13話 ブレイヴ3と津田先生
抜け落ちてたシーンを追加しますた
俺と宮沢妹はめでたく5教科全てで特進クラスに入ることが出来た。彼女は推定レズだが勉学は優秀らしい。もともと某三大有名進学校に行く予定だったそうだが、そこは可愛い物に惹かれる女子小学生。ワインレッドのブレザースカートに品の良いグレーのワイシャツの襟下を彩る黄・青・緑のリボンが印象的な桜台中学の制服に一目惚れして、兄の助けも得て両親を説得するのに成功したそうだ。
もっともご両親には“成績は1番を取れ!”なんて中々えげつないことを言われているらしい。桜台だって平均は低いが特進クラスの生徒達の多くは全国トップクラスの高校大学に行ってるんだぞ?あんまり厳しくしすぎるとみっちゃんみたいにマジでハゲるぞ。あの一家はアイツが小5の頃に無理な受験勉強を強制したせいで当時かなり空気悪かったんだからな。
その後は普通以上に明るい家になって家族3人とも幸せそうだけど。
「ったくあたしは天才でも何でもないのにガミガミガミガミと……。“お前は他の有象無象とは違うんだ!”とか笑っちゃうよね、あの選民思想の権化共が……っ!」
「選民思想ですか……。あの教育方法は確かに、気の強い性格の子供のストレスを解消しプライドとやる気を刺激する、手っ取り早い方法ではありますが……。」
何を隠そう、実はこの俺もその“選民”ではある。なんせイケメンだし?この時点で既にエリート民。FA。
まあ冗談はともかく、俺も実際中学受験の時に塾でたっぷり刷り込まれたものだ。もっとも俺のストレスは受験勉強そのものより、あのクソ親父の度が過ぎた熱意だった。塾の講師陣に“サボロー共が付いた差に気付いた時に見せる顔は眼福だぞ”とか言われても全くやる気が出なかったが、頑張れば将来はみっちゃんはもちろん、あのクソ親父すら超える社会的ステータスが手に入ると思った方がに熱心にシャーペンを動かせたものだ。
「ア、アレをただの“手っ取り早い方法”って……」
「反骨精神は自分を高める大きな推進力になりますが、強すぎると社交性が疎かになりやすいとか。本当に優秀な人間はそういう考えを吹き込んで来る親の真意を理解した上で、一歩引いて自分が周りから浮かないように自身を客観的に見つめることが出来るそうですよ」
「親の真意……考えたこともなかった……」
「宮沢さんも一度、ご両親の真意をさり気なくお尋ねしてみてはいかがですか?肉親は豊富な人生経験を元に私たち子供のために、可能な限り良い未来への道筋を示そうとしてくれる人なのだと私は思っております」
「……ひ、姫宮さんって何かこう、ホントに凄いんだね…………」
“こういう人を『本物』って言うんだよ、お母さん……”なんてボソボソとこっちを尊敬するような眼差しで見つめて来る悩める女子中学生ちゃん。
残念ながら俺はただの転生(憑依?)者だ。そもそも反則的な存在なんだ。人より5年も多く時間を与えられた、れっきとした偽者である。
ガンバレ少女よ。スポーツは怪我したら全てが終わりだが勉強にはそんな理不尽な終りはない。俺みたいに部活で足のハムストリングをヤって後輩に選考5名の座を掠め取られるようなことも無い。勉強は努力中に足踏みすることはあっても後退はただの復習不足だからな。努力すれば誰だって一定のレベルにはなれるのだ。
そこから先は真の天才たちの領域。秀才止まりの俺たちには縁のない世界である。
常に世界を動かしてきたのは、一部の天才たちだ!
めんどうなことはソイツらにお願いしよう!
俺なんて近日中に精神科送りだしな!うわぁぁぁん!
「先日申し上げた通り、私はそのような大層な存在ではありませんよ?」
「え~またそんな謙遜を~……」
どうやら憧れられてしまったようだ。5年も年上の”中身”を持つ愛莉珠ちゃん12歳を目標にして励むのであれば、勉強が得意な彼女なら将来は一角の人物になるかもしれない。俺もうかうかしてられないだろうし、良いライバルになれそうだ。
あ、いいこと思いついた。
「では本日の昼休みにみっちゃんこと小西さんと一緒に4組教室で開く予定の勉強会に参加しませんか?もっとも内容は小学校の復習で、本格的に中学の勉強が始まるまでの土台強化ですが」
俺の代わりにコイツにみっちゃんのパーフェクト算数教室を任せよう。“基礎は大事ですので”なぁんてそれっぽい適当なことを言って誘惑する。人に教えると上達するとよく言うが、そんな機会は意外と無いものだ。その貴重なチャンスをあえて宮沢妹に与える俺。これには上杉謙信もニッコリ。
本音?
