37 アースの魔法
シルビアを前に、精霊はなぜか身構えている。
『わ、分かってんだからね。あたしを馬鹿にしに来たって事でしょっ!』
「そんなこと無いわ。何を馬鹿にするっていうの?」
『とぼけてんじゃ無いわよ。あたしがあんた達の魔法を防げないのを知ってて、魔法で狙ってくるじゃないのっ! そうやってあたしが逃げ惑うのを見て笑うんでしょっ! 当たったら泣くほど痛いんだからねっ!』
「そんなことしないわ」
『うるさーい。みんなしてあたしを馬鹿にして! もう』
話が変な方向に進みそうになっている。
「おいおい、ほんとにそうじゃ無いぞ。俺達はロストタワーを見に来ただけだし、ここに精霊がいるってことも知らなかったんだからな。それに精霊同士のイザコザなんて俺達には関係無いしな」
『あんたにはそうかも知れんけど、そっちの娘はどうなんよっ?』
精霊はシルビアをキッと睨んでいる。
「私も元はただのエルフだし、関係無いわね」
……
『ほんとか?』
「ほんとよ」
『ほんとにほんとか?』
「ほんとだって」
『ま、まあ、そうならいいけど』
誤解は解けたようだ。
「ところでロストタワーの門番ってなんだ?」
『門番というか、管理者だよ。凄いだろ。あ、もしかしてロストタワーに入ってみたいのか?』
「…… いや、さっき入って来たからもういい」
『えーっ!』
精霊はすぐさま門扉を見て何やら思案している。
「どうした?」
『鍵を掛け忘れたかも…… 中の扉も……』
「ん? 鍵? 確かに普通に入れたけど?」
……
『てか、あたしの許し無く入ったんか?』
「よく分からないけどそうなるのかも。ダメだった?」
『ダメに決まってるーっ』
頬を膨らませてプンプン怒りながらも門扉を確認しだした。
『一回解錠だったはず…… 今は鍵はかかっているな……』
確認が終わったのか、精霊はふーっと息を吐いた。
「だけど、さっきは居なかったと思うんだけど?」
『…… だって、誰か来るなんて思って無かったから……』
「から?」
『森で寝てた』
「ダメじゃん」
なんか変な奴だ。
とりあえず自己紹介ぐらいしておこう。
「俺はアース、この娘はシルビア、こいつはキュイだ」
『んと…… あたしは時の精霊、トレーシーって言うんだよ』
「そうか。よろしくなトレーシー」
「よろしくねトレーシー」
『あ、う、うん。よ、よろしく』
「それにしても時の精霊とは、なんか凄そうだな。どんな魔法が使えるんだ?」
『えっとね……』
……
なんか言い難そうにしている。
「時の精霊ってことは時を操れるのか?」
『んー、まあそんなとこかも』
「てことは、未来に行ったり過去に戻れたりとかか? それとも時間を止めれたり未来が見えたりとかか?」
『そんなのできる訳が無いだろっ!』
なんか怒っているし。
「なら、高速移動? もしくは思考加速?」
『無理っす』
「なら何ができるんだ?」
『空間を一瞬静止させることができるんだよ』
「おー、それは凄いじゃないか」
『ふっふーん』
腰に手を当てて得意顔だ。
「で、どのくらいの時間静止させられるんだ?」
『えっと、ま、まあ1秒…… の半分くらい』
「…… 静止させられる空間の大きさはどのくらいなんだ?」
『アースの掌ぐらい…… かも』
……
「それって何に使えるの?」
『…… 使い道が無いの』
……
空間静止とやらを何回か実演して貰ったが、見えないし、すぐに消えるということでその様子は全く分からない。
トレーシーは自慢気にしているが、地味すぎる。
「ところで、時の種というのか素質って言うのか分からないけど、俺達が精霊魔法の素質を持っているか確認してもらえないか?」
『んー、まあ無理と思うけど、見てやるか』
トレーシーが、俺をじっと見る。
『びっくり。アースに時の種が眠ってるね』
「おお、ほんとか」
続けてシルビアとキュイを見て貰うが、二人には無いという。
「着火って出来るか?」
『着火? 印加のことか? 出来ると思うけど? やってみるか?』
一人でできるのだろうか?
