16話 「あなたすっごく可愛いわ!!」
篠原&津田先生とバイバイした俺はYAZAW△の元へと急いだ。まず向かったのは1年4組の教室だ。みっちゃんと宮沢妹は俺を待たずに先に帰るよう言ってあるから今の俺は単独行動だ。
思えば一昨日、昨日と、俺の紫藤広樹としての記憶からは実に5年ぶりにみっちゃんと一緒に下校してたんだな。なんか小学校の頃を思い出して結構懐かしかった。流石にランドセル背負ってその日のドラマの感想言い合ったり、互いに憎まれ口叩きあったり、塾のストレスぶつけ合ったりとかはなかったけど。
まさか中学で別々の学校に行ったアイツとこんな感じでまた同じ授業を受けたり下校したりすることになるとはな。人生マジで何が起きるかわからんモンだ。
いやマジで。
階段を上り切り4階にたどり着いた。YAZ△WAが残っているか教室を確認しようと、入り口から中を覗き込む。おっ、丁度荷物をまとめてるところだ。正直かなり職員室でクッキー食いながら話しこんでたから既に下校しててもおかしくなかったが、何してたんだろ。
あの泣いてた時に囲んで心配してくれてたクラスの女子たちとダベってたのかな。ならもしかしたらY△ZAWAを通してソイツらとも仲良くなれるかもしれない。まさに友情の芋釣りだな、ホクホクだぜ!
早速捕まえて話しかける。
「こんにちは、矢沢さん。これからお帰りですか?」
「えっ、あっ、ひ、姫宮さん!?こ、こんにちは!……あの、今日は本当にごめんなさい」
「いいえ、こちらこそ。巻き込んでしまって大変申し訳ございませんでした」
YAZAW△が心底面目なさそうに俺に謝罪を述べてきた。どうやら3年の男鹿少年らに絡まれた時に怖くて俺の居場所を吐いてしまったらしい。保身に走ったことを酷く後悔しているようで、こうして罪悪感に押しつぶされそうになってしまっている。
俺としてはさっさと白状してくれたおかげで教室で鉢合わせするという最悪な状況にならずに済んだので、むしろ感謝しているくらいである。あの時はとっくに食堂を離れて職員室で津田先生と家のことを話し終わった後で、ちょうど教室に戻る途中だったのだ。何気に階段ですれ違っていることもあって結構際どかった。
「ひっ、姫宮さんは全く悪くないです!大人数のクラスメイト全員にこんなに美味しいクッキー焼いてきてくれるステキな人なのに……」
おっ!この子はちゃんと昼休みに食べてくれてたのか。何気に生徒からの初感想じゃないか?みっちゃんも時間なくてまだ食べてくれてなかったし、他の生徒たちは家宝にしたがってるし……
つか最初に感想をくれたのが篠原先生と津田先生って、俺誰のためにクッキー焼いて来たんだよって感じだよな。何気に作るの大変だったんだからみんな食べてくれヨ……?
「いえ……自己紹介の時から少し距離を置かれてしまったようなので、少しでも親しみやすく感じていただけるようにと思いまして。受け取ってくださって、本当によかったです」
「あ、いや、その……べ、別に嫌ってる訳ではもちろん全然無いですよ?ただ、その……わ、私たちなんかが姫宮さんとお話していいのかなって、ちょっと足踏みしてしまうというか……」
「……そんなに近寄り辛いでしょうか、私……?」
「ひ、姫宮さんは、その……キ、キラキラしてるというか、気安く近寄ったら周りに怒られそうな感じがして……」
「気安くって…………だっ、誰も怒りませんよ……っ!」
マジかよ!折角クッキー焼いて来たのにまだそんな空気があんのかよ!
