22 ハンター犬
《アース!》
「ん? なんだルナ」
《洞窟がありますよ》
洞窟?
「ダンジョンじゃなくて洞窟なのか?」
《はい、間違いありません。今日はそこに泊まります》
なぜか決定事項だ。
まあ、既に夕方も近く薄暗くなってきているので、野営にいいかと思いその洞窟に向かってみた。
全長5mほどの洞窟だ。洞穴って言う方がいいのかもしれない。動物が住んでいたことも有ったのかも知れないが、見る限りその痕跡は無く俺達が使っても問題無いだろう。今日はここで休むとしよう。
《ヤモリとかを捕まえて焼いて食べるんですよね?》
いきなり凄い事を言う。これにはシルビアも唖然としている。
その情報は正しいのか?
《ヤモリを発見しましたので、捕まえてください》
ヤモリを捕まえないとダメらしい。
ルナに指示されるまま何匹ものヤモリを仕留めていった。
その後、小さめの焚き火を作り、言われた通りに獲ってきたヤモリを串に刺して焼く。ビジュアル的にどうだろうかと思うが、匂いは良さげだ。キュイは近寄ってクンクンと匂いを嗅いでいる。
焼き上がったヤモリを一つ取り、口に運ぶ。
「ん、意外と旨いぞ。シルビアも食べてみ」
目を見開いてビビっている。
「えーーーーー、なんか嫌なんだけど」
俺とルナが強く勧めたことで、渋々一口食べてみることにしたようだ。
一口かじると、なんか涙目?
ヤモリをそっと地面に置くと、急に立ち上がり洞窟の外へ走り出した。
外から、ペッペッの音と、水でうがいをする音がする。
そこまで変な味なのだろうかと思いキュイを見てみると、シルビアが残したヤモリを美味しそうにぺろりと食べ終え、味をしめたのか、焼きあがっている他のヤモリも食べ始めた。
程なくして戻って来たシルビアは、美味しそうに食べている俺達を呆然と見ている。
「私が変なの? ねえ、私が変なの?」
ヤモリを頬張りながら外を眺めて見ると、洞窟の中から見る外の景色は何故か絵画のように綺麗に見えた。
§
ルキエイまではもう目と鼻の先だ。
キュイの体格も成犬まであと1ヶ月ほどになり、力は完全解放状態になっている。
ここまでになると、ここらの魔物じゃキュイの練習相手にすらならない。しかもここから先は魔物もどんどん弱くなるばかりだ。もう森を進む意味が無くなってしまった。
ルナの情報によると近くにコロンという少し大きめの町があるとのことなので、その町に入ることにした。
コロンは最先端の武器防具など様々な製品の研究や開発を行っていて、優秀な設計士やデザイナー、鍛冶職人などを多く輩出しているという。
ルキエイがハンターの登竜門というのに対し、コロンは産業ギルド系の登竜門との位置付けらしい。
一回りたくましくなったキュイとともに俺たちは山を降り、久しぶりの平地を進み村に向かった。
バス停を兼ねた門を身分証をかざして通ると、初めて訪れたというのが分かったようで門番から声がかかる。
「ようこそコロンへ。もしかして歩いて来られたのですか?」
少し警戒している? 歩いて来る奴なんか普通はいないだろうからか?
「すぐそこまではバイクで来たんですよ。近くになってからは歩きに変更したんですけどね」
怪しまれないように適当な話をしておく。
「ああ、そうだったんですか」
コロンに入ると、ルキエイに負けず劣らず人が多い。ここでは防具を着ている人はほぼおらず、普通の服を身に着けている。またしても俺たちは浮いているようだ。
俺たちがキュイを連れて歩いていると、犬好きの子供や女性達が寄ってくる。
小型犬というのもあってより可愛く見えるのだろう。
「キュイって人気あるなぁ」
キュイはというと、みんなにもみくちゃにされながらも、嫌がったり怒ったりもせずされるがままになっていた。
《アース、シルビア、そろそろキュイを登録しておいた方がいいですよ》
「登録?」
《飼い犬でもハンター犬でも登録が必要なんです。だいたい生後四ヶ月までに登録する決まりになっています》
「ほう。ちゃんと管理してるんだな。知らなかった」
「私も知らなかったわ」
《特に討伐などで使う場合はギルドでハンター犬としての登録が必要ですね》
確かに勝手にハンター犬だとかって言うのも変だしな。
「じゃあ、すぐにでも登録に行くか」
シルビアは少し嬉しそうな顔をしている。
「キュイがハンター犬になるのよね。私達と同じハンター、なんだか嬉しいわ」
この町にも小さいながらもハンターギルドはあるらしい。
登録するためにハンターギルドを探すが何故か見つからない。
「ほんとに有るのか?」
《地図によると産業ギルドに隣接しているらしいのですが》
そこには産業ギルドしか無かった。産業ギルドの建屋は王都のものと同じで大きく遠くからでもそれと分かったのだが、肝心のハンターギルドが見つからない。
悩んだ挙句、道行く人に聞いたところ、産業ギルドの中の一角にあるという事が分かった。
ギルドに入ってみると思っていた以上に人が多い。
そう言えば、産業ギルドに入ったのは初めてだ。これまでハンターギルドしか知らなかったが、みんな防具装備では無いだけでも雰囲気はがらりと違ってみえる。
ギルドのフロアーではキュイが物珍しそうに辺りをキョロキョロと見渡している。
俺もキョロキョロと見渡してみると、フロアの片隅にハンターギルドの受付窓口がたった1つだけだが確かに存在した。
「ハンター犬の登録はできますか?」
「はい、出来ます。登録試験を受けるということでよろしいでしょうか?」