5桁以上の四則演算なんてくっそダルいことで俺が教師役なんかやる訳ないだろ、そろばん塾でも通ってろ!
「よ、予習ではなく小学校の復習……今この時期に基礎を固めようと言うこの余裕っぷり。……こりゃあたしなんかが学年1位は無理よお母さん。……って、あれ?小西さんって特進上がれなかったの?」
何やら色々と悟ってしまった哀れな宮沢妹が、ふいに辺りをきょろきょろし始めた。俺の親友と名高いみっちゃんこと小西美奈の姿がこの数学特進科の教室に見当たらないのが気になっているらしい。
「ええ、残念ながら算数数学は苦───計算ミスが多かったみたいです。他はほぼ満点だったと教えてくださったので、昼休み後の社会の授業では私たちの特進科と合流なさるでしょう」
「へぇ~、何か意外」
え、何が?
「姫宮さんの親友って言うからてっきり勉強得意な人だとばかり」
……あ?
「…………みっちゃんはちょっと計算ミスをしただけです。本気を出せばあんな試験、満点を取れますよ。2学期には必ず特進クラスに上がって来られます」
───ッ、そ、そうだぞ!みっちゃんの本気はこんなモンじゃねぇぞ!ガチになったらキレみっちゃん発動して某近所の幼馴染を社会的に抹殺しようとありとあらゆる弱みを握りに来るんだからな!俺なんて身を持って学んだからな。決してあの熱意情熱を侮ってはいけない。
みっちゃんは優秀だぞ。
「あ、あの……姫宮さん?」
「はい、何でしょう」
「その、何か怒ってる……?」
「いいえ」
…………ちょっとムカっとしただけです。
「あの、ご、ごめんなさい…………。別に小西さんを侮辱するつもりだったのではなくて……その……」
「ええ、存じてます。ですので怒ってはいません」
「はい…………ごめんなさい………授業終ったら昼休みに本人に謝ってきます……」
「そうですか」
「うぅ……」
***
桜台の食堂は中高で分かれている。広いガラス張りの建物で、中央付近に厨房があり利用者用テーブルもよくある長方形のものではなく、円テーブルが壁ガラスに沿って配置されている何ともオシャンティー(死語)な空間だ。どちらかといえば義務教育の食堂ってより私立大学のフードコートって感じかもしれない。俺のクソ親父が教えている大学にお邪魔した時に似たようなのがあった。
興味深かったのでフンフンと辺りを見渡す。おお、高校みたいに献立が選べるのか、ホント自由な中学校だな。俺が紫藤広樹のとき通ってた青嵐中学ではみんなクラスごとに一列に並んで座って、弁当民以外は全員全く同じモノ食わされたけど。
……まぁ今日は本当は有馬の女子グループとここで昼飯食べる予定だったんだけど、パパンと弁当作ってしまったからな。食堂勢とのランチはまた今度だ。
とりあえず宮沢妹がみっちゃんに伝えること伝え終えるまであの子たちとダベってたいんだけど……あ、居た。
「こんにちは、皆さん」
「え、っあ!ひ、姫宮さん!」
「あ、あのっ姫宮さん!クッキーありがとうございます!」
「こ、ここの席どうぞ!」
うん、歓迎してくれるのは嬉しいんだけど、もうちょっと声抑えようか?めっちゃ目立ってるから。すげぇ居づらいから。
とりあえず人目を避けるために円テーブルの真正面に座り、他の席に座る生徒たちに背を向ける。この顔は目立つからな。後姿ならまだマシだろう。
「皆さんごめんなさい、今日は久しぶりに家族と一緒にお弁当を作ったのでそちらを持ってきてしまいました。食堂のランチはまた今度ゆっくりご一緒させてもらってもよろしいでしょうか……?」
「あ、は、はい!じゃあそれまでに美味しいメニュー見つけときます!」
「あっ、ならこの麻婆豆腐ピリっとしててとても美味しくてオススメですよ!」
「私のは定番のカレーですけど……こ、こっちも、まあ……」
「このオムライスもオススメです!あ、ここ予備のスプーンあるので一口どうですか?」
な、何っ!こ、これは……っ!まさか、あの有名な”女子○学生の食べ合いっこ”だとぉぉうん!?実在していたのか!?
なんかこの記述だとAVっぽいけど気にしない!普通に○に”中”を入れればいいんだ!
”女子中学生の食べ合いっこ”
……あ、あれ?何か余計アウトになってねぇか?
ま、まあ中1にそんなことわかるわけないのでもちろん目の前の4人には内緒だ。普通にそれぞれから一口ずつ貰ったよ。
……何をって?もちろんランチをね?他になんだと思ったんだい?怒らないから言ってごらん?
