01話 俺の名は姫宮愛莉珠!天下の美少女JCだ!
「行ってきます」
俺のビッチな彼女こと姫宮愛莉珠の身体に憑依してしまうという、衝撃的な体験が始まって早3日。俺はいつもの無人の部屋と挨拶を交わしてエレベーターへと向かった。
***
姫宮愛莉珠と言う女は、家族の話を聞かれるのを他の何よりも嫌うヤツだった。家族の話になると途端に不機嫌になる、その人が変わったような反応に俺はうすうす彼女が何かしらの家庭問題を抱えていることに気付いていた。
そしてその予想は正しかった。
この身体になって3日が経ち、家族と思しき人物と出会ったのは一昨夜の3時のときの一度のみ。深夜に突然マンションの部屋の鍵が開いて、半ばパニックになりながらそーっと玄関を確認したそこには二人の男女がいた。父親らしき方は俺のこの体のことを“愛莉珠”と呼び、ケバい化粧のコンパニオンらしき女を連れて来た酔っ払いのイケメン中年男だ。酒臭いダンディーなオジサマが着替えるついでに連れ込んだ女と15分ほど軽くイチャイチャして、その後すぐ出て行った。
俺に“留守を頼んだ”と言いながら諭吉様が10枚ほど入った銀行の封筒を放り投げてきた時、俺は姫宮家の実体を悟った。
両親の寝室や玄関を探した時、男性の物以外の衣類や靴が発見できなかったことにようやく合点がいった。
姫宮家は両親が別離し、家に残った父もほとんど家に返らない、崩壊した家庭だったのだ。
俺は一年も愛莉珠と付き合ってて今、初めて知った。
アイツはずっとこれを隠したがってたのか……
そういえばデートのときも愛莉珠は妙に金払いがよかった。
部活とデートの合間にバイトで稼いだ金で彼女に見栄を張りたがるのが男子だ。レストランで彼女の分も払おうとしたら、“お金崩したいから”と自分の財布から万札を何枚も取り出した愛莉珠。
“金持ちだな”と拗ねながらそう彼女に言うと、寂しそうな顔をして曖昧に笑い返して来たのをよく覚えている。聞かれたくない話なんだな、と感じて以後気にしないようにしていたが……
ま、まあ親から貰ったものってだけで、援○とかの金じゃなくてよかった、そう考えよう。
あのオジサマのこと以外にも、3日かけて家捜しをしていて気付いたことがいくつかある。
その筆頭が“今の時間軸”だ。
女の体になったら男なら誰だってまず最初は風呂場に行くよね!と自己弁論して愛莉珠ボディを確認しに行ったが、実は記憶にあるアイツの身体とは若干違ったのだ。胸も背丈も小さく本人の自慢だった見事なくびれも無い。
記憶とは違う、どこか幼さの残るクソビッチの顔にもしや生き別れた妹か?と思ったが、その後マンションの部屋のどこを探しても“姫宮愛莉珠”以外の女性名は発見出来なかった。
あ、ちなみに父親の名前は慶一と言うらしい。もしものために覚えておいた。
そして俺は、その日二度目の衝撃を受ける。
困惑したまま何気なく近くにあった旧式のiph○neにノスタルジーを感じ、画面を開いてカレンダーが目に飛び込んできた時だ。
今日の日付は平成○○年4月2日。
俺は一瞬“なぜに5年前?”と疑問が浮かんだが、先ほどのやけに幼い愛莉珠の身体を思い出す。
まさかと思い、どっかのエリートキャリアの自宅みたいに夜景の綺麗なアホみたいにデカいリビングに置いてあった、馴染みのないリモコンを操作しテレビの番組表を付けた。
そのまさかだった。
なんと俺は、アイツの体に憑依しただけでなく、記憶から5年も過去の時間に飛んでいたのだ!
な、なんだってー!?
いや、マジで何で?
その後色々と慌てたり、考えたり、未発達な12歳の愛莉珠ボディを堪能するぜグヘヘな犯罪行為に勤しんでいたが、最終的にあることに気がついた。
4月2日、姫宮愛莉珠ちゃん12歳。
あれ?
12歳って中学一年生だよな。
4月の第一週って始業式……いや入学式とかなかったっけ?
