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08話 金持ち特有の頂き物の多さと、山本さんのお茶

「散らかっててごめんなさい。お手洗いは左の扉だから」


「えっ、これで散らかってるって、ウチの家が豚小屋レベルになるんだけど……」



 散らかってるだって?


 はっ!社交辞令に決まってんだろぉぉん!?

 昨日はお筝に没頭してたから最低限しか掃除してないけど、いつ飛び入りでパパンが帰ってきてもいいように常にマンションの部屋隅々までピカピカにしてあるぜ!窓だってドイツ人妻レベルに数日に一回は磨いてるんだ!

 ドイツの人妻は世界一ィィィ!


 ドイツって乾燥してて窓とかあんま汚れなさそうなのに、一体何が人妻フラウたちをそこまで搔き立てるのか……


 まあ窓磨きダルいけど、いい運動にはなるな。



「わぁっ……ひっろいマンションだねぇ……!」


「私も引越したてで、まだ慣れないの」



 みっちゃんが俺のハウスの感想を述べる



 そう、このマンション。正直デカ過ぎるのだ。


 部屋数自体は少ないんだが、一部屋がとにかくデカい。小さい部屋でも9畳はある。

 リビングなんか30畳近くて、そこにでっかい窓ガラスが壁一面張りになっているから夜景が素晴らしい。20畳が一般的4人家族のキッチン兼ダイニング兼リビングのちょい広めサイズだと想像すると、ほぼ俺一人で住んでるこの部屋のムダな広さがわかる。

 都心にこの広さ、一体月にどれほどの諭吉様がFLY AWAYしているのか……


 パ、パパン!お仕事頑張って!稼いでる男性って、ステキ!



 あ、みっちゃんがウチのリビングを見てフリーズしてる。



「な、何か超敏腕エリート社長の自宅って感じがするね……。アリスちゃんってやっぱり社長令嬢とかだったり?」


「……父に仕事の話は聞いたことがありませんので」



 仕事というか、普通の話もほとんどしたこと無いけどな。マジで何者なんだろ、愛莉珠の親父。



「あー確かにわたしもお父さんにそんな質問したこと無いなぁ……。ん?あれ、アリスちゃんのお母さんは?お出かけ?」


「ああ、母とは上京前に別離してますので。この家には父と……いえ、父も仕事でほとんど家を空けてますし、ほぼ私一人で暮らしてるわ」


「えっ……?」



 まあ愛莉珠は家庭のこと話すの嫌がってたからだけど、俺はそもそもほとんど知らねぇから話せることは全部話すぜ。セキュリティーとかこのマンションならむしろ泥棒来るなら来いよって感じだし。


 そういえば考えたことも無かったけど、愛莉珠のママンは一体どこに居るんだろう。女物の衣類が愛莉珠の物以外見当たらなかったし、この家には住んでないのはわかってるんだが……

 やっぱ離婚か?

 うーん、この前パパンが帰ってきたときにさり気なく左手薬指の指輪確認しとけばよかった。


 ママンが居たら家事とか、特に朝メシをお願い出来たんだけど。あれ毎日作るのダルいから最近はニンジンとかバナナとか小松菜とかキーウィとかぶっこんでジュースでスムージー作ってパンかじりながら朝食にしてるんだよな。


 まあ母親居たら居たでこんなに自由に色々出来ないから、結局今が一番なんだけどな。



「……まだ12歳の女の子なのに、こんな広いトコでずっと独りだったなんて……」


「────え?あ、ごめんなさい、またぼうっとしてしまって」



 あ、やべ。何か話してたっけ?


「────ッ!い、いや何でもないよ!あ、あのさ……」


「は、はい。何でしょう……?」



 あれ、何かキレてる……?

 みっちゃんの地雷ってよくわかんねぇトコにあるから怖ぇんだよな……



「あ、いや。そんな大したこと出来ないけど、その……」



 言い淀むキレみっちゃん。



「……あの、何か困ったコトあったら、その、いつでも遠慮なく言ってね……?な、何でもするからさ!」



 ん?今ry


 い、いやネタは置いといて。

 でもこの感じ、別にキレてる訳じゃ……ない?


 何だびっくりしたわ。キレみっちゃん恫喝とかしてくるからな、身構えとかないと……



「いえ、今はクッキーのことぐらいで……。ああ、ソファーへどうぞ。今お茶菓子をお出しするので、寛いでいってくださいね」


「っえ、あ、ううん!別に、お構いなく!急いでるのに悪いし……」


「初めてのお客様ですもの。ゆっくりしていってくださいな」


「あ、は、はい……お願いします」



 “わたしが初めてかぁ”なんてソワソワと照れくさそうにソファーに座るみっちゃん。ふふふ、可愛いヤツめ。


 さっきの不機嫌そうな顔はどっか行ったみたいだな、よかった。



 さて、確かこの前パパンが持ち帰った手土産やら謝礼やらが以前から貰ってたヤツっぽいのと合わせて山のように冷蔵庫やキッチン籠に入ってたはずだ。


 う~ん……あ、この伊○赤福。これ今日で消費期限切れるな。

 まあみっちゃんの腹頑丈だし、まだ期限セーフだからこれ食べてもらおう。漆塗りの銘々皿に3個……い、いや、4個並べてあげよう。昼食前だし行けるよね?この前のプリン食ったお詫びだよ、みっちゃん!



