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14話 3年の先輩たちと4組の家宝


 職員室を後にした俺は腕時計で時刻を確認しほっとする。本体の紫藤広樹のころに通っていた青嵐中学では腕時計はもちろん、スマホさえ持たせて貰えなかったので、この自由度は普通にありがたい。

 まああの学校の中等科も俺が高等科に上がった年にスマホOKにしたみたいだけど、正直いくらスマホゲーやら何やらで授業に支障をきたすなんつっても今時スマホ持ち込みダメって時代錯誤過ぎると思う。特にあのあたりは車の往来が多くて、もしものために親や学校に連絡出来るスマホは必要だって父母会でも度々会議の焦点になってたらしいからな。俺の代で何もトラブルが起きなくてよかったわ。


 って、今はまだこの世界の俺、あの学校で中1やってるんだった。楽しくやってるかな?



 ……や、やっぱ一度顔見に行きてぇよな、過去の俺……


 直接接触するのはまだ時間軸的なアレで危険かも知れんけど。

 何かいい手はねぇかな……







「ったく食堂かよ、また無駄足とかマジきれそー」


「つかあの1年の顔マジうける。また明日遊び行こーぜ」


「もう俺ダリぃからいいわ、どうせどっかで会うだろうしお前ら会ったら教えてくれよ」


「あん?食堂行かねぇの?なら───」



 教室に戻る途中。俺が俯きながら一人思案していると、上の階から数人のくっそダセぇコロンの匂いを漂わせながら下りてくる野郎共とすれ違った。クソ親父がいつも使ってたやつに香りが似ていて妙に懐かしく感じる。思わず振り返ると真ん中の男の金髪がちらっと見えた。ここが中学校であることを一瞬だけ忘れてしまう。

 あんなのも許されるのかよ、この中学。青嵐だと高等科でも香水はNGだったのに、何なんだこの生徒たちの扱いの差は!ズリぃぞ桜台!中坊は中坊らしく丸刈りやってろ!コロンとかカッコつけてんじゃねーぞ10年早ぇんだよ、オオン!?




 ん?クソ親父……?



 あ、そうだ!


 俺の脳裏に一閃の光が走る。

 確かに俺が姫宮愛莉珠としてこの世界の紫藤広樹に直接会うのは影響が大きすぎて慎重にならざるを得ない。だが俺の両親───クソ親父たちならば最小限の危険で紫藤広樹くん12歳に接近出来るはずだ。

 特にピアノ教師であるババァは息子の俺も住む紫藤邸で音楽教室を開いている。そして愛莉珠は横浜でピアノを習っていたが、東京に越して来てからはまだどの教室にも通っていない。


 ならばいっそ俺の母親のピアノ教室に通ってみてはどうか。


 中々の名案ではなかろうか。

 既にご近所さんのみっちゃんを介した接触ルートもあるにはあるが、ババァを介した方がより正確な情報を入手出来るだろう。この世界の紫藤広樹少年と最低限の接点を持ちながら、状況に応じて臨機応変に対応する。もし何らかの手違いで紫藤広樹少年の周りにヘンな女が現れれば簡単に阻止出来るし、脅迫魔みっちゃん事件など俺の未来通りの恥を掻く黒歴史イベントにも介入出来るだろう。何事もなければ高校時代開幕を待てばいい。なんなら逆に一歩踏み込んで、姫宮莉珠の手でこの世界オリジナルの恋愛フラグを紫藤広樹少年との間に幾つか立ててみても面白そうだ。


 例えば───


『中3の春休み。自宅のピアノ教室に通う超絶美少女と初めてのピアノデュエットで親交を深めた二人は、互いのことを想いながら新たな学び舎、青嵐学園高等科の入学式で奇跡の再会をする!』


 か、完璧じゃないか……!

 何と言うテンプレ学園ラブロマンス的設定!コレだよコレ!まさにコレが見たかった───いや、やりたかったって言った方が正しいか?ま、まあとにかく、コレなんだよ!

 こんな清楚系正統派パーフェクトメインヒロインな外見してる愛莉珠の体を操ってるんだ。しかも恋愛対象は元の体の自分自身!誰よりも恋愛相手のことをわかっているこの状況はまさに、リアルに具現化した学園ノベルゲーだと言っても過言ではない!

 ふふふ、楽しくなって来たぜ……!



 よし、当面の目標は決まったな。やっぱヘンに色々考えてしまうと本来目指すべきことが頭から飛んでったりする。

 まずはパパンとの精神科送り問題を何とか乗り切る。その後はいつも通りに行動して、この世界の紫藤広樹少年とかち合わないギリギリのラインでヤツの行動範囲に侵入する。そして情報を集めながら適切な距離感を保ち、本人と直接接触した際のリスクマネジメントを行う。場合によっては俺の手で直接恋愛フラグを立てる!

 パーフェクトだ、ヒィロキー!



 まあでも、実際にこの世界の俺自身とキスしたりにゃんにゃんしたり出来るかは……


 ま、また後で考えましょ!どうせ実際に経験してみないとわかりっこないんだしね!