有馬の女子グループにはくれぐれもクッキーを家宝になんてするなと念押しし、ランチの一口の礼を言った後目立たないように退散した。少しは仲良くなれただろうか?女子は友達が多いほうがいいって言うからな。特に女子中学生なんていじめの地獄だ。みっちゃんもかなり酷い目に会ったらしい。
もっとも、この体の俺のクラス内でのステータスは頂点を天元突破してるから、よほど下手を打たない限りはいじめの対象になることはなさそうだけど。でも女子のいじめはすげぇ怖いので友達は早く沢山作ろう……
「あれ?ひ、姫宮さん?」
食堂から出て校舎に向かう途中、ふいに後ろから声をかけられた。驚いて振り返るとそこには昨日色々と世話になったブレイヴ先輩が女子を左右に侍らせていた。明るい活発そうな子と、感情が読めない薄い笑みを浮かべた子の2人組みだ。
「こんにちわ、宮沢先輩」
「ああ、こんに───」
「へぇ~やっぱこの子が姫宮アリスさん?ホントにアイドルみた~い」
「理沙、煩い。こんにちわ、姫宮さん。初めまして、2年の清水菫です」
「あ、私は但馬理沙!昨日1年4組のクラスまで遊びに行ったんだけど、ここで会ったね!」
先輩が侍らせていた女子二人が食い気味に自己紹介を始めた。コイツらが昨日俺に会いに来たっつう2年の女子勢だったのか。ブレイヴ先輩の知り合いだったとは、世界も狭い。
「初めまして、清水先輩、但馬先輩。姫宮と申します。お会いできて光栄です」
「わぁ……こ、これはご丁寧にどうも……」
「何下級生に萎縮してるの貴女……。姫宮さんはお食事はまだ?よければ一緒どう?」
年不相応なアルカイックスマイルで俺を食事に誘って来る清水ちゃん13歳(推定)。間の悪いことに俺の今日の昼食はパパンとの共同作業である。教室に置いて来てしまったので、先ほども有馬の女子グループの誘いを断ったのだ。
しかし先輩の誘いを断るのは下級生としていただけない。何か逃げ道は無いかと考えていると、ふと今朝のHR後に津田先生に頼まれた例の話を思い出した。
「お誘いありがとうございます。……ですが、大変申し訳ございません。この後担任の津田先生に職員室に顔を出すようにと言われておりまして……」
もっとも“今日来い”と言われた訳では無く、俺の都合を表面上は優先してくれている。
HR直後の話だ。
津田先生がタジタジになりながら俺に話しかけてきた。どうも昨日の時点で俺に話を伝えたかったらしいが、肝心の俺がみっちゃんを保健室に送り届けていてHRを欠席していた。本鈴が鳴っても席に戻らなかったのでかなりパニクって俺への連絡事項が頭から飛んでいたらしい。おまけに今朝他の教師に職員室で“ちゃんと伝えたか”と確認されて冷や汗をかきながら頷いてしまったらしく、出来るだけ早めに来てくださいなんて頼まれた。
津田先生……
「あら、残念。でも最初の週から呼び出しなんて珍しいね」
「ええ、私にも心当たりが全くございません……」
「姫宮さんすんごい美人だから、先生たちも話題の生徒の顔を見ておきたいとかじゃないかな!」
うむ、それはそれで無いとは言えんな!なんせ俺は超絶美少女である!
まあ正直何故呼ばれたのかはよくわからない。ただ昨日は保険医さんにも何か意味深に“あなたが姫宮愛莉珠さん?”なんて聞かれたし、妙なことになっているのは確かだ。
ちょっと怖いから後回しに出来るならそうしようって思ってたけど、いい機会だし思い切って今から行って来よう。やっぱりブレイヴ先輩はいつだって俺に勇気をくれる。
あ、くれたのは隣の女性陣か。ならコイツら───いや、この人たちも俺のブレイヴ先輩だ!ブレイヴ3だな!面倒見のいい先輩たちに恵まれたぜ!
