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32話 恋する乙女は演技派なのです!


「ネェ、アリスチャン?ワタシタチ、トモダチダヨネ?」


「ッ、Oh, how can I help y────って、みっちゃんですか……おはようございます。今日は外国人訛りの日本語なのですね」



 先日の黒歴史デーの余韻で沈み込んだ気分のまま登校していると、ふいにカタコトジャパニーズの女声に話し掛けられた。咄嗟に紫藤広樹時代の名残と最近作法教育の鷹司たかつかさ先生に習っている英会話で振り向いたら、梅干を頬張ったような顔をしたショートヘアーの糸目メガネ女子が後ろに立っていた。

 ……朝っぱらから何ふざけてんだコイツ?



「おっ、ぐっ、ぐっどもーにん!みす・ありす────って、違くてっ!」


「はい、トモダチ(?)ですがそれがどうかされまして?」


「うぐっ!か、会話の主導権握るつもりだったのに……っ!」


「……?」



 何故か勝手に落ち込んでるみっちゃん。一体どうしたのだ親友。生理か?お前軽い方って自称してなかったっけ?



「そ、それよりアリスちゃん!わたしたちは友達、OK?」


「え、ええ、おっしゃるとおりですが何か?」



 ……女子が“私たち、友達だよね?”って言ってくると嫌な予感しかしないのは別に俺が元男だからじゃねぇよな?



「ではっ!友達に隠し事はNO!これもOK?」


「えっ、みっちゃんは私の最低限のプライバシーも許してくださらないのですか……?」


「んぎゃっ!?」



 えぇ……

 何だコイツ。今日はいつにも増してメンドくさいぞ。イブクイッ○飲むか?生理痛に効くぞ?


 つか俺今日お前の幼馴染さんのせいでブルーなんだからウザみっちゃんはやめてくれよ……



「……最低限……プライバシー……友情……」



 ブツブツ俯いたまま不穏なことを口漏らしている元幼馴染。マジで何を訊くために俺のトコまで来た……?



「……理解が及ばず恐縮なのですが、何か私にお尋ねになりたいことでもございましたら遠慮なくどうぞ?」


「“遠慮なくどうぞ?”ってそれ絶対“遠慮しろ”って言ってるよね!?敬語の固さでニュアンスわかるもん!」


「い、いえ、私はただ貴女の言わんとしていることがわかりかねているだけなのですが……」



 いいからさっさと質問しろよ。どうせ碌なことじゃねぇんだろうからよ……





「……昨日さ、青嵐せいらん中学の男子に会わなかった……?」



「えっ」





 ……ホントに碌なことじゃなかった。


 あのアホぉ!!

 まさか出会った当日にみっちゃんにあの出来事を話したのかよ!?

 ドンだけ自慢したいんだよ!いいかげんにしろ!



「い、いや、違うのならいいの!近所のアホがなんか凄い可愛い女の子が神社の裏で怖い男の人2人に乱暴されそうになってたから助けて駅まで送ってった、って自慢してて……」



 マジでその日に幼馴染に自慢してやがったよ、アイツ……


 つかこれヤバくね?

 みっちゃんの紫藤広樹への好感度を上げてない現状で、コイツに俺の紫藤広樹への初対面の印象を話すのは……


 何気にここでの会話が将来の大きな分岐点になりそうな予感がする!


 クッ、みっちゃんに対しては俺どんな態度を取ればいいんだ?

 一応あのイベントでフラグが立ったって見做すことも出来るし……やっぱり俺の計画の結末を見据えて、あの出会いで紫藤広樹に恋しちゃった感じに振舞った方がいいのか?


 それとも完全にみっちゃんにあの出来事の話を隠すか?全く興味ない感じに振舞って無かった話にする事も出来なくは無い。


 う~ん……




「…………」


「ア、アリス……ちゃん……?ま、まさか────」



 ゲッ、まずい!悩んでる時間はねぇみたいだ!

 仕方ねぇ、どっちにも転がれる折衷案で行くぞ!