ハンター犬の登録には試験が必要で、合格すればハンター犬になれるらしい。
試験内容は主に飼い主に従うかをチェックされるとのこと。ようは、躾ができているかを見るということだ。
すぐにでも受けられるとのことだったので、早速申し込んだ。
数分ほど待っていると女性の試験官が小さめの石版を持ってやって来た。受験に際し、キュイの足を石版に乗せる必要があるとのことだ。
「キュイ、この石板に足を乗せるんだ」
その指示により、キュイは自ら石版に前足を乗せ受験登録を終えた。
その後、試験官といっしょに試験場所に移動する。
移動中に細い廊下を通るのだが、その廊下の途中にキラーウルフの剥製がこちらを睨みつけるように置いてある。一見本物としか思えない立ち姿だ。
キュイは一瞬興味を示したが、偽物だと分かるとすぐに興味を失ったようだ。
その様子を見ていた試験官は少し感心している。
「小さいのに堂々としてますね? 剥製に怖気づいてこの廊下を超えられない犬も結構居るんですよ。そういう私も剥製って分かっていても怖いんですけどね」
「超えられない場合はどうするんですか?」
「もちろん、その場で失格です。あはは」
試験場所は、ギルドの裏にある一般の公園に隣接して金網で仕切られている一角だ。奥行き20m幅3mほどの細長い形をしている。
「ここで試験を行います」
横の公園では子供がキャッキャと遊んでいたり、散歩している人など様々な人が見える。キュイは公園にいるそんな人達をじっと見つめている。
「ここは試験専用の場所なんですか?」
「はい、この村ではハンター試験は行っていないのですが、ハンター犬として登録したいっていう人が結構いるもので、専用の試験場が作られたんです。公園の横に作ることで、喧騒の中でも気を散らさず犬がきちんと指示通りに動けるかが見れます」
「なるほどね。キュイ、試験中はこのお姉さんの指示にもちゃんと従うんだぞ」
まあ、キュイなら問題無いだろう。シルビアは少し後ろで見学するとのこと。
「それでは試験を始めます。まずは、この首輪を付けてください」
「え? ハンター犬って首輪をしないとダメなんですか?」
「いえ、試験の時だけです」
「ああ、そう言うことですか」
手渡された首輪をキュイに付ける。初めて首輪を付けるが、俺が付けるということもあってキュイは大人しく従っている。
「それでは、リーダーウォークを確認します」
「リーダーウォークって?」
試験官の冷ややかな目が一瞬俺に向けられた。
「えっと、飼い主さんの横を付かず離れず寄り添って歩くことです」
「ああ、なるほど」
試験の予習もせずに受けに来たのがバレバレだ。
「このリードを首輪に付けてください」
1mほどの細めの紐を渡され、その紐の端を首輪につける。
「このリードは、短い上に非常に切れやすいので注意してください。リードを持ったまま地面に描かれている白線に従って一番奥まで行って戻ってきてください。リードが伸びきると簡単に切れてしまいますのでゆっくりでいいですよ。リードを離したり、リードが切れたりするとその時点で不合格となりますので注意してください」
地面に描かれているその白線は途中で交差していて8の字になっている。白線に従って歩いて行けば自ずと奥まで行って戻って来ることになる。
「キュイ、俺から離れるなよ」
そう声を掛け、5mほど歩いてみたが面倒なので軽くダッシュで走ってあっという間に往復した。もちろんキュイは俺の横を追従し、リードが伸びきることは無かった。
「…… えっと、この試験で走る人を初めて見ました……」
リードと首輪を外し次の試験項目に移る。指示にきちんと従えるかをチェックするとのこと。
「では、お座りをお願いします」
キュイはお座りをする。
「あれ? 偶然座っちゃいましたね。一度立ち上がらせてください」
キュイはお座りをやめて立ち上がる。
「え? もしかして私の言葉に反応してますか?」
「ああ、そうみたいですね。最初にお姉さんの指示を聞くように言ったからですかね。はは」
「え、えーっと、改めてお座りをお願いします」
キュイはお座りをする。
……
「次は伏せをお願いします」
キュイは伏せをする。
……
「んと、なんか凄いですね。しかもすんなりと。伏せって意外と難しいんですよ。普段はできていても試験会場ではなかなか伏せができないというか伏せをしない犬が結構多いんです」
「へー」
「あと、こうやって話をしている間に伏せを止めてしまう犬も多いのですが、しっかりと続けていますね」
「まあ、この程度なら問題ないですね」
「次は投げた物を持ってこれるか確認します。この砂袋を前に投げて、持ってくるよう指示してください」
「キュイ、いくぞー」
砂袋を10mほど前に投げると、キュイはダッシュで取りに行って砂袋を俺に返す。
「次は難しいですよ。待てを掛けてから砂袋を同じように投げてください。待てができるか確認します」
「キュイ、取りに行くなよー」
砂袋を先ほどと同じように前に投げるがキュイは目で追うも動くことは無い。
「素晴らしいですね」
「では、取って来てください」
キュイはダッシュで取りに行って砂袋を俺に返す。
「なんて賢い犬なんでしょう」
試験官は、大きめのポタメのような物を暫く操作した後、試験の結果を言い渡した。
「登録試験としてはこれで終了です。全項目満点で文句なしの合格です。おめでとうございます」