恋人の過去の体に乗り移ってから僅か数時間で他人(本人?)の肉体の持ち主の予定のことまで心配するという、俺の驚異的な順応力。慌てて愛莉珠ちゃん12歳の予定表やら入学案内やらを探したのだ。そしてまだ入学式まで余裕があることに心底安堵したのだった。
流石に小学生時代の記憶が一切ないまま学校に通ったら同小のヤツとかに不信がられるからな。可能な限り当時の思い出を回収しなくては。
そんなわけで彼女の小学時代のアルバムやら日記やらを漁って調べてみた。
だがそれは不要だった。
どうやらこの父娘家庭な姫宮一家は愛莉珠ちゃん12歳の中学入学にあわせて横浜から東京に引っ越してきたばかりらしい。本人の小学校時代の日記にも、友達が一人も東京に通学しないことを悲しむ心が書かれていた。
あまりにも俺にとって都合が良すぎて思わずガッツポが出てしまった。
FUFUFU、これで何とか誤魔化せる。
……俺に体を乗っ取られる前の愛莉珠ちゃん12歳は唯一の心の支えだった友達と離れ離れになることに酷く悲嘆していたみたいだけど……
安心しろ、思春期真っ盛りな俺こと紫藤広樹17歳は親なんてただのウザい家政婦程度にしか思っていなかった真性のクソ野郎なのだ。テニスと友達と彼女(付き合う以前は二次元ゲーム)がいれば家族なんていなくても全く寂しくないのだよ!
フッ、親の愛情に飢えたいたいけな少女を一人、救ってしまったか……
……多分この家庭環境も愛莉珠があんなビッチに育った原因の一つなんだろうけどな。
うん、コイツの身体を乗っ取ってる以上、俺のひとまずの行動目標は愛莉珠のビッチ化を防ぐこと。
それプラスで俺の考えうる最高の美少女ヒロインに変身させることだ。
どうせ夢かなんかだろうし、思いっきりこの美少女ボディ人生を楽しもう。
あ、エロいのは(まだ)無しな?
俺、ロリは食指動かねぇし。
***
チーンとエレベーターが着階したことを知らせる音を鳴らす。俺は脳内に響く某学園モノノベルゲーのオープニングBGMと共に、ムダに豪華なマンションのエントランスを後にした。
初めて身に纏う(女子の)制服。風で捲れそうになるスカートを、思わず頬を赤く染めながら両手で押さえる(中身が男な)初々しい制服少女。どっからどう見ても完璧な中学一年生女子だ。
昨日一日中鏡の前で最高に可愛い仕草や表情を研究し練習した甲斐があったぜ、ふぅ~。こういう時、家にずっと一人きりな冷めた家庭だとありがたいよな。
この新品のブレザーは愛莉珠の母校、私立桜台学園中等部のものだ。桜台中学は中高一貫の進学校なのだが中等部はかなり緩いらしい。だが中学なのに珍しく特進科があったりと“伸びそうなヤツは伸ばす”校風なんだとか。
あと校長先生が行事のスピーチを5分未満で必ず終らせるいい人だとか、担任の音楽の先生が新人でとっても可愛いとか、体育教師の小野寺の脇が臭いだとか、他にも色々聞いている。
俺がムダにこの中学校について詳しいのには理由があるんだが────
「わっ」
「ひゃっ」
突然、通学中の横道から同じ桜台の制服を着た女の子がぶつかってきた。
あ、“ひゃっ”の可愛いほうの悲鳴は俺のな。散々練習したし、念のため。
「ご、ごめん、っじゃなくて、ごめんなさい!……っ、わぁ……可愛い子……」
「……マジかよ…………」
聞き覚えのあるその声の主である、目の前の女子中学生をまじまじと見つめる。
思いっきり見覚えがあった。さっそく噂をすれば、だ。
……マジで懐かしい。そういえばこの頃のコイツってまだメガネだったよな。最近は高校入学と共にコンタクトにした姿ばかり見てたけど。
やっぱ俺、ホントに5年前の世界に来てるのか……
「え、えっと、あの。わたしの顔に何か付いてますか……?」
「あ、いいえ。何でもありません」
目の前の糸目のメガネ少女、名をみっちゃんこと小西美奈という。
俺の桜台中学の情報源にして、17年に亘るご近所さんである幼稚園時代からの友達だ。コイツが中学高校時代通っていたのがここ、姫宮愛莉珠の母校である桜台学園中等部だ。
まさか初日から出会えるとは運がいい。
みっちゃんは幼馴染だが、コイツとの仲は決して二次元好きが思うような甘かったり気まずかったりするイジらしい関係じゃなかった。
まず見た目。華奢で寸同な体型で、女性を感じる部分が伸長と声と制服のスカートしかない。おまけに糸の様な細目にメガネという最強非モテコンボ。髪まで短く、これで“思春期でココロとカラダの変化に戸惑う少年少女”な状況になるほうが難しい。
あ、いや、べ、別にブスだといってるわけじゃないぞ、みっちゃん。
俺はほら、趣味のせいで深夜アニメの正統派ヒロインタイプな女の子が好みってだけで。
だから、その、な?
ほ、ほら、女子って大学上がってから途端に別人のように美人になったりするらしいし、みっちゃんだって数年後にはミロカ○スみたいになってるぜ、きっと!
