9 オーバーフロー
次はA級魔物のビッグタイガーだ。ルナの案内でビッグタイガーを目視できるところまで来た。
「次もシルビア一人で行けるか? キラータイガーなんかとは段違いだからな! 集中して行こう」
「うん、わかった。危なくなったら助けてね」
「もちろんだ」
レイピアを右手にビッグタイガーに向かっていく。
シルビアに気づいたビッグタイガーは飛ぶように近づいてくる。速い。
シルビアは冷静に左手をビッグタイガーに向け、重力魔法封殺をなんなく掛ける。以前見たものより強力なようでビッグタイガーの動きがかなり遅くなった。
これは、なんというか、シルビアの魔法が強力過ぎてビッグタイガーの動きがオーガ以下になっている。
『シルビア! それじゃ練習にならないぞ! 重力魔法封殺を解除するんだ!』
すぐさま、ビッグタイガーの動きが戻った。
ビッグタイガーは空中での方向転換など縦横無尽に動きまわり高速で攻撃してくる。ビッグタイガーの右手が炎を纏いながらシルビアを襲う。
シルビアもなんとか反応してレイピアで受けるが、そのレイピアもろともふっとばされた。地面を転がり素早く立つも、転がるシルビアを追撃していたビッグタイガーはもう目の前だ。
今度はビッグタイガーの左手が襲う。うまく躱しシルビアもレイピアを高速で動かし反撃を試みるがビッグタイガーには届かない。
重力魔法を自在に扱い縦横無尽に空間を駆けるビッグタイガーは事実上S級魔物だ。クリーンヒットが出ないどころか反撃すらさせて貰えない。
シルビアは防戦一方となっている。これは流石に厳しそうだ。
『シルビア! 体術魔法を併用してみたらどうだ?』
シルビアが左手をビッグタイガーに向ける。ビッグタイガーの攻撃の軌道が若干変えられ、シルビアが躱す。シルビアが反撃するがビッグタイガーも躱す。クリーンヒットが出ない。
それはビッグタイガーにも言えることだが、お互い躱したり受け流したりと一進一退の攻防が続いている。若干シルビアが押され気味だが、このままでは長期戦になりそうだ。
ただ、クリーンヒットは出ないものの、慌てることもなく剣士の素質は本物だ。しかも、素のビッグタイガー相手に初陣でこれだけ渡り合えれば上等だろう。ここまでにしよう。俺は急いでシルビアの横へ。
「シルビア、代わってくれ」
シルビアを下げて、俺は刀を手にビッグタイガーを相手にする。俺も一対一でビッグタイガーを相手にしたことは無いので、どこまでやれるかは未知数だ。
実際に向かい合ってみると、俺は以前よりも動体視力が上がっていることもあり、ビッグタイガーの動きが余裕を持って見える。
ただ、攻撃を躱すも、隙が出来ない。
なんとか体制を崩そうとフェイントを使いながら攻撃し、それにより僅かな隙を生じさせる。
その隙に向かって攻撃。クリーンヒット。傷は深そうだ。
次もフェイントを使って隙を作り、攻撃。一回の傷が深く、ビッグタイガーの速度が見る見る落ちていく。
もはや、A級ほどの速度も無く、次の一撃で仕留めた。
「さすがアースね。見てても全然危なげ無かったわ」
「シルビアもごくろうさん。戦ってみてどうだった?」
そう言いながら、泥だらけのシルビアの頭に手を乗せてクリーニングを掛けて綺麗にする。
「レイピアだけだと全然ダメだし、体術魔法を使っても流石に厳しいわね」
「いやいや、いきなりビッグタイガー相手にあれだけ渡り合えるんなら十分だろ。練習すれば倒せる日も近いと思うぞ」
「そうかなぁ?」
「ああ、間違いない」
倒したビッグタイガーを巻物に収納し、ギルドに戻ることにした。
巻物に収納されたビッグタイガーとキラータイガーをギルドに渡す。
ビッグタイガーの皮を1m四方ほどを貰えないか交渉してみる。ビッグタイガーの皮は頑丈そうなので、高ランクに見えそうな防具を作る時のために必要量を確保しておこうと思ったのだ。まあ、デザインが全く決まって無いので当分先だろうが。
交渉はあっさり了承された。
ただし、解体に時間がかかるので、3時間後にまた来るように言われた。
「待ち時間を利用して次の実験を行おうか」
「実験? アースのオーバーフロー?」
「ああ、そうだ。ストーンゴーレムで実験する」
「え? わざわざストーンゴーレムって…… すぐ再生するから時間掛かるんじゃないの?」
「すぐ再生するから実験に向いてるんだよ」
「ふーん」
腑に落ちないといった顔をしているが、まあ、実験を開始すれば納得してくれるだろう。
兎に角、行ってみることにする。
「ルナ、ストーンゴーレムを見つけてくれ」
ここから1時間のところにいるとのことで1時間掛けて歩くが、俺もシルビアも疲れることは無いので、ある意味散歩気分で進んで行く。
