36話 遠足の班分けと、仲良し三姉妹のお茶会
おまたせしました
『紫藤くんも“アリスちゃん”と呼んでくださっても構いませんよ?ヒ・ロ・く・ん』
デデーン!アウト!
……はい。
どうも、全国の愛莉珠ちゃんファンの皆さん。俺です。
散々disってた黒歴史野郎に匹敵するレベルの痴態をお見せしてしまいました。俺です。
幽鬼のようにふらつきながら帰り道の、あの5年後に潰れるはずのケーキ屋さんで好物のモンブランを買ってみた。季節のイチゴのショートケーキも美味しそうだったけど……パパンはまたしばらく家に帰ってこないだろうし、俺も2つも腹に入らないから止めておこう。こんなボロボロな精神状態でも甘味を求めてしまうのは男の頃と好みが同じだからか、それとも女になったからなのか……
電車に乗った俺は、昨日の羞恥発作騒ぎを繰り返してまた乗客に迷惑をかけないように、大人しくケーキの紙袋を抱えながら無心で駅に着くのを待つ。あの恥ずかシーンが頭の中でぐるぐループ再生されていても発狂しなかった自分を褒めてやりたいぜ。
その日の晩はまずパパンに帰宅したことをlin○で伝え、続いてみっちゃんにも万事滞りなく紫藤広樹くん12歳にお礼を済ませたことを報告して、最後に精神科医の長井先生から貰った精神安定剤を飲んで寝た。
おかげで翌朝までぐっすり眠ることが出来た訳だ。
***
時は飛んで翌日。
……あまり飛んでないが、とにかく、学校のHRの時間である。
「────それでは来週の遠足のための班分けを行います。くじ引きはこのタブレットのアプリで行いますので、皆様お一人ずつこの画面をタップしてくださいませ」
『はーい!』
我ら桜台中学の1年生は5月の半ばに高尾山へ遠足に行く行事がある。こういうイベントの責任者に推挙されるのはいつだってクラスで一番目立つヤツなのだが……まあ案の定、俺な訳だ。これでも既にHR委員とかいう津田先生のお守役に就任している身なんだけど、遠足委員にまで祭り上げられるのはもう俺が“迷ったらこの子に任せればいいじゃん”ポジになっちまってるからなんだよね。
まあ今は忙しい方が余計なこと考えずに済むからいいんだけど……
そんなこんなでクラスの連中が俺のSurfacePR○に群がって班分け乱数アプリを物珍しそうにワイワイ触っている。アプリと言っても大げさなものだけど、これは任意の数字をランダムで複数のグループに分類してくれるプログラムが組まれているのだ。今回はクラス人数の1から35までの数字をランダムで9つの4人1組のグループに分けてくれるように設定した。古風な箱に手を突っ込んで数字の書いたくじを引く時代は終ったのだよ。
「あっ、あのっ!ひ、姫宮さんは、どのグループに……?」
「はい、私は────」
……ねぇ。俺に興味を持ってくれるのは嬉しいんだけど、一瞬でクラス中が静寂に包まれて俺の言葉に耳を傾けて来られるととても怖いから自重してくれないかな?1年4組の諸君?
「────最後の3人のグループに津田先生とご一緒致します。先生の補佐がございますので」
俺は話しかけてきたコスプレ変態のYAZAW△こと矢沢葉月にそう返した。するとガッカリしたように項垂れながらとぼとぼと引き下がっていった。同じく大勢の男女が似たような仕草をしているのに、我ながらクラスに愛されていることが伝わって来てちょっと嬉しい。
タブレットさんが頑張って班分けを高速処理してくれたので、残った時間で各班に班員との交流をやらせた。
俺は残念ながらみっちゃんや宮沢妹とは離ればなれになってしまったが、代わりになんと女子グループのボス、有馬玲子と一緒になった。この子はどちらかと言えば俺より宮沢妹と仲がいい云わば”友達の友達”なのだが、学年のボスキャラ的な存在の彼女が俺にペコペコしていることで1年女子社会における俺の地位が相対的に跳ね上がっているのだ。
俺が過去1月で築いた人間関係のおかげで愛莉珠ちゃん12歳の学園のアイドル的な地位は安泰なのだが、この有馬と不仲になるのは一応避けるべきだろう。
彼女も他の女子同様に俺を女神視しているのは変わりないんだけど、みっちゃん曰く、ちょっと我が強くて怖いタイプの子らしいから仲良くしておいて損はない。
