7 シルビアの剣
レイピアを異空間に取り込み、シルビアがエナを通し易いよう細いパイプに最適化された素材で作り直した。
「これでどうだ?」
作り直したレイピアをシルビアに渡す。形は同じなので使い勝手という意味では違和感は無いはずだ。
「わっ、新品! しかもだいぶ軽くなってる。 …… 突きの威力は大丈夫かしら?」
「エナを流せば今まで以上の威力が出せるはずだ。エナを流してみてくれ」
頷いて、エナを流し始めた。
「あ、なにこれ。エナが楽に流せるよ? 凄いね」
「そうか良かった。シルビアのパイプの太さに完全に合わせたからな。俺だと逆に流しにくい構造なんだ。つまりシルビア専用、シルビアだけが使いこなせる武器ってことだな」
「私だけが…… なんかカッコいいわね」
エナを流しやすくなったレイピアを天に掲げて見上げている。
「それじゃあ、エナを流しながら振り回したり、地面を突き刺してみたりしてみてくれるか?」
シルビアは言われた通りレイピアを振り回し、突きの動作をする。レイピアの特徴なのだろうか、振り回すとヒュンヒュンと音が鳴る。突きも地面に深く刺さるようだ。
「アース、凄いよこれ。ものすごいスピードが出るよ? 突きの威力も凄いし、軽くなったせいだけじゃ無いわよね?」
「ああ、エナが綺麗に流れるとスピードが増すんだよ。エナを流さずに振ってみると違いが良くわかるはずだぞ」
再びシルビアは振り回したり、突きの動作をしたりする。見てるだけもスピードの違いは歴然だ。ヒュンヒュンという音も鳴らない。地面への突きも先端が刺さる程度だ。
「アース、エナの凄さがわかったわ」
俺は頷く。
「でも、エナを流すとなんでスピードが上がるの?」
「んと、簡単に言うと自分の体の一部になるからだよ。極端に言うと腕が長くなったようなものだろうか」
「あー、そう言うことね。よく分かる説明だわ」
……
と、まあ、ここまで来るまでに草原に何日も通った。
「とりあえず、エナを無意識で流せるようになるのが目標だな」
「うん」
エナのコントロールの次の段階としては、武器の一箇所にエナを留めて切れ味を増したり、防具や服にエナを流して防御力を上げたりってのも有るが、それはもう少し後だ。
「アース、私もアースみたいに剣術を覚えたい。教えてくれる?」
「んー、そうだな……」
「無理?」
「無理じゃ無いと思うけど、それよりも俺に教えられるかなぁって思って」
《剣術入門の通り教えてあげればいいんじゃないですか?》
「あ、そうか。そうだな。それなら教えられそうだ」
剣術の入門書は以前に機能として取り込み済みだし、同様に体術入門なんかも教えられそうだ。
「じゃあ、この木刀で練習しようか」
木刀をシルビアに渡し、俺の分は近くの木の枝を切り小枝をはらっただけの簡素な木刀とは言い難いものを使う。水分を含んでいるため少し柔らかいが、エナを流すことである程度の硬さは確保できる。多くを流すと簡単に壊れてしまいそうな代物だが、指導に使うだけなので少量のエナで問題は無いだろう。
「まずは、基本動作からだな」
基本的な形を交えながら実際の打ち込みや受流しを行ってみる。
シルビアは飲み込みが早く動きも綺麗だ。軸のブレもほとんど無く、剣に気を乗せることもできていてしっかりと重い振りになっている。筋がいいって言われたってのも確かに間違っていなかったようだ。
ただ、スムーズな動きとは裏腹に全体的に動作が遅く、その遅さのせいで攻撃も回避も実戦レベルにはほど遠い感じだ。
「まだまだ動かせていないエナが邪魔してるようだな。やっぱり全身のエナを動かす訓練を先にしよう。目標は全身の巡回だな」
「うん」
「まずは、右腕全体、それができたらそのまま左腕という風に巡回できる部分を増やす感じにしようか」
「やってみるわ」
シルビアが瞑想のように集中して体のエナをコントロールしようとしている。
動いていないところ巡回できていないところをルナが指摘することで巡回できる範囲がどんどん増えていく。
全身くまなく、それこそ指の先まできっちりと巡回できるようになるまで練習した。
エナを全身に巡回させながら体術の訓練を行ってみる。
