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18話 *小西美奈と宮沢夏美*


「ホントに帰っちゃってよかったのかな。あたしたちだって姫宮さんの役に立てたかもしれないのに……」



 隣で寂しそうな顔をしながら最寄り駅への道を歩くナツミちゃんがぽつりと呟いた。彼女もアリスちゃんのことが大好きな子の一人だ。その声色から、彼女が真剣に自分の友達を案じているのが伝わって来る。



 宮沢夏美。

クラス分け試験で満点を取った、とても頭が良くて整った顔立ちをした可愛い女の子だ。明るくて活発で、ウチのクラスでアリスちゃんの友達に誰よりも相応しい優秀な人物で、正直ちょっぴり嫉妬してしまう。

 どうも昼前の数学の授業でアリスちゃんとまさかのケンカをしてしまっていたらしく、昼休みに死んだ魚のような目をしながらわたしに救いを求めてきた。おまけにお弁当なのにアリスちゃんが鞄を机の下に置いたままいつまでたっても戻ってこないので、完全に嫌われたと泣きそうになっていたのだ。


 その後ちゃんと仲直り出来て教室の隅で一人で飛び上がってたけど、今はあの出来事に関して一切頼ってもらえなかったことを不甲斐なく思っているようだ。

 わたしも同じ思いだから彼女の気持ちがとてもよくわかる。




「……アリスちゃんは完璧だから、何でも一人でやっちゃうんだよ」


「クッキーだって、言ってくれたらあたしも力になれたのに……。もしあの怖い先輩たちに姫宮さんが囲まれたらと思うと……」


「うん……」



 その光景を想像して思わず体が震えて歩みが遅くなってしまう。それっぽく振舞ってるだけのザコなヒロくんとは違う、正真正銘の不良生徒。良家の子女たちも多く通う桜台にまさかあんなのが居たなんて。

 あの可憐で恥かしがり屋なアリスちゃんが、あんな大人と変わらない伸長の男子たちに取り囲まれたりなんかしたら、ショックで東京から旭川どころか国外のウラジオストクあたりまで亡命しちゃうかもしれない。

 ウラジオストクとか行ったことないけど。


 ……なんでわたしの頭の中のアリスちゃんは北ばっか行くのかな?





 昼休みに3年の先輩たち数人が4組の教室にやってきた。目当ての人物は、今や学校中で美人で可愛いと評判のアリスちゃんだった。わたしは駅で駅員さんに電車の忘れ物のことをお願いしていたせいで登校が遅れて知らなかったけど、どうやらその先輩たちは昨日もHR前に教室までアリスちゃんを探しに来てたらしい。

 まさか近所に生息しているあのアホと同レベルのストーカー気質な変態がウチの中学にも居たとは。つくづく、わたしの周りには禄な男子が居ない。


 その先輩たちはニヤニヤヘラヘラしながら怒鳴るような大声でアリスちゃんの名前を何度も呼んだ。しばらくわたしたち4組にいる生徒たちをじろじろ見ていたが、それらしい反応がないことに苛立ったのか、たまたま近くに立っていた扉近くの席の女の子の頬を顎ごと鷲掴みにしてアリスちゃんの場所を聞き出し始めた。

 怯えて腰が抜けて椅子にへたり込むその子の姿をゲラゲラと笑う先輩たちは、あまりにも野蛮で恐ろしくて、わたしたちはただガタガタ震えて見ていることしか出来なかった。



 結局、全てが終った後に戻ってきたアリスちゃんが、“全て私にお任せください”、とカッコよくクラスの動揺を落ち着かせてくれたけど、こればっかりはどうしても不安が拭いきれない。

 あの先輩たちの目当てはアリスちゃん本人なのだ。彼女が動くことでもっと怒りを買ってしまい、あの運悪く絡まれた扉近くの女子生徒以上に酷いことをされてしまうかもしれない。



 アリスちゃんは放課後もわたしたちに先に帰るようにと念押しして来たけど、わたしたちだって本当は彼女の力になりたいんだもん…………


 沈む気持ちを何とか励まそうと、わたしは無理やり明るい声でナツミちゃんを茶化してみた。



「ふふん。アリスちゃんの力になりたいならわたしみたいに強引に手伝うしかないのだよ、ナツミくん」


「あ、あたしだってそりゃなれるものなら姫宮さんの力になりたいけど……」



 “押し付けがましいとまた嫌われちゃうかも……”、としょんぼりするナツミちゃん。アリスちゃんとはまた違った、どちらかと言えばよしよしと慰めたくなる庇護欲を刺激する可愛らしい表情だ。


