15話 新人教師にいきなり担任を任せる学校って……
「ふむふむ、金髪でピアスにコロンを付けた3年生の男子生徒ですか……」
放課後、宮沢妹がまた頭を下げてきたので“気にしてません”とニッコリ微笑んで仲直りした後、俺は早速職員室に向かう先生を捕まえて昼休みの出来事を説明した。津田先生は“生徒に頼られる私カッコいい”とマジで思っている少しミーハー気味な女性だったので不安を覚えたのだが、担任に話を通さずに教頭先生あたりに直接相談する訳にも行かない。とりあえず彼女に一通り説明した後で、より上の───頼りになる先生方に話を持って行こう。
まあ、津田先生が頼りになるのならそれに越したことは無いんだけど……
「特徴は全てが同一人物とは限りませんが、昨日に引き続き今日も似たような方々で集まったグループだとクラスの皆さんがおっしゃってましたので。先生は例の先輩方に心当たりはおありでしょうか?」
「えっと……せ、先生は、あの……し、新人だから……」
「あっ、はい」
知ってた。
「ううぅ…………ごめんなさい……頼りなくて……」
「そうご自分を卑下なさらないでください。私たち1年生も同じなのですから、逆に親しみやすくて大好きですよ。津田先生」
「ふぁぁっ!?ひっ姫宮しゃん!?だっ大好きって……!?」
おい何女同士であたふたしてるんだこの先生。女子なんて全員“先生大好きー”って言いまくってるだろ。中身男の俺が合法的に女教師に大好きなんて言えるようになったんだからコレくらいで悲鳴を上げられても困るんだけど。ホントはもっと凄いことをグヘヘ、っといけね。よだれが。
つか普通に只の社交辞令だって気付いてくれ。俺はレズではない。
ん?でも中身男だから生理来たら女に欲情することになるのか?それとも体に合わせて男に?
どっちなんだろ。
「ええ、クラスの皆さんも先生のことを大切な4組のリーダーだと思ってらっしゃいますよ。自信を持ってください、津田先生」
「えぅぅ……姫宮さぁぁん……」
……中身はともかく、数ヶ月前まで小学生やってた12歳児に縋ってくる24歳ってヤベェな。倍の年齢差がある子供だぞ俺。ホント大丈夫かこの人……
倍の年齢と言えば、お筝教室の山本お姉さんなんか3倍(推定)だからな。
…………36歳ってまだ“お姉さん”なのか?い、いや!止そう!
俺の勝手な想像で皆を混乱させたくない。
「私……数ヶ月前まで小学生やってた女の子に慰められちゃってるよ…………」
「あ、いえ、申し訳ございません、出過ぎた事を……。ご不快だったでしょうか……?」
「ご、ご不快じゃないでしゅ、です…………とても頼りになります、してます……」
先生…………
あなたもやっぱり気にしてたんすね……
「えっと、では3年の担任か授業を担当してらっしゃる先生のどなたかにお知り合いは?」
「し、篠原先生とは昨日呑みに行ったけど───って、あ、お、お酒じゃなくてジュース!ジュース飲みに行ったの!お酒じゃないのよ!?」
「い、いえ別に大人なのですからお酒ぐらい───」
「ダ、ダメっ!い、いくら姫宮さんが大人びてるからってお酒に興味持っちゃダメよ!ハッ!そ、そうだわ。親の帰りが遅い生徒がグレてワルに染まったりするって教育実習でも習ったし、今の姫宮さんが不良になるのを止められるのは私しか───」
「先生」
「っハッ!ひ、姫宮さん!な、何かな!?」
「はい、先生。落ち着きましょう」
「………………はい」
一連の流れを聞いていた周りの先生たちが堪え切れなくなって外に出て行ったり、縮こまって肩を震わせたりしているのが見えた。同じく周りに気付いた津田先生も顔を真っ赤にして涙目になりながら俯いている。
ハ、ハンカチ、いるっすか?先生……
「───ったく津田先生。昨日も言ったでしょう?中学は女の子は特に、とても大人びた子がたまにいたりするんだから。新人担任ならむしろそういう子にクラスをまとめるのを手伝ってもらったりしたほうが仕事に慣れやすいわよ。もちろん、相手は子供なんだから全幅の信頼を寄せるのはNGだけどね?」
「篠原先生…………」
見てられなくなったのか、津田先生の知り合いらしき先生が絡んできた。あ、さっき昼休みに職員室の津田先生の机の場所を教えてくれた、忙しそうにしていた先生だ。篠原先生って言うのか、覚えておこう。
……津田先生に代わって色々とお世話になりそうだし。
「姫宮さんも色々大変だとは思うけど、ちょっとだけでいいからこの人を支えてくれるとありがたいわ。部外者の私が言うのもなんだけど、津田先生をお願いしちゃってもいいかしら?」