今から職員室に行くと時間が若干心配だけど、みっちゃんの算数教室は宮沢妹に任せてあるし、俺のランチももう少しだけお預けだ。一緒に食べる約束だったけど、みっちゃん食い意地張ってるから腹減ったら勝手に一人で弁当食い始めるだろう。
よし、善は急げだ。この職員室関連の問題も、パパンの“精神科に一緒に来い”発言と同様に不安なので、さっさと詳細を把握したい。これ以上問題を抱えたら身動きが取れなくなる可能性だってあるからな。
善は急げと言えば───そろそろこの世界の紫藤広樹をどうするのか考えないといけない。それも可能な限り早急に。
さて、どうしたものか……
***
さきほどのブレイヴ3とお別れした俺は足早に職員室に向かった。3年の教室がある2階を下り、1階へと向かう。職員室は確か踊り場から左2つ目の部屋だったはずだ。
「失礼します。1年4組の姫宮です。津田先生はいらっしゃいますか?」
「ええ、津田先生なら左の列の最奥よ」
丁度俺が入ろうとしていたところにドアを開けて職員室を出ようとしていたアラサーくらいの女性の先生を捕まえた。知らない先生だ。優等生たるもの、学校の先生の名前は記憶しておいた方がいいかも知れん。また機会があれば聞いてみよう。今は急いでるみたいだしな。
「はふー!はふふっふーふふー」
職員室に入ると動物園あたりで聞こえて来そうな感じの動物の鳴き声が聞こえてきた。怪訝に思いながらあたりを見渡すと、昼飯をかき込んでる津田先生がこっちに手を振る姿が見えた。ご飯粒を頬にくっ付けながら、口をリスみたいに膨らませている。さっきのあれ、この人の声かよ……
マジで大丈夫なのかこの新人教師……
「……お邪魔します、津田先生。HR後に先生がおっしゃっていたお話について、詳しく伺いに参りました」
「はふっふふぅ~……」
何言ってっかわかんねぇから食ってから話してくれよ先生……
「……っくん、ふぁぁ……あ、し、失礼しました!そ、それでですね!」
「はい」
「えっと、その…………た、大変申し上げにくいことなのですが……」
妙にこちらの顔を窺いながら言い難そうに言葉を綴る津田先生。
な、何だよ一体……
「ひ、姫宮さんは、その……お、お家!お家はどうでしゅか!?すか!?」
「お家、ですか?そうですね……ああ、広い部屋ですので掃除が大変ですね」
「い、いえ、その、そうではなくて、ですね…………ご、ご実家のこととか、その……」
ああ、なるほど。
先生の意図を察した俺は小さく溜息を吐く。別に放っておいてくれてて構わないんだけどな。
「……それ以外では特に不満はございませんが。何分いささか複雑な家庭ですので────」
「そ、そう!───っあ、その、で、ですから……な、何かお父様との、その……」
「父ですか?昨日会いましたが……クラス用のクッキー作りを手伝ってくれたり、朝食を2人で準備したりと久々の休日を楽しんでおりましたが、何か?」
「ぅえっ!?あ、そ、それは本当で……?」
「ええ、そうですが……父が何か学校にご迷惑を?」
「えっ、あっ、いえ、その……そういう訳では、無いのですが……」
はぁ……
まあ、こういう家庭問題を抱えている生徒ってのは学校側としてもどうしても気を使うんだろうな。
何てことは無い。津田先生のお話とは俺こと姫宮愛莉珠の家庭事情に関するものだった。
中学生という期間は、おそらく人間の肉体精神の両面における最もデリケートな時期であろう。親の監視を煩わしく思う程度の比較的高い自主性を持ちながら、同時にその格段に広がった行動範囲に対する警戒心が極めて薄い。肉体面では第二次性徴期を向かえて身体が大きく変化し、異性はもちろん、身近な同姓の知人との間にもわかりやすい個人の差が現れる。初めて経験する広い社会と、自分の新たな身体。心身双方、自身の内外での変化に戸惑い、強いストレスに晒されがちな危うい時期である。義務教育の教師として子供たちの成長を見守る責任を負わせられている先生たちも、当然生徒たちが過ごす環境には注意を払っているはずだ。そして、この俺姫宮愛莉珠の生活環境は、先生たちにとって見過ごせないものだったのだろう。
まあ家に四六時中独りで放置されている12歳女子なんて、下手したら託児所に入れられてもおかしくないからな。俺の話を聞いて学校側で何か対応しようとしてくれたのか?本当に何か出来るモンなのかは、あんま詳しくないからわからんが。
ぶっちゃけ一人の方が色々便利なのでありがた迷惑っつーか……
まあ心配そのものは嬉しいけど。
「……よくわかりませんが、複雑な家庭なのでよく多くの方々に心配されますけれど、私は至って幸せですし特に大きな問題はございません。お友達にも恵まれましたし、習い事にも熱心に取り組んでおります。ご心配なさらないでください」
「そ、そうですか……?ホントにホント……?」
先生が急に顔を近づける。ち、近い近い!あ、先生鼻毛───い、いやいや!じょ、女性にそんなこと失礼だな、うん!俺は何も見なかった!問題ない!セーフ!
「はい、もし何かありましたらご相談させていただきますので。」
「わ、わかりました!先生そのときは頑張りますね!」
い、いや。頑張らなくていいです!
何か危ないから……