少年と世界
少年は、問いかける。
これでいいのだろうか。
自分の選択は、間違っていないだろうか。
自分で自分に問いかける。
「好きです。付き合ってください」
「ごめん、むり」
少年は、少女の一世一代の、勇気を振り絞った告白を、あっさりと断った。
「そんな……」
悲嘆に暮れる少女。
「――どうして……」
少女は、今にも泣き出しそうな顔で問いかける。
「どうして、ダメなの? 私が、嫌いなの?」
「いいや」
「私が、可愛くないから?」
「いいや」
「私が、ダメなやつだから?」
「いいや」
「なら! ――どうして…………あなたの声、きかせてよ……」
少女は、とうとう泣き出してしまった。
少年は、困った顔で少女を見やる。
「…………」
「ひっぐ……うっ、っ……」
なおも泣き続ける少女をおいて、少年は少女に背を向けて歩き出した。
少年は、岬の先まで歩いてきた。
見上げた空には、大きな穴が、ポッカリと口を開いている。
少年は、しばらくその穴を睨むと、穴に向かい駆け出した。
少年の体は、宙へと浮かび上がり、空を駆けていく。
「――待って!」
岬から、少女が叫ぶ。
「待って! お願い、行かないで!」
悲痛な叫びは、少年の耳にも届いた。
しかし、少年は振り返ることなく、走り続ける。
「――な――で! ……い――、――っ――て!」
もはや、少女の声は聞こえなくなっていた。
少年は、走り続ける。
世界の終わりに立ち向かうために。
少年が、世界の穴へと辿り着くと、その穴は、轟々と音を響かせていた。
この穴を塞がなければ、世界は終わる。
少しづつ拡大しながら。全てを吸い込もうと、猛烈な唸りをあげて。
穴を塞ぐ方法は、ある。
生贄を差し出し、魔石の力を最大出力で使うのだ。
しかし、そんなことをすれば、少年は、おそらく無事ではいられない。
生贄も、何人必要かわからない。
世界中の人々が血を流しても、足らないかもしれない。
今、世界では争いが、絶え間なく続いている。
この瞬間にも、大勢の人が、最後の瞬間を迎えている。
泣いている子供。
悲しんでいる人。
怒っている人。
苦しんでいる大人。
きっとみんなが、もう嫌だ、楽になりたい。そう、願っているはずだ。
でも、みんな、互いに傷つけあい、互いが互いを貶めている。
もしかしたら、今更世界を救っても、もう遅いかもしれない。
人は、滅びるだけかもしれない。
そういう、運命かも。
少年は、家族を思い出した。
両親との暮らしを、思い出した。
暖かな笑顔。
美味しい食事。
柔らかなベッド。
厳しくも、優しい言葉達。
二人は、もうこの世にはいない。
父親は、食べ物を持ってくる、と出ていったきり、戻ってこなかった。
母親は、二人で街にでてはぐれたきり。家で待っていても、帰ることはなかった。
それから少年は、一人で生きてきた。
生きるためにはなんでもやった。
スリも、詐欺も、人殺しも。
時には泥水を啜って生き延びた日もある。
飢えに苦しみ、雑草を齧って、腹を下したこともある。
もう、世界の、そして少年の倫理観は、崩壊していた。
始めて人を刺したとき、少年は、怖くて、怖くて、胃の中を全て吐き、ベッドの中で震えていた。
朝日が昇るまで、一睡も出来なかった。
しかし、翌日になっても、翌々日になっても、少年の身には、なにも起きなかった。
世界が麻痺していた。
少年の心も、麻痺していった。
皆、生きるのに必死だった。
これでいいのだろうか。
こんな世界、救う意味は無いかもしれない。
少年は、迷っていた。
荷が重すぎる。
たかが子供には、大きすぎる問題だった。
どうするべきか。
自分は、どうあるべきか。
悩んでも悩んでも、答えは一向に出てこない。
その間も、穴は広がり続けてる。
少年は、穴へ進み始めた。
――あなたの声、きかせてよ。
思い出したのは少女の声。
なんてことはない、言葉だったかもしれない。
しかし、その声は、少年を立ち止まらせた。
どうするべきか。
どうあるべきか。
そんなこと、関係なかった。
自分が。
どうしたいか。
少年は、笑を浮かべた。
こんなに、簡単なことだったのだ。
少年は、夕陽を見ていた。
崩れゆく世界の中、その手を離さないように。