一緒に保健室行った比較的縁のあるコイツでさえこんなにビビってるのに、他の連中なんてマジでこっちから話しかけないと永遠に遠目から見てくるだけになるんじゃねぇのか、これ……
やっぱ一期一会だな。縁が出来たヤツは絶対に逃がさねぇ。よほどのゴミカスじゃない限りは友情の押し付けで囲ってやる。
一昨日のみっちゃん、昨日の宮沢妹&有馬グループ、そして今日はコイツだ。おまけに既に2年の先輩勢にも宮沢・清水・但馬のブレイヴ3に唾を付けている。このペースなら来年には学校の半分以上の生徒たちが俺の友達ってことになるな!
さあ、超絶美少女との友情の契約書だ。
おらサインしろよ、ありがたいだるぉぉん?
「……ところで矢沢さん。先ほど津田先生と3年の数学特進クラスを教えている篠原先生にお昼の出来事についてお伝えしたのですが……」
「あっ……は、はい……」
「その3年の先輩は以前からかなり問題になっていた生徒で、学校側も色々と苦労されているそうです。そこで何ですが、実は───」
俺は篠原先生と職員室で話したことを可能な限り誠実にYAZ△WAに伝えた。
この話はあくまで篠原&津田先生と俺の間で交わされた、いわば只の雑談レベルの話に過ぎない。篠原先生は意気込んでたけど、実際に彼女の言うとおりに学校が生徒を処分出来るか否かは生徒の我々には判断出来ないのだ。それに先生はあくまで2年3年の数学特進科を教える、いち教師でしかない。例の男鹿少年の担任らしい……何だっけ、大隈?大島?まあそんな感じの名前の先生や、責任者の教頭先生や校長先生とは違って直接何かが出来る訳じゃないだろう。
つまり実際にその卓上の空論を実現させるには、その先生を動かせるレベルの、例えば保護者の連名による苦情文的なモノが必要なのだ。クラスでこれ以上の被害が出ないためにも、男鹿少年たちの目当てである俺の安全のためにも、Y△ZAWAの母親の力があるとかなり助かる。
ただ……コイツはホントに全く関係ない只のとばっちりだからなぁ。娘に心から学校を楽しんでもらいたがってるみっちゃんママや、娘の成績に命かけてそうな宮沢妹ママと違って、Y△ZAWAはぶっちゃけただ怖い思いをして泣かされただけだ。本人も意外と引っ込み思案っぽいし、数人の生徒を処分させるような大事にはしたくないだろうな。余計な恨みを買う可能性だってあるわけだし。
俺だって面倒で嫌だもんよ。
「───と言う訳です。……完全に巻き込まれてしまっただけの矢沢さんを深くこの問題に関わらせてしまうのは大変心苦しいのですが……せめてご両親に、すでに矢沢さんを巻き込んでしまったことを私から直接謝罪させてください。どうか……」
「うぇっ!?あっ、え、えと、その……よ、よくわからないので、その、お、お母さんに全部任せてもいいですか……?」
「はい、ご安心ください。私からお伝えしておきます」
よし、なんとか母親を引きずり出すことに成功したようだ。
親には子供を守る義務がある。YAZ△WAママも自分の娘がとばっちりとはいえ上級生に苛められて泣かされたなんてことを知ったら、何かしらの文句を学校に言ってくれるだろう。おまけに偶然とはいえ巻き込んでしまった俺が子供ながらに直接挨拶と謝罪に来るのだ。大人としての見栄もあるだろうし、もしかしたら3年連中に対する厳しい処罰を学校側に強気で求めてくれるかもしれない。
まあパパンが出て来てくれたら金の力で案外何とかしてくれそうな気もしなくもないけど。男鹿少年の免罪符がその旧財閥関係者の父親の金にあるのなら、我が姫宮家の大黒柱さんも負けてはいないはずだ。パパンが何の仕事をしているのかは知らないが。
でも……
でもあの忙しそうにしてるパパンに余計な面倒負わせたくないんだよなぁ……
