34話 ナンパ兄ちゃんたちとの再会
『アリスちゃぁぁん…………ホントにアイツはダメだってばぁ……』
「で、ですからっ!ただお礼を申し上げたいだけですって!わっ、私は別に……みっちゃんが危惧なされてるような気持ちは、その……(演技)」
『ッ、ふぐっ、うあぁぁああん!アリスちゃんが恋する乙女だよおぉぉうわぁぁぁん!!』
「みっ、みっちゃん……!?」
ちょ、ちょっと遊び過ぎたか……?
もう4回はこんな感じで繰り返し会話が中断されてしまう。まあ俺のスーパー演技のせいでもあるんだけどな!
結局あの駅前で紫藤広樹くん12歳から一方的な神社裏ランデブーの約束を取り付けられてしまった俺は、とりあえずヤツの行動の裏づけを取ろうとみっちゃんに電話をかけることにした。どうやらコイツは放課後になって何度も自分に連絡をして来る俺の奇妙な行動を、“いじらしい恋する乙女”のそれだと勝手に自己解釈してくれたらしく、今もこうしてちょっと煽ってやるとすぐこのように泣き出し始める。
まあその恋する乙女が折角の意中の相手との約束を、ついさっきの俺のように普通に忘れてたりすることなんてあるはずがないので、このまま真実を知らずに勘違いしててくれるのは大変ありがたい。
「そ、それでですね。紫藤くんは、そ、その────」
『じらないもん!がっでにじなざいよぉぉぉ!ばかぁ!』
「えぇ……」
ダメだ、伊達に紫藤広樹のことを12年近く見てきた訳じゃねぇから、あの中二病のキモさを誰よりもよく理解してしまっている。ヤツを男として最底辺の位置に置くほど軽蔑してるせいで親友にして尊敬している完璧美少女の愛莉珠がアレとイイ感じになってしまってるのがまるで自分のことのように許せないんだろう。
まずいな、まさかこれほど好感度が低かったとは……
仕方が無い、恋する乙女の演技は止めよう。
今はただヤツに先日の厚意に対する義理を通すだけだと、みっちゃんにそこんとこを強調する。紫藤広樹くん12歳も大事だけど今はまだヤツとイイ感じになるのは早い。
まずはあの中二病を何とかして、次にみっちゃんのヤツに対する嫌悪感を何とかして、それから俺ともう一人の俺の距離を詰めていかなくては。
一先ずコイツのダメージを癒して、みっちゃん攻略再スタートだ!
「み、みっちゃん?一言だけいいかしら?」
『…………なによぉ』
……何だよそのめっちゃ寂しそうな声。
「宮沢さんは勘違いが過ぎてらっしゃいますけれど、どの道助けてくださった方に一度も礼を申し上げないのは相手に対して義理を欠くことになります」
『……わたしがアリスちゃんの言葉をあのアホに代弁すればいいじゃん』
いやこの世界の俺のこと嫌い過ぎるお前にメッセンジャーなんかマトモに務まる訳ねぇだろ。
「……それほどまでに紫藤くんの事がお嫌いなみっちゃんの言葉をお聞きになって、私の感謝の気持ちが紫藤くんに伝わるとは思えません」
『ふぐっ!』
「感謝は私が一人で致します。私のためにワザワザ危険を冒してくださった方への最低限の礼儀ですので」
『うぅぅぅぅぅ────っ!!』
……もうメインヒーロー落とすよりもこの幼馴染を封じる方が難易度高いんですけど。
あ、でも乙女ゲーってそんなもんか。
って、絶対違ぇよ!
メインヒーローを奪い合うんじゃなくて主人公の身を案じて2人が結ばれないように邪魔してくる幼馴染キャラって何なんだよ一体!
ただのノンケ愛と板ばさみな百合ゲーじゃねぇか!冗談じゃねぇ!俺はノーマルだ!
クッ、だ、だがここは我慢だ……
みっちゃんの紫藤広樹くん12歳への好感度が低いままだと落ち着いて恋愛なんか出来やしない。
じっくり警戒心を溶かすには時間が必要だ。
その時間を作るためにここはみっちゃんを落ち着かせる必要がある。
「……仕方ありません」
『──ッ!』
「紫藤くんとお会いするのは20分だけ、連絡先の交換も控える。以上をみっちゃんにお約束します」
『────えっ?』
これくらい淡白なランデブーなら恋愛フラグを折ったように見えるだろう。
まあしれっと次の会う予定交わしてそこで連絡先交換することも出来るけどな!