「宜しくお願い致します。楽しみですね」
「はっ、はいっ!」
……まあ本性はともかく俺の前では誰もがこんな感じで従順な良い子なんだけどな。入学したての頃にも何度かお世話になったし性格が悪いヤツってことは無いはずだ。
少なくとも俺のクラスに虐めは存在しない……と思ふ。
そして問題のもう一人の生徒だが────
「ひっ、姫宮しゃ、さんとごっごごご一緒出来て!こっ、光栄でしゅっ!」
そう、俺の隣に座る姫宮愛莉珠見鶏くんこと黒髪少年だ。あ、違った、黒神タカシ少年だ。
高等部の連中まで入会しているらしい姫宮愛莉珠ファンクラブの会員で、席が隣なのを毎日同胞たちに疎まれているフツメン男子である。彼とはたまに世間話というか“4月はまだ少し冷えますね”とか“消しゴム落としましたよ”とか他の男子よりは多く話す程度の関係だ。他人以上友人未満ってヤツだな。
俺が男子と接するとみっちゃん曰く、間違いなく勘違いされてヘンに期待させてしまうらしいからこれ以上の接近は避けたかったのだが。まあもう見ただけでヘタレオーラぷんぷんさせているから大丈夫だろう。
「わーい、姫宮さんと一緒なんて安心ですね!」
「津田先生……」
そして最後のメンツがこの津田先生である。
俺が委員をいくつも兼任するハメになった諸悪の根源にして我ら4組の愛らしい指導者だ。可愛いは正義なこの先生は、あろうことか最近ご友人の数学教師こと篠原先生に吹奏楽部顧問の仕事を丸投げしようとしていたらしい。
いつだったか昼休みに突然篠原先生に話し掛けられ“あなたピアノで吹奏楽部に入ってくれない?”とげっそりした顔で誘われたことがあった。断るだけじゃ角が立ち過ぎるし、一応事情を聞いたら例の話が出てきたので津田先生を2人で叱りに行ったんだけど、やれ“新人にこの仕事量は辛い”だの“新人に担任に2つも部活顧問をやらせるなんて酷い”だのメソメソしながら縋って来たので仕方なく俺と篠原先生で津田先生の仕事を少し肩代わりすることにしたのだ。
可愛いは正義なのである。
「大丈夫ですよっ!先生お菓子はちゃんと500円ルールを守るし、途中ではぐれないように姫宮さんの手をつないでおくから!」
「……高尾山はコースはほぼ一本道ですのではぐれることは無いと思います、先生」
「……担任だから列の最後尾だし姫宮さんの言うとおりだと思います、先生」
「……僕ははぐれるよりコースを間違える方がありえると思います、先生」
可愛いは、正義なのである。
***
「班分け残念だったね……」
「まあいつも一緒だし、たまにはいいんじゃないかな。あたしたち」
久しぶりに我が家でお茶会をしようと学校帰りにみっちゃんと宮沢妹を誘ったら、二言返事で“おじゃましまーす”と俺のマンション前まで付いて来た。宮沢妹は今回ようやくの我が家のティーパーティ初参加だ。
まあお茶会って言ってもただ家に友達呼ぶだけなんだけどね。パパンの頂き物を処分するための名目にもそう呼んでるのだ。
早速キッチンに向かいお筝教室の山本お姉さん直伝の玉露を準備しよう。漆塗りの立派なお盆の上に茶筒、茶こぼし、茶托に乗せた伊万里の湯のみと同じセットの急須、そして本日のメインである賞味期限当日の栗羊羹を3つずつ並べた蒔絵の菓子皿を乗せてリビングまで運ぶ。左手には沸かした鉄瓶を持っているのでお盆を持つ右手が少しぷるぷるしてしまった。バレてないかな……?
「にしてもこれが姫宮さん家かぁ~。美奈に聞いてたとおりホントにいいトコだし中も広くて凄いなぁ」
「ふふふ、よかったなナツミくん。やっとお家に呼んでもらえて。先輩からの祝いだ、頭を撫でてやろう」
「くっ……だ、だけどこれで条件はイーブンだ!いつまでも自分がナンバー1だと思わないことだな美奈!」
「ふっ、バカめ。わたしは“みっちゃん”、キサマは“宮沢さん”。この違いは大きいのだよ」
「ぐううううっ……!で、でも昨日は美奈だって“小西さん”呼びだったじゃん!最初の友達だからって調子乗ってたツケだバーカ!」
「なっ、何だとぉ!?」
リビングから聞こえてくるのは姦しい言い争いをしているバカ2人の声。お前ら俺のこと好き過ぎるのは嬉しいんだけど恥ずかしいからそういうの当人の居ないトコでやってくれませんかね?
