20 キュイ1
「どこからどう見ても普通のスライムだな。人工物には見えないぞ」
手で持ち上げてみるが、ぶよぶよした感じも普通のスライムに思える。そう言えばと、そう言う俺もどう見ても人間だと言うことを思い出した。
「私にも触らせて?」
スライムを渡すと、シルビアは大事そうに両手で持っている。
「どうだ?」
「私の知っているスライムと同じだけど。人工物ってどういう意味?」
「俺と同じってことだ」
「え、そうなの?」
《はい、アースと同じく人の手で作られた物です》
「ふーん」
シルビアはまじまじとスライムを見ている。
俺と同じとはな。
「ん? 同じって言うことは、俺と同じ召喚型か?」
《そのようですね。既に意識召喚は完了しています》
誕生の草原にいたスライムが召喚されたのだろうか。
それにしても、異空間に取り込めたって言うことは召喚型は生き物では無いということになるのか? まあ、意識は元々異空間にあるし、意識以外は確かに生き物という訳では無い。つまり、俺も生き物では無いという扱いと言うことだ。ちょっと悲しい。
ルナの解析の結果、AIも搭載しているようだが、ルナのような万能型では無く、サポート専用のようだ。主の考えをサポートするだけで、主が考えなければAIも考えない。ましてや自発的に考えたり動いたりすることは無い旧式のAIのようだ。
床に置くともぞもぞと動く。動作は非常にゆっくりだ。
「スライムだな」
「スライムね」
床を這うスライムを暫く見ていたシルビアが、スライムを抱きかかえて聞いてきた。
「アース、名前を付けないの?」
「名前か…… そうだな、シルビアが考えてみるか?」
一瞬戸惑ったシルビアだが、すぐに満面の笑みを浮かべる。
「いいの?」
「ああ、俺は名前を考えるのが苦手なんだよ」
「へー、そうなのね…… えっと、男の子? 女の子?」
お、確かにどっちなんだろう。
「ルナ、どうなんだ?」
《スライムには雄雌の区別はありません》
「と言うことらしいぞ。好きに考えればいいんじゃないか?」
「じゃあ…… そうね…… キュイってどう?」
「ほう。いいじゃないか。どんな意味があるんだ?」
「え、別に意味なんてないわ。なんとなくよ。なんとなく」
……
「そ、そうか。じゃあ、キュイだな」
「よろしくね。キュイ」
「よろしくな。キュイ」
なんとなく分かったのだろうか、キュイはぷるるんと身を震わせた。
キュイの動作は非常にゆっくりだが、気がつけば俺の横にいる。
部屋の中で俺が動けば、それに追従するように俺の方へと移動してくる。
俺のことを保護者のような存在と思っているのだろうか。
これだけ動作が遅ければ確かに保護が必要かもしれない。
キュイには何ができるのだろうかと、二人して考えてみたが全然思いつかない。
スライムだと何も出来ないだろうし、人前に出すことも出来ない。
「キュイを連れてお散歩に行く?」
それって、どうやったら散歩になるんだ。キュイのスピードに合わせるのも大変そうだし、キュイを抱きかかえて普通に散歩しても、傍から見てスライムってどうなんだ。
「さすがにスライムを連れて散歩はどうだろうか」
「そうよね、犬とかならお散歩に行けるのにね」
「犬か…… そうだな。その手は有りかも」
「ん?」
シルビアは少し首を傾げている。
「犬型に変更できないかなってこと」
「え? キュイって犬になれるの?」
「どうだろう。ルナ? キュイの設計図は弄れるのか?」
《直接関与することはできません。キュイのAIと交信できれば、もしかしたらできるかもしれません》
シルビアの腕輪と同じようなものを作成する。見た目はビー玉だ。
「キュイ? これを取り込めるか?」
喋っている言葉を理解できるとは思えないが、ビー玉をキュイに少し押し付けてみる。
「キュイ、これを取り込むんだよ。分かるか?」
キュイは分かったのだろうか、ビー玉を体内に取り込みだして奥の方へと送られて行く。その内に見えなくなった。
「ルナ、どうだ? 交信できるか?」
……
《できました。キュイから設計図をダウンロードします》