「…………大変光栄ですが……先ほど先生がおっしゃられたとおり、私も子供ですから出来ることは限られます。あ、申し訳ございません、ご挨拶が遅れました。初めまして、私、津田先生にお世話になっております1年4組の姫宮愛莉珠と申します。」
「あ、あらこれはご丁寧にどうも……。私は数学の特進クラスを担当しております、篠原里美と申します。…………本当に礼儀正しい子なのね。大人びた子は結構見てきたけど……流石は姫宮家のご令嬢」
「でしょでしょ!生徒たちも姫宮さんには一目も二目も置いてるんですよ!私なんて三目ぐらい置いちゃってます!」
『津田先生…………』
俺と篠原先生の声がハモる。そのせいかは知らんが、また震えながら職員室を出て行く周りの先生たちが増えた。ゴホンゲフンとワザとらしい咳で笑いを誤魔化そうとしてる人もいる。
ほら、もうちょっと上手に隠さないとまた津田先生がリンゴみたいに真っ赤になってるっすよ……
「も、もう私の大人のプライドとか姫宮さんの前では何の役にも立たない只のゴミですもん…………恥を忍んで姫宮さんのお世話になります…………」
「…………姫宮さん、こんなのだけど、よろしく頼むわね?」
「…………私のような者でよろしければ……」
この瞬間、俺と篠原先生との間に奇妙な連帯感が生まれた。いい感じの好感度だ。これなら津田先生が本領発揮したときには篠原先生を頼ることが出来そうだ。
お、お世話になりますっす、篠原先生!っす!っす!
***
「なるほど、やっぱり男鹿くんか……」
「……何か以前から素行に問題のあった生徒なのですか?」
“ええ、まあね”と苦虫を噛んだような顔をする篠原先生。津田先生はしょんぼりしながらヤクル○にストローをぶっ刺してちゅーちゅーネズミのような音を立てている。ホント動物園みたいな人だなこの先生……
篠原先生の話によると、件の金髪ピアスコロンは男鹿康雄と言うらしい。もう名前からしてDQNっぽい。どうやらかなり大きな家庭問題を抱えている生徒らしく、しょっちゅう同じようにチャラい系の生徒たちをまとめて問題を起こしているらしい。いやらしいことに試験や小テストの点数は常に学年トップの優秀な人物で、おまけに親が実質的な息子の迷惑料として多大な寄付金を学校に納めている旧財閥の御曹司。噂では蒲田あたりのヤバい連中とつるんでるのを見かけた目撃証言もあるとかないとか。
さらに、言い辛そうにしている先生の言葉を俺なりに推理すると、どうやらこの生徒、母親が実父の不倫相手らしい。そのため母方の苗字を持ちながらも母親から離され、父親によって隠されるように養われているという孤独な少年なんだとか。つまり学校的には寄付金のこともあって、同情の余地ありとあまり厳しすぎる対応はし辛いんだろう。もっとも、ちょくちょく停学処分レベルの罰則は与えているらしいが更生の兆しは無いようだ。
……中学で停学処分って進学する際にもう絶対まともな高校にいけないレベルの大罰則ってイメージあるけどな。あ、でもここ中高一貫だから色々裏技で経歴隠すことも出来るのかな?あんま知らんけど。
「真っ当な姫宮さんと同じ────とは言えないけれど、お家の事情は色々と共通するところもあると思うのよ。私は聞きかじった程度だけど、姫宮さんのことも学校側はかなり心配してて、おまけに男鹿くんの前例もあるでしょう?もし姫宮さんも彼みたいにご家庭に不満を持ってて、それが学業や子供としての健やかな成長に影響が出てしまったらと思うと、ね。おまけに女の子なんだからこれから心身共に大人になって、不安になることもあると思うのよ。だからもし何かあればホントに遠慮なく相談してね?」
「あ、はい」
……そして何故か途中から俺の話になる職員室の一角。その話は津田先生としたので心配しなくて大丈夫ですよ、篠原先生。
あまりしたくない話題だったので、脇道に逸れた会話を無理やり修正する。
「それで……予想される男鹿先輩との問題はどのように対処するべきでしょうか?」
「……あなたのクラスの担任の津田先生が、男鹿くんの担任の大島先生に抗議してくれないと直接解決するのは難しいわね」
「……あの……津田先生?」
「ふぅぉぉっ!?わ、私ですか!?」
……なんか鼻の詰まったオットセイみたいな声だったな、今の。さっきは動物園で今度は水族館かよ……
「ええ、あなたよ。今この話で実際にあの子達を“処分”出来るのは、姫宮さんのことではなくてそのお友達の子が言い寄られて泣かされたことに関してだけ。それ以外は彼らに注意をする以上のことは出来ないわ。でもそのお友達は実際に被害に遭ったわけで、彼女のご両親から学校に対してなんらかの苦情があれば学校側はすぐに対応出来る。男鹿くん達に厳重注意以上のことが出来るのよ」