 アリスちゃんのしょんぼり顔は見続けていると本当に、まるで愛の奴隷のように、彼女の笑顔を取り戻すために自分の全てを捧げてしまいそうになるほどキレイなのだ。女のわたしでも間違って道を踏み外しそうになる。

 アリスちゃんが自分の可愛さを悪いコトに利用する悪女じゃなくて本当に良かったと思う。




「美奈は、その……姫宮さんといつもどのように接してるの?」


「え、“どう”、ってどういうこと?」


「その、姫宮さんが嫌がりそうなこととか、何か気を付けてることとか……」


「ああ、そういう……。うーん……」



 アリスちゃんともっと仲良くなりたいナツミちゃんが、もう二度と失敗しないように彼女のことを色々訊いて来る。

 ……アリスちゃんって案外実はあのキラキラした外見からは想像も出来ないほど親しみやすいんだよね。最初はとにかく美人で、気分を害さないように低姿勢で居なきゃ!って謙るように接しちゃうんだけど、話してみたらそれはもうとにかく礼儀正しくて可愛くて、おまけにすっごく優しい女の子なのだとわかるのだ。

 ホント愛しくて愛しくて、わたしが何度ぎゅーって抱きしめたくなる発作に襲われたか。アリスちゃん体触られるの嫌がるから自重してるんだけどさ。


 でもホント、まるで長年の友達のような、特別な距離感が彼女との間には感じられるのだ。昨日保健室から戻る時に心細くて不安になってたら、まるでそれを見越していたかのようにわたしが出てくるのを影でずっと待っていてくれてたり。恥かしくて食いしんぼなのを隠してたつもりだったのに、既に気付かれてて、お家にお邪魔した時にさり気なくわたしのお皿に多めに和菓子を装ってくれてたり。

 そんな小さな、恩着せがましく言葉にしない些細な気遣いが、とっても暖かいステキな女の子なのだ。


 まあアリスちゃんの心底嫌がることなんてわたしはほとんど知らないけど、強いて言うなら───



「すごいお金持ちのご家庭の子だからね。プライバシーの問題とかはどっから漏れるかわからないし、あまり家のことは訊かないようにしてるぐらいかな」


「あーなるほど……でもまあ、それは普通に常識だよね」




 ……ご両親のことは……知らないのならアリスちゃんが直接話したほうがいいよね?別に彼女の地雷って訳じゃないみたいだけど、ナツミちゃんにはわたしみたいな失言はして欲しくないからね。

 わたしはあの時、アリスちゃんに答え辛いこと訊いちゃったんだし。







「……じゃあ───“美奈の悪口”だけを気を付ければいいかな?」




 んなっ……!?




「ぅえっ!?そっ、それっ、あっ、あう、あうあう」



 ちょっ!?そ、その話はナツミちゃん卑怯だよっ!


 わたしの恥かし嬉しい話ランキングのダントツNO.1に今日突然君臨し始めた、昼休みに聞かされたあのエピソードを挙げられて思わず顔が熱くなる。



「にしし。”アリスちゃん”に想われてるねぇ~親友っ!うらやまっ!」


「うぅぅ……」


「いいなぁ、あたしもあんな風に怒ってもらえるくらい姫宮さんと仲良くなりたいなぁ」


「ふ、ふんだ!ナツミちゃんがそれだけ仲良くなってる頃にはわたしなんてもーっと仲良くなってるもんねーだ!」


「な、なんだとぉ!? っくそぉぉぉ、その親友の座をあたしに寄こせぇぇ!」


「やだよーだ!きゃ~アリスちゃぁん!助けてぇ~、ナツミちゃんがまたわたしをイジメるのぉ!」


「うわぁぁん!あたしだって“アリスちゃん”、って名前で呼びたいよぉ!」




 ……こんな風にナツミちゃんはアリスちゃんのことが大好きで、彼女よりもっとアリスちゃんのことが大、大、だぁい好きなわたしととても気が合う女の子なのだ。



 でも……実は出会った当初は、わたしは彼女───宮沢夏美のことがちょっぴり苦手で、嫌いだった。





 わたしは最初は、自分の知らないトコでアリスちゃんが作った新しいお友達の宮沢さんのことが少しだけ気に食わなくて、まるで親友を取られてしまったように感じてヘンな対抗心を抱いていた。わたしよりずっとずっと可愛くておまけに頭もいい宮沢さんのことが羨ましくて、いつかアリスちゃんがブスなわたしより彼女を側に置きたがるようになるんじゃないかって焦燥していたのだ。

