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17話 コスプレ馬鹿と、ママたちの学校カチコミ


 「んまあああ!んきゃああああ!何これすっごく可愛いわぁぁ姫宮さん!ミニスカにニーハイの絶対領域がまるで美少女フィギュアのようだし、顔もその困ったような表情もステキすぎるわ!完璧!完璧な逸材よ!この子を世に出したらとんでもないことになるわ!間違いなく日本中が虜になるわよ!なのに……なのに……っ!」


「はい。何度も申し上げましたがアイドルになるつもりは全く、一切、微塵たりともございません」


「何でなのよおおおおお!」




 家の中に連行された俺は今、YAZAW△ママの着せ替え人形になっている。そのラインナップはアイドルのステージ衣装のようなモノから、どっかで見たような二次元キャラのコスプレ衣装まで実に様々だ。

 当然YAZ△WAママ……いや、もう“ヤツ”でいいわ。ヤツの言う“ミニスカ&ニーハイ”もそのお着替えコスの一つだ。断じて俺の制服のことではない。そんなモノを履いて登校したらオタ系の男子共は歓喜するだろうが、逆にあざと過ぎて女子には白い目で見られてしまう。


 しかし、まさか矢沢邸でこんなことになるなんて夢にも思わなかった……




 Y△ZAWAママ。本名、矢沢()()()

 かつて某大手芸能事務所のアイドルグループに所属していた、正真正銘の元アイドルだ。

 本人に強引に見せられた20数年くらい前の写真に、時代を感じるあのモサッとしたショートヘアーでステージに立っている姿が写っている。確かに目元や鼻、口、そして何よりそのでっかい胸が本人そっくりだ。このオバサマが、20年以上前はこんな感じだったんだろうなぁと思えるくらいには似ている。


 正直、髪型以外は全て好みです。マジで抱きたい……


 現在は同じ事務所の子供アイドルを相手にダンスを教えているらしい。引退後、大好きなダンスを活かせるインストラクターになりたくて相当頑張ったんだと、別に訊いてもいないのに自慢してきた。やれ需要が少ないから倍率が高かっただの、コネが重要だっただのと色々な苦労話を、こちらも同様に訊いてないのにわざわざ聞かせてきた。全く興味がないのでどうでもいい。

 そんなことより早く俺の制服を返せ。あとさっさと学校に電話するか苦情文書き終えて校長先生あたりに手渡してくれ。そして俺を解放しろ。



 ま、まあアイドル衣装はともかく、二次元キャラの制服コスくらいは……ほ、ほら、同じ制服という分類ではあるわけだし?

 今日中に学校に文句言ってくれるのなら、着てやるのも吝かではないが……?




「信じられないわ……これほどの逸材、磨かないと全人類の損失と言っても過言ではないのに……」


「大変光栄ですが、既に習い事が幾つもございますので承諾致しかねます。誠に申し訳ございません」


「ああぁぁ……全世界のアイドルファンの皆さん、この原石を世に送り出せなくてごめんなさい……」



 めんどくせぇ。

 ほら、着せ替え人形になってやったんだからコッチの要求もちゃんと呑めよ。とばっちりとは言え、あんたの娘が上級生に泣かされたんだぞ。さっさと学校に苦情言って来てくれよ。


 それと───



「矢沢さん?さっきからスマホで私を被写体にして撮影するのは止めていただけませんか?ちゃんと写真は全部消してくださいね?」


「うぇっ!?あっ、あ、あれ!?私いつの間に……!?」


「ちょ!?ダ、ダメよ葉月!ちゃんと保存しなさい!あと私のスマホにも送りなさい!」



 ファッ!?

 テメふざけてんのか!?



「なっ!?何をおっしゃるのですか!?止めてください!犯罪です!」



 いやマジで犯罪だから!