目の前にキュイの立体図となるスライムが表示された。
「これを変更してキュイに戻せば変更できるのか?」
《たぶんできると思いますが、大きな変更は拒否される可能性があります》
犬型にするのは大きな変更と言えるだろう。まずは、小さい変更で試してみよう。
「試しに色を変えてみるか」
無色透明の体を銀色に変えてみて、ルナに戻すよう指示する。
《キュイにアップロードします》
キュイを見てるいると、色が銀色に変化した。メタルスライムって感じだ。
「わー、キュイが銀色に変わったわよ。凄いねキュイ」
そう言いながらシルビアはキュイを撫でている。
「設計図の変更を受け入れたようだな。キュイは分かっているのだろうか?」
《どうでしょうか。喜んでいるような感じが伝わって来ていますが》
「ルナ、犬の設計図を作れるか?」
これが出来なければ始まらない。
《外見は表示できますが、内部の構造は知らないため設計図化できません。実際の犬をスキャンしてみる必要があります》
「なら、ソナーで犬を見つけてくれ。そうだな、仔犬がいいだろう」
《発見しました。ここから1kmほど先の公園にいますね》
「スキャンして設計図に展開してくれ」
《表示します。シルビアにも見えるように表示しますね》
目の前、と言ってもシルビアの目の前に仔犬が表示された。
「あ、可愛い」
俺が思っていたイメージとだいたい合っている。
《指で回すといろいろな方向から見れますよ》
シルビアはクルクル回して見始めたようだ。
「この仔犬をベースにカスタマイズしよう」
設計変更用に俺の前にも子犬を表示する。これは、ルナの映像では無く、設計機能によるものであり、当然、ルナにも見えている。
体高20cm、生後2ヶ月ほどの柴犬の幼犬をイメージし展開。色は赤茶色で、仔犬らしいずんぐりむっくりな体型だ。
展開したイメージをシルビアの前の子犬に反映する。
「こんな感じでどうだ?」
「うんうん、さっきの仔犬よりも可愛いわー」
立体図を詳しく見てみる。俺も似たようなもんなのだろう。頭の内部を見ると、目や鼻、口、耳、脳が所狭しと配置されている。
「なあルナ?」
《はい》
「頭蓋骨も他の骨と同じ強度になっているけど、俺の頭蓋骨も他の骨と同じ強度なのか?」
《ええ、そうです》
俺の体の強度は人間と遜色ない。つまり、頭蓋骨の強度もそれなりと言うことだ。これは弱点になりかねない。
「これだけは強度を上げておくか? 頭脳だけは死守しなきゃならないしな。できるなら俺の頭蓋骨も強度を上げたいなぁ」
《ああ、そういうことですか。アースは勘違いしているみたいですね》
「え?」
《頭蓋骨にあるそれは脳ではありませんよ。ただの飾りです。脳だけじゃなく内臓系は全て飾りですね》
「へ? 飾り?」
脳が飾りって、いったいどう言うことだ?
《はい飾りです。脳は異空間に有りますので、破壊されることはまず有りませんよ》
ほう、そんな所に有るのか。
「それは俺もか?」
《もちろんです》
つまり、頭蓋骨の軟さは弱点にならないってことか。
「そうだったのか」
《前にも言いましたが、私はアースの脳と直結しています。つまり脳が破壊されると私も破壊されるんです。脳が頭なんかに有ったらいつ破壊されるか気が気じゃなくて夜も眠れませんよ》
……
「ここはスルーにしようか」
《なんでよっ!》
「あ、思い出したぞ。俺の体が完全に消滅してもなんとかなるんじゃないかってルナが前に言ってたけど、そういうことか。確かに脳さえ無事ならなんとかなるような気がするぞ」
《はい。そういうことです》
立体図の続きを見る。
小型の犬だが、俺と同じ人工筋肉、人工皮膚に加え、体毛はビッグタイガーの毛をベースにするため普通の犬よりは頑丈だろう。
何かあったとしても自動修復があるし問題は無さそうだ。
ただ、力加減が分からない内は暴走が怖いので、念のため力を仔犬程度の弱さにしておいた。
「ルナ、体を構成するための材料はどうすればいいんだ? キュイに渡せるのか?」
《キュイが取り込むことで可能です》
スライムと犬では全く違う。本来なら色々と足らないと言われてもおかしくは無いところだ。