 決して在庫処理じゃないよ、ホントだよ?



 俺は高そうな南部鉄器っぽい鉄瓶でお湯を沸かし、これまた高そうな銅の茶筒に入ってた同じく高そうないい匂いのするほうじ茶を、またまた高そうな磁器の湯のみに淹れて、和菓子と一緒に出してあげた。


 ほうじ茶はお湯を注いですぐ香りが出るし、伊勢の赤○本店でセットでお客に出してたのを中学の修学旅行で食べたから知ってる。

 ちなみに、湯のみにお茶を注ぐ作法は昨日の和服お姉さんな山本師範(元)が俺に煎茶をご馳走してくれた時の姿を思い出して参考にしたのだ。

 茶器に釣り合う和風美人っぽい空気が出てるといいんだけど、どや?



「ふわぁ……アリスちゃん、きれー……」



 ……何とも頭の悪そうな感想だけど、ま、まあそれっぽく誤魔化せたみたいだな。この後また山本さんに会うわけだし、ちょっと手ほどきして貰いたいな。あの人のお茶めっちゃ美味かったし。


 みっちゃんの反応見る限りこういうハイソな感じのやつって、やっぱ女子中学生に人気なんだな。

 ふっ、いわゆる中二病ってヤツか。ガキだな!



「す、凄い本格的だね……。この、何?やかん?っぽいのとか凄いゴツゴツしてるし。何で出来てるの?鉄?」


「小学校の時に塾とかでやらなかったかしら?各都道府県の名産を暗記させられた時に、岩手県の南部鉄器って」


「あっ、これがあの?凄い、本物ってこんなに大きいんだね」


「ごめんなさい、記憶になくて本物かはわからないわ。荷物整理してた時に立派な木の箱に入ってたから、ちゃんとした物だとは思うのだけど……」



 あとデカいのは単純にデカいヤツってだけだと思うゾ。


 でもあのパパンがこういうのに熱意注ぐ人には見えなかったし、多分贈り物か何かだろうな。



「うぅぅぅ~ん、おいふぃ~」


「ふふっ、お好きなだけどうぞ」



 おかわりもあるぞ!


「はぁぁ~っ、ほうじ茶も美味しいねぇ……あ」


「あら、どうしたの?みっちゃん」



 おっ!おかわりか?在庫処分してくれるのか!?



「お弁当食べてないのに先にお菓子食べちゃった……」


「えっ?女の子にとって甘いものは別腹なのでは?」


「えっ?」


「えっ?」




 えっ、女体の神秘なんじゃないの?





***





 “アリスちゃんがそんな可愛いこと真顔で言うから”なんて腹抱えながら爆笑するみっちゃんに部屋の合鍵のカードキーとお買い物リストとお金を持たせてマンションから追い出した俺は、アダルティな私服に着替えてお筝教室へと向かった。

 JDくらいのモデルが着てるファッションを丸パクリしただけだからヘンに目立つこともない。

 道行く人々に常にチラチラ、時々ガン見されるのはこの美少女顔のせいだ。



 ちなみにみっちゃんは平然と○勢赤福を6つ食って弁当も完食してました。

 やっぱ女体の神秘じゃねぇか!俺なんてまだ今朝のハンバーグが腹に残ってて自分の弁当食べ切るの結構辛かったのに。


 あ、俺も女子か。

 おかしいな、俺も他の女子同様に腹が2つあるはずなのに……





「いらっしゃいませ。あ、ようこそ姫宮さん。練習用のお筝はいかがでしたか?」



 お筝教室に入ると、また和服お姉さんの山本さんが受付をやっていた。

 ……昨日より少し老けて見えるのは光の加減だろう、うん、そうに違いない。



「お邪魔します。はい、昨日は楽しくて一日中弾いておりました」


「左様ですか、それはよかったです。ああ、どうぞお座りください。只今お茶をお持ちします」



 おっ、早速山本さんの絶品煎茶だ。

 少しずうずうしいが……今の俺は所詮数ヶ月前まで小学生やってたガキだ。ここは恥を忍び、思い切って聞いてみよう。



「あ、あの!先日ご馳走になった山本さんのお茶がとても美味しくて、もしご無礼でなければ作法をご教授いただけないでしょうか?」


「え、あ、はい。構いませんが……拙いものですので、人様に教えられる程度のものではありませんよ?」


「いいえそんな、大変勉強になるものでしたので。よろしくお願いします」



 お姉さん、あなたのその煎茶を拙いなんて言うなら、俺の今日みっちゃんに出したお茶はただの下水だよ。


 これ以上みっちゃんに下水を飲ませないためにもその“拙いもの”を身に着けたい。まるでみっちゃんが下水を“美味しい”なんて言ってるみたいじゃんか……

 ちゃんといいモノを味わわせてやりたい俺の兄心、尊いぜ。



「では……」



 そう言いながら奥の厨房へと俺を連れる山本お姉さん。そしておもむろに、めっちゃ使い古されててぼんやりと焦げ茶がかっている鉄瓶を取り出してお湯を沸かし始めた。

 ウチにあるやつと若干似てる?