「矢沢さんっ!」


「ごっ、ごめんなさいっ!ひ、姫宮さんがあまりに可愛くて、つい……」


「“つい”、ではありません!何を考えてらっしゃるのですか!? ───ッ、仕方ありませんっ、失礼します!」



 ごめんごめん謝ってくるクセに全く俺からカメラアイの焦点を外そうとしないY△ZAWAの手から、強引にスマホを奪った。そのまま犯罪者二人に背を向け画面を操作する。


 あった!これか───って何これめっちゃ可愛いんだけど!この子めっちゃ可愛いんだけど!!

 何これヤバ過ぎ愛莉珠くっそかわええぇぇ!ヤダヤダ俺この写真欲しいよママァ!



 よし俺のスマホに送ろう────って待たんかぁい!

 

 俺今美少女なのぉ!

 完璧ヒロインの姫宮愛莉珠なのぉ!

 コスった自分にニヤける趣味は無いのぉ!


 くっ、画像を選択選択選択ぅ!

 そして削除削除削除ぉぉぉぉおっ!

 

 うあああぁぁ────っ!!




 ……ピロリンッ




 ぁぁぁぁ…………







「────────全く、矢沢さんったら!……失礼致しました、スマホをお返し致します」


「ああぁぁ…………全部消えちゃってるぅぅ……。姫宮さんすっごい可愛かったのに……」



 くっ、あぶねぇ。

 まさか俺の鋼のパーフェクト美少女演技を一瞬でも揺るがすとは。

 恐るべしだぜ、可愛過ぎる愛莉珠ボディ……!




 グスン…………全部消しちゃったお……





「……それではおば様、何卒、宜しくお願い致します」


「はぁ……ええ、ごめんなさい。あまりに可愛い子だったもので、つい」


「恐縮です。では、どうぞ宜しくお願い致します」


「こんなに可愛いのに磨かないなんて勿体無いわ。ほら、ダンスはダイエットにも良いし、歌だってそのキレイな声なら練習すれば───」


「遠慮致します。どうぞ宜しくお願い致します」


「あなたには凄い才能が───」


「おば様?よ・ろ・し・く、お願い致します」


「…………はぁい」



 渋々、Y△ZAWAママが椅子にかけられていたハンドバッグを漁り始める。どうやら直接面と向かって苦情を言いに行ってくれるようだ。なんだ、やれば出来るじゃないか。


 よしよし、これでみっちゃんママ、宮沢妹ママに続いてYAZ△WAママの苦情が学校に行く訳だ。既に宮沢妹ママが鼻息荒く校長室まで突撃しに行った筈だし、その直後にYAZAW△ママが重い腰を上げてやって来るのだ。宮沢妹ママも息子娘を見る限り美人だろうし、美女二人に言い寄られたら流石のお爺ちゃん校長先生だってムフフになるだろう。いいトコ見せようと頑張ってくれるかもしれないな、うん。




「まあウチは一人っ子だし、葉月のためなら何度でも学校に文句言ってやるわよ」


「頼もしいです。どうぞ宜しくお願い致します」


「…………行ってきます」



 なんかさっきから“宜しくお願い致します”、しか言ってないな、俺。






 YAZAW△ママを見送ったあと、俺はYAZ△WAと二人でコスプレ衣装を片付けた。時々衣装と俺を交互に見ながら未練がましい目を向けてくるY△ZAWAを無視し、最後に残ったストブ○の雪奈ちゃんっぽいコス制服をでっかいクローゼットに仕舞う。

 ……ちょっと着てみたかった。



「でも流石は姫宮さんですね。こんな派手な衣装着ても似合うんですから。はぁ……写真、勿体無い……」



 YAZAW△が手元にあったアイドル衣装を見つめながら溜息を吐く。

 未練がまし過ぎぃ!俺もだけど!でも着せ替え人形は誰だってイヤだろ……?



 って、ん?……着せ替え?


 ちょっと待った。これって例のあのイベントのフラグになってくれないだろうか?

