなの?まだ邪魔するの?」


「……ふんだ」



 物凄く不機嫌そうな顔をしながらスマホを弄って場を凌いでいる元幼馴染。だが宮沢妹という第三者が現れたことで少しだけガードが緩んでいるような気がする。


 宮沢妹と俺は2人でみっちゃんの顔を見続ける。無言の圧力を受け居心地が悪そうだ。いいぞ宮沢妹、もっとやれ。



 しばらく時計の針がチクタク響く時間が過ぎ、夕日の都市風景が美しい我が家のリビングに一つの大きな溜息が響き渡った。


 みっちゃんのものだ。



「……ん」



 そうやって俺に差し出してきたのはさっきまでぴとぴと操作していた白いスマホだ。躊躇いがちに受け取ってみた画面には、『ヒロくん』と名が振られた電話帳のアドレスページだった。

 横から覗き込んできた宮沢妹は感嘆の声を上げている



「……みっちゃん、これ……」


「……アリスちゃんに嫌われるよりマシだもん」



 ぷいっとそっぽを向いてそう呟くのは俺の広樹・愛莉珠2代に渡る親友、みっちゃんである。


 お、お前……っ!


 お前、ついに……ついにデレてくれたのか……っ!



「みっちゃん……」


「かっ、勘違いしないでよっ!?アイツが少しでもアリスちゃんを傷つけたら今度こそぶっ殺してやるんだからっ!」



 座ったままで器用に地団駄踏みながらぷんぷん怒っている中学1年生女子。言い方がツンデレっぽいんだけどその内容が物騒だ。生まれたときからの付き合いで遠慮が一切無いみっちゃんはワリとマジでこの世界の俺を亡き者にする可能性がある。社会的に。


 それでもようやく彼女が折れてくれたことに俺は今、軽く感動している。正直俺がみっちゃんだったら絶対に愛莉珠をヤツに近づけないだろう。



 もう一度溜息を吐いたみっちゃんが、ふいにこちらを振り向いた。そして真剣そうな瞳で俺を見つめて搾り出すような声で語りだした。



「前にも言われたけどさ、あのアホがアリスちゃんをカッコよく助けてくれたのは本当みたいだし、いつまでもヒロくんを悪く言うのはわたしの方が子供っぽいじゃん」



 お、大人だ……みっちゃんがとても中1とは思えないほど大人になってる……



「わたしは正直あのアホがどこで恥を搔こうがどうでもいいんだけど、それでアリスちゃんがイヤな気分になったり傷ついたりするのだけは許せない」



 ……ごめんなさい、既に何度も死にたくなるほどの羞恥に襲われております。



「だからね、アリスちゃん」


「はい……、ッ!」



 みっちゃんが突然俺の手を両手で掴む。俺は射抜くような彼女の視線から目を離せないまま抵抗出来ずに言葉の続きを待った。



「もしアイツに幻滅したり、酷いコトされて傷ついたりしたらね?」


「は、はい」



 ぐぐっと顔を寄せられる。




「わ た し が ア イ ツ を 不 幸 に し て や る か ら」




 俺はみっちゃんの剣幕に蛇に睨まれたように固まって、コクコクと頭を上下させることしか出来なかった。







***







「いや~ああいう仲悪い幼馴染の男女っているんだねぇ~」


「……そうですね」



 門限の7時が近いと一足先に帰宅したみっちゃんを見送った俺と宮沢妹はマンションへの帰り道でそんな話をしていた。今日のコイツの家はあのモンペママの帰りが遅いらしい。だったらついでにウチでメシでも食べてけと誘ったらホイホイついて来たのだ。


