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33話 姫宮家という一族と、神社裏のハチ公


 電話越しでびーびー泣いてるみっちゃんに対して流石に罪悪感が沸いたので、とりあえず適当なことを言って泣き止んでもらった。アイツが俺のことを心配して紫藤広樹くん12歳から遠ざけようとしてくれているのは、迷惑とはいえ彼女の厚意なのである。無碍にするのは大切な親友を傷つけることになるだろう。


 俺はみっちゃんに昼休みの宮沢妹の推理が全て的外れな勘違いであることを、可能な限り照れ隠しっぽい感じに強めの口調で強調した。それを聞いたみっちゃんが何度か発狂していたので、しっかりと恋する乙女の演技は出来たと思う。自分の親友が少なからず好意的に想っている男子に対してみっちゃんがどのような態度を取るのかはまだ判断がつかないが、これだけ愛莉珠おれに嫌われることを恐れているのならあまり辛辣な態度は取れないだろう。


 あとはどうやってあの中二病を止めさせるかなんだが……




「……じっくり時間をかけて変えていくしか無い……か」


「いいえ。時間をかけて変えていてはお茶がぬるくなってしまいます。それと愛莉珠様、授業中に上の空では身に付きませんわよ?」


「ッあ、し、失礼致しました、鷹司たかつかさ先生」



 おっと、先生の作法教育の授業中だった。集中、集中。


 今日習っているのは俺が異常なほど興味を示していた供茶作法だ。

 お茶そのものの淹れ方はおこと教室の山本お姉さんの方法とほとんど変わらなかったのだが、聞くとどうやらお茶には淹れ方以外にもそれを実際に客の前に出す時の作法がちゃんと存在するらしい。茶道とはまた違ったものなんだとか。



 日本茶の供茶作法には座卓用とテーブル用と2パターンある。


 まずはお盆の上に急須と茶こぼし、茶托を敷いた湯のみ、菓子皿を乗せて客人の下まで持って行くのだが、この時最初に一度和室の畳や洋室のサイドテーブルまたはサービスワゴンなどにお盆を置いてから湯のみにお茶を注ぐのだ。このお盆を置く位置は”捌き口”と呼ばれる。お茶を注ぐ際は濃さが均等になるように並べた人数分の湯のみを往復するように、急須の中のお茶を全て出し切るようにする。

 次に、”捌き口”で用意したお茶やお茶菓子を乗せたお盆を実際に客人の座る座卓やテーブルに持って行き、また一度お客さんから大体2尺(約60cm)ほど離れた”いわい口”と呼ばれる位置に置く。

 そしてその”いわい口”からお客さんの正面に左斜め下の下座から菓子皿、茶托&湯のみの順に出す。それぞれは、菓子皿がお客さんの左に来るように、皿と茶托の中心がお客さんと平行になるようにして、座る卓端から大体5寸(約15cm)ほど話した正面の位置に置く。


 これが一連の流れだ。



 細かいことを言えば────例えば茶托の木目の縦線がお客さんの座る卓端に平行になる方がいいだとか、菓子皿と茶托は2寸(約6cm)ほど離した方がいいだとか、湯のみは茶托ごとお客さんに出す方がいいだとか、他にも色々あるそうだ。




「卓が大きい時はお客様の左手からお出し致しましょう。菓子皿や湯のみをお出しする手は必ず右手を使います。空いてしまう左手は親指を隠した四指でそっと自分の体近くの卓端に添えましょう。この時四指はきちんと閉じてそろえましょう」


「……こうでしょうか?」


「はい、お上手です。ああ、お皿をお出しする時の肘は脇を締めるようにしてください。肩肘張らずの言葉通りに」



 鷹司先生が実演し、それを俺が真似する。ウチには和室もちゃんとあるので、和室の座卓用と洋室のテーブル用の両方の作法を交互にやるついでに、お盆を持ったまま歩く作法も同時に練習させられた。”歩き方が様になって来た”と褒められた時はめちゃくちゃ嬉しかった。