精神科のこともあるし、娘の体乗っ取っちまって俺がヘンな行動取りすぎたせいで沢山心配させちまったもんよ。正直これ以上迷惑かけるのは避けたいんだが……
パパンは電話でちょろっと一言二言、例の男鹿少年に対する苦情を学校に言ってもらえれば十分だ。
あとは話せばすぐ行動してくれそうな”みっちゃんママ”、娘の学業の邪魔になる存在は消したいだろう”宮沢妹ママ”、そしてこのYAZAW△ママの4人で苦情を出せば流石に学校もなんかしてくれるだろ。
「よ、よかったぁ…………って、ん?あれ?ってことは……ま、まさか姫宮さんがこれからウチに来るのぉ!?」
「え、ええ。まさかご両親を私が呼び出すわけには参りませんし、お家にお邪魔させてもらえると幸いなのですが……」
「あっ、あっ、あのっ!でもっ、お家、きっ、汚いし……ひ、姫宮さんを歓迎出来るほど立派な家でもないっていうか、その───」
雲行きが怪しくなってきたのを察した俺は、すかさず笑顔のまま彼女を威圧する。
「───っあ、あぅ、い、いえっ、何でもないです!おっ、お母さんに!お母さんに聞いてみます!」
俺の無言の圧力に敗北したYAZAW△があせあせとスマホを取り出し親と話し始める。色々と支離滅裂な会話を交わした後、何か相手に怒られたのかヘコヘコとスマホに謝り始めた。
「ごっ、ごめん……うん……うん……ごめ、えっ、ち、違うよ!……え?あっ……はぁい……」
何か言われたのか、少しめそめそしながら俺にスマホを差し出してくる。“お前じゃ何言ってんのかわかんねぇから当事者を出せ”とかそんなとこだろうな。
どうやら日ごろからかなり親に頭の上がらない子らしい。俺やみっちゃんとは大違いだ。親なんて毎学期完璧な成績叩き付けときゃ、あとは“ピアノ練習しろ”ぐらいしか言って来ない生物なのにな。
ちょっとからかっただけでマジギレしてくる真向かいの幼馴染より遥かに扱いやすいのに。
「あの……姫宮さん…………ごめん、お母さんが代われって……」
「わかりました。スマホ、お借りしますね」
知人の親と話す時って何か緊張するよな……
ええい、ままよ!
「もしもし?お電話代わりました」
『ああ、こんにちわ。葉月の母です。何か娘が粗相を仕出かしたとか?』
まるで声優のようなYAZAWAママのアニメ声が俺の鼓膜を震わせた。挨拶を交わして早速本題に入る。
「それでですね、今回ご連絡申し上げましたのは葉月さんが巻き込まれてしまわれた上級生とのトラブルに関してなのですが、実は3年せ───」
『ええ、さっきのあの子の拙い説明でそのあたりまではわかったのですが、その先が何言ってるのかさっぱりで』
ずいぶんと食い気味に話すYAZ△WAママ。
『ええっと、姫宮さん?だったかしら?あの子に代わって続きをお願い出来る?』
「え、ええ。もちろんです。実は3年生に少し素行の悪い生徒が───」
『はいはい問題児ね、葉月から聞いてるわ。それで?』
忙しない上にただ相槌を打つだけのために人の話を遮ってくる。あー……このタイプの人苦手だわ。
「……はい。それでどうやらその生徒は私が目的のようでして、そ───」
『まあまあ大変ね!それも葉月から聞いたわ。厄介なのに目を付けられたわね。大丈夫なの?』
「…………はい、ご心配なく。それで葉月さんが私のせいで巻き込まれてしま───」
『まあまあそんなこと、あなたのせいじゃないでしょう?葉月ももう少ししっかりしてくれないとね。小学校のころだってよく面倒事に巻き込まれて────』
……めんどくせぇ。こんなの相手にしに行くなんて、もう家にお邪魔する前から疲れて来たんだけど。担任の津田先生が代わりに行ってくれないかな……
……いやあの人に行かせると余計拗れそうだ。やめよう。俺が巻き込んじまったみてぇなモンだからな。ダルいけど俺が自分で何とかしよ……
