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26話 ノスタルジーと、百合百合しい俺たち

も、もう深夜帯に更新出来ればいいよね…

 駅の改札を出た俺はみっちゃんの先導で小西邸へと歩む。駅ビルの改装工事のせいで仮設壁がいたるところに張り巡らされている。

 懐かしい。俺が最後にこの駅を使ったのは青嵐高校の学校の屋上で愛莉珠を問い詰めようと憤慨しながら登校したあの月曜日以来だ。もっともこの時間軸から計算したら5年後になるわけだが。あの時は既に改装工事は終わっていたが、この時間軸だとまだ回想途中だ。

 こういう過去を髣髴とさせる風景は不思議な新鮮さと、少しの物悲しさを醸し出しているような気がして、小さなノスタルジーを感じる。




「アリスちゃん、こっちだよ」


「ええ」



 みっちゃんが俺に手招きしている。少しキョロキョロし過ぎたか。



「歩いて10分くらいのところだからね。あ、そこの信号車よく来るから気をつけて」


「はい」



 何気ない会話を交わしながら道を進む。俺の良く知る通学路だ。流石に5年程度で街並みが変わる事はないのだが、何となく記憶のそれと違うところが無いか探してしまう。あ、あそこにあったはずのコンビニってまだ出来て無いのか。そういえば高校上がってから出来たんだっけ?ビルダーの兄ちゃんがムキムキしながら“らっしゃっせ~”っていい声で挨拶してたの覚えてるわ。

 こういう未来の記憶との差異は中々面白い。




「あの、そ、そんなに面白い?別にどこにでもある駅前の商業区域だと思うんだけど……」


「え?あ、い、いえ」



 おっと、余所見し過ぎたか。まあ今はもちろん未来さえも知り尽くしてる道だ。迷うことはない。




「でもホントにいいの?今日はあのアホもテニス部で7時ぐらいまで帰ってこないはずだけど、もしもってこともあるし……」


「気にし過ぎです。それにもし貴女の言うとおり、本当にその幼馴染さんが私に酷いことして来ても────みっちゃんが私を守ってくださるのでしょう?」


「ッそっ、それはもちろんっ!もちろん守るよっ!うん!任せて!髪の毛一本触れさせないから!姿も見させないからっ!」



 ふふっと微笑んだ俺に向かってキリッとみっちゃんが気合を入れて応答してくれる。


 ……いや流石にあんな気持ち悪いことしてるこの世界の12歳の俺の話を聞いて、その標的である愛莉珠おれが今更ヤツに対して高評価のまま接せる訳無いんだけどさ?一応未来の本人であるこの俺でさえ思わず耳を塞ぎたくなるような気持ち悪さだったけどさ!思わずキャラ崩壊して公衆の面前で叫んじゃったけどさ!

 もうちょっとぐらいあいつのこと信じてやってくれませんか……?みっちゃん……



 つかまずそんなバレ易い黒歴史作んなって言いたいわ!こん畜生!

 大体自分の部屋の机の上って“見てください”って言ってるみてぇなモンだろうが!そんなところに愛莉珠おれのお土産なんか飾るな!


 ま、まあウチのクラスの連中だって俺の焼いたクッキーまだ食べてないヤツいるらしいし……



 でもこっからどうやって中1の紫藤広樹と距離を詰めていけばいいんだよ……

 こんなキモい男に惚れる女って完全にただのダメ女だろ……

 絶対みっちゃんに“男に騙される頭の可愛そうな女”扱いされてしまうわ!冗談じゃねぇぞ!俺は完璧美少女なんだぞ!?イロモノ枠はYAZAW△で十分だ!