「ああ、是非頼む」
トレーシーが俺の肩に手を置いた。
『行くよっ』
そう言うとすぐに手を離した。
『はい終わり。時を刻み出したよ』
え? もう? やけに早いな。ほんとに出来たのか?
《エナの質が急速に変わり出しました》
確かにエナの質がが変わっていく感じがする。シルビアが前に言っていた言葉を思い出した。静かで力強い感じだ。
《エナの拡散が完了したようです》
「精霊魔法を使える体になったってことかな?」
今まで魔法なんて縁が無かったが、果たして使えるのだろうか。
『慌てるな。種がそんなすぐに成長する訳が…… って、あれ?』
俺をじっと見ながら固まっている。
『…… 出来上がってる』
よく分からないが、精霊魔法を使える準備が出来ているという意味なんだろう。
とりあえず試してみよう。
掌を前に向けて空間静止と心の中で念じてみるが、全く静止する気配は感じられない。使えないのかやり方がダメなんだろうか。
「トレーシー、空間静止ってどうやればいいんだ?」
『適当にやればできると思うけど?』
「その適当が分からないんだって。回答が適当過ぎ」
シルビアが割って入る。
「魔法はイメージよ。如何に具体的に如何に強くイメージするかがポイントね。ほんとは詠唱するのが一番確実にイメージし易いんだけどね」
「そうか、イメージか」
「トレーシー、さっきのをもう一度やってみてくれないか?」
『いいよ。ほれ!』
「ん、見えた!」
さっきは見えなかったが、トレーシーの掌の前に板状の半透明な物が展開されたのが今度は見えた。0.3秒ぐらいと短かったが、空間が静止したのがはっきりと分かった
《私にも見えました》
シルビアはキョトンとしている。
「えー、私には見えなかったよ」
俺の時の種が動き出したことで、時の精霊魔法が見えるようになったのだろう。俺に見えると言うことはルナにも見えると言うことだ。
今見たことをイメージしながら掌を前に向けてエナを動かしてみる。掌の前の空間がほんの一瞬だが静止したのが分かった。
「おっ、出来たな!」
これで俺も魔法使いかとも思ったが、技があまりにも地味過ぎるのと、いつもの機能を使うのと大差無いのとで、ほとんど感動は無い。
《出来ましたね。0.1秒ほど静止しました》
トレーシーよりも短い時間だが、時間が違うと言うことは、訓練次第で静止時間を伸ばせる可能性があるとも言える。
一瞬の静止だが、何回でも続けて展開することができるようだ。
サイズもトレーシーのものより小さいが、これも訓練次第で大きくできるだろう。
掌に密着した空間を静止するだけでなく、数cm離れた所の空間でも静止できるようだ。何回か行ってみたところ、20cmぐらい離れたところまで静止できた。距離も訓練次第で伸ばせそうだ。
「シルビア、少し試したいことがある。手伝ってくれ」
「うん、いいわよ」
俺はすぐ横に立っている木を触り一点を指差す。
「ここを狙ってファイヤーアローを打ってくれ」
シルビアが放ったファイヤーアローは弧を描きながら的を目掛けて飛んでくる。俺はすかさずその軌道上に静止空間を展開した。ファイヤーアローは静止空間に激突するとシュボッと小さく音を立てて散在した。
まるで燃え盛る矢が水の中に突っ込んだかのようだ。これは思惑以上の結果だった。もちろんターゲットは無傷だ。シルビアには静止空間は見えていないし感知も出来ないので回避は出来ないという。
「次は俺をロックしてくれ」
「ロックしたわよ」
「ん? もしかして、ここか?」
左肩を指差しながら言った俺を見て、シルビアは驚いている。
「分かるようになったのね」
これも時の種のおかげか、ロックが分かるようになったのは嬉しい副産物だ。
先程と同じく、シルビアが放ったファイヤーアローは弧を描きながら俺を目掛けて飛んで来たが、軌道上に展開された静止空間に阻まれ左肩を前に散在した。
トレーシーは目を見開いて驚いている。
『凄い…… すっごーいっ! そんな使い方があったなんてーっ!』
「なんで思いつかないんだよ」
『あたしにも教えて欲しいっす』