スムーズな動きはそのままで、速い動作が出来るようになっている。
「かなりいい感じになったな」
エナを巡回させながらちょっと走ってみてもらったところ、かなりのスピードが出るようだ。
「アースー、凄いスピードで走れるんだけど。というか速すぎて怖い」
「そのうち慣れるさ」
エナを巡回させることに意識がいっている分、全速力では無いはずだが、十分なスピードが出ている。足が遅かったのも動かないエナのせいだったってことが証明されたってことだ。
「とにかく、全身隅々まで巡回させるのを続けるようにな。続けていればその内、寝てる間だろうと無意識にエナは巡回するようになると思うぞ」
「うん、わかった」
体術を覚えた後、回避の訓練をしてみると回避が一気に速くなったのが分かる。
模擬戦を行ったところ、攻撃動作も劇的に速くなっている。
以前の激遅シルビアから考えるとまるで別人と言っていいほどの成長を果たしたと言えよう。
練習の途中でシルビアが木刀をじっと見た後、俺に顔を向ける。
「私も自分の木刀が欲しい」
これからも練習は続くだろうし、腕も上がる。ずっと俺の木刀を借用するってのも変だろうし、それよりも俺がその辺の棒切れで太刀打ち出来なくなる日も近い気がする。そう言う意味からも必要だと言える。
作ろうかと思ったが、そもそも木を整形する機能を持っていない。それ以前に材料も無い。ということで、王都の武器屋に買いに行った。
シルビアが木刀を実際に持ってみて品定めをするが、なかなかしっくりくる物が無く、数件の武器屋を回ることになった。
5軒目の武器屋で、いい木刀を探していると店主に相談したところ、店の奥から一本の真っ白な木刀を出してきた。材質は俺の木刀とほぼ同じだが、その変種らしくほぼ出回ることは無い素材だという。非常に固く、色が白いのが特徴らしい。
シルビアがその木刀を持ってエナを流してみたところ、これがいい! とのこと。ようやく気に入ったものが見つかったらしい。値段は320万エルと、木刀にしては目玉が飛び出るほど高価だったが即決で購入することとなった。
店主はこの高額な木刀が売れる日がくるなんて思っても見なかったという。
シルビアは綺麗な白色が気に入ったらしく、エナの流し易さも問題無いとのこと。
新しく買った木刀を使って稽古を始める。
新しい木刀はシルビアのエナに合っているようで、かなりのスピードが出ている。木刀なのでレイピアには全く及ばないものの、これまで貸していた木刀では出せなかったスピードだ。
シルビアも満足そうな顔をしている。
受流しや、バックステップ、サイドステップなどの回避行動も難なくこなしている。
何日かかけて剣術の仕上げを行った。
「剣術の基本としてはだいたい良さそうじゃないか? 今度はそのレイピアで模擬戦をやってみよう。武器によって振り方が違うから、それを考えながら練習しよう」
「うん」
「俺は木刀で相手をするけど、全力でやってくれ」
「わかった」
シルビアはすぐにヒュンヒュンとレイピアを振り回し始めた。レイピアのスピードがかなり速い。
レイピアが上段から勢い良く振り下ろされる。
受けてみるとかなり重い振りであることが分かる。その攻撃を皮切りにシルビアの怒涛の攻撃が始まった。
受けたと思った次の瞬間にはレイピアが下から襲って来る。それを受け流すと横薙ぎ、それを躱すと素早い踏み込みによる正面からの突きと、休む間もなく流れるような連続攻撃を繰り出してくる。
とにかくレイピアの動きが止まることは無く、ヒュンヒュンと音が絶え間なく鳴り響いている。振りのスピードもさることながら、速い動作と、レイピアのトリッキーな動きにより防御するのも楽はさせてもらえない。
攻撃と攻撃の隙間はほとんど無いが、僅かな隙間を利用し俺の攻撃を繰り出してみるが、レイピアを起用に回して俺の木刀を上へと弾く。その軌道を利用してか、すかさず次の攻撃が斜め上から襲って来る。
疲れを知らないシルビアは、何回防御しようが攻撃を休めることがない。攻撃から次の攻撃へはレイピアはスムーズに最短ルートを通り移っていく。しかも防御の動きを途中に交えるためスキらしいスキは無いと言える。