 清楚系美少女おれとロリ系美少女みやざわが夜間に2人で出歩いているこの状況ってかなり人目を引くんだよな……



「普通はもうちょっと互いを男の子女の子として意識しそうなモンだけど」


「2人とも学校が違いますし、別々の生活環境が生まれてお互い意地を張ってらっしゃるのかもしれませんね」


「あはは!美奈って確かに頑固だし、ありえるありえる」



 まあ俺はみっちゃんしか幼馴染は居ないし、愛莉珠の体に関しては過去の記憶そのものが無くなっているから判断材料なんてあってないようなものだけどね。中1の頃の俺は今改めて見てみても、やっぱりプライドの塊のようなクソガキだった。みっちゃんが幼馴染の紫藤広樹にああも辛く当たるのも彼女にもそれなりの意地があるからだろう。主に愛莉珠おれの友達として。

 俺が客観的に言えた義理じゃねぇけど、2人とも互いに意地張り合ってるのは見ればわかる。



「折角みっちゃんと同じピアノ教室で一緒にいられるのに、同じ生徒さんの紫藤くんとみっちゃんが不仲だと寂しいですもの。これで少しは互いに歩み寄れれば幸いなのですが……」


「えっ、姫宮さんってもしかして美奈と紫藤くんを仲直りさせたかったからあんなに食い下がってたの!?自分の恋路のためじゃなくて!?……さ、流石大天使……」



 まあその認識で間違いは無いな。ただ手段と目的が逆なだけで。



「……ですから恋では無いと申したではありませんか」


「えっ、ちょっと今までの姫宮さんの反応で“恋じゃない”とか言われても全く説得力無いんだけど」


「しっ、仕方ないではありませんか!……まさか本当にあんな少女マンガみたいな形で同い年の男の子と出合うなんて……(演技)」


「あらぁ~?」


「とっ、とにかく宮沢さんの想像なさっているようなことは一切ございませんからっ!(演技)」



 俺はそういいながら拗ねるように首をぷいっと逸らす。声を荒げたりとテンションが上がると直ぐに顔が赤くなるこの体質は、このような恋する乙女の演技に最適だ。

 隣の宮沢妹も顔をリンゴのようにしながら潤んだ瞳で俺を見つめて来る。



「はあぁん……可愛い、ホント可愛いよぉ姫宮さぁん……」


「……何やら釈然としませんが……お褒めくださりありがとうございます……」



 体をクネクネさせながら身悶えしている伸長130cm台のロリ美少女は傍目から見ると大変いかがわしい。ちょっと赤の他人のフリをしたいので離れてもらいたい。



「ま、まあ待ってよ避けないでよ姫宮さん。恋路云々は置いといて、とりあえずは美奈と紫藤くんを仲直りさせたいんだよね?」


「……ええ、そうですね。ですが無理にお2人のわだかまりを解消しようとしてしまうと私を心配してくださっているみっちゃんを傷つけてしまいます。それだけは避けたいのです」


「それは同感。なので……その、あたしも協力させてもらってもいいかな……?」



 半ば強引に話を戻した宮沢妹がおもむろにそう訊いてきた。俺は驚いて彼女の顔を見つめる。コイツがそこまであの幼馴染コンビ(と俺)の問題に首を突っ込む理由がわからない。


 そんな俺の視線の意図を察した宮沢妹は、何故か少しソワソワしながら俺を上目遣いで見上げてきた。



「そ、その……協力する代わりと言ったら図々しいんだけど……」



 ……なんだ?“代わり”って、それはつまり何か俺に頼みごとでもあるってことか?



「あの……だ、だから、えっと、その……」


「……何でしょう?私に出来ることなら遠慮なくおっしゃってください」



 ごめんホントはちょっと遠慮して欲しいです。お前の頼みって何故かあのモンペママがタクシーに向かう後姿の写真が思い浮かんでメッチャ怖いんだけど……




「そ、その……あ、あたしも姫宮さんのこと……な、名前で呼んでも、いい……かな……?」


「……えっ?」



 想定していたのとは完全に別ベクトルのお願いだったので思わず聞き返してしまった。宮沢妹が一瞬で泣きそうな顔になってあたふたし始める。

 あ、ヤベ。これ確実に勘違いされた。



「あっ、あっ、あのっ!べっ、別にイヤならいいのっ!ちょっと、ず、図々しかったよね!ご、ごめんね!ごめ、っん……なさぃ……」


「い、いえ!決してそのような!」



 あわわわ。お、俺にロリっ娘を泣かす趣味はないっすよ!