 あんなに性格が良くて優しい完璧な女の子のアリスちゃんが、そんな理由で友達を選ぶ訳無いのにね。


 2人がケンカしたと宮沢さんから直接聞いたときは……正直、内心“ざまーみろ!”、って思ってしまったりもした。


 我ながらホントに子供っぽい。


 アリスちゃんに出会って少しは彼女みたいに大人っぽくなれたと思っていたのに、どうやらわたしは近所のあのアホとギャーギャー騒いでいた頃からほとんど変われていなかったようだ。



 でも宮沢さんの話を聞いて、わたしはまるで顔面をぶん殴られたかのような衝撃を受けた。




 2人のケンカは……アリスちゃんが宮沢さんの何気ない言葉に、自分の友達が──このわたしが──侮辱されたと感じたことが発端だったのだ。




 わたしは嬉しかった。


 ホントにそれ以外の感想が必要ないくらい、ただただ嬉しくて嬉しくて、目頭がジーンと熱くなって思わず人目も憚らずに泣き出してしまいそうになったほどだ。


 あんなに友達が少ないことを嘆いていた彼女が、折角出来た新しい友達との関係に傷を付けてでも、わたしの名誉を守ろうとしてくれた。あのお淑やかで照れ屋さんで、いつもニコニコ微笑んでいる優しげで礼儀正しいアリスちゃんが怒ったりするなんて。しかもその理由がこのわたしのためだったなんて。



 そして同時に、自分がとても情けなく思えた。


 大切な友達とケンカになってまでわたしを大事に思ってくれたアリスちゃんに対して、わたしは何だ。

 親友に新しい友達が出来たことを祝福するでもなく、彼女との友情に傷を付けてしまったことを嘆くその友人を慰めるでもなく、2人の仲を取り持つこともしない。

 親友の得た新しい友情に疎外感を覚えて不愉快になり、嫌われたと悲嘆に暮れるその友人を嘲笑い、2人の不仲を祝福した。

 なんて醜くて、情けない女なのだろう。穴があったら入りたい。


 こんなの、友達失格だ。



 やっぱり人間、そう簡単に変わることなんて難しい。


 だけど……だけど、決して諦めちゃダメなんだ。

 わたしの錯覚かもしれないけど、あのアリスちゃんだって出会った当初より雰囲気がよりやわらかくて親しみやすくなってるし、わたしだって少しずつ……以前よりは、ほんのちょびっとぐらいは、アリスちゃんの隣に立つのに相応しい女の子になってると信じたい。



 変わろうとする努力を諦めてはいけない!

 アリスちゃんの友達に相応しい女の子になるって決めたのだから!


 そうしてわたしはアリスちゃんと宮沢さんが仲直り出来るように彼女と色々とお話した。

 宮沢さんは当初のわたしが抱いていた彼女のイメージとは全く異なり、正直で誠実な女の子だった。何よりアリスちゃんが不機嫌になったのを咄嗟に感じてその原因まで見抜けるほど聡明で、おまけにこうしてわたしに直接謝りに来るほど清廉潔白な宮沢さんは、とても尊敬すべき女の子だった。

 流石アリスちゃんが選んだ友達だ。


 こちらも最終的には誠実に対応したおかげか、彼女もわたしに気を許してくれた。

 アリスちゃんの可愛さ、凄さ、カッコよさを議論しているうちに宮沢さんと───ううん、ナツミちゃんと、すっかり友達になったのだ。


 こうしてわたしたちは共にアリスちゃんを尊敬する同志として手を結ぶことになったのだ。





「はぁ…………。でもその親友の美奈でも全く頼ってもらえないなんて……」


「うっ……」



 ……そう彼女を評価していたら、唐突にdisられた。

 なんだとぉ!仕返しのつもりかこの女!わたしだって結構気にしてるのに……っ!