 つかもしこの愛莉珠ボディで本当に男に抱かれるのなら、相手はこの世界の俺以外にありえねぇけし許さねぇけど!


 俺はに一途なんだよ!まさに哲学!





***





 この人生(愛莉珠)の将来の展望を新たに見出した今日の俺はいい気分だ。

 弁当を食べるために1年教室のある4階にルンルンでたどり着くと、また視線が俺に集まった。まあいつもの事だ。一瞬うっ、とひるんでしまうのもしばらくしたら慣れて大丈夫になるだろう。


 だが今回はどうも様子がおかしい。一言で言うと空気が悪い。みんなヒソヒソと小声で話しながら俺を哀れむような視線を送ってくる。

 何だ、一体?津田先生が気にしてた俺の家庭問題がリークしたのか?あの新人教師色々とヤバいからな。ついうっかりで生徒の個人情報ぽろっとこぼしたりしそうなんだよ。まあソコが可愛いんだけどさ。


 訝しみながら1年4組の教室に入ると、突然教室の奥の方から昔に何度も聞いたことのあるチンパンジーみたいな金切り声が聞こえてきた。



「ア、アリスちゃん!無事!?大丈夫!?」


「姫宮さん!」



 教室の扉付近に立ち竦むこちらに食い掛かるように走り寄って来たのはみっちゃんと宮沢妹だ。


 お、おう?何だ何だ何があった?

 無事?何が?

 頭なら近々精神科に連れて行かれるから対処してもらえそうだけど?



「お二人ともどうかされましたか?」


「“どうかされましたか”じゃないよもう!心配したんだから!」


「姫宮さん食堂で3年の先輩と会わなかった?」



 3年の先輩?ブレイヴ3の先輩たちには会ったけど。



「2年の宮沢先輩とそのご友人の清水先輩と但馬先輩には会いましたが……」


「アホアニキはどうだっていいの!怖い男子の3年生だって!」


「3年生?いいえ、全く心当たりがありません」



 つか3年って誰だ?何故俺に会いに───ん?



「その先輩方はもしかして昨日有馬さんがおっしゃっていた方々ですか?」



 確か昨日俺に会いに来たと言う上級生は2組いたはずだ。その内の片方が2年生の女子の集団で、その正体はさっき食堂前で出会ったブレイヴ3の女性陣だった。そして今みっちゃんたちが騒いでいるのは、そのもう片方の集団である3年生のチャラい系グループのことだろう。清水但馬ペアは偶然の出会いだったけど、こっちはまた直接俺に会いに来たらしい。

 ドンだけ暇なんだよ……



「う、うん、多分……。“昨日も会いに来たんだけど”って言ってたから多分同日人物だと思う」


「姫宮さん、あれガチでヤバい人たちだよ……。髪染めてるしピアスとかしてたもん」


「何かドギツい香水もつけてたよね……。アリスちゃん津田先生に助けてもらおうよ。また来るってかなりイライラしてたから、次来た時アリスちゃんに会っちゃったらヒドいことされちゃうかも……!」



 うわぁ、粘着質タイプかぁ……2人の言うとおりかなりやっかいそうだな。めんどくせぇなぁおい。


 こういう時に心強いのは大人の、クラス担任などの教師陣の力なのだが……俺の担任はあの新人女音楽教師こと津田菜々美先生である。彼女に協力を要請した場合、その後の展開が全く読めなくなるのだ。むしろ協力してくれた時の方が心配だ。やる気十分で空回りして、その結果連中を刺激して状況が悪化したりとか………

 うん、普通にありえそう。



 にしても髪染めてる香水野郎……?

 それってもしかしてさっき階段ですれ違ったあの男共か?後姿で見えなかったけどピアスまでしてたのかよ、ガチ勢だな。ホントに中坊かよ、マジでウケる。


 あとさり気なくみっちゃんが俺のクソ親父が気に入ってるあのコロンのことを”ドギツい香水”ってdisったな。

 親父……アンタの香水、現役JCにキツいって言われてるぞ。ドンマイ涙拭けよ!



「そうですね……ああ、ちなみにその先輩方の名前とクラスは聞き出せましたか?」


「そ、そんなこと怖くて無理だよ。教室に入ってきた途端大声でアリスちゃんのこと呼んでたり、返事が無かったから近くにいた矢沢さん掴んで囲んで場所聞き出そうとしたりで……」


「矢沢さん……?」



 矢沢さんってあの最後に自己紹介してた教室後方の扉の近くに座ってる、あのノリの良さそうな子の矢沢葉月?あの天下のYAZ△WA?いや違うけど。

 俺はハッとなって彼女の席へ振り向いた。そこには数人の女子が怯えながらこっちを窺っていた。そしてそのさらに奥に───



「矢沢さん!」



 ───そこには顔を泣き腫らした哀れな少女がいた。思わず進行方向にいたクラスメイトたちを乱暴に掻き分けながら彼女、矢沢葉月の下に突進する。

 ま、まさか殴られたりしてねぇだろうな……!?俺のせいで3年連中に目付けられたみてぇなモンだからよ……

 面白そうなヤツだったしこれからチャンスがあれば仲良くなりたいって思ってたのに、これじゃあ最悪のスタートじゃねぇか!頼むから無事でいてくれ!


