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10話 *小西美奈の親御さん*

「お忘れ物は以上ですか?」


「は、はい!ありがとうございます!」



 “ご利用ありがとうございました”と駅員さんがお辞儀をしてくる。お辞儀をしたいのはわたしの方だ。忘れ物、届けてくれてありがとうございました!



 アリスちゃんのお家からお暇したわたしは急いで今朝の忘れ物を引き取ってくれた駅に向かった。そう遠くなかったのが幸いだ。お菓子の食べ過ぎでお腹がポヨポヨしている。あのデリカシーの無いアホなら何の抵抗もなくわたしのお腹を触って“スゥモゥレスラァーwwww”なんて思わず東京湾に沈めたくなる発言をかましてくれるのだろう。


……想像したらイライラしてきた。もし帰りに会ったらアリスちゃんにいただいたこのすんごい美味しい生菓子を見せびらかして、目の前で食ってやる。リアルタイム実況で美味しさを伝えてやるわ。

 美味しかったあの、こし餡とお餅のお菓子とほうじ茶のことも伝えてやろう。ついでにアリスちゃんのお茶を淹れる仕草がどれほどキレイだったか教えてやる。永遠に見ることの叶わない美少女の、上品で大人っぽいステキな姿を延々と想像していればいい。


 いや、やっぱ止めよう。


 アイツの頭の中でアリスちゃんのことを考えられただけで不快だ。学校でアンタの話をしただけで青ざめ始めたアリスちゃんはきっと未来予知や超能力でも使えるのだろう。わたしだって幼馴染じゃなかったら、アンタのことを考えただけで青ざめるだろうしね!この変態!





 なんて、アイツのことを考えて怒りで頭を埋め尽くして、今日のアリスちゃんのお家のことを考えないようにしてみたけど……中々上手く行かない。あんな大きなマンションでついこの間まで小学生だった幼い女の子がほとんど一人暮らし。ブスなわたしでさえお母さんに夜一人で出歩くのは気をつけなさいって言われるのだ。アリスちゃんなんて、もし、あんな可愛い女の子が独人で暮らしてるなんてことが周りに知られたら、あのエロガキみたいな変態が群がってくるかもしれない。最悪だ。




 姫宮愛莉珠のご両親は離ればなれで暮らしている。それがいつからかは、訊いていないのでわからない。

ただ、いつからであっても、今の彼女が寂しい想いをしているのは、恵まれた家庭に生まれたわたしにだってわかる。



 あの時、お母さんの話をした彼女は、本当に何も考えていないように無表情だった。まるでその辺の石を拾ったかのように無関心で、どこか遠くを見るように窓の外を見ていた。まるでそれが最初からあたりまえだったかのように、ずっと遠くを。

 あれは、いつもの優しく微笑んでいて、ちょっぴり照れ屋なアリスちゃんとは別人のような顔だった。



 一体、あの時の彼女はどんな気分で自分の家族のことをわたしに話してくれたのだろう。

 いやなことを訊かれたって不愉快だったのかな……?

 怒らせちゃったかな……?

 謝った方がいいかな……?



 ……“何でも力になる”なんて、出来っこないことをって、偽善者だって、軽蔑されちゃったかな……






「あん?おう、みっちゃんじゃねーか。相変わらず胸ねぇな!今帰り?」




 ……ウザいのが現れた。



「……うん、こんばんわ。悪いけど今アンタ相手にしてあげられる気分じゃないの。ごめんね、その辺の公園で泥でもいじって遊んでて?」


「あぁ?何だ何だ何ですCAR?帰宅早々に挑発とかボルト□スですCAR?そうやってレーティングで小学生泣かすのはボクちんいけないと思いますっ!」


「ごめん何言ってるか全然わからない。ああ、あとアンタもう中学生なんだから公園で泥遊びなら犬のフン踏まないようにね。おばさんアンタで苦労してるんだから」


「踏まねぇよ!てめぇいい加減にしろよ!?ケンカなら買うぞ、ああん!?もう俺の方がタッパでけぇんだからな!」


「中1にもなってまだマジで女子に暴力振るうって、アンタ生きてる価値あるの?」


「そっちがケンカ売ってきたんだろ、おぉん!?」


「あーはいはい、ごめんなさいね。おばさんによろしく、おやすみなさいヒロくん」



 後ろでギャーギャー騒ぐ盛りの付いた猫を放置して、わたしは自宅の玄関の扉を開ける。玄関先の中学生二人の騒ぎを聞きつけたのか、ちょうど家の廊下に顔を出したところだった母の顔が見えた。



「ただいまー」


「おばさん、ちすちぃーっすwww」



 うわ何か付いてきた!