「でも…………やっぱどうしようもないか……」


「…………うん」




 わたしたちではやっぱり、頼りないのかもしれない……







***







「あら、夏美?お帰りなさい。お隣はクラスのお友達かしら?」



 ナツミちゃんの家は意外とウチから近所だった。歩いて20分くらいのところにある高級住宅街の一棟で、我が小西邸の最寄り駅とは一駅の差だが土地代が数十倍以上違うと以前お母さんに聞いたことがある。

 せっかくなので、この悶々とした頭を歩いて冷やそうと、一駅前で下りて彼女の家にご挨拶に行ったのだ。



「ただいま。うん、こちら小西美奈さん。姫宮さんつながりの友達なんだ」


「はっ、初めまして!小西美奈と申します!駅が近くてご近所でしたので一度ご挨拶にと思いまして」


「まあ、ご近所だったとは偶然ですね。初めまして、夏美の母です。娘が何かご迷惑をお掛けしてませんか?」


「い、いえいえそんな」



 ナツミちゃんのお母さんはスラリとした姿勢の良い美人さんだった。顔立ちがナツミちゃんとそっくりだ。可愛いのに大人っぽくて、ちょっぴり雰囲気がアリスちゃんに似ている。


 ……アリスちゃんのお母さんも、こんな感じの人なのかなぁ?



「立ち話もなんだわ。よければ上がっていってくださる?」


「は、はい!お邪魔します!」



 うう……美人さんってやっぱり緊張するなぁ。

 挨拶だけして帰るつもりだったのに思わず普通にお邪魔してしまった。社交辞令だったりしたら、迷惑だったかな……



 ナツミちゃんのお家は都心のビル群を一望できる和風モダンな一軒家だった。日当たりの良さといい、景色といい、建物といい、とにかく“高そう”な家だ。


 ……でも都心のど真ん中にこの家の敷地面積と同じぐらい広い超高級マンションの一室に住んでるアリスちゃんって、ホント何者なんだろう。




「夏美。小西さんはどちらにご案内したの?お部屋?」


「あ、ううん、客間にした。おねがーい」



 しばらくするとナツミちゃんのお母さんが美味しそうなお菓子を綺麗なお皿に乗せて運んで来てくれた。アリスちゃん家は和風のお茶菓子だったけど、ナツミちゃん家は洋風だ。

 薄いワッフルみたいなクッキーがいかにも高そうな柄付きのお皿に重なって乗っている。その隣には同じ柄のティーカップに淹れたての澄んだオレンジ色の紅茶が入っていた。とてもいい柑橘系の香りを漂わせている。

 あのアホん家でヒロくんママがたまにリビングでお友達とお茶してるときに飲んでた紅茶の匂いだ。確かアールグレイって言ってた。“グレイ伯爵”って意味の紅茶らしい。

 アリスちゃんとかめっちゃ詳しそうだけど、わたしにはいい匂いってぐらいしかわかんないや。



「あれ、でもここってリビングじゃないの?」


「リビングは隣。あたしの部屋は階段上だけど、今凄い汚いからまた今度掃除したときにおいでよ」


「……アリスちゃん家にお邪魔した時に“散らかってる”って本人に言われた時は窓ガラスさえ光り輝いてたんだけど」


「あたしの部屋の窓なんて年に一度磨くかどうかだよ!今朝遅刻しそうだったからパジャマとかパンツとかその辺に脱ぎ散らかってるの!言わせんな!」


「え、“言わせんな”って別にそんな部屋の詳細な状態尋ねてないんだけど……」



 でも朝起きて部屋でパンツ脱ぐって、何やってるんだろう?普通お風呂の脱衣場で脱ぐよね……?