 謝る!謝るから泣かないで!一応近くに人いないけど、いつ側を通りかかってもおかしくないから!



「も、申し訳ございません。宮沢さ────」


「やっぱりダメなんだ……あたしじゃ、ダメ…なんっ……うぅぅ、うわぁぁぁん」


「みっ、宮沢さん!?」



 ぎゃああああ、しまった軽率過ぎたぁぁあ!

 このタイミングで謝罪なんかしたら勘違いされるって、ちょっと考えればわかるだろ!


 そ、そうだよな。

 コイツよくみっちゃんとどっちが俺の一番の親友かなんてガキみたいな勝負してたっけかな。そんなんで一人だけ苗字呼びって辛いよな。

 なんか流れでそのままずっと姫宮さん宮沢さんって呼び合ってたのに違和感覚えなかった俺が悪いんだ。コイツの劣等感に気付かなかった俺が悪いんだ。



 よ、よし!

 ここはカッコよく決めてやる!



 小西美奈がみっちゃんなら……宮沢夏美は────




「────なっちゃん!!」


「────────ッッッ!!!」



 ビックゥゥゥ!と宮沢妹の体が飛び跳ねた。

 すげぇな地面から20cmくらい飛び上がったぞ今。ドンだけ衝撃デカかったんだよ……



「“なっちゃん”……っ!わ、私もそう呼んでも、い、いいでしょうか……?」


「……ぁ……び、びめみやざ……ん……?」



 大きな両目にいっぱいの涙を溜めて鼻声で俺の名を呼ぶ宮沢妹の姿に、何故か癒された。隣に感情を爆発させている人がいると逆に心が落ち着くことが結構あるけど、これもその現象なのだろう。


 ……ふふん、心にゆとりのある俺はイケメンだからな。

 紫藤広樹がただ黒歴史を作るだけのザコでは無い事を見せ付けてやろうではないか!



「……ふふっ、“姫宮さん”ではありません。私は────」





 ────“愛莉珠”ですよ。







「愛莉珠…………うん……うんっ!愛莉珠!愛莉珠っ!」



 ただひたすらに俺の名前を泣きじゃくりながらくり返す宮沢妹。ロリ美少女が清楚美少女の制服にしがみ付いて顔を赤らめ涙を流しながら“アリス”と連呼するその異様な光景は、どこか扇情的で思わず禁断の扉を開いてしまいそうな程に業が深い。

 だがこの感動的な場面でそれを指摘したり、彼女から距離を取ったりするとまた本人に勘違いされて泣かれてしまう。強烈なジレンマに苛まれながらも、俺はただいつもの美少女スマイルを顔に貼り付けて目の前の同級生が落ち着くのを待つしかなかった。



 途中で宮沢妹を抱きしめたり頭を撫でたりしてあやしていたが、結局泣き止まなかったので直ぐ近くにあったレストランに入って水を与えた。一度マンションに帰るのも面倒だったのでそのまま夕食を済ませた俺たちは、妙な百合百合しい空気を漂わせながらタクシースタンドまで手をつないで向かった。

 宮沢妹は終止頬を染めた幸せそうな笑顔のままで、そんな彼女を横目で見ながら俺は再度コイツの性癖を怪しんでたりしたのだが……


 ま、まあこれで宮沢妹のコンプレックスも解消出来ただろうし、俺にとってはみっちゃんと紫藤広樹くん12歳を仲直りさせる強力な助っ人を手にすることになったのだ。なんかヘンな百合ルートに入ってしまった気がするが多分杞憂だろう、うん。




「愛莉珠っ!今日はありがと、おやすみなさい!大好きだよっ!」




 ……おい去り際にタクシーの窓からそんなコト叫ぶな。


 目立つから……




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