異世界に召喚されたら職業がストレンジャーだった件・短編版
「私を傷物にした責任取ってくださいな!」
「えー。俺、心に決めた人いるし無理。それに傷物とか酷い言いがかりだと思う」
詰め寄られた少年はバッサリと少女の発言を斬り捨てた。ムッと唸る少女。
「こうなったら、色よい返事が貰えるまでついて行ってやりますわ!」
「……え? ダンマスってダンジョン外の移動とかできるのか?」
「ダンジョンコアさえあればそこが私のダンジョンなのです!」
エヘンと大きな胸を張るダンジョンマスターの少女。
「はぁ……ま、いいか。とりあえず——」
名前は? と問う少年。
「シータですわ」
「……なんか空から降ってきそうな名前だな」
「意味がわからないんですが……?」
「こっちの話だよ。んで、これからどーするよ?」
どうする? と、問われたシータは首を傾げた。むしろ付いて行く方である彼女が問うべき疑問だったからだ。
「ここまでされて、城に戻るほど阿保じゃない。とはいえ目的があるって訳でも無い」
魔王を倒す義務なんて無いしな、と少年——龍司は言った。
*
「リュージ様の職業はストレンジャーですね」
「すとれんじゃー?」
「……『異邦人』という意味ですわね」
「——つまり、旅人のようなものか」
龍司が耳慣れない単語に呆気にとられている間に王たちの結論がでていた。
それからの待遇は悪かった。何しろ『勇者』だとか『聖女』、『賢者』だの『聖騎士』だのがわらわらいる一団の中に『旅人』が混じっているのである。
剣は重すぎて振れない、魔術も使えない。他の職業には最低でも一つはある特殊技能も無い。知識の覚えも悪いの無い無い尽くし。さらに冷遇されるまでそう時間はかからなかった。
まず、部屋のランクが下がった。次いで食事のランク。最終的には城の下働き衆と同じ扱い。訓練や魔術・教養の講義に参加した日には「え? なんでいるの?」と講師陣に言われる始末。客扱いすらされなくなっていた。唯一の救いは、一緒に召喚されたクラスメイトとの仲が良好だった事か。
「お前の扱い悪すぎね? 俺らで今から抗議してくるわ」
「いやいや、それでお前らまで邪険にされたら元も子もないだろ。俺は今の所そこまで不満はねーから」
むしろ心配してくれるクラスメイトたちを止める方が大変だった。ランクを下げられたとは言っても、もともと質素な生活に慣れていた龍司にはちょうど良かったのだ。毎日豪勢な食事とか出されても逆に困る。
「ごめんなさいね。先生も、お姫様や団長さんにそれとなく言ってはいるんだけど……」
「いや、俺のことわざわざ気にしてくれるってだけでありがたいっすから」
召喚に巻き込まれた担任の女教師も申し訳なさそうに謝ってくれた。本当に仲間に恵まれていると龍司は思う。
事態が急変したのは、初めてのダンジョン攻略に出掛けたときだった。
*
何となく予感はあった。何をしてもうまくいかないし、この世界の人間に疎まれているのは感じていた。役立たずなのも自覚はあった。だが、いくら何でもこれは無いだろうと龍司は思った。
広間に入ったら、このダンジョンにいるはずのない高レベルの魔物が奥からのっしのっしとやってきて、即撤退が決まったのは良かった。だが、撤退中に誰か——おそらく騎士団長——に足を引っ掛けられて転倒。逃げ遅れてしまったのだ。クラスメイト達はギリギリまで粘ってくれたのだが、間に合わず、広間の入口の扉は固く閉ざされた。
「スキルをモノに出来てなかったらマジでアウトだったぞ、これ」
本人しか閲覧できないステータスに載っていたスキル『気配遮断』を使いながら、扉に力一杯体当たりをする巨大な魔物を観察する。現状、どう足掻いても勝てそうに無いとわかる凶悪ないでたちである。例えるなら、序盤のダンジョンにラストダンジョンの雑魚がいきなり出てきたような感じ。
「『旅人』を始末するにしては過剰戦力以外の何者でもねーよ……」
どれだけ疎まれてたんだ自分、と頭を抱える龍司。たかが『旅人』を始末するのに、『勇者』のパーティーですら苦戦するような魔物を放つなんてリスクが高すぎるにも程がある。
そこそこ仲の良いクラスだったのがいけなかったのか。残った者たちに不審な思いをさせないための小細工だと思えば、多少は納得——
「できるわきゃねーっ!」
叫んでハッと口をつぐむ。この気配遮断スキル、発動中はどんなに騒いでも誰にも気づかれないという壊れスキルなのだが、今の所そんなに神経図太く無い龍司はオドオドしてしまうのだ。
「マジでどうすりゃ良いんだコレ……」
『気配遮断』の効果持続時間に限りがないのは助かるが、いつまでもこの状態というのも精神的によろしくない。
しばらく頭を悩ませていた龍司だったが、ふと音が止んだのに気が付いた。魔物が体当たりをやめて急に大人しくなったのだ。