 ほら、あの有名な───



「……着せ替え人形はご遠慮しますが、今度機会があれば一緒に表参道辺りへ夏物の私服を買いに行きませんか?」


「えっ!?ひっ、姫宮さんの私服!?」



 そう、あの“仲良く私服探し”イベントである。

 女子が相手の男子の好みに合わせて可愛い服を選んでラブラブしたり、女友達同士できゃっきゃ言いながら好きな組み合わせを互いに見せ合いっこしたりする、大変素晴らしいイベントである。俺もかつて愛莉珠(本人)と高校時代に楽しんだものだ。

 そしてなにより、これは女子だからこそ華やぐイベントである。可愛い女の子たちが黄色い声を上げながら互いの選んだ服を褒めあったり、お互いをコーディネートしたり、まるでその一角だけが楽園になったかのように華やぐのだ。パーフェクトヒロインならぜひともその楽園の住人になりたい!


 そうと決まれば早い。Y△ZAWAに俺の服を選んで欲しいとさり気なく伝えながら、コスプレの未練を断ち切らせよう。私服探しイベントも回収出来て2人の仲も深まる一石三鳥である。

 ついでに俺の壊滅的な女性のファッションセンスもコイツに磨いてもらおう。一石四鳥じゃねぇか!


 なので早速目の前の少女を誘ってみた。YAZAW△との友情の一歩になってくれるだろうか?



「え、ええ……あの、恥ずかしながら私、実はあまりオシャレに自信がなくて…………」


「いやいや何言って……って、それは謙遜でもなんでもなくて?」


「はい……ですので矢沢さんにも色々と───」


「待って待って待って!ひっ、姫宮さんの私服を私が選んでいいの!?あ、いや、いいんですか!?」




 あ、あれ?てっきり他の生徒みたいに“姫宮さんの私服を選ぶなんて畏れ多い!”とか恐縮されるかと思ったんだけど、意外とノリノリ?


 な、何かイヤな予感がする……


 困惑していると、俺の本能が突然警告シグナルを発した。

 過去を振り返ってみればこの女、母親の強制コスプレに悪ノリして俺の写真を取りまくっていた。あのYAZ△WAママの血が流れてるせいで、コイツも根っこの部分があのテンションである可能性は全く否定出来ない。少なくとも趣味は共通しているようである。



「は、はい、あの、で、出来ればお手柔らかに───」


「そっ────じゅるり、っくん、それはつ、つまり、姫宮さんのトップスもボトムもス、スカートもソックスもってこと!?ミっ、ミニスカートももちろん良いんだよね!?似合ってれば何でも良いんだよね!?」




 そしてそのイヤな予感は的中する。


 Y△ZAWAママから逃げ切ったと思ったらとんだ伏兵が居やがった。情報不足とはかくも怖ろしいものだ。

 後ずさりながらも笑顔を絶やさず目の前の猛獣に話しかける。



「あの、矢沢さん……?目が怖いのですが…………。あとよだれが出てらっしゃいますよ?」


「っハッ!い、いけね姫宮さんの可愛い私服妄想してたらよだれが……って、あの、はい!絶対!絶対ご一緒させてください!姫宮さんに似合いそうな服!当日までにじっくり、それはもう、じぃぃぃっくり探しておきますんで!」



 “うひゃぁぁぁっ!”、なんて奇声を上げながら俺のこの愛莉珠ボディを舐め回すように見てくる矢沢葉月。あまりに変質者っぽいその振る舞いに、俺はドン引きしながら更に後ずさった。


 ……ねぇ、どうして俺が仲良くなろうって思ったクラスメイトはみんな、何かしらヤバい感じのヤツなの?脅迫魔みっちゃんに推定レズの宮沢妹、そして今度はコスプレ馬鹿と来たもんだ。

 俺、何か呪われてんのかな?



「矢沢さん?あの、普通に。普通にお買い物しましょう?」


「だっ、大丈夫だよ姫宮さん……!怖くなんかないよ?ちょ、ちょこっとだけだから!一瞬で終るから!ね?ね!?」


「えっと……」


「で、いつにしようか!明日?明後日??明々後日???いつでもいいからね!?気軽に呼んでね!?いつでも待ってるからね!?」




 …………よし、やめよう。


 もうコイツのコスプレ愛莉珠ちゃんへの未練とかどうでもいいわ。私服探しイベントもコイツ抜きで、みっちゃんと宮沢妹を誘って別の機会に3人で行こう。


 あ、でもブレイヴ3の女性陣への可愛い後輩アピールの一貫として、先輩たちに私服を選んでもらうのをお願いしてみるのもいいかもしれない。この愛莉珠ボディに自分の選んだ可愛い私服を着せたいのは女子なら皆同じだろう。絶対に相手とぐーんと仲良くなれるイベントだ。

 思いっ切り愛想を振りまいて上級生を味方に付ける!私服のセンスも上がるだろうし、俺のヒロイン力も更に上昇するはずだ!