「鉄瓶でお湯を沸かすと水道水の塩素を取り除いて、水を柔らかくしてくれる鉄分が溶け込んでくれると言われております」



 “まあ、ただの気休めとも、その一手間が真心とも言われておりますが”なんて付け加えて教えてくれる。いいね、真心。実にジャパニーズだ。



「沸いたお湯は熱すぎるので、急須と湯のみを暖めるためにも一度お湯を急須に注いでお湯を冷まします。こうしてから湯のみへ湯を移して、急須に残った湯を捨てるとちゃんと人数分のお茶のお湯が量れ、湯のみも暖まります」


「なるほど……それで茶葉を人数分を空いた急須に入れて、湯のみのお湯を急須に戻すのですね」


「はい、おっしゃるとおりです。茶葉の分量はお好みで茶さじをすり切りにしたり、多めに掬ったりしますが、お湯の温度は玉露で60度、煎茶やかぶせ茶が80度ぐらいですね」



 マジかよ、お湯って沸騰してから即入れるのがいいってどっかで聞いたんだけど。



「今日こちらにお邪魔する前にお客さんにほうじ茶を沸騰直後のお湯で淹れてしまいました……」


「ああ、ほうじ茶や玄米茶はそれで正しいですよ」



 え、そうなの?



「はい、紅茶などは香りを楽しむものですので香りを立てる高温のお湯で淹れますが、同じように苦みや渋みが煎茶より出にくいほうじ茶も100度近い熱湯で淹れて香りを楽しむのがよろしいかと」


「ああ、100度は紅茶のお湯でしたか。どこかで沸騰直後の熱湯が良いと聞きかじったものでして、今までお茶は全てそれで淹れてました」


「紅茶もミネラルが少ない日本の水だと成分が溶け出しやすく、旨みは増しますが苦みや渋みも増えて好みが随分分かれるそうですよ。アッサムなどはイギリスの石灰質な水で出すものより半分程度の時間で同等の成分が出てしまうので、茶葉が開いて香りが出る頃には強いエグみのある紅茶になりますし、水の質はやはり大事ですね」


「な、なるほど」



 随分マニアックだなこの人。い、いや、教わってるんだからマニアックな人の方がいいんだけど……



「煎茶の抽出時間は数十秒で結構ですよ」



 おっと、話が長くてこっちのお茶を忘れかけてた。



「それでは、注ぐ時の作法と言いますか、見栄えのする姿勢ですが……」



 “少し恥ずかしいですね”なんて頬を赤らめながら、俺の手から急須を受け取った山本さんが流れるような手つきでお茶を少しずつ、交互に湯のみに注いでいく。



 ……やっぱ体の動かし方が全然違うな。

 何か特別な訓練でもやってるのか、体の重心移動や肩、腕、手の力の抜き加減と神経が通ってる感じがとても普通の人には見えない。よくわからねぇけど、そんな感じがする。



「す、少し大げさ過ぎましたかね。おほほ……」


「い、いえいえ。とても美しい所作で思わず見惚れてしまいました」


「日本舞踊は先ほどのような見栄えのする仕草や姿勢の宝庫ですので。企業の営業の方などが学びにいらっしゃることもありますね」



 す、すげぇ……日本舞踊か!まさに俺のための習い事じゃねぇか!




 っハッ!まさか山本さん、俺が興味を引くことを見越して……!


 何という営業上手。とても昨日のあの気難しそうな受付の和風お姉さんと同一人物だとは思えないぜ……!



 俺が手元の湯のみを覗き込みながら一人で怪人二十面相をやっていると、少し訝しんだような表情で山本さんが顔を除きこんできた。



「あの、お茶に何かご不快な点が……?」


「っあ、い、いえ。滅相もありません。いただきます」



 ああぁぁぁ~、うめぇぇ~。





 って、あ!みっちゃん!っていうかお筝のお稽古!



「山本さん、ご教授大変ありがとうございました。その、そろそろ稽古をお願いしてもよろしいでしょうか?」


「あ、は、はい。ではどうぞ奥の和室まで。直に師範が参りますので、それまで私が稽古を担当いたしますね」




 そういえば俺の師範って一応この人のお母さんがやることになってたな。

 もう山本お姉さんでいい気がするんだけど……


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