 ……以前、宮沢妹にお股が気になる女の子の日の女子みたいに歩きがぎこちないなんて言われてしまったのが何気にショックだったからな。



 ちなみに、みっちゃんに以前お茶を出した時はソファーテーブルだったのだが、ここに供茶する際の作法は座卓ではなくテーブル用のものになる。お皿や湯のみを出す時は片膝をついてやるけどね。

 俺の客はほとんどが学校の友達だろうし、実際にはこのソファーテーブルで出す時の作法を真っ先に使うことになるはずだ。今度またみっちゃんか宮沢妹でも呼んで試してみよう。


 ふふふ、反応が楽しみだ。




 しばらく繰り返した後で授業は終わりとなり、2人で雑談を交わした。鷹司先生はウチの姫宮家と縁が深いので、授業が終ったあとはこうして俺の母親代わりになってくれたりする。

 丁度いいのでパパンや姫宮家について色々訊いて見た。




「────姫宮家は元は大内氏と関わりのあった山伏の一族でしたが、明治維新以後に樟脳の製造に携わり天然素材から薬用成分を抽出する技術に長けた国内有数の資本家へと成長されました。その後幅広く事業を展開されたのですが、主力の製薬業の業績が下火となり、以後それぞれの分野を任された分家の一族が独立し規模が縮小してしまいます」


「大内氏……」



 ドンだけルーツ長ぇんだよ。大内氏って室町────下手したら鎌倉時代まで遡るぞ……


 あとウチ分家なんかあったんだ……



「その後しばらくは、愛莉珠様のお父様が次期当主となられる姫宮本家は製薬業界から手を引き、分家の技術発展のために影ながら一族を支え続けてらしたそうです。しかしここ数十年の世界的なオーガニックブームによって過去の実績が再評価されたことで、姫宮本家は天然素材を売りにしたPRINCESSグループとして再スタートを切り、分家一族とも合流し一躍世界有数の化粧品&美容用品メーカーとして発展を遂げたのです」


「そのような過去が……」



 ああ、なるほど。

 だからウチの脱衣所や風呂場にあんなに女性用アメニティー用品が山のように置いてあったのか。全身用美容オイルとかあのオジサマパパンがワザワザ買いに行く姿がどうしても想像出来なかったけど、そういうことだったのね。

 すんごい良い匂いがするシャンプーとかコンディショナーとかボディーソープとか、毎日違うモノ選んでも一月は持ちそうな謎の豊富さだからな。ウチの脱衣所の棚は。

 あのラインアップはパパンが頑張って俺に貢いでくれた訳じゃなくて、自分の会社の商品サンプルをそのまま娘に流してたって訳か。実に合理的だな……



 つかようやくパパンの仕事がわかったわ。


 ……そしてドヤ顔で手作りクッキーを寄こしてくるような女子力高い女性部下がいる理由が。




「慶一様からお聞きしたのですが、愛莉珠様はまだ一度もご親族の方々とお会いしたことがないそうですね」


「……いえ、ほとんど記憶にございませんが────どうやら叔母とは一度お会いしたことがあるそうです」



 確か前にパパンがそんなことを言ってた気がする。もう一月近く前だったけど。



「ああ、小春こはる様ですね。私もあの方が分家の長門姫宮家に嫁がれてからはほとんどお会いする機会も減ってしまいましたが……確かもうすぐ中学生になられるお坊ちゃまがいらっしゃったはずです。愛莉珠様のひとつ下のご年齢だったかと」


