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29話 紫藤広樹くん12歳!


 愛莉珠に憑依した今の俺の人生における最重要人生戦略は2つある。


 1つは自分磨き。


 そしてもう1つはこの世界の俺、紫藤広樹と恋人関係になることだ。


 我ながらキモい思想だとは思うが、冷静に考えて欲しい。女になった以上、通常の性癖の持ち主なら恋愛相手は必ず男になる。となれば、相手の男は可能な限り信頼出来る人間である方が良いに決まっている。

 この条件に当てはまる男を1から捜すよりは、記憶も思考回路も価値観も全て共通している“自分自身”を相手に選んだ方が遥かに上手く行くはずだ。今の自分のように俺がどれほど愛莉珠に惚れていたかは己自身が最もよくわかっている。万に一つも酷い扱いを受けることはない。

 おまけに今の俺は本来の愛莉珠のようなビッチでも我侭でも甘えたがりでもない。自分自身が理想とする清楚系正統派のパーフェクトメインヒロインな美少女なのだ。5年のギャップは確かにあるが、相手に献身的に接せば絶対に大切にしてもらえるはずだ。つかこんな超絶美少女を捨てて他の女に行く訳がない。相手の考えもある程度は読めると思うし2人の関係も円滑に営めるだろう。




 まあそんな訳で俺の目標はこの世界の自分自身とイイ感じになることなのだが、それにはいくつか障壁がある。



 そう、未来の出来事イベントとの兼ね合いだ。



 俺はもう既に愛莉珠ヒロインの性格も人間関係もスペックも、本来の時間軸の彼女から大きく変化させてしまっている。もう俺の記憶にある愛莉珠の未来とは完全にかけ離れてしまったはずだ。


 今までの行動行為は全て“自分の理想の彼女”に愛莉珠おれを近付けるためだったし、既にかなりの成果を上げている。今更やめる訳にはいかない。


 なので俺は逆転の発想をすることにした。


 目的がこの世界の俺、紫藤広樹と恋愛することならば、別に自分の知る未来にこだわる必要は無い。

 もう取り返しの付かないほどの変化が起きているのだ。俺の知る未来のカタチに固執しなくてもいい。より良い未来を自分で作ればいいのだ。

 そもそも人間なんて普通は自分の未来を知ることなんて出来ないのだ。自分のアドバンテージを利用した未来改変は既にある程度達成されている。何事も諦めが肝心だ。




 俺は新たな未来のために、この世界の男子中学生の自分と恋愛するためのフラグやイベントを自作自演することにした。



 題して、『謎の美少女じれじれ計画』。



 この計画は、紫藤広樹くん12歳に愛莉珠おれの存在を仄めかしつつも決して姿は見せず、相手の童貞力を高めて愛莉珠おれに実物以上の希少価値を見出してもらうことを目的としている。

 つまり中1の俺に、愛莉珠おれの姿を想像させ、近くに存在を感じるのに中々会うことが出来ないもどかしさをそっくりそのまま愛莉珠おれへの執着に変換させようということだ。


 ババァのところでピアノを習おうと考えたのもその計画に沿った行動だ。

 母親の教え子で何度も自宅にお邪魔しているほど近くに居るのに、不運が重なり中々本人に会えない。そんなじれじれしたもどかしい恋心を紫藤広樹くん12歳に植えつける作戦だ。



 これは単純に紫藤広樹の好みだ。

 元々俺はノベルゲーでも悲恋的、情熱的で焦れったい恋愛のカタルシスに感動する人間だった。紫藤広樹愛莉珠おれにメロメロにするにはそういうじっくりと物語を紡いでいく恋愛をすればいい。おまけに、自分で言うのもなんだが、俺はかなりの恥ずかしがりやだ。向こうから告白してくるのはかなり心の距離が接近してからになるだろう。ヤツをじれじれさせて愛莉珠おれの希少価値を認めさせ、ガードの堅さをじっくり緩めていくことに快感を覚えさせる。そうして手に入れた女を手放すことは絶対にしないはずだ。








 そのはずだったのに────





「…………」


「…………」




 なぁんでコイツが今俺の目の前にいるんですかねぇ……


 くっ、流石は青嵐学園中等科空気を読めない男ランキング1位を取った男だ!まさかこちらの計画が発動した直後に全てをぶっ壊しに来るとは!



 え、これ普通にまずくね?

 これもう顔見知りになっちまったってことだよな?

 それってもう当初の『謎の美少女じれじれ計画』破綻してねぇか?