「え、ええ。紺のブレザーと黒とグレーのチェック柄のズボンの制服ですよね……?」


「なっ!?そっ、そんな……!マ、マジでアリスちゃんだったの……?そんな……なんてこと……」



 カタカタと青ざめながら震える元幼馴染の少女。

 ご、ごめんな?こっちだって不可抗力だったんだ。遭遇イベントはもうちょっと時間を置いてから頃合を見てからにするつもりだったんだよ。

 文句ならお前の幼馴染に言ってくれ……



 いや待て。客観的視点から見ると、あのイベント自体は別に悪くはないんだ。


『襲われそうになった女子が颯爽と現れた男子に救われる』


 いかにもロマンチックな恋の始まりじゃねぇか。そう、悪くは無いんだ。むしろ利用価値は沢山ある。例え黒歴史製造機でもその汚点を消し去ってなお余るほどのイケメン行動だったのだ。愛莉珠おれがあの出来事で紫藤広樹を好きになってしまっても誰も疑問に思わないだろう。


 だがみっちゃんは違う。コイツのこの世界の紫藤広樹くん12歳に対する好感度は最悪なのだ。主に愛莉珠おれを崇拝してしまってるせいで!

 おそらくみっちゃんがあそこまで紫藤広樹を警戒してるのは、ヤツが愛莉珠に惚れててキモいことばかりやってるからだ。あの奇行常習犯に親友を近付けたくないのは誰だって同じだろう。マジで何を仕出かすかわからない怖さがあの中二病にはある。

 俺だって正直色んな意味で怖くて近付きたくない。


 だがな、今まですっとぼけて来たけど流石にここまで情報が出揃ってしまった以上、もう俺が紫藤広樹のことを“知らない”ままで居続けることは無理だろう。



 ここらでその事実をみっちゃんにも自覚させとくか……



「あら……?で、ではあの青嵐中学の男子生徒さんはみっちゃんの幼馴染さんだったのですか……?」


「ふぐぅっ!?あっ、あっ、しょ、しょれは、その……」



 コイツ……この後に及んでまだ誤魔化す気か!

 もう諦めろ!俺だって諦めたんだ!


 お前は愛莉珠おれを紫藤広樹くん12歳に会わせたくなかったんだろうが、残念だったな。

 紫藤広樹と姫宮愛莉珠は昨日の夜に、ついに出会ってしまったんだ!

 その事実はもう覆らない。お互い思うところはあれど、永遠に現実逃避してても意味がないぞ!



 ふん、お前がちんたらしている内に俺はしっかりと行動を起す。

 俺は愛莉珠おれと紫藤広樹を可能な限り理想的な恋愛でくっ付かせなくちゃならないのだ。その計画にお前の“対ヒロくんアリスちゃんガード”は邪魔なのだ。俺とヤツの双方と縁が深いみっちゃんに、俺がヤツと仲良くなることを認めてもらえない限りこの野望の実現は難しいからな。いつでも愛莉珠おれと紫藤広樹の逢瀬を妨害出来てしまう立場に居るみっちゃんを攻略しない限り、落ち着いて恋愛が出来ないのだ。


 ならば今みっちゃんが意気消沈してる隙にその鉄壁ガード、削らせてもらうぜ!




「さて……みっちゃん?」


「ひゃ、ひゃい!な、何ですか……?」



 ……なんか昨日みっちゃんに説教された時の逆バージョンっぽいな、これ。



「その、ピアノ教室の紫藤先生のお子さんですので……“紫藤くん”、とおっしゃる方なのですよね?私を助けてくださった方は」


「うぐっ!」


「紫藤くんは私が危ない目に遭っておりましたところを、大の大人2人を相手にするという危険を犯してでも私を助けてくださった恩人です。多少の経緯いきさつはご本人からお聞きしてらっしゃるのでしょう?」


「うぅぅぅぅ……そ、そうだけど……」



 ま、まあ実際に助けが要る場面だったかは中々微妙だけどな……



「確かに、その、た、多少個性的な一面をお持ちのようですが、私に取っては体を張って守ってくださった紳士的な殿方です」


「ちっ、違っ!アイツの本性はただのエロガ────」



 させぬ!

 言わせぬ!

 逸らさせぬ!



「みっちゃん」


「はうっ!?は、はいっ!」



 往生際が悪いぞ!

 先ほどの言葉、そっくりそのまま返してやる!



「ねぇみっちゃん?私たち、友達ですよね?」


「は、はい……」



 ならその友達を助けてくれた人を侮辱するのはいかんでしょ?