普通逆だろ。
そう思いながらも、俺とシルビアは練習に付き合ってあげることにした。
まあ、俺はほとんど見ていただけだったが、シルビアは熱心に手伝っていた。妹でも出来たかのような気がしたのだろう、その様子は、仲の良い姉妹のようだった。
『これがあれば奴らに馬鹿にされなくてすむわー』
その言葉にシルビアも嬉しそうだ。
「よかったね」
『うん!』
「空間が静止するってことは、もしかしたらマッドベアの防御無効の攻撃も止められるんじゃないか?」
トレーシーはキョトンとしている。
『へー、そうなの?』
「いや、俺が質問してるんだけど」
『…… 知るわけ無いけど。マッドベア自体見たこと無いし』
夜、シルビアは森を背に眠りについた。もはやどんな所でもぐっすり寝られるらしい。トレーシーは何か用が有ると言い残して何処かへ行ったようだ。俺はというと、静止空間を夜通し練習することにした。
静止できる空間のサイズ、時間はトレーシーが見せてくれたものに少し近づいて来た。形も丸、三角、四角と、イメージ通りに展開でき、距離も30cmほどまで伸ばせた。思った通り練習によって性能は上げられるようだ。
静止空間を足の裏に展開してみた。足の運びに合わせて展開することで空中を走れるのではと考えたのだが、静止空間の存在時間が一瞬すぎて無理だった。空中を蹴って方向転換することも考えたが、これはもっと無理だった。静止時間をもっと延ばせれば、もしかしたら出来るかもと言うところか。
絶対に動かないのだろうか? 展開したものを木刀で叩いたり刀で切りつけたりしたが、動かないどころかびくともしない。オーバーフローも試したが結果は同じだ。一瞬とは言え恐ろしいほどの防御力を持っていると言うことだ。
小さくてもタイミングよくピンポイントで出せれば盾代わりにできるかもしれない。空間盾とでも言うべきか。
他の使い道も考えてみる。
静止する空間の形はイメージ通りに展開できる。
魔法と形とくれば……
魔法陣……
以前、シルビアに魔法陣を見せて貰った時は、俺に魔力が無かったことで魔法陣を使うことなど考えもしなかったが、今は時の精霊魔法が使えるようになったことで状況が変わった。
静止する空間で魔法陣を描くことにより発動出来るのではないか、との考えがよぎる。魔力魔法と精霊魔法の違いはあるが、行ける気がする。
まずは、シルビアが一番簡単だと言っていた風の魔法陣だ。
以前に見たのは、シルビアが描いた歪な三角形だ。あれを真似てもいいのだが、この際、ルナに正確な形を教えて貰うことにする。
《シルビアが描いた図形はかなり正確ですよ》
え、そうなのか? あの歪な三角形が?
《はい、その通りです》
ルナが記憶している本に載っている風の魔法陣と、シルビアの風の魔法陣を表示してもらうと、確かに同じだ。微妙なかすれ具合いなども一致している。
俺は思わずシルビアを見た。
そこには、疑われていたことなど知らずに、幸せそうにすやすや寝ているシルビアの姿がある。その顔を見ながら俺は呟かずにいられなかった。
「ごめん」
気を取り直して、実験を再開する。
サイズや薄さもシルビアの風の魔法陣と同じ三角形をイメージして、掌の上に静止空間を展開してみる。
次の瞬間、俺の顔に向かって微風が吹いた!
おおーっ!
静止空間が存在したのは0.2秒とほんの一瞬だが確かに風が吹いた。
《成功ですね》
ああ、成功だ……
俺の魔法…… ほんの僅かな風が吹いただけだが、あまりにもしょぼい魔法だが…… なんか感動的だ。
その後、嬉しすぎて何回も風の魔法陣を作って、何回も微風を堪能してみた。
この成功から言えることは、より複雑な魔法陣を展開できれば、より複雑な魔法、より強力な魔法が使える可能性があるということだ。楽しくなってきた。夢が広がる。
はやる気持ちを抑えて、魔法陣は一旦置いておくことにする。
慌てる必要は無い。それよりも更なる他の使い方も考えてみることにした。
まてよ、止まった空間を作れるのなら、逆に動く空間を作ることも出来るんじゃないだろうか。