俺はそっとソファーのサイドテーブルにお盆と鉄瓶を置く。このテーブルを昨日作法教育の鷹司先生に教わった供茶の作法に出てきた“さばき口”としてイメージしている。ここでお茶を淹れるのだ。
鉄瓶から急須にお湯を注ぎ、しばらくしたらそれを3つの湯のみに移して暖める。急須に残ったお湯は茶こぼしに静かに捨てた。あとは玉露用にお湯の温度が下がるのを待つ。
すると何やら近くで色々弄り出した俺が気になったのか客人2人が近付いてきた。
「姫宮さんさっきから何して────ってうわっ!何これ凄い、南部鉄器!?」
「おおっ!今回は羊羹なんだね、美味しそう!それに目の前でお茶淹れてくれるんだ!やってやって、続けて!」
「ど、どうぞご自由に……」
あれ、ちょっとまずいぞ?
座ってないお客さんにお茶を出す作法なんて知らねぇし、座ってないのに席にお茶を出す訳にもいかない。かといって座れと命令するホスト主なんか居ないし、玉露は急いで出さないとお茶が冷めてしまう。
なるほど、これが鷹司先生が言っていたイレギュラーへの対応力の重要性か……
よし、問題児たちはただ物珍しがってるだけみたいだし俺が教わった作法を説明してさっさと席に着かせよう。
「今行っているのはお湯の温度を調節する手順です。玉露のお茶葉は60℃のお湯で淹れますのでこうして急須と湯のみに移してついでに暖めるのですよ」
「日本茶にもそういうのあるんだ!ウチのモンペも紅茶でなんかそんなことやってた気がする」
「モンペって……」
宮沢妹ママかわいそす……
適当に薀蓄を垂れながらお茶を淹れた後、空気を読んだ2人はパッとソファーに背筋を伸ばして座った。よしよし良い子良い子。
俺は急須と湯のみと菓子皿を乗せたお盆を両手で腰の位置で持ち、静々とサイドテーブルから離れて客人の座るソファーテーブルに向かった。そしてテーブルの対端を“いわい口”に設定してそこにお盆を置いてお茶を3つの湯のみを往復するように注いだ。
「うわぁぁ……姫宮さんすっごいかわいい……」
「でしょでしょ、わたしは前にも見たからね!」
「いや何故美奈が自慢する」
嬉しいことを言ってくれる2人だけど、どうやらみっちゃんは以前の見かけだけの仕草に騙されたままのようだ。俺の影の努力を悟られずに済んで嬉しい反面この前との違いに気付いてくれない無教養っぷりに落胆する。
まあ俺もつい昨日習っただけの無教養者なんだけどね!だがこれからもっと進化するのだ!
お茶を注ぎ終わったらようやく供茶だ。
まずは黒文字を客から見て手前に乗せた菓子皿を上座に座っている宮沢妹のすこ~し斜め右前にテーブルを超えて出す。お茶は茶托に乗せたまま両手で一旦持って、その後右手に持って菓子皿の左に中心線をそろえるように並べて置く。使わない左手は親指を隠して四ッ指をそろえてテーブルの端に添えると上品に見えるらしい。手もキレイな愛莉珠ちゃん12歳はさぞかし美しく見えることだろう。今度動画で確認してみたい。
「……何か姫宮さん仕草とかやってることとか旅館の仲居さんみたい。そういうのってやっぱ習ってたりするの?」
「そうですね。母も叔母も祖母も習っておりましたし、私も一通りは教わっております」
現在進行形だがな!あと微妙なニュアンスの違いで、ただの趣味なのかセレブっぽい一家相伝的なヤツなのか伝わる意味が変わってくるな!
日本語って難しいね!
「凄い……やっぱ本物ってちゃんと習うんだ……」
「ほらほらナツミちゃんもお家お金持ちなんだから勉強だけじゃなくてこういうのも習わないと~」
「……美奈あんたこの前の理科の中間テストあたし負けたのそんなに悔しいの?」
「しゃ、社会は負けてないし!」
「同じ満点じゃん。あとさっさと数学特進に上がって来なよ」
「ふんだ!来学期のテスト覚えてろよ!アリスちゃんの隣に座るのはわたしだ!」
最早恒例のネタと化している2人の愛莉珠LOVE。わかったからさっさとお茶を飲め。そしてその賞味期限ピンチな栗羊羹を食べろ。
しばらくワイワイ姦しくおしゃべりしたあとは3人でみっちゃんに数学を教えたり適当な洋画を観たりと盛り上がった。まあ2人とも楽しんでくれたお茶会だったようで何よりだ。俺も作法の練習が出来たし2人に更なるドヤ顔を見せ付けれてホクホクだぜ。
お菓子も処分出来たしな。
だが俺は完全に油断していた。
「さあて!そろそろ姫宮さんの春について色々白状していただきたいと思いますっ!お相手の美奈の幼馴染くんについても詳しく!詳しく!」
そう、全世界の女の子が最も好むあの話題がこれまで一度も出ていなかったことに……