「諦めた、のか……?」
とも思ったのだが、それにしては急すぎる。
ピュィーと口笛のような音が鳴ったかと思うと、魔物は大人しくその方向へとのっしのっしと歩いて行く。龍司もとりあえずそれに付いていく事にした。
その先には、あからさまに怪しい黒装束。体格からする男だろうか? 男はあれだけ凶暴だった魔物に臆する事なく、まるでペットにするように鼻先を撫でてやっていた。きゅうんと見た目からは想像出来ない甘えた声を出す魔物。
一通り撫で終わると男は魔物に首輪を掛けて更にダンジョンの奥に進んでいった。
この階層の最奥で待っていたのは豪奢な服を着た貴族らしき男だった。
「——首尾は?」
「あれだけコイツが暴れたのだ『旅人』ごときが生き延びられるはずがない」
「それもそうだな。しかもスキルすら使えないと聞く。ダンジョンに吸収されている頃だろう」
彼らはどうやら龍司を始末したと判断したようである。ダンジョンの特性——倒されたものは時間が経つとダンジョンに吸収されてしまう——に助けられたようだ。
「しかし『勇者』殿達にも困ったものだ。あんな役立たずの『旅人』に拘るとは」
「同郷と聞く。ならば仕方ない」
「……そんなものか」
部屋の中央に立つ柱に埋め込まれた宝玉を弄りながら貴族の男が話す様を見て、龍司はムッとしたが、黒装束の諌めるような言葉に溜飲を下げた。黒装束は貴族と違って良いやつなのかもしれない。
やがて、彼らを囲むように床が光り出し、それが消えた頃にはその姿も無くなっていた。
*
「さーて、今の俺にも理解できるような仕組みだと良いんだが……」
呟きつつ、操作盤の役目をしているとおぼしき宝玉に触れてスキルを発動させる龍司。今回発動させたのは『森羅万象』。発動者の理解できる範囲で知りたい事を知ることができるという、やはり壊れスキルである。
結果、フロア移動するだけならそう難しくはなさそうだとわかった。思ったよりも簡単に脱出できそうである。ただ、スキル発動中になんか「きゃっ」とか「はわわっ」とか女子っぽい声が聞こえた気がしたが……多分気のせいだろう。ダンジョンに性別がある訳でもないだろうし。
「ここを出たら、どうするかな……」
宝玉を操作しながら考えるのは、今後どうするか。城に戻るという選択肢は無い。戻ったところで、また似たような事態が起こるであろうことは明白だ。しかし——
「クラスのみんなはマジで良い奴らなんだよなぁ……」
この世界の人間のために動く義理も義務も無いが、クラスメイトのためなら話は別だ。まあ、ロクに戦闘スキルの使えない今の状態では足手まとい確定だろうが。
「とりあえず戦闘能力を身につけるところから——……あ」
考え事をしながらだったため、うっかり操作ミス。操作盤の周りの床が光り出した。転移が始まったのだ。よりにもよって階層指定でミスってしまった。
「やっべー、やっちまった!」
片手で顔を覆うも、取り消し出来ない段階まで進んでしまっている。願わくば厄介な者たち——例えば、先ほどの刺客たちや、騎士団長の同行しているクラスメイト一団とか——と遭遇しない階層であれば良いのだが——
「——ようこそ、私のダンジョン最奥へ」
龍司を待っていたのは、クラスの友人でも刺客でもなかった。だがある意味それよりも厄介な相手だった。その人物は腰に手を当てどどんと仁王立ちして、龍司にこう告げた。
「私、このダンジョンのダンジョンマスターをしております」
金髪縦ロールでドレス姿の、いかにもなお嬢様に見える龍司と同じくらいの年頃の少女。ダンジョンにはどう見ても不似合いな彼女は、このダンジョンを統括する存在なのだという。
「ダンマス? ……いや、少なくとも最奥に行く設定にはなってなかったはずだ」
「それに関しては割り込みをかけさせていただきました。貴方にはどうしても言いたい事がありましたので!」
何故か少女は憤慨していた。もちろん龍司に心当たりは無い。が——
「貴方のスキルで私……丸裸にされてしまいましたの!!」
年頃の女性にあんな事しておいてタダで帰れるとは思っていないな? という無言の圧力。
「…………もしかして『森羅万象』?」
「スキルの名前までは存じませんが、貴方がそうと思うのであればそれが原因でしょうね」
「……はぁ」
少女とは大変な温度差のある龍司。いまいち少女が憤慨する理由に納得がいかない。何故なら『森羅万象』で調べたのは『ダンジョンの仕掛けの操作方法』だけだからだ。龍司の記憶には目の前の少女の情報など欠片も無い。
「俺が調べたのはあくまでも仕掛けであってあんたの事とか微塵も——」
ドン。
少女が足踏みをした途端、大揺れするダンジョン。言い訳するなと言いたいようだ。
「ともかく! ……あんな恥辱後にも先にも有りません。ですので——」
——そして物語は冒頭へと繋がる。