「みっちゃんは……友達の恩人を悪く言う、酷い方なのですか……?」


「ぐっ、ぐぅぅぅぅっっ────ッッ!!」



 はい、KO。




 すまんな、みっちゃん^^







***







 昼休み。全生徒の至福の休息だ。

 俺は後ろに幽鬼のようについて来た元幼馴染と共に久々の野外ランチと洒落込んでいた。ここは本校舎と高等部のキャンパスとの境界にある憩いスペースで、大学とかでよく見かけるあの謎の開けた芝生のエリアに沿うようにベンチが並んでいる場所だ。丁度ベンチの裏には広い範囲にツツジの生垣が中等部と高等部を隔てるように植えられていて、意外と視線が通らないためちょっとした秘密基地っぽい空間になっている。


 そんな場所で自慢のお手製ヘルシー弁当をはむはむしていると、どこからか聞きつけたのか宮沢妹が合流して来た。

 実は最近知ったことなのだが、この学校における俺の姿と行動は全校生徒に常に監視されてしまっているらしく、どこに隠れようとも10分もあればすぐに居場所がバレてしまうのだ。恐るべし姫宮愛莉珠ファンクラブの情報収集能力……っ!

 宮沢妹はみっちゃんとも仲がいいし、互いに名前で呼び合う間柄なのでこの三人でメシを食うのがみんな一番寛げるのはずなのだが────




「……なんで美奈がベンチの上で土下座なんかしてるの?その体勢キツくない?」


「キツいです。アリスさま、どうかお許しください……」


「……何の話?」



 キチガイを見る目でみっちゃんを睥睨している宮沢妹が疑問の声を俺に投げかける。まあ、こんなモノ見せられたら困惑するのもあたりまえか。



「……西が礼儀を弁えない悪い子になってしまわれたのです」


「“小西さん”!?!?姫宮さんが親友に他人行儀!?」


「うわあああああん!謝るからちゃんと前みたいに“みっちゃん”って呼んでよぉ!アリスちゃあああん!」



 そう、コイツの土下座の理由はコレなのだ。


 つい先ほど、みっちゃんの新たな弱点が露呈した。

 あの後、時間さえあれば執拗に“あれは忘れろ”だの“考え直せ”だのまるで洗脳のように俺に吹き込んで来たみっちゃんがあまりにウザくてシカトしてたら、序々に涙声になって来たので、可愛そうになって────


 ────ではなく、面白くなって、つい“小西さん”と煽るように苗字呼びしてみたのだ。


 するとビシィィィィッと氷のように固まったのでそのまま放置していたら、昼休みになっても無言のままでふらふらと俺の後をついて来た。それもあえてシカトしたままベンチに座って弁当箱を開けて勝手に食べ始めていたのだが、ふと気付いたら隣で土下座をしていたのだ。

 あまりにあんまりだったので怖くて声をかけられないままオロオロしていたら、救世主宮沢妹が現れて────今に至る訳である。




「昨日小西さんのお家に遊びにお邪魔したのですが、その帰りに男の人に絡まれた時に小西さんの幼馴染さんに助けていただいたのです」


「うわ、姫宮さんってホントに少女マンガの主人公みたいな出来事が身近に起きるんだね……」


「ぅぅぅぅ……“みっちゃん”って呼んでよぉ……」



 いや宮沢妹よ、そこに関心すんなよ!そこじゃなくて俺のイケメンっぷりを褒めろよ!そこでベソかいてるみっちゃんを説得しないといけねぇんだから!



「でも男の人に囲まれたって……大丈夫だった?怖かったでしょ?」



 心の中でそう突っ込んだ直後、宮沢妹が望んでいたその言葉を投げかけてくれた!

 よし、いい流れだ!



「え、ええ……で、ですが、その、あの方に助けていただいたので……(演技)」



 ついでに少し、そわそわ、もじもじ、と恥ずかしそうにしてみる。

 さあどうだ!?




「なっ!?えっ、ええええっ!?」


「う、嘘でしょ……」



 みっちゃんが泣き止み、替わりにこの世の終わりのような、真っ青通り越して真っ白な顔になっている。

 対する宮沢妹は────



「えええええええっ!?な、何、何なになぁにぃ??まさか姫宮さん!もしかしてもしかしちゃうのそれぇ!?」



 よーしよしよし!いい食い付きだ!

 そして今ならみっちゃんは“小西さん”呼びと俺の紫藤広樹に対する脈アリ反応でまさに瀕死の状態。ヤツが反撃出来ない今のうちに一気に乙女っぽい演技で愛莉珠おれと紫藤広樹のイイ感じの空気を既成事実化させてしまうのだ!


 さあ思い出せ!俺の記憶に眠る二次元コンテンツの歴代の清楚系正統派メインヒロインたちの乙女で初心な『萌え』の反応を!