 取り巻きの女子たちが空気を読んで後ろに下がり、俺の道を開けてくれる。彼女達に目で礼をしながら矢沢の座る椅子の隣にしゃがみこみ、顔を覗いて声をかけた。

 泣き腫らして真っ赤になってたけど、殴られた痣っぽいのは無いようだ。


 よかった……



「矢沢さん、しっかり……!ごめんなさい、私のせいでイヤなことに巻き込んでしまって……」


「ぢ、ぢがうの……わだじごぞ、ごべんだざい…………ごわぐで…びめびやざんのばじょぜんばいだぢにおじえじゃったぁぁぁ……」


「大丈夫ですよ、何も気にしないでください。一緒に保健室行きましょう?」



 うん、ごめん、お前鼻声で何言ってんのかマジでわかんねぇから……


 まあ例の3年の連中の件も心配だけど、そっちは放課後あたりにまた職員室行って相談すればいいわ。

 まずはこの子の顔をどうにかしよう。






***






 俺は昨日のみっちゃんの時のように天下のYAZAW△をエスコートして保健室に連れて行った。このペースでクラスの泣いてる女子をあそこに連行し続けると、まるで俺が彼女たちを泣かせてるように周りから見られそうだ。不本意極まりないので是非とも杞憂であって欲しい。

 いやまあ、みっちゃんの時も今回も間接的には俺が泣かせたようなモンではあるんだけどさ。ホラ、ね?


 つか俺別に保険委員じゃないんすから、こういうのは早く委員決めてソイツに任せてぇんだけどなぁ……




「ごめんください、先生」


「いらっしゃい。どうしたの───ってまたあなた?」


「はい、またお世話になります」



 “また”って失礼だな不可抗力だっつーの!まあ流石に2日連続で別の泣いてる女の子引き連れて来るのは珍しいかも知れんけどさ。



「あらあら、可愛い目元が腫れちゃってるわね。」


「どうにか次の授業までに冷やすことは出来ませんか?」


「うーん、泣き疲れちゃってるでしょうし落ち着くまでここに居た方がいいわよ?」


「そうですか……。YAZAW、矢沢さん、どなたか次の社会の授業でノートを取ってくださるご友人はいらっしゃいますか?特進でしたら私が引き受けますが」


「わ、わだじあだまわるぐで、いっばんだがら……」


「えっと……“一般”、とおっしゃいましたか?でしたら有馬さんのグループに当たってみますね。ご心配なく、貴女はゆっくり落ち着くまでお休みください」


「で、でぼ……」


「大丈夫。私に任せて、ね?」



 パーフェクト美少女ヒロインスマイル発動!




「ううぅ…………グスッ、えへへ……ひめみあざんおがーざんびたい」


「……あなたホント人タラシね……」



 美少女ですから。







 そんなこんなで天下のY△ZAWAを保険医さんに任せて教室に戻った俺はようやく昼飯にあり付けた。みんなの視線が俺の『パパンとの愛の結晶弁当』に釘付けになっている中で男子時代のように搔き込む訳にもいかず、みっちゃんと宮沢妹、ついでに先ほどのYAZAW△のための社会ノートをお願いした有馬玲子にも手伝ってもらい、計4人で何とか授業開始のチャイムまでに食べ終えることが出来た。

 弁当の献立はパパンの好物ドイツ輸入のソーセージに、保温マグに入った(昨夜の記憶の無い間にいつの間にか出来ていた)鶏肉と野菜のポトフとセンメルパンにサラダと、中々にジャーマンスタイルだ。メインヒロインの弁当って感じは全くしないが、ポトフはマジで美味かった。まだ今晩の分の残りもあるし、作ってくれてありがとうパパン!サンキューパッパ!


 弁当のヒロインぽさはパパンと一緒に作らなかった時にアピールしよう。




 ちなみにみっちゃんと宮沢妹はあの後随分仲良くなったらしく、今も2人で机をくっつけて授業を聞いている。何故か俺の机もその隣にくっ付けられた。これで仲良し三人組、いや団子三姉妹かな?

 まあ仲がいいのは良い事だ。俺が宮沢妹に謝罪を間接的に強制したおかげでもあるな!流石俺、女の子同士のキューピッド……ってイカン!

 イカンぞみっちゃん!ソイツはレズ(推定)だ!







***






「ねぇ、アリスちゃん」


「はい、なにかしら?」


「今日昼休みに色々あったけど、よく思い返して見ればさ」


「はい」


「……アリスちゃんのクッキー食べてる人、誰も居なかったね」


「……はい」









 だから家宝にすんなって言ってんだろ!もう二度と作らねぇぞ!?




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