 いや、そりゃ流石に高校1年の青嵐学園高等科の入学式まで俺の姿をコイツの目から隠し通せるとは思ってなかったけど。まさか初日からボーイミーツガールになるとは思ってもいなかった。


 そもそもお前なんでこんなに早く帰って来てんだ?最初は7時まで大丈夫って話だっただろ!まだ時間は────って、もう6時半かよ!時間経つの早くね!?


 ああ、そうか。あのナンパ兄ちゃんたちと喋ってたから時間食われたのか……




 うっわ、どうしよう…………




「…………」


「…………」




 お互いに無言だ。


 目の前に立ち竦んでいる若きイケメンこと紫藤広樹くん12歳は、本当に若かった。むしろ幼いと言うべきだろう。昔のアルバムを見る以上の新鮮さだ。おまけに髪が目にかかるほど長く茶髪に染めてないせいで、顔全体の雰囲気がどこか柔らかい。

 まさに“純粋”って単語が相応しい美少年だ。

 正直、かわいい。


 そんな少年が顔を真っ赤にして俺を見つめている。もう誰がどう見たって愛莉珠おれに見惚れてることがわかってしまう。当事者の俺ならなお更だ。



 対する俺はただひたすら混乱していた。目の前の、オリジナル俺を前に、何を喋ればいいのか全く予習していなかったのだ。そもそも計画ではコイツと遭遇するのはもっと後だったのに、まさか最悪のタイミングで鉢合わせするとは……


 どうする?

 どうやって切り抜ける?


 ここからどうやって計画を修正すればいい?

 いやそもそもそんなコト可能なのか?

 た、例えば……ここで出会ったことを強制イベントに設定して、以後はそのまま計画通りに姿を隠すじれじれ作戦を続行するとか?

 もしかしたら一度直接顔を見たことでより妄想を膨らませてくれることだってありうるかもしれない。今回の紫藤邸訪問のようにピアノを習いに行き、ババァから俺の情報を息子のコイツに流してもらうことだって可能だ。あのおしゃべりなババァのことだ。俺をからかうついでに愛莉珠ちゃんの可愛さ・上品さ・美しさを存分に語ってくれるだろう。


 一夜限りの出会い。


 何となくロマンスを引き立ててくれそうな響きしねぇか?悪くないかもしれねぇな……




 よ、よし!

 とりあえずこのまま何とか無難に切り抜けよう。




「あの……もし?」


「…………」



 ヤツはただぽけーっと呆けたまま真っ赤な顔で俺のことをガン見しているだけだ。

だめだ、完全に俺のこの美少女顔のことしかヤツの頭に入っていかない


 目の前で手を振るのはなんかあまり品がない感じがしたので、替わりに小首をかしげて自分の存在と意思をアピールする。


 だがヤツの顔がより一層赤くなっただけだった。

 あ、この仕草って宮沢兄のブレイヴ先輩もノックダウンしちまったヤツだっけ?

 しまった、余計悪化させちまったか……?




「もし?あの……その制服、青嵐中学の生徒さんですよね?」


「────ッッ!!あっ、ぁ、あぇ、あ、お、おぉう、おうっ!そっ、そうだすっ、ッそうだけど!?」



 な、何とか意識を取り戻せたみたいだな。


 ……途中まで津田先生みたいに動物園化してたり謎の敬語が混ざったりしてたけど。




「あの────」


「ッそっ、そうだ!あ、あの俺っ!お、おお、お前がアイツ等に囲まれてたから、さ!そのっ、お、男として?た、助けなきゃなって!な、何つぅか?あ、あはは…」


「…………助け?」




 は?

 コイツ本気で俺が襲われてたと勘違いしてあのマッチョな兄ちゃんたちに攻撃仕掛けたのか?




 冗談だろ?

 つまりコイツは男2人に囲まれてた少女を助けるつもりであそこに飛び込んでったと。




 えっ?


 バッ、バッカじゃねぇの!?

 事情も確認せずに突っ込んで来て勝手に暴れて、2人の男たちの股間蹴り上げてそのまま俺の手首掴んで駅まで引き摺り回しただけじゃねぇか!アホじゃねぇのコイツ!

 只の通り魔じゃねぇか!手ぇ出すの早過ぎんだろ!


 い、いや確かに不意討ちじゃないとあの強そうな兄ちゃん2人を倒すのはほぼ不可能だったってのはわかるよ?ヤツが考えた通り、もし俺がJKとかもっと年上だったらあの2人にお持ち帰りされてたかもしれないよ?兄ちゃんたちがロリコンだったら同じような目に遭ったかもしれないよ?