『それでそれで?続きをどうぞ?』
「……はい、それで誠に失礼ながら、おば様にお願いがございまして───」
***
「うぅ……ごめんなさい、姫宮さん……。お母さんがあんなので、迷惑かけて……」
「…………いえ、巻き込んでしまった私の責任ですので……」
俺はげんなりしながらあの女のハウスに到着した。そう、ここにはあのYAZ△WAママが居る。もう既に帰りたい。つか来たくなかった。お家が恋しいよパパン……
Y△ZAWAママはそれはもう───人の話を聞かない! 勝手に自己解釈する!一度自分が納得したことはたとえ勘違いであっても絶対に曲げない!───という非常にめんどくさい女だった。“3年のDQNがこれ以上調子に乗らないように、被害者生徒の親から学校に文句を言ってくれ”、という至極当然かつ単純なことをお願いするのに1時間以上かかったほどだ。
だが途中からYAZAW△ママが“電話じゃわからないからウチに来い”って言い出して、結局当初の予定通り矢沢邸にお邪魔することになったのだ。
あのYAZ△WAママとの長電話は一体なんだったのか。
ちなみにパパンとはまだ連絡が取れないが、みっちゃんは二つ返事でおばさんに学校へ電話で凸させることに成功し、宮沢妹も母親が学校まで直接乗り込みに行く後姿を写メって送ってくれた。宮沢妹ママ怖すぎる。
Y△ZAWAママと話していて凄く疲れたので津田先生に一緒について来てもらおうと頼んだのだが、どうやら吹奏楽部とオーケストラ部の両方の顧問をやらされているらしく、忙しいと逃げられた。
“私、音大の専攻ピアノだったのに”、なんて逆にグチグチ文句を聞かされてしまった。
オケもウインドオケもたまにピアノコラボとかあるじゃねぇか。ウチのババアが音大の客員教授のシンフォニックバンドに呼ばれた時ルンルンで参加してたぞ。メインじゃないってだけで、ピアノだって十分吹奏楽ともオケとも関係あるだろうが。
ブラスバンド?知らね。
「……お母さん、ただいまー……」
「……お邪魔します」
俺は顔の疲労感を隠すためにアルカイックスマイルを貼り付けた。初対面の印象、大事。
「はいはい、いらっしゃ───」
玄関に顔を出したY△ZAWAママが俺を見てフリーズした。
YAZAW△ママは意外と美人なオバサマだった。あと胸が凄いデカい。着ている若草色のリブセタの視覚的効果もあって、まるでメロンのようだ。SANチェックどころかS○Xチェックレベルのスタイルじゃないか!
C○C的に言うと肉体補正でAPP16くらいの美女である。あのめんどくさい電話の相手がこの顔&体だったと最初から知っていたらもっと気持ちよく会話が出来たのに、なんと言うことだ。
正直、抱きたいです……
YAZ△WA本人も宮沢妹ほどではないが、そこそこの美少女だからな。今の子供ボディの宮沢妹をAPP15だとするとコイツはAPP13だ。マニアに妙な人気がありそうなタイプだな。将来母親の乳を受け継いだらかなり期待できる。
宮沢妹は…………正直そろそろ成長期が来ないとマジでロリコン共にハイエ○スされそうなレベルのロリ美少女なんだけど、ブレイヴ先輩はちゃんと妹を守ってくださいね?
Y△ZAWAママが俺を凝視したまま全く動かないので、仕方なくこちらから再度挨拶する。
「お邪魔します、おば様。改めまして、葉月さんのクラスメイトの姫宮愛莉珠と申します。先ほどのお話について詳しくご説明致したく伺いました」
「っあ、お、お母さんこちら、姫宮さんだけど…………お母さん?」
「かわいい……」
「えっ?」
えっ?
「かわいいわ…………。あなたすっごく可愛いわ!!ぜひ紹介したい事務所があるの!写真取るから中に入って頂戴!」
はい?