「これでしたら、みっちゃんにも余計なご心配をおかけすることもありません」
『…………また次に会う約束交わしたら意味ないじゃん』
コイツ鋭過ぎぃ!
ジョーダンだって、そんなことしねぇよ。そもそもあんまり会わずに距離を詰める計画なんだから。
「はぁ……では習い事が多いので此度のような行き当たりばったりな待ち合わせは不可能だとついでにお伝えして参ります。……これでご納得いただけましたか?」
『………ぐすっ……わだじはっ、ありずぢゃんのだめにぃぃ……』
「存じております。ですので、貴女の懸念されるような事にならないよう振る舞いますから。だから、泣かないで……ね?」
『…………うん、ごべんね……』
「いいえ。……確かにちょっと行き過ぎですけれど、みっちゃんが私の事を大切に思ってくださっているのはちゃんとわかっているつもりです。いつもありがとうございます、みっちゃん」
『ふぐっ……えぐっ……うっうぅぅぅ……』
まあ、こんなモンだろ。
欲を言えば折角みっちゃん家近くまで行くんだからついでに一緒に晩飯でも食って、アイツの不安を取り除くフリをしながらその堅いガードを少し崩したかったけど。みっちゃん家は紫藤邸の目の前だからな。
近所の家で好きな女の子が自分の幼馴染とメシ食ってるのに一緒に参加出来ないなんて、あのガキに耐えられる訳がない。
それにみっちゃん家にまでお邪魔してしまったら、ヤツへのお礼に神社まで出向いたことがまるで友達の家に遊びに行くついでだったみたいに思われそうだ。それはそれで紫藤広樹くん12歳に愛莉珠が酷い女だと思われてしまいそうなので止めるべきだろう。
ヤツにガチ惚れされてるのは当然なんだけど、あまりこの美少女顔に胡座をかいてると足元を掬われるかも知れんからな。良い性格を維持することを決して疎かにしてはならない。
「では紫藤くんとお会いして参りますね」
『…………ヘンなことされたらちゃんとわたしやおばさ、紫藤先生に言うんだよ?』
「わかっております。それでは、おやすみなさい」
『…………うん……』
「えっと……父に貰った水羊羹、明日お土産に貴女に差し上げますので元気出してくださいませ」
『ッ…………うん……』
……今一瞬反応したな、この食いしんぼめ!
よし、これでみっちゃんの邪魔は封じることが出来た。これであのアホが俺の前で黒歴史製造しても俺さえ黙っていれば全て無かったことになる。ダメージは最小限で食い止められるのだ。単純に俺にダメージが集中するだけなんだけど、それはまあ仕方が無い。
なに、どうせ同じ穴の狢だ。元はこの俺自身の過去の自分なのだ。他人の目に映らないところでなら、生暖かい目で見逃してやろう。
大丈夫、直にヤツは自分の恥ずかしさに気付くだろう。そこから成長していけば良い。いずれみっちゃんも見直してくれるはずだ。高校時代はそこそこ仲良かったのだから。
俺はヤツがこちらを見つけやすいように桜台の制服を着たまま、礼の贈り物を持ってマンションの部屋を後にした。
***
都心23区の帰宅ラッシュの電車では相変わらず車外も車内も押し潰すような人的圧力がかかってくる。当初は女性車両なんて自意識過剰の巣窟だろうと避けていたのだが、昨日のナンパ兄ちゃんたちの恐怖が主のほか大きかったので今日から活用している。スカートも膝が被るフルスペック状態にし、さらにストッキングまで履いてる完全ガードだ。防犯グッズも完備している今の俺には微塵の隙も無い。スマホからも常にGPS情報がパパンのスマホに送信されている。
完璧だ。
ちなみに今俺が手に持っているお土産の数は3つだ。一つは当然今回出向いた理由である紫藤広樹くん12歳に渡すもの。一つはもしみっちゃんが俺たちのランデブーに対する懸念を払拭出来ずに神社裏に乱入して来た場合に備えた、ヤツの機嫌を直すために渡すもの。そして最後のものが────
「こんばんは、お二方」
「あん?」
「え?」
そう、昨日あのアホの早とちりで不遇のゴールデンボールボンバーになってしまわれた……哀れなナンパ兄ちゃんたちのための謝礼だ。
この駅を拠点にしてると聞いていたのでもしものために持ってきてたのだが、まさか翌日にまた会えるとは。何気にツイている今日の俺。
「覚えておいででしょうか?昨夜は大変なご無礼を働いてしまいまして、誠に申し訳ございませんでした……」
「おっ!昨日の可愛いお嬢ちゃんじゃねぇか!」
「お嬢ちゃんやっぱ可愛いな……ってそうだ、あの後どうなったの?つかあの突っ込んできたガキってもしかして知り合い?」
あ、あれ?