 でもあの2人の兄ちゃんたちは中学生には手を出さない紳士だったじゃねぇか!あのままコイツが放っておいたら普通に平和に駅まで送ってくれるはずだったのに!お前がやったのは全く余計なコトなんだよ!

 もう少し様子を見て状況を正しく把握してから行動しろよ!


 勘違い恥ずかしすぎるだろ!



 もぉぉいやぁぁぁぁ……

 何で俺ってこうやっていっつもいっつもアホなことしかしないんだよ!

 LEG○で神棚的な物作ってびわゼリー家宝にしたのみっちゃんにバレたんだから!もうちょっと自重しろよ!慎重に生きろよ!勢いのまま行動すんな!

 完全に歩く黒歴史じゃねえか!

 

 みっちゃんのこと笑えねぇじゃねぇか……

 簡便してくれよもおおおぉぉぉ……







 ん?あれ?


 ちょ、ちょっと待て!

 この状況って客観的にみたらかなり美味しいイベントなんじゃないか!?

 ほ、ほら!DQNたちに囲まれて危なかったところに颯爽と現れた美少年が、ヤツらを倒して女の子のピンチを救ってくれたようにも見えるじゃん?今の状況って。


 こ、これは正直かなりいいイベントだぞ!メインヒロインとの出会いに相応しいじゃねぇか!でかしたぞ紫藤広樹くん12歳!大手柄だ!

 これで俺は残念な男に惚れた馬鹿女じゃなくて、自分の危機をカッコよく救ってくれたイケメン少年に惚れたヒロインになれる!素晴らしいではないか、FUUUUUUUU!!






 まあ事実は全く違うんですが。

 こまけぇことはいいんだよ!


 あとマッチョな兄ちゃんたち、ゴメンね!いつかまたあったらなんかお詫びするわ!





 全く意図していないカタチで大手柄を上げた紫藤広樹くん12歳。我ながらのファインプレーで黒歴史になる一歩手前で踏み止まり、間逆な完璧恋愛イベントに仕上げることに成功した。






 だが俺の本気くろれきしは、こんなモノではなかったのだ────





「あっ、や、ほっ、ほらっ!おっ、俺がアイツ等ちゃんと倒したからさ!もっ、もう大丈夫だぜっ!あ、あっ、危なかったな!」


「あの……」


「い、いや別にいいんだ!れ、礼なんかいらねぇよ!男として、とっ、当然?つっか?おっ、お前が無事だったのが十分な礼っつか?えと、その、だ、だから気にスンナよ?な?」




……は?



 無事?

 礼?

 気にするな?


 何言ってんだコイツ?




「じゃっ、じゃあ俺はもう行くぜ?おっ、男に危険な目に遭わせられちまったお前の側に、その、お、同じ男の俺が居たら、落ちっ、落ち着けねぇだろ?」


「…………」




 ……




「ま、まあ、あんなのと一緒にされたくはねぇけど、おっ、お前の気持ちを考えたら、さ?」


「…………」




 ……ねぇ。




「だっ、だから!もっ、もし、ま、また俺に会いたくなったら、その、こっ、この時間なら、あの、あの神社のトコに居るからさ!」


「………」


「いっ、いつでも来いよ……?た、助けに行った俺の方も、その、お、落ち着いたお前の姿を見れたら、ほら、あっ、安心出来るっつぅか?」




 ……ねぇ。


 なんかさ……




 ……コイツの発言聞いてると思わず背中を掻き毟りたくなるのは俺だけ?




「あ、明日またこの時間に神社の裏にいるからな?さっきの、こっ、怖い思い出を俺が塗り替えてやっからよ?な、なっ?」


「…………」




 そう言い終えたヤツは何故か突然ブレザーを脱いで鞄と一緒に自分の左肩に背負い、後ろを向きながら右手でグリ○ンのバイビーのポーズをした。



 ……何やってんのコイツ?




「じゃ、じゃぁな!桜台のお嬢さん」


「…………」



 俺は、肩を大きく揺らしながら俺に背を向けて紫藤邸がある住宅街方面に歩き去っていくヤツを無言で見つめていた。

 時々背中越しにたどたどしく右手を無意味に持ち上げたり、チラチラとこっちを振り返りながら進んでいく。そして途中で、別に近道でも何でもない道の角でふいに曲がり、その姿は見えなくなった。



 俺はヤツが消えた後も完全に絶句したまま、しばらく動くことが出来なかった。




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