それにたとえ美人になれなくても“女は内面だ”とも言うし、見る目の無い男共もみっちゃんの性格を…………性格を…………
……お前、中学時代に俺がパソコン前でシコシコしてるところを盗撮して脅迫してきたことあったよな?あの動画あの後ちゃんと消したんだろうな、おい。
あの悪夢を避けるため、ここはこの偶然を利用し思い切ってみっちゃんと親しくなってコイツの行動を見張られるようにならなければ!
「ごめんなさい、私の不注意で。お怪我はございませんか?」
「へっ、あ、う、うん。じゃなくて、……はい、大丈夫です」
「ふふっ、敬語は要りませんよ?ほら」
散々練習した美少女スマイルで微笑みながら首元の黄色のリボンを手で指した。指差すのではなく右手の掌を胸元の右のあたりに軽く添える感じにして、リボンを強調する。そうすると育ちのいいハイソな上品オーラが出る。
気がする。
みっちゃんよ、雰囲気美人とはこのような仕草が出来る者のことを言うのだ。
「あっ、同じ新入生……」
「ええ、これから3年間、お世話になります」
「へっ、あ、う、は、はい。わたしも……その、お世話になります」
何だかオロオロしてるなコイツ、らしくない。入学式当日だから緊張してるのか?
って、あ、しまった。
「それでは、遅らばせながら自己紹介を。私、姫宮愛莉珠と申します。どうぞ宜しくお願いします」
くっ、パーフェクトヒロインを演じるつもりがまさか自己紹介を忘れてしまうとは……!俺的に既に知ってる人物だから不覚を取ったというのか?
恐るべし、みっちゃん。
「あっ、わ、わたし、小西美奈って言います!」
“アリスなんて絵本に出てくるヒロインみたい”と俺も少し思ってた感想を自己紹介と一緒に述べてくれた。
……絵本は絵本でも、薄い表紙にコマ割りが沢山あって栗の花の臭いが漂う成人向けの絵本なんだけどな。
「ふふっ、ありがとうございます。それでは、その……“みっちゃん”、とお呼びしても……いいかしら……?」
はい、ここ美少女ポイーンツ!
初対面(という設定)の相手と親しくなりたいアピールをする際、あだ名で呼び合うのはいい手だよね?だけどただしれっと流れで呼ぶのは折角の“初めてあだ名で呼び合う”イベントを無駄にしてしまうのだ。
少し恥ずかしそうで不安そうな声色でモジモジしながら、相手に真正面からあだ名で呼ぶことの許可を求めると、グッド。
さりげなく上目遣いで、なおかつそのあだ名自体がどこか子供っぽいヤツだと、なおグッド。
……とかなんとか屁理屈こねたけど単純に俺の脳内でコイツのことを“小西”とか“美奈”とか一度も呼んだことないので最初から“みっちゃん”って呼べると楽ってだけなんだけど。
「かわいい……」
「え?」
「うん!全然いいよ!みっちゃんって呼んで、アリスちゃん!」
ぱぁぁっと高揚した表情で愛莉珠の名を呼ぶ目の前の少女。その笑顔に昔の、まだ純粋だった幼稚園の頃のみっちゃんを思い出して少し感動した。
これがなぜ中高とああなったのか、残酷な時の流れを感じる俺こと紫藤広樹くん17歳。
なお外見は愛莉珠ちゃん12歳な美少女である。
「そ、そう?ありがとう。嬉しいわ、みっちゃん」
照れくささをワザと見せながら俺の自慢の必殺技、パーフェクト美少女ヒロインスマイルをみっちゃんに食らわせる。
「かっ」
「……え?」
「かんわいいいいいいいいい!!!」
「きゃっ、ちょ、ちょっと!?」
ふふふ、予想していたリアクションだったから“きゃっ”なんてヒロインにのみ許される悲鳴を上げる心構えが出来たぜ。
みっちゃんはとにかく、一度気を許した女子相手には所構わず抱きつくクセがある。当然高校に上がってからは自重しているみたいだが、この頃はまだそこまでの分別はなかったはずだ。
彼女の永遠の断崖絶壁が、俺のこの将来性しかないJC愛莉珠ボディの未熟な双丘にぶつかる。
みっちゃん、涙拭けよ。
「アリスちゃんホント可愛いくて可愛くてわたしおかしくなりそう!」
「あ、健全な友情でお願いします」
思わず真顔で返してしまった。
大丈夫、俺の知る限りコイツはレズではなかったはずだ。
「うんっ!これで友達だね、アリスちゃん!」
「ええ、どうぞ宜しくお願いします」
こうして俺の彼女、姫宮愛莉珠のクソビッチ化阻止&清楚系完璧ヒロイン化計画は、中々の滑り出しを見せた。
楽しくなって来たぜ!