 ……頼むからマトモに成長してくれよ?中学1年生の紫藤広樹くん……


 高校上がる頃にはちゃんとお前のモノになってやるつもりだから……







***







「こ、ここの住宅地なんだ。ナツミちゃんみたいなキレイな家じゃないけど……」


「……ええ」




 交差点を左に曲がり都心とは思えないほど緑豊かな境内を持つ神社の裏を抜けると、そこには俺が慣れ親しんだ戸建住宅の密集地があった。


 不思議な気持ちが胸を埋め尽くす。よく近所の兄ちゃんや今隣にいるみっちゃんと仲良く遊んだ神社の境内。鬼ごっこをして全身カに刺さればかりになった笹林。小学校の友達とドッジボールで遊んだ時に怒ってきた気難しいジジイの済んでる古い日本家屋。その辺に無防備に置いてあったババァの小銭入れからお金をスってみっちゃんとアイス買いに行ったのがバレて、金の出所を知らなかったとばっちりのアイツと一緒に親から拳骨を貰ったあのスーパーマーケット。

 様々な思い出が想起されるこの街並を一歩進むたびに、自分の紫藤広樹としての自覚が強く芽吹き花を咲かせる。懐かしさが産む高揚感が胸を高鳴らせた。



 ここは────俺の町だ。




「……ねぇ、アリスちゃん?」


「え、あ、はい。何でしょう?」



 うわっ、急に話し掛けてくんなよ。びっくりした……



「……駅降りてからアリスちゃん、なんかヘンだよ……?」


「えっ」


「さっきも上の空で立ち尽くしてたし……」



 げっ、ノスタルジーに浸っててぼんやりし過ぎたか?しまったな、この世界の俺の仕出かしてる黒歴史のせいで焦って何も考えてこなかったけど……こんなトコ来たら懐かしさでテンション上がっちまうことくらい想定しとくべきだったわ。

 どうやってごまかそう…………あっ、そうだ!




「さっきも上の空で立ち尽くしてたし……そんなにあの変態のことが怖いならまた今度にする……?」


「えっ、あ、い、いえ、その…………街並みが、どこか……しょ、小学生の頃の仲がよかった友達が住んでらした住宅街ととても良く似ていて……」


「あっ、そっち……ってアリスちゃん、小学校横浜だったよね」


「ええ、まあ……」




 もちろん友達云々は適当だ。……いや記憶自体が無いので実は嘘じゃないのかも知れないが、俺がまだこんな事になる前の時に愛莉珠がそんなことを言ってたような記憶がある。あれは確かアイツが初めてウチに遊びに来た時だ。街並みがなんか昔仲良かった友達の家のあった町に似てて懐かしい……とか何とか。



 にしてもみっちゃん、ドンだけ俺がお前の幼馴染のことをビビってると思ってんだよ……

 いや確かに余計なことをしないでくれって意味ではビビってるんだけどさ!


 もし万が一ここでアイツと会っちまって中学生の押さえ切れない異性への興味から色々キモい視線を向けられても、苦笑いで済ませられるくらいの心の余裕はあるぜ?なんてったって過去の俺なんだからよ。信頼度は抜群だ!



 ごめんなさい正直不安です……




「あ、ここだよ。ここ曲がって……あの青い屋根の家がウチなんだ」


「ええ……」




 そんなみっちゃんの言葉を耳に────




 ────俺はを見て思わず口角がにゅぅっと持ち上がるのを押さえ切れなかった。








 紫藤邸。

 俺がかつて17年間暮らしていた……俺の生家だ。


 クソ親父が大学時代の有名な先生に影響されてパクr参考にして建てた、コンクリートと木材のハーモニー(笑)を意識した半地下の2階建て住宅だ。3階建ての古いペンシルハウスが両隣に建っているかなり圧迫感のある敷地を活かした隠れ家っぽい雰囲気を意識したらしい。南向きの玄関の前には縦に細長い庭があり、ここぞとばかりにババァがバラやクレマチスをところ狭しと植えまくった結果、クソ親父ご自慢の建物そのものが緑で道路からほとんど見えなくなってしまっている。

 確かに遠目から見るとまるで緑のトンネルのようで、特に初夏にはバラやクレマチスが開花する花屋敷になって綺麗なのだが……わかるだろう?緑が多いということは、虫も多いという事だと……



