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22話 多重人格障害より解離性同一性障害のほうがなんか響き怖くね?


「なるほど、お父様が帰宅された直後から翌朝までの記憶が無い……と」


「はい……ですがどうやらその間も父に平然と接していたようでして……」


「……そしてお父様がおっしゃるには、その時の姫宮さんは久しぶりにお家にお帰りになったお父様にステキな笑顔で愛らしく甘えてきた、と」


「はい……私には全く覚えが無く……」




 精神科医の長井先生は物腰の柔らかい、ニコニコしている可愛いおばあちゃんだった。隣に座ってくれたパパンに優しく手を握られて、心が落ち着く魔法のお茶(推定なんかの薬入り)をちびちび飲んでる俺の話をゆっくりと噛み砕くように聞いてくれる。今は一通り話した後でもう一度、今度は先生が話を繰り返しそれにこちらが相槌を打っているところだ。魔法のお茶の効果かも知れないが、先生ののんびりとして、それでいて不快にならない程度のスピードの会話にとても心が癒される。クラス委員で委員長のポストに就いてくれとにお願いされた俺にとって、こういう他人と対話し、クラス内のいじめなどの問題を早期発見出来そうなコミュスキルは実に有用だ。自分の話よりも長井先生のスキルを覚えるために診察に集中している俺はとても不真面目な患者だと思う。



 ……ん?ウチの担任って篠原先生だよね?(すっとぼけ)

 あのポンコツ新人音楽教師は副担任ですか?

 違いますか?

 そうですか……




「そうですか…………。ちなみに姫宮さんご自身はなにか強い不安を感じたり、実生活に不便を感じたりはされますか?」


「………」




 ……どうする? 思い切って話すか?

 ある程度ぼかしてこの愛莉珠の体に残っているっぽい愛莉珠本人の人格を……例えば、俺の二重人格の一つだと嘘吐いてみるか?


 ん?別に嘘では無いか……?

 ま、まあいい。




 俺が命を賭けてでも避けたいことは大きく分けて二つ。


 一つは愛莉珠本人の12歳の人格によって俺の意識がこの体から追い出されることだ。当然だ、だって今の完璧清楚系正統派美少女愛莉珠ちゃんプロデュース計画(計画名なげぇよ)楽しいし、これまでの努力が無駄になるし、その後の俺がどうなるかも考えるだけで怖いし。

 これを避けるために取れる手段としては、本人の人格に完全にご退場願う過激策か、一度じっくりアイツの人格と対話してみてこっちの俺プロデュースの“姫宮愛莉珠”を認めてもらう穏健策の2つだ。

 まあ前提として、本当にコイツの人格が生きているのかを確認する必要はあるけど、ぶっちゃけパパンの発言だけしか根拠が無いわけで……


 ただこれは普通に冷静に考えると、この憑依現象そのものがあまりに非常識的過ぎて、マジで”なるようにしかならん”だろうな……とは思う。死ぬまでこのままってのも、逆に今すぐにでもこの体から追い出される可能性も、両方共どうやったって否定も肯定も出来ねぇからなぁ……


 うん、さっきパパンに例の記憶の無い夜のことを聞かされて酷く狼狽してしまったように、考えるだけで震えてくるからもう無視だ無視!

 だってどうにも出来ねぇんだからよ……



 もう一つの避けるべき状況は、この姫宮愛莉珠の中身の正体が紫藤広樹だと周囲にバレちまうことだ。

 むしろ今の俺にとってはこっちの方が怖い。この体を取り戻したアイツが勝手に自分の好きに行動するのはもう正当な権利な訳だし、おそらく俺はその状景を見ることすら叶わないだろう。


 だが俺がこの体に憑依したまま周囲にバレるのは別のベクトルで恐ろしい。今まで姫宮愛莉珠として築き上げてきたモノが全て消え去るのは俺がこの体から追い出される場合と同じなんだけど、こっちは俺の意識がこの愛莉珠の体に入ったままなのだ。生き地獄だ。

 中身男で5年年上の高校生。しかも三股かけられてマジギレして、たまたま偶然にも乗り移った恋人の体を勝手に好き勝手操ってる男なんて、どう好意的に見てもただの変態だろ。いや、別に否定はしねぇけど!