「何が足りてない?」
《不足はビッグタイガーの毛皮だけです》
ふむ。まあ、この答えは予想の範疇だ。たぶん俺もスライムも元の材料はほとんど同じなのだろう。設計図の違いで単に色形硬さに違いがあるだけだ。作り手としては、後々の事を考えて出来るだけ汎用的に作ろうと考えるはずだ。
ただ、それでも特殊な部分では特殊な材料が必要になる。今回はそれがビッグタイガーの毛皮だったと言うことだろう。
ビッグタイガーの毛皮をキュイが取り込めそうなサイズに分けて異空間から取り出し、キュイの前に置く。
「キュイ、これを取り込めるか? ルナからも伝えてくれ」
《交信してみます》
うまく伝わったようで、キュイはもぞもぞと動きゆっくりと取り込みだした。
防具の改良用にストックしていたビッグタイガーの毛皮だが、キュイの防具として使われることになったと言うことだ。
キュイが毛皮を取り込んでいる隙に、将来用として成犬の体型も設計図化しておく。
成犬といっても体高40cmほどの小型犬だ。
小型の分、機敏に動けるはずだ。
今後4ヶ月かけて徐々に成犬の体型になるようにプログラムしておく。これで自動的に日々大きくなり、体も引き締まってくるだろう。
成犬になっても、どちらかと言うと丸っこい顔立ちなので優しい雰囲気だ。
また、3ヶ月掛けて力も徐々に解放するようにもしておく。3ヶ月後には成犬の体と、本来の能力を手に入れた状態になる。
成犬になると体もひと回り大きくなりさらに力は増すだろう。どのくらいの力が出るだろうか? できればキラータイガーに挑めるくらいにはなって欲しい。今から楽しみだ。
「おっと、まだアップロードしていなかったな。ここからが本番だ。受け入れてくれるだろうか。そもそもスライムが犬の体を使いこなせるのかという疑問もあるけどな」
《アップロードします》
キュイは銀色のスライムからみるみる仔犬に変化していった。
「拒否されなかったようだな。キュイは嫌がっていないってことでいいのかな?」
《大丈夫ですね。さっきよりも喜んでいるような感じです》
仔犬への変化を遂げたキュイを見て、シルビアは喜んでいる。
「キュイ、可愛いー」
両手両足を左右に広げてベチャっと寝そべっているが、手足は動いている。キュイは新しい体を意外とすんなり動かせたということか。
「いきなり動かせているしスライムって順応性が高いのかもな」
シルビアを見ると、ちょっと心配そうな顔をしている。
「んー。でも、手足をバタつかせて這ってるだけのようにも見えるんだけど」
「ああ、確かに何か変だな。どう見ても犬の動きじゃないな」
《仔犬の動きを実際に確認ができていないため正確な設計図になっていないのかもしれません。目の前で見て修正する必要があります》
「よし! 実際の仔犬を見に行ってみよう」
「うん、散歩ね」
まだうまく動けないキュイを異空間に仕舞って、散歩がてらその公園に出掛けてみる。
芝生が敷き詰められた公園で数匹の仔犬達がじゃれあっていた。その周りに人が数名いることから飼い犬だろうと分かる。
俺たちはその様子が見える位置で芝生に座り、仔犬を観察することにした。
《設計図を修正しました》
異空間からキュイを出し、アップロードしてみたが見た目の変化は無い。相変わらず手足をバタつかせたりしているだけだ。
「ルナ?」
《はい》
「ルナが犬の動作をパッケージ化してキュイに渡すことはできるか?」
《そこまでは出来ないですね》
そうか、キュイが自力で覚えるしかないってことか。
「実際の仔犬の動きをキュイが見ることで覚えることができると思うか?」
《可能だと思います》
キュイは手足をバタつかせるのを止めてペタッと地面に伏せながら仔犬達をみている。まあ、伏せている姿も何か変だ。伏せているというよりは、だらけているようにしか見えない。
数分ほど見ていると、キュイは徐ろに姿勢を変えてちゃんと伏せができるようになった。学習したようだ。
「アース、ちゃんと伏せができるようになったよ」
「ああ、ほんとだな。良かった」