 そんな見慣れた我が家とこんな形で再会出来るなんて、なんか凄いヘンな気分になる。


 今、歩いてホンの数歩先のにあるあの家に……この世界のが、その家族が、平然と暮らしているのだ。


 その事実にとても不思議な感覚になる。

 ドキドキするような、ワクワクするような。


 そして少しだけ────怖いような……




「……もぉぉ。またアリスちゃん固まってる。そんなにぼぉーっとしてたら車にはねられるよ?……まあ、ここあんま車通らないんだけどさ」


「えっ、あ、ええ。ごめんなさい」


「やっぱここ来る人みんなあの家見るんだよね~。ウチの目の前の家でしょ?」


「え、ええ……み、みっちゃんのお知り合いなのですか?」



 散々話題には上がってたが、あそこに住んでるのがあの悪名高い“幼馴染さん”であることをこの愛莉珠おれがあたりまえのように知ってたらまずいからな。



「知り合いって言うか…………ま、まあ今はとりあえずウチ上がってってよ!」


「あ、え、ええ。お邪魔致しますね」




 相変わらずガード堅過ぎぃ!どうせこの後ピアノ弾きに家上がるんだから今教えてくれてもいいじゃんかよぉ!



 ま、まあでも今はこっちだ。

これでようやくこの世界でみっちゃんン家に上がらせてもらえるんだ。ちゃんと紫藤弘樹の記憶は封印しておかなくては。うっかりヘタ扱いたら実にまずい事になるからな……



 俺はこの特異な環境に晒せれて昂った心を落ち着かせるべく、気付かれない程度にゆっくりと深呼吸をした。意気込んでいるのを隣のみっちゃんに悟られないように美少女スマイルを貼り付けた。





「おかーさーん、ただいま~。アリスちゃん来たよ~」




 玄関の鍵を開けてドアを開いたみっちゃんが、おばさんを呼ぶ。後ろに紫藤広樹として住んでた頃、何度も上がったことのあるこの家の独特の匂いに強烈なレフレインを感じた。複雑な感情の渦が俺の胸中で巻き起こる。


 ヤ、ヤバい。たった一月程度違う環境に居ただけでこんなに妙な気分になるのかよ。

 なんとかすぐ赤くなるこの顔を誤魔化さないと……



 そしてしばらくして、おばさんが姿を現した────ってわっか!若いよおばさん!やっぱ5年って大人も結構変わるモンなんだな……



「はぁい、ようこそアリスちゃ────ってまぁぁ!な、なんて可愛い子……っ!みっちゃんから聞いてたけどホントにアイドルみたい!」


「もうっお母さん!ア、アリスちゃんもごめんね?ウチの母ミーハーだから……」


「ちょ、ちがうわよ失礼ね!」




 そんな親子漫才を適当に切り上げさせておばさんと挨拶を交わした。今更おばさんに挨拶するのは中々に不思議な体験だったが、本当に自分のことを紫藤広樹として見ていないのがわかって……少しヘンな気持ちになった。


 さっきからこんな感じばっかりだ。ちょびっと居心地が悪い……



 あの元アイドルでミーハー本職のYAZAW△ママほどでは無いが、おばさんもかなりそっちのケがあるな。元の体だった時は只の“幼馴染の母親”以上の感想は抱かなかったけど、こうして別人になって客観的に見るとやっぱりヘンな人だ。

