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26 聖女様

 黒い布が見る見る白で埋まっていく。

 十数秒ほどで、既に2割が埋まっただろうか。

 ガットさんは驚愕の表情を浮かべている。

「凄い…… シルビアさん、大丈夫ですか?」

 シルビアは平然としている。

「ええ、問題無いわ」



 1分も経たない内に8割を超えた。

「シ、シルビアさん、も、もうすぐ満タンになります。スピードを加減してください。満タンになったら一瞬光りますので魔力供給を即座に止めてください。光るのと同時に起動もするはずです」

 ほぼ真っ白になった。シルビアはスピードをかなり抑えているようだ。

《あと3点です》

《あと2点です》

《あと1点です》

《充填完了です》

「光った!」

 それと同時にシルビアから驚きの声が漏れる。

「あっ!」


「シルビア、どうした?」

「起動したわ」

「分かるのか?」

「ええ、感覚で分かるわ。だって、私の魔力だもの」



 ガットさんは呆然と立ち尽くしている。

「ほんとに…… ほんとに充填できるなんて…… 有り得ない……」


 暫くして気を取り直したガットさんがシルビアに向き直る。

「起動できたんですよね?」

「ええ」

「ほんとに起動できたんですよね?」

「ええ、ほんとに起動できたわ」

「やった…… やった! やりましたー! 計算は合ってた。計算は正しかった」

 ガットさんは感極まって、シルビアの手を握り大喜びしている。


 ふと我に返ったガットさんは心配そうにシルビアの顔を覗き込む。

「あ、えっと、シルビアさんの体調は大丈夫なんですか?」

「うん、全然平気。魔力量には自信があるって言ったでしょ?」

「自信があるっていうレベルを超えていますよ。シルビアさんって、いったいどれだけ凄いんですか……」


 起動したというマントを触ってみるが、普通のマントとなんら変わらない。寧ろ、一般的な物よりも柔らかく若干薄いくらいだろう。

 これで本当に防御できるのだろうか?


 絶対防御の能力を試してみる。

『エナ無しでいくから』

 シルビアの背中に向かって木刀を振るう。気持ちのいいものでは無いが、仕方が無い。

 絶対防御というだけあって木刀を受け付けない。たぶん、俺の一撃はマントに届いていないと思われる。

「ほんとに受け付けない」


 武器を変えて、剣で切りかかっても傷一つつかない。

 何度も斬りかかるが全く寄せ付けない。最後は結構本気を出したんだけど。

 それ以外にもガットさんの要望もあり、いろいろと防御力を試したが、ガットさんの思惑通りの結果だった。

 ガットさんが火属性と地属性の魔法をマントに向かって放つが、これもマントは全く受け付けなかった。


 ガットさんは非常に満足そうだ。

 俺には驚きしかない。

「これは凄い。俺の想像を遥かに超えている」

 シルビアには極僅かな衝撃があるだけで、全くダメージは無いそうだ。


「ところで、これはマッドベアの防御無効の攻撃も無効化できるのでしょうか?」

 A級魔物であるマッドベアの攻撃は脅威だ。どんな防具もその前では無力であり、防具の強度に関係なく貫通させてくる。

「あれは残念ながら無理だと思います。マッドベアの攻撃は物理攻撃では無いですし、魔法でも無いと言われています」

「ほう、それではあれは何なのでしょうか?」

「解明されていないようで、私も知らないんですよ」

「そうなんですか……」



「最後に一つだけ試させてください」

『エナを流すけど、普通のマントだと思って軽く行く』

 エナを流した刀で切りかかったところマントに10cmほどの極薄い擦り傷のようなものが付いた。まあ、よく見ないと分からない程度だし、ブラッシングすれば消える程度の薄さだが。