 ヘンな子。




「にしてもいいなぁ。姫宮さん家に行ったことあるんだ」


「超敏腕エリート社長が住んでそうな都心ど真ん中の超高級マンション。デカい、広い、豪華、綺麗、生和菓子とほうじ茶が美味しい、以上」


「……うん、もうなんか全部想像出来た。和菓子とか姫宮さん凄く日本茶淹れるの上手そう」


「頑張って家に呼ばれるぐらいアリスちゃんともっと仲良くなりたまえ。お茶注ぐ仕草とかすんごい綺麗だった。あとおはぎのこし餡お餅バージョンの和菓子とびわゼリーが絶品だった」


「あんたお菓子食べに行ったのかクッキー作り手伝いに行ったのかはっきりしろよ……」



 お、美味しかったんだからいいじゃん!








「でも姫宮さん、ホントどうするつもりなんだろ……」




 ……まあ、結局その話に戻っちゃうよね。


 しばらく寛いだ後、ふと会話が途切れたせいでまた学校での出来事が心配になってきた。アリスちゃんはもう職員室でのお話を終らせてるんだろうか……


 うう…………大丈夫かなぁ。



「……やっぱり無理やりにでもアリスちゃんに職員室までついてった方が良かったかな」


「でもあのタイミングで先に帰れらされたのはどう考えてもこっちの思惑を悟られて先手を打たれたってことだよね。そんなに、先回りしてでもあたしたちを関わらせたくなかったのかな……?」




 ……




「……アリスちゃん……危ないことしないよね……?」



 わたしはふと、彼女が単身あの3年の先輩たちのところに文句を言いに行ってしまったんじゃないかと不安になった。



「こっ、怖いこと言わないでよ!ま、まさか何か前例があったりするの?」


「えっ、いや……そんなことは、ない、けど………」


「あぁぁぁもぉぉぉ、姫宮さぁぁぁん!」


「……」




 アリスちゃんはとても賢い。家に独りで居ることが多いせいで普通の中学生よりずっと大人びてるけど、友達が欲しくて家で一生懸命入学式の自己紹介の練習をしてたりと、決して一人で居ることを好む子ではないのだ。


 それはきっと、自分の力の限界を理解しているからだと思う。

 だからアリスちゃんはきっと、本当に助けが必要な時は、わたしたちを頼ってくれる。


 そう信じたい。




 だから、お願い。

 わたしに出来ることなら何でもするから。


 わたしを頼ってよ、







 アリスちゃん……
























 プルルルルル……





 突然わたしのスマホが鳴り出した。スカートのぽっけから取り出して画面を確認する。誰だろう、お母さんかな───って!



「アリスちゃん!?」


「えっ!?ひ、姫宮さんから連絡!?」



 な、何が起きたの!?今になって連絡なんて……!

 ま、まさかっ!



『もしもし、みっちゃん?愛莉珠です。もうお家につ───』


「アリスちゃん!どうしたの急に!?何かあった!?わたし手ぇ貸すよ!?」


「あ、あたしも!姫宮さん!宮沢です!宮沢夏美も居ます!」


『えっ、あの、落ち着いてみっちゃん……。それと先ほどのその声は……宮沢さん?お二方ともご一緒なのですか?』


「えっ、あ、う、うん。いまちょっとお家にお邪魔してて……」




 な、何だろう。なんかアリスちゃんに隠れて遊びに行ってるみたいでちょっと罪悪感が……

 浮気してる人ってこんな気分なのかな……?


 いや浮気って、ナツミちゃんとわたしは普通に女同士っていうか、別にそんなヘンな関係じゃないんだけどね?

 何考えてるんだろ、わたし。混乱しすぎだよ。



 で、でも、アリスちゃんもちょっとぐらい……わたしがナツミちゃんと仲良くしてるのにヤキモチ焼いてくれたりなんか───



『まあ、何て偶然!手間が省けました。実は失礼ながら、お二方にお願いがございまして───』




 …………しませんよねー……


 アリスちゃんみたいな大天使が嫉妬とかありえませんよねー……



 って、え!?

 わたしたちにお願い!?

 アリスちゃんが!?!?



「お、お願い!?わたしに!?うん、うん!なに!?なにかな!?何でも言って!?」


「あたしにも!?美奈だけじゃなくて!?ホ、ホントに!?」


『え、ええ。ご迷惑じゃなけれ───』


「んな訳ないでしょ!ほらなに!?さっさと言う!何でもするから!」


「あたしも!あたしも何でもするよ!」



 まるで首相官邸前で話題の閣僚を追う新聞記者たちみたいな剣幕だ。

 自分で言うのもなんだけど。



『そ、そうですか……?では失礼して……こほん』



 ……何その“こほん”、って可愛すぎない抱きしめていいかなわたし別にレズじゃないのになんでこんな気持ちになるんだろう?