「で、でも本人やその親御さんに教師の私の方から“学校の責任者に苦情を言ってくれ”って頼むのは何か違わないですか…………?」
「……あなたすでに姫宮さんが彼らに目を付けられてることが頭から抜けてないかしら?わたしたちは警察じゃないのよ?大きな事件が起きなくても保護者からの要求があれば、こちらの都合で好きに動けるんだから。男鹿くんは停学処分なんてへでもないって考えてるみたいだけど、その取り巻きは違う。彼らも当事者なんだから処分すれば男鹿くんを孤立させて、問題行動をある程度抑制することも可能だと思うわ。あなたは担任なのだから、あなたの担当している生徒のことだけを考えなさい」
「はっ、はいっ!」
「…………姫宮さん、この人が空回りしないように見張っておいてくれるかしら?」
「……………………………はい」
“今、長い間があったわね”と半目で俺の方を見る篠原先生。し、仕方ねぇだろ!もう面倒ごとになる予感しかしねぇんだから……
しかしなるほど、取り巻きを先に崩すのか。すでに何度も問題を起こしている生徒相手だからか、かなり計画的に行動してくれるようだ。退学は流石に難しいんだろうけど、この感じだとかなり大規模な処分を引き出せるだろう。
頼もしいっす、篠原先生!隣の人とチェンジ出来ますか!?ダメっすか!そうっすか……
「生憎私には彼のお父上の寄付金だの何だのは関係ないの。“あなたが真っ当にならない限り、この学校に味方は居ない”って思い知らせてやればいいのよ。私も母子家庭で育った寂しい家庭出身だけど、悪さをすれば注目して貰えるだなんてそんなに社会は悪人に甘くないわ。良いことをすればもっとポジティブに注目されるのだから、それをすればいいのよ。……クラスのみんなにお近づきの印にってクッキーを焼いて来てくれた、姫宮さんみたいにね」
「……恐縮です」
な、なかなかえげつないなこの人……。不良完全否定かよ。
よ、よし。この人にお任せすれば大丈夫そうだ。俺が真正面からその先輩男子とぶつかって言い負かすより、はるかに安全だ。ああ言う手の輩は理屈が通じねぇ猿みたいなモンだからな。こっちが礼を尽くせば相応のものが帰ってくるのは真っ当な人間相手だけだ。DQNが熱血教師や可愛いヒロインの愛情で更生するなんて話は不良漫画の中だけなんだよ。
……漫画みたいな展開でビッチな彼女の5年前の体に憑依した俺が何言ってんだって?俺に聞くなよ。
ふと、篠原先生が俺のクッキーの話を出したことが気になった。津田先生から聞いたのだろうか。これからも相談することもあるだろうし、お近づきに余ったヤツ分けてあげよう。
俺はバッグからクッキーを取り出して袋を破き、その上に3袋分計9枚を並べた。
「……校則で先生個人にお渡しすることは叶いませんが、この場で相談の席のお茶請けとしてならいかがでしょう?」
「あらごめんなさいね、なんか催促してしまったみたいで。うふふ、津田先生が昼休みの時に“誰にもやらん”って無言の圧力で周りに睨みを聞かせながら食べてたから、ちょっと気になってたのよ」
「ええっ!?私そんな顔してませんよぉ!」
「津田先生……」
昼休みって、俺が教室に戻った後か。津田先生のあの弁当ってかなり量があったのに、その後さらにクッキーも食ったのかよ。マジで女体の神秘「甘いものは別腹」だな。何故かみっちゃんには爆笑されたけど、アイツなんてその典型じゃねぇか。
「んん~っ!何これめちゃくちゃ美味しい……!津田先生、貴女これを隠そうとしてたのね……!」
「ふぃめふぃあふぁんふぁふぁふぁふぃふぉふぇいふぉふぇふふぁふぁ!」
「いやホント何言ってんの貴女……?飲み込んでから喋りなさいよ姫宮さんが呆れてるわよ」
「……っくん!はぁっ、べ、別にもう姫宮さんにカッコつける必要なんて無いんですから。地のままで行きますよ……もう………」
津田先生……
と、言うわけで篠原先生という頼もしい味方を手に入れた俺は、とりあえずその男鹿少年とその取り巻きに泣かされた天下のYAZAW△こと矢沢葉月に協力を求めることにした。
どうせならみっちゃんママや宮沢妹ママも巻き込んで、保護者の連名で学校の責任者に”あのDQNを何とかしろ”って苦情を言ってもらおう。宮沢妹ママなんて娘に”学年主席取れ!”なんて求めてくる教育ママだからな。学業に支障をきたしそうな迷惑な生徒はさっさと消えてもらいたいだろうし。
……そうだ、YAZ△WAの母親にも直接事情を説明したいし、ついでに家にお邪魔させてもらってそのまま流れでYAZ△WAと友達になれないだろうか?
早くも3人目の友人ゲットの予感である。