 刮目せよ!




「なっ!?ちっ、違います……っ!わ、私は別に……そんな……(演技)」



『!?』



 おおっ!な、なんかいい感じにノリノリに演技出来たぞ!おまけにこのすぐに顔が赤くなる体質のおかげで頬に良い火照り具合を感じる!

 もっとだ!もっと恥ずかしい反応をしてもっと照れるんだ!愛莉珠ちゃん12歳ボディよ!


 もじもじして!

 髪の毛くるくる指でいじって!

 ちょっと顔を2人から逸らして俯いて……


 仕上げに────ポッ……///




「きゃぁぁぁ!きゃぁぁぁぁぁぁ!何何何なのその反応可愛すぎない!ちょっとこれはマジで可愛すぎない!?マジ反則だって!卑怯!卑怯だよっ!そんな顔見せられたら堪んないってぇぇ!」


「違っ、か、可愛くありません……っ!かっ、勘違いなさらないでっ!(演技)」



 いいぞ!いいぞ!いい演技だぞ、これ!



「んきゃああああああああ死ぬ!死んじゃう!悶え死んじゃううう!!抱きしめていい?いいよね!?だってこんなに可愛いんだから!」


「みっ、宮沢さんっ!」


「そんな……嘘……嘘よ……」



 お、おう。

 み、宮沢妹?ちょ、ちょーっとはしゃぎすぎじゃない?

 つか声でけぇって、周りに聞こえそうだから黙ってくれ。流石に恥ずかしいから。



「ぜー……はー……、でっ、でもこれは確実に脈アリよね!まさかマジでこんな少女マンガみたいな展開で姫宮さんの恋の物語が始まるとは……っ」


「こっ、こここ恋っ!?なっ何をおっしゃるのですか!(演技)」


「いや今の姫宮さんの反応見てキュンキュン来ない女の子は居ないって!もうこれは確定でしょ!くぅわああああああ、こんな可愛い姫宮さんの恋する乙女の姿を見られるなんてぇぇぇ!しゃ、写真撮らなきゃ!スマホスマホ!」


「なっ!?と、撮らないでくださいっ!あと、こっ、恋なんてしてませんっ!わたっ、私はただ────」



 あっ!こ、ここっ!この流れなら再会フラグ立てられそう!



「────そ、その……お、お礼を言いそびれてしまったことが心残りなだけですからっ!(演技)」



 さあ宮沢妹よ、お前の力を見せてくれ!



「んふぅん、ふうううううん???“お礼言いそびれた心残り”ねぇぇぇ???」



 よし!いいぞ宮沢妹!いい食い付きっぷりだ!

 続けるぜ!



「なっ、何ですかっ。べ、別に何もおかしなことは────」


「おかしくは無いけどさ~ぁ?それって“またあの人に会いたい”って姫宮さん自身が思ってるってことだよねぇ?ねぇ?」


「ッ、そっ、それは……っ。って、お、お礼を申し上げるにはお会いする必要があるではないですか!そ、それがどうしたというのです……っ!?(演技)」


「ん~ん。べっつにぃぃぃ?普通だよねぇぇ?」


「でっ、でしたら────」


「じゃあ、なぁんで姫宮さんはそんなに真っ赤になって焦ってるのかなぁ?うんん?」


「なっ!?(演技)」


「そんな……何でこんなことに…………」



 くっそwwww完璧過ぎかよ宮沢妹!

 もう最高の流れ!マジで役者!ゴールデングローブ持ってけよお前ぇ!




 まっ、まあいい。もう演技もこのヘンで十分だろう。あまりやるとボロが出る。

 最後にもう一度だけ恋する乙女のフリをして一度この2人の頭を冷やさせよう。




「もっ、もうっ!宮沢さんなんて知りませんっ!失礼しますっ!(演技)」


「えっ、あっ、ちょ、ちょっと!?姫宮さん!?」


「アリスちゃんが……あのアホに惚れちゃった……もう、ダメだ……おしまいだ……」




 俺は拗ねたように弁当箱を片付けて立ち上がり、早足でその場を離れた。



 すまんな2人とも。俺の計画は長期に亘るのだ。その場の勢いと周りの後押しを受けてこの世界の紫藤広樹とくっ付くのはゴメンだ。

 今はまだ土台を作る段階なのだ。時間はまだ十分ある。ゆっくり進めて行こう……









 ……虐め過ぎたみっちゃんにはご機嫌取りのlin○でも入れとくか。




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