目の前には以前に見たのと同じようで同じじゃないストーンゴーレムが大きく腕を振り回している。
「ルナ、魔石の位置を確認し、映像で表示してくれ」
《右わき腹です。映像を表示します》
ストーンゴーレムの右わき腹内の赤い魔石が透視映像のように表示された。
微妙に高い位置だな。直接狙うのは無理か。最後は転ばしてから倒すとしよう。
まずは、オーバーフローを無効にして通常のエナのみで左足を攻撃する。
普通にエナを流しただけの刀を叩き込むと、その部分の石は砕けて勢い良く飛び散るが、分かっていた通り多くを砕くことはできない。
ここからが本番だな。はてさてうまく行くだろうか。
「ルナ、オーバーフロー有効、流し込みエナ量を10にしてくれ」
《はい》
オーバーフローの量の調整はルナの担当だ。
先ほどと同じように左足に刀を叩き込む。エナが僅かに溢れ出たのが分かる。ストーンゴーレムの左足が先ほどより多く砕け飛ぶ。うまくエナ量を制御できているようだ。
ストーンゴーレムが完全に再生するまで待ち、次の攻撃を仕掛ける。
「ルナ、エナ量を50にしてくれ」
《はい》
もう一度左足に刀を叩き込む。先程よりも多くのエナが流れ出したのを感じる。刀がストーンゴーレムの左足に深く食い込み、砕け飛ぶ量も増えている。
「エナ量を100にしてくれ」
《はい》
左足に刀を叩き込むとストーンゴーレムの左足が綺麗に切断された。飛び散る欠片もあまり無く、まるでノコギリで石を切ったみたいに切断面がかなり綺麗だ。
足を切断されたストーンゴーレムは、体制を崩し倒れ込むが、暫くすると切り取った足を吸収し再生した。
「次は200だ」
《はい》
再生された左足に刀を叩き込む。今度も切断に成功したが、切り口は何かが破裂したかのようになっており、大量の破片が飛び散った。
「なるほど、エナ量が多ければいいって訳じゃ無いってことか」
《そのようですね。今までの実験でオーバーフローでの威力をおおよそ理解しましたので次からは破壊範囲を予想してみます》
「500でいくか」
《はい。破壊される部分を予想し表示してみます》
ストーンゴーレムの体の一部が黄色に見える。
《黄色部分が破壊予想部位です》
黄色になっているのは、左わき腹から左足に掛けて全部と、右の腰周りから右足の付け根にかけてだ。右わき腹にある魔石は辛うじて範囲には入っていない。
「予想が外れると魔石まで逝くな」
《まあ大丈夫でしょう》
再生された左足に刀を正確に叩き込む。これまでと比べ物にならない量の破片が四方八方に勢い良く飛び散った。
ストーンゴーレムはというと、左右の足が吹き飛び大きな図体を地面に横たえている。完全にルナの予想した通りの結果になっていた。ここまで予想が的中するのは凄い。
「さすがだなルナ」
《ウッフン》
「それを言うならエッヘンだろが! アホかっ!」
《ぐっすん》
……
「ったく」
シルビアが両手を口に当てて大笑いしている。
……
「ルナ、良かったな。シルビアにはウケたようだぞ」
《エッヘン》
シルビアの笑いが止まらない。しゃがみ込んで笑いを堪えようとしているけど、思いっ切り肩が揺れている。どうもツボに入ったらしいな。俺には何が面白かったのか分からん。
「そんなシルビアはほっといて続きだ。んと、1000だと予想はどうだ?」
《左肩辺りまで行きますね。もちろん右わき腹も魔石もろとも破壊されます》
「全体を粉々に破壊するためのエナ量はいくつだ?」
《1800ほどですね》
「そうか。実際にはやらないが、取り敢えず実験は成功ということでいいだろう」
《はい》
「完璧に綺麗に切断するにはエナ量はいくつが最適かわかるか?」
《92が最適です》
「よし、次の実験が最後だな。92にしてくれ」
完全に再生されたストーンゴーレムの左足に刀を叩き込むと綺麗に切断された。まるでカッターで切ったみたいに切断面がツルツルだ。飛び散る欠片は無く、砂埃が少し舞った程度だ。
例によって、ストーンゴーレムが倒れこむ。倒れたところを狙って、オーバーフロー92で刀を右わき腹にサクサクと叩き込み、むき出しになった魔石を取り出した。
暫くすると、魔石を失ったストーンゴーレムはバラバラに崩れ落ち、石の山となった。
「やっぱりアースは凄いわ。ストーンゴーレムがあんなにスパっと斬れるなんて思っても見なかったわ」
いつの間にか復活していたシルビアが感心していた。
「まあ、ルナの計算が有ってこそだけどな」
《フフ》
ちなみに、石の山には宝石は無かった。少し残念。
その後、ギルドに寄って今回の討伐報酬と頼んでおいたビッグタイガーの皮を受け取ることにする。
分配割合いを聞かれたので、報酬は全てシルビアで、俺は皮を貰うことにした。
受け取ったのを確認し、ルキエイに戻った