なんかあんまり怒ってねぇな。
俺が今やっているのは単純に罪滅ぼしだ。
このナンパ兄ちゃんたちは確かに善良な一般人ではないが、外見いたいけな女子中学生を怖がらせてしまったことを謝罪してくれた上、身を案じて駅まで送ってくれようとしてくれた紳士たちでもあるのだ。別の本人の意識があるとはいえこの2人の金的を突然蹴り飛ばして悶絶させてしまったのは、紛れもない紫藤広樹なのである。ご本人はまだ愚かにも勘違いしたままなので代わりに事情を知る俺が謝罪しなくてはならない。
もっとも、俺自身もこのナンパ兄ちゃんたちの行動を紫藤広樹くん12歳の武勇伝として利用している側面もあるので……その罪滅ぼしも兼ねているのだ。
兄ちゃんたち、すまぬ。
俺の愚息(?)の踏み台になってくだされ……くだされ……
「は、はい……私の友達の友達で直接面識は無かったのですが……」
「あー同じ制服だったから勘違いしちゃった、と……」
「ぷっ、だっせぇな俺ら」
「チッ、不意討ちでタマ金はケンカじゃねぇよ。ただの通り魔だ」
「お、おっしゃるとおりです……」
ま、まあ普通に考えてもそうですよね……
「それで、その……こちらの身内の不手際でお2人のご厚意を仇で返してしまったことのお詫びに、これを……」
「ん?えっ何これ?ワザワザお詫びとかくれんの?」
「お、おお?何これ、ってマルビタ!?これ、あのすげぇ高いヤツじゃん……」
彼らに用意したお詫びはビルダー必需品である疲労回復サプリメントのマルチビタミン剤だ。
高校時代、俺は怪我のせいで部活で二軍落ちしたのを機に、愛莉珠が理想としていたハリウッドマッチョになるためにニワカビルダーをやってたのだ。その時に色々と調べてみたのだが、一番金がかかるのがジムの月謝ではなくこの疲労回復サプリなのだ。高校生が手出しするものでは無かったので効果の程は知らんが、このムキムキの兄ちゃんたちなら成人してるから試したことくらいだろう。
「お二方とも何か運動をされているようでしたので、何か実用的で嵩張らない物は無いかと考えた次第でして。このような形でしかお詫びが出来ないことが大変心苦しいのですが……」
「い、いいって別に!ぶっちゃけ途中までは俺らもその友達に殴られてもおかしくないことしてたんだしよ」
「大体カッちゃんのせいだけどな」
「あ?何か言ったか、おい?」
よかった、とりあえずは許してもらえそうだ。
我ながら実に奇妙な縁でここにいるものだ。再会した時はナンパの恐怖を思い出してしまうかなと身構えてたけど、意外と大丈夫だった。兄ちゃんたちに取ってやっぱり中学生は完全にストライクゾーン外なんだろう。ナンパされたのがこの2人でマジでよかった……
「ま、まあ流石にお嬢ちゃんにマルビタ返しても使わねぇだろうし、おう。ありがたく貰っときますわ、サンキュー」
「俺も貰っちゃいますね。ワザワザどうもありがとう」
「い、いえいえこちらこそ。重ね重ね大変申し訳ございませんでした」
まあお詫びにサプリを選んだのも、絶対に俺が使わないのが丸わかりだからちゃんと受け取ってくれるだろうって核心があったのがその理由だ。これで一応は貸し借りチャラだ。俺の罪悪感も多少は消えてくれるだろう。
なんてったって一つ5000円近いモノだからな!それ。
「それでは大変お騒がせ致しました。またどこかで」
「おう、じゃあなお嬢ちゃん。もうちょっと夜道は気をつけろよ!」
「また見かけたら気軽に声かけてね。お気をつけて」
「はい、失礼致します」
懸念事項が一つ片付いた俺は、ようやくその大本命が待つ因縁の神社裏に続く一本道をムンっと意気込みながら進み始めた。
さて、今度はどんな恥ずかしいことを仕出かしてくれるのやら。
想像するだけで気が滅入るわ……