 確かに12歳児よりは成熟してるし知識も知恵もあるよ?12歳の愛莉珠本人が自分の体操ってるよりは確実に上手に生きているはずだ。それでも他人の人生を乗っ取っていい免罪符にはならない。


 特にパパンやみっちゃんに知られるわけには絶対にいかない。

 もう、何故?なんて聞く必要も無いレベルで、絶対に避けなければならないのだ。

 だってみっちゃんだぞ?

 この愛莉珠ボディの前だとまるで天使のような愛らしさだけど、紫藤広樹の前だとどうだ?もうこの質問の答えだけでFAだろJK。


 誰かに相談なんて以ての外だ。事情を知る理解者なんて作ってしまうとその2人に話が漏れる可能性が高まるだけだ。死んだ後まで秘密にするのは当然だ。




 まあ俺には精神のことなんて全然知らねぇし、そもそもこの意味不明な憑依(?)現象が精神的な何かなのか、それともこの一月そのものがただの長~い夢なのかすらわかんねぇけどな。


 ただいずれにしても、今は隣に座るパパンの貴重な時間を割いてもらってワザワザ高名な先生に診て貰ってるんだ。この厚意を無駄にしてはならない。

 ちらっと横目でパパンの顔を窺う。娘を不安にさせまいと考えてくれているのか、カウンセリングを受けている俺を見つめるその表情は非常に落ち着いていて穏やかだ。

 そうだ、パパンも言ってたじゃねぇか。“負い目を感じるなら相応の成果で応えろ”、って。



『愛莉珠の人格が本当に生きているのかどうか』


『生きているならどうしたら乗っ取られずに済むのか』



 このあたりなら長井おばあちゃん先生なら答え知ってそうだし、是非とも相談したい。

 あまりにも非常識過ぎるし誰にも知られたくないこの憑依云々以外なら、やはり話してプロの長井先生の知識見識に任せるべきだ。


 いや、でももし話してて先生にこの愛莉珠の12歳児の体と俺の紫藤広樹の17歳の人格のミスマッチを訝しまれたりなんかしたら……



 クソ、怖くて完全に大道巡りになってやがる。




「ああ、そうお悩みにならないでください。別に無理やり聞き出そうなどと考えている訳では全くございませんので、いつでもお好きな時にお話をお伺いしますよ。それに、そんなに眉間に皺をよせられては、折角の可愛らしいお顔が勿体無いですもの」


「あ、い、いえ……そんな…………」




 そんな俺の葛藤を察してくれたのか長井おばあちゃん先生がニッコリと引き下がった。

 ダメだ、これでは意味がない……


 ど、どうする?やっぱ勇気出すか……?

 話すとして……どこまで話す?

 ぼかすとして……どうやって?

 そもそも話して解決するのか?

 やっぱ適当にはぐらかした方が……


 くっ……




「───愛莉珠」


「ッ!ひゃっ、ひゃい!」



 あ、あの……っ!も、もうそのナイスバスなイケボに関しては何も言わねぇっすから、せめて声かける前に肩叩くとか何かしてくれませんかねパパン……?

 突然その声で名前呼ばれると折角落ち着いた心がまた乱れちゃうから……


 乙女な愛莉珠ちゃん12歳ボディには刺激が強過ぎるにょ……




「愛莉珠。喋りたくないことは話さないで良い。何もせずに放っておくことがまずいのだ。少しでもお前の不安を知る人物を作ることだけを考えなさい。先生はしっかり聞いてくださる」


「ぁ……」


「お父様のおっしゃる通りですよ、姫宮さん。焦る必要はありません。こういうモノは大人になって時が経てば自然と解決することがほとんどですもの。不安になられた時に相談出来る相手を作るため、とお考えくださいませ」


「…………ぇと」




 ま、まずい。この流れはまずい。

 ここまで言われて何も答えられねぇなんて、完全に長期治療パターンに入っちまう。

 それじゃダメなんだ……

 パパンに迷惑かけるばかりで一向に解決しねぇんだよ……っ!