 という訳でY△ZAWAよ、すまんな。






***






 俺はY△ZAWAの追及を苦笑いでかわし、そそくさと矢沢邸を後にした。もうこれ以上あんな魔境に居られない。YAZAW△とは今後、程々の付き合いにしよう、そうしよう。


 しばらく歩いて駅に着くと、ふいにスマホが震えた。気になって確認してみるとパパンからの連絡だった。




『話の上級生のことは私に任せなさい』


『愛莉珠は何も心配する必要はない』




 またもや二言のみ。

 だがこの文から漂ってくる圧倒的な頼もしさ。流石ですパパン!

 忙しいのに迷惑かけてごめんね?



 しかし津田先生にこの1/4の頼もしさがあれば、な……





 さて、ようやくこの問題が片付いたようなので、俺は帰宅後にちゃちゃっとJD風の私服に着替え、お土産を片手にお筝教室へと足を運んだ。受付の山本お姉さんがいつも暇してるのを見越して、お姉さんの受付業の片手間に教えてもらうのだ。

 彼女は既に皆伝はしているそうなのだが、厳しい母親の山本お婆ちゃん師範が中々認めてくれないのでまだ人からお金を取って教えたことはないらしい。俺としては柔軟な人の方が逆に好都合だ。



「ごめんください」


「いらっしゃいませ。あら姫宮さん、本日もようこそお越しくださいました」


「毎日毎日申し訳ございません。奥の空き部屋をお借りしたいのですが」


「はい、空いておりますよ。……今日も人が少ないですし、私もご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」


「ええ、もちろんです。よろしければまた少しだけご教授願えますか?」


「そ、そうですね……母に悟られない程度でしたら」



 むふふ、やっぱりね。何だかんだでこの人、人に教えるの好きそうだからな。昨日の煎茶も“恥ずかしいですね”、なんて言いながらもウキウキで語ってくれたし。

 初日の体験教室で教えてくれたこともあって、俺は山本さんにとって比較的距離の近い生徒なのかもしれない。


 流石にタダで教えてもらうのはアレなので、すすっと手土産を手渡す。まあこのお茶菓子には山本さんのお茶を淹れて貰えるという、もう一つの目的もあるのだが───



「まぁ、たちば○のかりんとうですか。ありがとうございます、頂戴します。折角ですし、お茶をご用意いたしますね」



 作戦成功!おかげで今日も山本さんの絶品煎茶が飲めるぜ───って、あ、ちょっと待った!まだ淹れ始めないで!



「あっ、山本さん!で、でしたらまた昨日のようにお茶の手ほどきをお願いしたいのですが……」


「えっ?え、ええ。構いませんが……」


「こ、今度はもっと厳しくお願いしますっ!」


「厳しくですか……?か、かしこまりました……」



 相変わらず、ずうずうしいガキだがこのスキルは何としてでも身に着けたい。パパンが作法教育の家庭教師を連れてくるらしいが、やっぱり今の俺が知る最高のお茶はこの人の煎茶なのだ。特にその綺麗な動き所作を教えて欲しい。



「それでは……」




 俺はさっきの矢沢邸での疲れが吹っ飛んでいくのを感じながら、山本お姉さんの教えを一言一句逃すまいと集中した。


 あ、もちろんその後にお筝はじっくり教わったよ。

 お姉さん、山本師範に見つからないギリギリまで教えてくれたぜ。あざーす!





 次にみっちゃんが遊びに来た時は俺の進化したお茶を出してやろう。気付いてくれるかな?





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