「私の叔母様の……」




 ……それって従弟だよな。

 親戚にはほとんど会った事無いって……年近い従弟が居るのに付き合い無かったのかよ。



 何かメンドくさそうな親戚同士の問題とかありそうだな……

 あんまし関わりたくない。



「確か鷹司先生のお母様は、小春こはる叔母様にも作法を教えられてたのですよね?」


「ええ、おっしゃるとおりです。愛莉珠様のお母様────愛莉あいり様に作法をお教えしておりましたのは千歳様のご紹介でご縁がございまして」


「……母は小春叔母様と親しかったのですか?」


「はい。通われていた高校の同級生だったと伺っております」


「なるほど……」



 うん、正直ママンの過去とか親戚のこととか怖くて知りたくも無いけど……知らないともしもの時に何も出来ずに勝手に巻き込まれそうだからな……


 い、一応ある程度は情報集めとくか……





 鷹司先生の姫宮一族物語によると、未だ途絶えずに残っている分家は3つ。


 長門姫宮家。ここに小春叔母ちゃんが嫁いでいて、俺の1歳年下の従弟がいる。

 山中姫宮家。ここがオーガニック食品を扱ってるらしい。

 吉城姫宮家。ここが繊維業界で頑張ってるらしい。ファッションとかにも手を出してるとか。


 小春叔母ちゃんが嫁いだ長門姫宮家が一応、最も格式が高い分家らしい。俺の姫宮本家に跡継ぎがいない場合はよくこの家から養子が出されるのだとか。

 今の姫宮本家は俺が長女一人で長男が居ないから、もしこの先もパパンが結婚せずに子供を作らないのなら必然的に長門姫宮家から例の従弟くんが養子が来ることになるらしい。


 ただ問題なのはその分家の長門姫宮家も一人っ子で、俺の従弟くんが養子に出てしまうと今度はこっちの分家の方の跡取りがいなくなってしまうのだ。一族会議(そんなのあるの!?)ではパパンの弟────つまり俺の叔父とその息子に継がせるのはどうかという話がよく上がっているらしい。

 よく知らんけどこの平成の時代に跡取りだとかなんとかって話がこんな身近にあったことの方がびっくりだわ。



 愛莉珠……お前、女でよかったな。


 ワリとマジで。




「……愛莉珠様のご事情は慶一様より伺っておりますが、慶一様ご自身もあまり愛莉珠様に家の問題に巻き込みたくないという思いをお持ちです」


「そうだったのですか……」



 これってやっぱり愛莉珠の家庭問題にも関わってきてるのかな。パパンが家族に無頓着だったのもこのメンドくさい家のしがらみから守ろうとしてたからだったりして……


 ……まあ、もしそうだったとして、その結果が”コレ”なのはちょっと可哀相だよな……




 って、ん?


 鷹司先生がなにやら聞き捨てならないことを言った。

 俺の”事情”だと……?それってもしや────



「……その、先ほどの”私の事情”とおっしゃいますのは……私の解離症のことでしょうか?」


「はい、慶一様よりもしもの時にと」


「そうでしたか……」



 そうか、パパンも先生を”母親代わりになってくださる”なんて言ってたけど……

 これは俺の人格障害の話も、もしもの時には相談しろってことかな?


 ……気を使わせちまってるなぁ、俺。




「あ、い、いえ。別に診察後も特に何か違和感があった訳ではございませんので、今のところは落ち着いております」


「それは、慶一様もご安心なされることでしょう。もし何かございましたら遠慮なくご相談くださいませ」


「はい、その時はよろしくお願い致します」



 そうニッコリと笑顔を交わす。よかった、鷹司先生に気味悪がられることはなさそうだ。

 まあ作法教師なんてやってる人格者だもんな。何となく精神科医の長井先生に雰囲気が似てるんだよ、このお姉さん。


 ……長井先生は何故か怖かったんだけどね。あんなにいい笑顔のおばあちゃん先生なのに。





 こうして漸く自分の父親の仕事と、ついでに親戚のメンドくさいつながりとかを知った俺は、情報源の鷹司先生をマンションのエントランスホールまで見送った。







 あっ……



 そういえばあのアホが神社で俺のこと待ってるんだったっけ……?




 えっ、どうしよう?




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