 な、なんか……!

 なんでもいい!

 流れでいいからなんかぽろっと喋っちまえ、俺!


 なんか言え!言うんだ俺!




「……先生。少し娘と控え室をお借りしてもよろしいですか?」


「そうですわね、その方がお嬢様も落ち着かれるかもしれません。嵯峨さん、奥の部屋にお二方のお茶を」


「あ、はい先生。只今お持ちいたします、姫宮様」


「お願いします。───愛莉珠、腕を貸すが……立てるか?ゆっくりで構わん」


「……ッあ」




 ま、待って!待ってくれパパン!

 話せる!話せるから!


 ぜ、全部は無理だけど……少しなら!少しなら深く突っ込まれることもない!はず!


 だ、大体この世の一体誰が“別の第三者の人格が時空を越えて女の子の体に乗り移った”、なんていう俺のファンタジー過ぎる真実を見抜けるって言うんだよ!つかそもそもそんな謎過ぎる発想出てこねぇよ!一体何にビビってるんだ!俺は!

 相手は企業のお偉いさんのパパンと、一流のプロの精神科のお医者様だぞ!?


 宇宙人未来人超能力者に憧れるガキじゃねぇんだよ!

 ビルから落下して江戸時代に行っちゃう外科医じゃねぇんだよ!

 異世界転移転生に憧れるネット小説好きじゃねぇんだよ!


 超現実主義的な仕事に就くエキスパートたちじゃねぇか!非現実的な存在の俺が何を怖がる必要があるんだよ!




 よし……!


 言ってやる……!


 行ってやる……!

 往ってやるぞ…!!

 逝ってやるぞぉぉぉぉぉ!!!









「───お、お待ちください先生!!」








***







「…………総合的に判断致しますと、解離症の兆候がありますね」


「解離症…………多重人格の最近の呼び名だとは存じてますが、やはり……」


「……」




 へぇ、今は多重人格じゃなくて解離症って言うのか……あんま聞かねぇな。


 ま、まあ流石に“中身男です!5年後の、現在は中1やってる実在する少年です!”ってなこと言える訳ないし、今の俺の話を診断されたらまず普通なら二重人格だって言われるだろうしな……




 俺が話したのは自分の正体、性別、記憶などの紫藤広樹(17歳)の個人情報以外のほぼ全てだ。話してると長井おばあちゃん先生のカウンセリングスキルでどんどん芋蔓のように情報を引き出されて気付いたらここまで話してしまったのだ。

 何気に紫藤広樹の情報まで口を滑らすところだったぜ、くっそあぶねぇ……


 と言ってもこの紫藤広樹のことを全て隠したら正直ほとんど話すことなんて無かったんだけどな。

 単純に一言にまとめると、“入学式の数日前に朝起きたら以前より大人びた自分になってた”、ってな感じになった。




 う、うん。

 俺は一体何故この程度のことを話すのにあんなに躊躇していたのだろうか……?


 ビビりにも程があるっすよ、ヒロくん……

 正直あまりにも順当過ぎて拍子抜けしたわ。




「ああ、姫宮様。正常な方も要治療の患者も全て含めれば、およそこの世の全ての人にその兆候がございますし、お嬢様ぐらいの年齢の思春期の子供には特に顕著に現れるものですので、それほどご心ぱ───」


「───えっ」


「うん?どうした、愛莉珠?」


「え、あ、い、いいえ!何でもありません……!」




 ちょ、ちょっと待ってくれおばあちゃん!あなたそれなんかもっと別の病気だと勘違いしてねぇっすか!?

 も、もっとこう、低レベルというか……!その、は、恥ずかしい系の……!