 そういえばこの人よく紫藤広樹の制服姿を見て黄色い声を上げてたっけ?隣でみっちゃんのウザそうな顔くらいしかはっきりとは覚えてないけど。



「アリスちゃんはしっかりしてるわねぇ~。みっちゃんもちゃんと見習いなさいよ?こんなイイ子がお友達なんだから!」


「お母さん!恥ずかしいからもうやめて!ったく、アリスちゃん上いくよっ!」


「え、ええ。それではおば様、失礼致します」



 そういってお淑やかに頭を下げて、2階にドンドンと上がっていくみっちゃんの後を、パパンに確認&修正してもらった静々とした上品な淑女の歩き方で追いかける。

 ふっ、カッコつけるところはちゃんとカッコつけるんだぜ!みっちゃんママとはこの体でも長い付き合いになりそうだからな。





「はぁ~ホントめんどくさい……。ごめんねアリスちゃん、迷惑かけちゃって」




 この世界のみっちゃんの部屋は、俺の記憶にあるコイツの中学時代の部屋とはかなり違っていた。

まず、小学校入学祝におじさんに貼ってもらってたあの薄ピンクの少女趣味な壁紙が無くなっている。高校時代のアイツはよくこの壁紙を恥ずかしいって張り替えたがってたけど、まさかこの世界で中1の時点でそれをやってたとは。

 次に、部屋のところどころに飾ってある小物類が何となく大人っぽいヤツに代わっている。あ、これなんか俺の記憶にあるこの家のリビングに飾ってあったあの置物と同じだ。もしかして強奪して自室に飾ったのか?

 他にもカーテンがあの子供っぽいくまさん柄のヤツから縁にレースがついてる女性的なヤツに代わってたり、どことなく頑張って背伸びしてる女子中学生って感じがぷんぷんする部屋になっている。俺はこういうコトに詳しいからな!経験者は同属ちゅうにびょうを見抜けるのだよ!


 まあ、俺も鬼じゃない。軽くスルーしといてやるか……




「いいえ、そんな。とてもステキな良いお母様だと思います。明るいご家庭なのが伝わってくるわ」


「えっ、ま、まあ、うん。そ、そうかな……」


「ふふっ、みっちゃんが育ったお家ですもの。想像通りでした。お母様のこと、大切になさってくださいね」


「あっ……そっか…………アリスちゃん、お母さんが………」



 ん?あ。

 い、いや別にそういう意味で言ったわけではないんだけど……



「い、いえ。只の一般論としてですから、どうか気になさらないで?」


「ううん、ごめん……無神経だった…………」


「最近は父と親しくなれましたし、今の私は十分過ぎるほど幸せですもの」


「アリスちゃん……」




 みっちゃんが切なそうに俺の顔を見てくる。

 あ、あの。マジで全く気にしてないんですけど。なんかこんな感じで他人に同情されるとむず痒いというか、逆に勝手に相手からこっちが不幸だと決め付けられて価値観を刷り込まれてるように感じてイヤっすよ。


 ぶっちゃけパパンが一人で俺に金も愛もプライベートな時間もくれる大天使なので、今更母親とか現れても普通にいらねぇわ。

 むしろ邪魔にしかならないので俺やパパンの前に現れないで欲しい。


 だってパパン曰くあの人育児放棄した宗教家らしいし。再会したら絶対面倒なことになる。




「それに……目の前にステキなお友達がいるのですから、ふふっ」


「っうぇっ!?あ、ああ、あうあう」



 ふふふ、野郎同士だとキモくて言わないことでも女子同士ならむしろ思って無くても推奨されるからな!恥ずかしいこと言って相手を困らせるのが最も手っ取り早く話題を変える方法なのだよ。



「……アリスちゃんたまに平然と恥ずかしいこと言うよね」


「まあ、全部事実ですもの。みっちゃんにはいつも大切にしてもらってると感じてますし、恥ずかしくなんてありません。貴女のおかげで毎日楽しく過ごせているわ、ありがとうございます。みっちゃん」


「────ッッ!おっ、女の子にっ!そんな可愛い顔でそんなコト言うのはいけないと思いますっ!あうぅ……わたしノーマルなのにぃ……」


「あ、健全な友情でお願いします」


「ってそのセリフやめてよおおおぉぉぉっ!!!」




 あ、入学式の時の俺のあのセリフまだ覚えてたのか。何気に衝撃的だったのか、コイツ。

 ちょっとウケる。








 そんなこんなでみっちゃんの部屋で百合百合しくイチャイチャ会話してたら、ついにこの世界のババァからみっちゃんのスマホに連絡が入った。











 ────ついに来るか。




 この世界で俺の本当の家族と会う瞬間が……っ!




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