「はいはい、ようこそヒロくん、おかえりみっちゃん。二人とも仲良いのはいいんだけどあまり外で騒がないでね?もう夜の7時なんだから」


「いや別に仲良くないし……つかアンタなんで入ってくんの?」


「おばさぁ~ん、みっちゃんが今日は久々のキレみっちゃんだよ~。ホントおばさん、娘の教育って大変なんだね……」


「……昨日アンタんトコのお母さんにもわたし、全く同じ感想抱いたんだけど」



 コイツ本当にいつかぶっ殺してやろうかな。側に居るだけでこんなにイライラするのって、最早一つの才能だと思う。何に使えるのかって?不幸になってほしいヤツのところにこのアホを向かわせるの。するとホラ、わたしもハッピー、相手はアンハッピー。最高じゃん。



「二人とも仲が良くておばさん嬉しいわぁ。って、あらみっちゃん。その袋は何かのお土産?何かあんた体中からバターのいい匂いするけど」


「え、ああ、うん……」



 もうめんどくさいからヒロくんにも渡してさっさと帰ってもらおう。結構量あるし。でもなんでアリスちゃんこの和菓子、自分で食べようとしなかったんだろう。こんなに美味しいのに勿体無い。



「今日アリスちゃんと一緒にクラスのみんなにクッキー焼こうって、あの子ん家遊びにお邪魔したんだけど。これはそのクッキー作り手伝ったお礼って、たくさんくれたんだ。要冷蔵の和菓子だから早めに食べてねって」


「えっ!?アリスのクッキー!?」





 ……あん?





 わたしは気付いたら目の前のアホを蹴っ飛ばしていた。



「っっいった!!痛ぇよマジで!何だいきなり!」


「ちょ、みっちゃん?そのキレみっちゃんは止めなさい!」



 キレみっちゃんって……お母さんまでネタにして……


 ってそうじゃなくて……っ!



「おいエロガキよぉく聞けよ……?一体どこの、誰の、許可を貰ってウチのアリスちゃんを“アリス”だなんて呼び捨てにする権利を得たのか、言ってごらん?わたし怒らないから」


「しっ仕方ねぇだろ“アリス”しかソイツの名前知らないんだから───って、いったぁ!マジで痛ぇんだよ!」


「まぁた“アリス”って聞こえたんだけど、エロガキ気のせいだよねぇ?“様”はどこに行ったのかな?“さん”すら聞こえなかったんだけど?」


「ちょっとキレみっちゃん股は止めなさい、男の子の大事なトコなんだから」



 お母さんの発言がさっきから何かズレてるけどそれは別にいい。いつものことだ。

 それよりもこれは由々しき事態だ。まさかわたしの周りで初めてアリスちゃんを呼び捨てにした人物がよりにもよってこのアホだなんて……っ!

 アリスちゃんに知られたらショックで東京から旭川あたりまで転校してしまうかもしれない……!

 旭川とか行ったことないけど!


 二人でのクッキー作りで盛り上がったその日の晩に、まさかの友情の危機!



「……で、そのアリスさんのクッキーは?」


「あげる訳ないでしょ何言ってんだコイツ!?」



 そもそもまだ焼いてもいないし……って、でもそろそろアリスちゃんが焼き始める頃かな。一晩冷やしてからラッピングするって言ってたし、あの子なら完璧な良い具合に焼けるだろうし……ああ明日が楽しみだなぁ!



「……ふ、ふん。まあどうせ中学生のおままごとだろうし?味なんて全然期待してねぇけど?で、でも誰かが確認しないといけねぇし、あ、味見ぐらいだったらしてやらんことも無いっつうか───」


「いやだからあげないって。永遠に夢見てろ」



 って、あ、しまった!



「いや、ごめんやっぱ夢も見ないで、全部忘れてお願いこのびわゼリーいっぱいあげるから!いやマジで、ホント……」


「あんたドンだけヒロくんをアリスちゃんに近づけたくないのよ……」



 え、お母さんむしろ誰がコイツを友達の可愛い可愛い女の子に近づけたがるの?はっきり言って犯罪行為でしょ?保護義務を放棄したとかの何とかって法律。受験でやったような気がするけど忘れちゃった。



「ま、まあ。その話は置いといて。ほらヒロくん、“アリスさん”のありがた~い頂き物だよ?これならアリスちゃんの微かな指紋と、“わたしとその家族”のための厚意しか付属してないし、無関係のアンタが家宝にしても許されるから誰も傷つかないね!」