さらに、剣先を使ったレイピア独特の動きが脅威だ。
レイピアを完全に使いこなすシルビアの実力は、今の時点でもそこらのAランクハンターぐらいは十分にありそうだ。
数日間、そのレイピアを相手にしたおかげで俺の動体視力のレベルが上がったというオマケもあった。
エナを巡回させるのに意識する必要が無くなったとシルビアは言っていた。ルナに確認したところ、寝ている間でもエナが全身隅々を巡回しているとのことだ。エナが停滞することはもう二度と無いだろう。
「剣術としてはBランクパーティの前衛レベルは十分あるな。レイピアを使った場合のスピードはAランク並だと思うぞ。やったな」
「ほんとに?」
「ああ、ほんとだ」
シルビアは笑顔に加えて小さくガッツポーズをした。
「私ね、昔この町で剣術を始めた時、練習すればするほど落ち込んでいったんだけど、今回はもの凄く楽しかったわ。あの時とは違ってどんどん上手になっていくのが自分でも分かったし、アースの教え方ってほんと上手よね。ほんとにありがとうアース」
そう思ってくれて良かった。俺はうんうんと頷きながら話を聞いていた。
話終えるとシルビアはちょっとしんみりとした顔つきになっている。
「これで練習が終わりっていうのもちょっと寂しい気もするわね」
「終わりじゃないぞ。まだ実戦もやってないし、どちらかと言えばここからが本当の意味でのスタートだ」
それを聞いたシルビアは一転笑顔になり、嬉しそうに答えた。
「うん、そうね。そうよね」
「それに、毎日少しの時間でも練習は続けるべきだろうな。そうだな、朝とかを練習の時間にしようか?」
「アースがいいなら、お願いしたいけど」
「ああ、いいぞ。じゃあ明日から早速な。それと、その内に魔物狩りの実戦にも行こう」
「うん!」
「シルビアが剣術で魔物討伐って、シルビアを見放した剣術の先生もビックリだろうな」
「ふふ」
「シルビアは魔法も使えるし、これで前衛でも後衛でも行けるってことか。凄いな」
「諦めていた剣術が使えるようになるなんて夢のようだわ。全部アースのおかげ」
シルビアは楽しそうにでヒュンヒュンと音をだしながらレイピアを振っている。
「そう言えば、シルビアがいつも使ってる魔法はヒールとか防御強化とかの支援魔法だったよな」
「うん」
「シルビアは攻撃魔法は使えないのか? 今まで見たことないけど」
「えっと、もう何年も使ったこと無いけど、たぶん使えると思うよ」
やっぱり使えるのか、大したもんだ。
「得意な魔法ってあるのか?」
「一番得意なのは火属性で、風属性も少し使えるわよ。火属性ならかなり強力な魔法を使えると思うけど」
属性?
《魔法には火、風、水、地、光、闇の6属性が有るんですよ》
「いろいろ有るるんだな」
俺は魔法をじっくり見たことが無い。そこで、シルビアの魔法の力を見せてもらえるよう頼んでみた。
的となるカカシを作り、シルビアから30m離れた位置に深く突き刺して設置する。設置を終えた俺は邪魔にならないようにシルビアから少し離れて見せてもらうことにした。
「あのカカシに向かって攻撃してみてくれ」
カカシの背丈は俺と同じぐらいで、鉄で作ってあるのでかなり頑丈なはずだ。
「じゃあ、最初は簡単なものからね。Dランクの魔法から行くわね。久しぶりだけど綺麗に行くかしら」
シルビアが右手を上げて魔法名を詠唱する。
「火炎矢」
赤い炎で出来た50cm程の一本の棒がシルビアの右手付近に現れ、カカシに向かって音もなく真っ直ぐ飛んで行く。それが着弾するとボンッという音と共にカカシが震える。少し曲がったか。
「次は風魔法行くわね。真空切」
ほぼ透明の三日月型の刃物らしきものが飛んで行く。ビシッという音と共にカカシが少し削れたようだ。
「じゃあ、Cランク魔法行くわよ。火炎玉」
炎でできたバレーボールぐらいの大きさの玉が飛んで行く。カカシに当たった瞬間にドンッという爆発音と伴にカカシが大きく震えるのが見える。少し溶けたか。
シルビアは楽しそうだ。カカシは所々曲がったり溶けたり削れたりしている。カカシくんがちょっとかわいそうだ。