 オーバーフローは試しはしなかったが、たぶんマントが持たないだろうと推測できる。

 ただ、このマントの凄さを再認識できたのは確かだ。


 マントに擦り傷がついたのを見てガットさんは少しがっくりしている。

「マントに届くなんて…… 絶対防御のはずが……」

 これは俺の特殊スキルで他人には真似できないから大丈夫だとなだめておいた。



「これ売ってくれないかしら。もう絶対欲しいわ」

 シルビアの声に俺も頷く。

「ガットさん、いくらなら売ってくれますか?」

 ガットさんは笑顔で俺達を見た。

「差し上げます。今のままではシルビアさんしか起動できない物ですし」

「え、そんな悪いですよ」

「これまでのお礼と考えれば足りないくらいです。しかも、今日はいいものを見せて頂きましたし、俄然やる気が出てきました」

 シルビアはよっぽど気に入ったのか、姿見に自分を映しながらニコニコしている。



 そう言えばと、シルビアの木刀用の亜空間鞘をもう一つ注文することにした。

「承知しました。ついでに他の亜空間鞘の調子を見ましょうか?」

 リュックからシルビアの木刀も含めて5本を取り出し渡す。

 20分程で出来上がると言い残しガットさんは奥の工房へと消えていった。

 以前は制作に半日は掛かっていたはずだが、制作スキルが上がったからだろう大幅に時間短縮されているようだ。


 宣言通り20分掛からずにガットさんが戻って来た。

 新しい亜空間鞘の出来栄えを見てシルビアは気に入ったようだ。他の鞘も特に異常は無かったとのこと。

「シルビアさんの白い木刀は相当な希少品ですよね。初めて見ましたが素晴らしいです」

「流石に目が肥えてますね」


「それに、そのレイピアって以前とは材質が違っていますね」

 ばれたか。

「まあ、そうですね」


 俺が言葉を濁したのを感じ取ったのか、ガットさんがハッとした顔をする。

「あああ、そう言う事ですか!」

「え?」

 ガットさんが小声で言葉を続ける。

「分かりました。分かってしまいました。アースさんは鍛冶スキル持ちでしたか。以前に頂いた高品質なナイフも実はアースさんの自作だったと考えればいろいろと辻褄が合います」


 ……


「他言無用でお願いします」

「あ、申し訳ありません。スキルを詮索するようなことを言ってしまって。ただ、あのナイフの製作者さんが実際に居たというのが嬉しいんです。作れない訳は無いってことを改めて心に誓うことが出来ました」

 シルビアの魔力量の事も含めて俺達の事は他言しないようお願いした。



     §



 ゲートを使わず外を進み国境の町に向かっている。林の中を歩いているが、すぐ横には森も広がっている。


 今日は生憎の雨だ。

 シルビアは絶対防御の白マントを着てフードを被っており、当然のように雨も弾いている。

 俺は一般的なレインマントを着ているが、クリーニングを常時かけているのでこちらも完全撥水だ。


 シルビアの防具は肩の部分を小型化するなどマントを着るのに邪魔にならないよう改良してある。シルビアは最近、俺と同じく防具にエナを流せるようになったことで防御力は格段に向上しており、小型化による防御力の低下は無いに等しい。その上、マントが加わっていることで防御力は文句無しだ。

 それに、マントを羽織っていると魔法使いっぽく見えるし、なにより俺は好みだ。



 雨の中、Dランクらしきパーティがゴブリン2体と戦っているのが見えた。朝方の雨から比べると小雨になったとは言え、これまでの雨により足元は泥濘んでいてどうにも戦いにくそうだ。

 戦況は悪くなく、あとひと押しという所だ。前衛は3名で数でも勝っていることもありゴブリンが沈むのも時間の問題だろう。


 そんな事を思っていると、泥濘に足を取られた剣士にゴブリンの一撃が炸裂。前衛の一人が吹っ飛ばされた。かなりの傷を負ったらしく立ち上がることさえ出来ないようだ。

 そこからは、負傷者を庇いながらの戦いとなり防戦一方で、形勢は完全に逆転の様相。前衛2名も徐々に削られていく。もはや絶体絶命。

 後衛も必死に魔法を唱えている。前衛の体が部分的に淡く光るのが見えるのでヒールを多用しているようだが、戦況を立て直せるほどの効果は出ていない。このままだと全滅も有り得る。