「傷つくって何だよてめぇ!人を何だと思ってんだ、ああん!?あと家宝なんかにしねぇよバカ!」


「いや実際アリスちゃんアンタの話を学校でしただけで顔青くなってたから。存在するだけで人が傷つくのよ」


「何だそれ、意味不過ぎ」



 いやわたしにも意味不明だけど、事実なんだからしょうがないじゃん?涙拭けよ。





 それとさっきから手元のびわゼリーを見ながらニヤニヤしてるの、気持ち悪いから早く帰って食べてくれないかな。お家、歩いて10歩ぐらいなんだから。



 ……マジで神棚に飾ってたりしたら絶交しよう。





***





 アホを家に帰してしばらくするとお父さんが夕飯直前に帰ってきた。そう言えばアリスちゃん家でも気になったけど、ウチのお父さんは何の仕事してるんだろう。


 お父さんのお話には女上司が使ってる化粧品を同僚の女の人が言い当てるゲームが流行ってるとか、それを聞いたお母さんが“じゃあお父さんにわたしのメイク当てられる?”って聞いて顔を逸らされたので、お父さんの残りのビールを奪ってガブ呑みして泣かしてたりとか。

 お母さんはヒロくんママとのご近所付き合いや育児教育の話が多い。あのアホがまたアホなことやってたり、アホが盛ってたり、受験が終った日からあのアホの話しかしていない。そろそろアイツの痴態エピソードがわたしの脳内メモリのヒロくん弱みフォルダーが数TBくらいに達しそうなので、些細なエピソードはもうほとんど聞き流している。歩く黒歴史製造機なんだから毎日何か量産しているのだ。アイツも色々と急がしそうだ。今も昔も、そして将来も。

 特に近い将来に、過去に量産した黒歴史を思い出して身悶えするのに忙しくなるだろう。今の幸せをそっと見守ってやろうではないか。


 我が小西家は晩御飯はこんな風にみんなで食べるからとてもにぎやかだ。3人家族でそれぞれがその日の出来事を面白おかしく語る食卓。私はこれが理想の家庭的な夕飯なんだと、本当にそう思う。





「ん?みっちゃんもうお腹いっぱいなのか?珍しいな、今日は君の好きな龍田揚げなのに……。お父さん食べちゃうぞ?」


「うぷ……ごめん、もう食べれない……」


「あんたアリスちゃん家で何か沢山食べてきたんでしょ……?全く、中学で初めてのお友達だからって調子にのってパクパクパクパク。親しき仲にも礼儀ありよ?あまり親御さんの前で失礼なことしてるとアリスちゃんがご両親に恥をかいてしまうのよ?」



「親御さん……」



 ……ああ、もう。考えないようにしてたのに……



「……居ないよ、そんな人」


「何が?」


「───ッだからっ!アリスちゃん!ご両親居なかったのっ!」


「…………え?」





 ああ……言っちゃったよ……

 アリスちゃん、ごめん……




「……どういうこと?桜台に通学してるんだから裕福なご家庭なんでしょ?」


「“アリスちゃん”って昨日話してたみっちゃんの美人な友達だよな?今日のデザートお土産にくれた」


「ええ、そうなんだけど……みっちゃん?」



 これ親に知られると保護者会やらPTAやらに流れちゃうタイプの話だよね……

 うわぁ、どうしよう……



「……別に、知らないよ。てか詳しく聞ける訳無いじゃん……」


「詳しくって、アリスちゃんが教えてくれたんじゃないのか?」


「居ないことは無いでしょう?入学審査や学費の問題だってあるし。となると離婚で片方居ないとか?」


「……そうだね、お父さんは居るんだって。お仕事がちょっと忙しくて、アリスちゃんも自虐的に“居ない”っておふざけで言っただけみたいだし。ウチより少し寂しい家庭ってだけだよ。気にしないで」



 お願いだから。



「……そうなの?もし大変そうならウチでご飯食べてって、帰りはお父さんに運転してもらってお家送ってあげることも出来るのよ?ねぇ?」


「ああ、構わないよ。俺自身は夕飯のビールを控えないといけないぐらいしか問題ないし」


「あんたはそろそろソレ控えないと、最近ますます腹が太鼓になってるわよ?」


「あ、はい。がんばります……」



 ……よかった、軽く流してくれそうな雰囲気だ。ここでヘンに大事のように語ってしまったらアリスちゃんに悪意無い迷惑をかけてしまうところだった。



「ま、まあ、アリスちゃんもすっごく大人びてるからお父さんのお仕事が遅くてもあまり問題は無いみたいだし。たまにお友達がお家に遊びに来ると喜んでくれるから、これからもわたしがお邪魔しようかなって」


「そう?ならいいけど、あんまり迷惑はかけないようにね?立つ鳥跡を濁さずよ?」


「お母さん何か今日ことわざ多いな。またなんかの本にはまったのか?」


「ああ、今朝ヒロくんママが息子の教育のために四字熟語とかことわざとかを日常で使った方がいいかしらなんて相談してきたから。ウチでも試してみようかなって」


「……なんか身に付くってよりはただウザいだけだから人前ではやめてね。ごちそうさま」



 わたしはそう言って食器を片して自室へと戻った。




 ……お家でのご飯のこと、一応、アリスちゃんに聞いてみようかな。もちろんウチに呼ぶ時はご両親のことは親に黙っておくように話通してからだけど。


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