 ほ、ほら!俺、既に一度元の体で経験済みといいますか、その……

 で、ですのでその診察にはちょっと異議を唱えたいというか、ええと……



 ちっ、違ぇっすよ!違うから!

 誰に言い訳してるのか知らんけど、違ぇからぁ!


 もう俺はそういうの卒業したの!

 みっちゃんに影で鼻で笑われるような俺とはもうおさらばしたのぉ!

 俺ちゃんと大人になったのぉぉ!

 あの大人なパパンにだって“えらいぞ”って言われるくらいに成長したのぉぉぉ!


 ちょ~っとタイムリープ?タイムスリップ?しちゃって、あ、あと好きな女の子の体に憑依というかトランス状態というか、しちゃっただけだからぁ!!





 あ、あれ?

 これどう考えても先生の診察どんぴしゃじゃね……?


 えっ……?

 俺あれから5年も経ってるのにまだ中二病煩ってるの……?



 えっ?





「姫宮さん?ですのでそのようなお顔をなさらずとも、時間が経てば今のご自身の考え方や価値観に心が追いついて参ります。今の姫宮さんは、お引越しでお友達と離れてしまって、ご両親もお仕事などで家を留守にしがちでしたので、おそらく、“寂しさを感じないように早く大人になろう”と心がちょっと焦ってしまわれたのでしょう」


「あ、はい」




 ああ……物って言い様だよね、ホントに……


 おばあちゃん先生の言葉だと中二病がただの背伸びしてる可愛い女の子って感じに聞こえるから、不思議……



 ただの中二病なのにね……ハハッ。




「つまり誰にでもある事なのですか?先生」


「…………それ慰めじゃねぇっすよパパン……」


「うん?何か言ったか?愛莉珠」


「っえっ!?あ、ああ、い、いえ!何でも!何でもございません、おほほ……」




 あっあぶねぇ……口調が。


 俺は愛莉珠ちゃん12歳……俺は愛莉珠ちゃん12歳……ブツブツ……



「……?ああ、先生、失礼しました。それでどうなのですか?」


「あ、ええ、そうですね。お嬢様の場合ですと一度『交代人格』と言われるご自身の人格の解離されている一部が表面化したように見受けられるので、しばらくは様子を見るのが最良でしょう」


「……また再発する恐れがあると?」


「この解離症群というものは多用な分類がございまして、先ほども申し上げた通りほぼ全ての人間に何かしらの解離症の兆候がございます」


「…………」


「ただ……お嬢様の場合ですと少々複雑でして、“普段とは違う甘えたがりな自分”が現れ、その自分であった時の記憶が無いということは、分類上は解離症の中でも最も重い『解離性同一症』と判断するべきなのですが───」


「───失礼、最も重い症状とおっしゃいましたか?」



 パパンが聞き逃せんとばかりに食い気味に問いかける。眉間の皺がすげぇ深くて怖い。


 え、や、やっぱ記憶が無いレベルになるとそこまで深刻な分類になるの……?



「分類上は、ですが。お嬢様の二面性が双方とも攻撃的なものでは無く、その頻度が未だ一度のみで交代時間も短いので、わたくしはそれほど深刻に日常生活に影響が出るとは現時点では思えません」


「日常生活は…………ですか」


「ええ。ただ───」


「───ただ?」



 パパンが凄く怖い顔で長井先生の話の続きを無言で要求している。

 や、やめて。先生は悪くねぇから……



 悪いのは俺で……




 そんな不安と罪悪感に苛まれていると、長井先生がふいに俺の顔を見つめてきた。


 その目は凄い温かいのに……何故か俺にはとても恐ろしいものに見えて……




「───その“甘えたがりな自分”がまるで幼児退行したかのような性格なのではなくて、ほんの数ヶ月前のお嬢様の姿に酷似していたという姫宮様のお言葉を踏まえますと───」






 …………え?




 長井先生の優しげな瞳が俺の目を離さない。










 あ、これヤバくね……?










「どちらかと言えば、今のお嬢様の方が新たに解離された交代人格のように見受けられます」





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