 影から見守るつもりだったが援護が必要そうだ。シルビアを見てみると、真剣な顔でじっとパーティーを見つめている。

「アース、助けてあげた方がいいんじゃない?」

 シルビアも同じことを考えていたようだ。

「ああ、そのようだ。あの重症者を治せそうなヒールを飛ばせるか?」

「具合いが分からないけど、やってみるわ」

「外すなよ?」

「任せて、コントロールはいいから」


 次の瞬間、重症者の体を淡い光が数秒間包んだ。続いて他の2名の体も一瞬光った。

 飛んで行くヒールは俺には見えたが、シルビアの魔法スピードは高速なため戦闘中のDランクハンターが目視することはまず無理だ。いきなり光ったように思えるだろう。

 体の自由を取り戻した前衛達は再び形成を逆転させる。

 後衛の娘にはシルビアの魔法が分かったようで、こちらを見て俺と目が合った。見えたのか、それとも魔力を感じ取ったのかは分からないが。



 ゴブリン2体が沈んだのを見届けた後、俺達はその場を離れることにしたのだが、さっきのヒーラーが走って近寄って来た。

「さっきは有難うございました。もう全滅も覚悟していたのですが、お陰でこうやって生き延びることができました」

「いえいえ」


「あの?」

「ん?」

「お願いがあります」



 俺達はそのパーティーに案内されて村に入った。

 キュイはいつものように物珍しそうにキョロキョロとしている。

 お願いとは、村に瀕死の重症者がいて、その人を診て貰えないかということだった。


 村の一角にある家に上がると、一人の男がベッドに横たわっている。

 聞くと、35才の現役Bランクハンターで、魔物退治に出掛けて命からがら戻って来たそうだ。

 意識は無く、頭や胸などに包帯が巻かれているが、胸部分は血で赤く染まっている。


 傷が深く、村にいるヒーラーではどうしようもないとのこと。本人の治癒力に掛けるしか無いが、絶望視されているようだ。

 さらに、右腕が肘から先が切断されて包帯で巻かれているがこちらの方は出血がひどく真っ赤だ。腕を紐で縛って流血を止めるのが関の山。

 左足は義足のようだが、これは今回ではなく以前からだという。

 ここまでの重症を治せるヒーラーはこの村には居ないらしい。町の医者に診てもらうにも払うお金が無い。そもそも搬送に耐えられないだろうとのこと。


 シルビアがその男に近づいて様子を見ている。

「胸を治すのが先ね。こちらの方が命に関わりそう」

 胸の包帯の上からシルビアが両手を当ててヒールを掛け始めると、淡い光が胸を覆い出した。10秒ほどヒールを掛け続けると強く発光したあと光は徐々に消えていった。


「これで大丈夫。包帯を取ってみて」

「え?」

 村人は驚き顔だ。それでも恐る恐る血で染まった包帯を外していく。

「な、治ってる…… 傷跡すら残っていない」


 シルビアはその男の胸の傷が消えたのを確認すると、治療を続ける。

「次は腕ね」

 肘から先が無い腕に両手を当ててヒールを掛け始める。暫くするとシルビアは俺に顔を向けた。

「アース、縛っている紐を切って」

 ヒールが継続されている中、言われるままにナイフで紐を切断する。

「アース、包帯も外して」

 切断部を覆う包帯を取ってみると流血は止まっているようだ。しかし切断口は塞がっていない。これで流血しないのは不思議だが、ヒールの力なのだろう。


 シルビアはヒールをかけ続けている。

 見ていると、腕が伸びている? いや、再生している。肘部分が欠損していたはずが、既に肘部分が再生している。

 村人も目を丸くして驚いている。

 ヒールが継続され、どんどん再生していく。ついには指の先まで綺麗に再生が終わった。それを確認したシルビアはそこでようやくヒールを止めた。

「腕も完治したようね」


 その後、全身にざっとヒールを掛けて細かな傷も直したようだ。

「他も大丈夫ね」

 村人は開いた口が塞がらない。

 シルビアのヒールがここまで強力だとは俺も知らなかった。村人じゃなくても驚くぞこれは。

「筋肉量は再生できていないから、暫くは療養してね」

 確かに左腕と比べると再生した右腕は細い。


 村人は涙を流しながら口々にシルビアに感謝を述べた。

「聖女様、本当にありがとう御座いました」

 シルビアは聖女様と呼ばれるようになったようだ。

 すると、俺はのその護衛か助手として見られているに違いない。


 キュイはというと、そんな俺達に関心がないのか既に眠りについていた。



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