『その、今日中にお二方のご両親に、本日の昼休みに3年生の先輩方が矢沢さんを恫喝した事件について───』




 聞けばアリスちゃんはあの時3年生に絡まれてしまった矢沢さんのお家まで、彼女を泣かせてしまったお詫びをしに行っていたらしい。律儀だなぁって思っていたら、なんと本命は矢沢さんのお母さんに学校側に文句を言いに行ってもらうよう頼み込むことだったそうだ。

 どうやらあの3年生たちを停学処分にするために色々暗躍しているみたいだ。津田先生や知り合いの篠原先生って人と結託して、あの時事件を目撃してた生徒たちのご両親から学校に働きかけてもらおうとしているんだとか。


 じゅ、受験や進学前の3年生を停学処分って……アリスちゃんって以外とアグレッシブ……?



 でもこれってもしかしなくても、アリスちゃんがわたしたちに助けを求めてるってことだよね……?

 そ、それって!



『───ですので大変心苦しいのですが、可能な限り早く手を打つためには今日中にお二方のご両親にがっこ───』


「おかーさぁぁん!!おかぁぁさああん!!!」


『───うに、って、え?あの、宮沢さん……?』



 事情を察したナツミちゃんが早速自分の親の協力を取り付けようと、リビングの方に叫びながらナツミちゃんのお母さんを呼んでいる。まずい!先を越されてしまう!

 し、親友の座は絶対渡さないもん!!!



「ずるいナツミちゃん!自分の家だからってさっさとお母さん呼ぶなんて!わたしも電話してやるんだから!」



 わたしは急いで自分のスマホを探そうとして───って、しまった!まだアリスちゃんと通話中だからスマホ使えない!



「アリスちゃん、ごめんっ!お母さんに連絡するから一度切るね!すぐかけなおすから!10分!いや5分待ってて!」


『えっ、あ、あのみっちゃ───』



 くっ、ごめんアリスちゃん!ここは譲れないの……っ!

 わたしは流れるような手つきでお母さんのlin○トークを選択して無料通話ボタンをタップした。


 プルルルルル………。




「夏美、品がないわよ、静かにしなさい。小西さんに迷惑でしょう?……それで、お母さんに何か?」


「あ、お母さんっ!!聞いて聞いて大変なの!実は───」



 わあああぁぁぁぁ!!!ダメえええぇぇ!

 早速ナツミちゃんが自分のお母さんに接触してるぅぅ!


 早く……!お母さん早く出て……!!



 ポロリンッ!



『もしもしみっちゃん?あんた今ドコいるの?もう5時近いわよ?』



 遅い!やっと出た!



「お母さん!学校!学校に文句言って!」


『は?あんた頭大丈夫?唐突に学校に文句言えって、お母さんモンペじゃないんだけど』


「ちっがあああう!アリスちゃんが上級生に目ぇ付けられて乱暴されそうなの!」


『えっ!アリスちゃんが乱暴される!?あんたのお友達の?ちょっとどういうことなの!?何でそんなことになってるの!?』 



 わたしは大急ぎで事情を説明した。5分しかないのだ。多少支離滅裂になってしまったけれど、なんとかお母さんを説得して学校に電話すると言質を取れた。


 早速成果をアリスちゃんに───



「にししぃぃぃ……!美奈!」


「わっ、ナツミちゃん!?どうしたの?ハッ、ま、まさか!ナツミちゃんのお母さんは!?」


「ジャジャァァーン!見たまえ!これがホントのモンスターペアレントだ!!」



 そう言いながら彼女がスマホで撮ったある画像をわたしに見せてきた。





 そこにはナツミちゃんのでっかいドヤ顔ピースサインが超どアップで写っているその奥で、ナツミちゃんのお母さんがバサァッとスプリングコートを翻しながらタクシーに向かって行く後ろ姿が写っていた。






 お母さああん!今日中にじゃなくて、今!今電話してくれないとナツミちゃんのお母さんに先越されちゃうよおお!!



 急いで!急いで!ハリーアァァァップ!





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