17 山賊の村3
目の前で仁王立ちしている俺を、ドナートは怯えながらも睨みつけている。
「なんなんだ、なんなんだーお前は―っ! 何故だ何故だ何故だ!」
「悪いな、こうしないと勝ちにならないんだ」
そう言って木刀を振り上げる。
「止めろ―! 止めてくれ止めてくれ止めてくれーっ!」
喚き散らすドナート。
「じゃあな」
木刀を振り降ろし始めた瞬間、ドナートは白目を剥いて気絶した。
俺は親方に向き直りこの事実を告げる。
「おい! 気絶したぞ! これで勝ちでいいんだなっ?」
親方は苦虫を噛み潰したような顔をしながらも、渋々俺の勝ちを認めた。
一旦、シルビアの元に戻る。辺りを見ると、いつの間にか復活した山賊達がギャラリーとして取り巻いていた。
「さすがアースね」
「なんか、戦った気がしないけどな」
「次も頑張ってね」
シルビアは自分の出番が無いのをがっかりしているようで、言葉に力が入っていない
「ああ」
俺も弱く頷いておく。
親方がイライラ感満載で叫ぶ。
「次はモイセイだ! 準備しろ!」
モイセイは既にビビっているようだ。
「ドナートが勝てない奴に俺が勝てるわけが……」
「心配するなモイセイ。次の対戦相手はあの女だ」
なにっ!
「勝ち抜き戦って言ってただろが。次も俺だろ」
親方はいけしゃあしゃあと言い放つ。
「この村のルールでは負けた方が対戦相手を指定できる。モイセイ! 指名しろ!」
モイセイはおずおずと声を出す。
「じゃ、じゃあ、女の方だ」
シルビアを見ると嬉しそうに微笑んでいる。
親方が叫ぶ。
「両者前へ!」
シルビアとモイセイが前に出る。シルビアはレイピア、モイセイはドナートと同じく剣だ。
親方はモイセイに発破をかける。
「モイセイ、お前の剣術はドナートを遥かに凌いでいるんだ。自信を持って行け」
「お、親方、でもそいつは魔法を使うんだ。接近戦になるとは限らない」
「心配するな」
そう言うと親方がまたもやルールを追加する。
「第2試合は、魔法は無しと決まっている。魔法を使ったら反則負けとする」
もう何でも有りか。
そのルール追加にモイセイはほっとしているようだ。
「始め!」
モイセイは、レイピアを構えたシルビアに向かって剣を振り抜く。
シルビアは安々と躱す。
確かにドナートよりも速いし、躱されても体制を崩すことも無い。剣術においてはモイセイの方が上って言うのは本当らしい。
モイセイは先程の試合を見ていたからだろうが、油断は全く無いようだ。
シルビアはモイセイの次の攻撃も躱した。問題無いようだ。
モイセイは一瞬不安な顔をしながら一度下がり間を取った。
シルビアも攻撃に転じようとしているのだろう、レイピアを振り回し始めた。ヒュンヒュンヒュンと不気味な音が鳴り響く。
あの音は相手を威嚇する効果がある。
モイセイは不穏な空気を感じているようだ。
シルビアは軽快なステップで相手にとりつきレイピアを振り抜いた。
レイピアの腹の部分をまともに食らったモイセイは体制を崩した。
すかさず第二撃を打ち込むと、またもやモイセイはまともに食らい大きく仰け反る。
第三撃、第四撃とシルビアは打ち込んでいく。
面白いように当たる。
モイセイも苦し紛れに剣を繰り出すが、レイピアに簡単に弾かれて直後に反撃を食らっている。
モイセイの顔が恐怖におののいている。
もしかすると、レイピアのあまりにも速いスピードのせいで、モイセイにはレイピアが全く見えて無いんじゃないのだろうか。
剣を繰り出してもいきなりレイピアが出現し弾かれる。防御しようにもどこから攻撃が来るのか分からない。対戦相手が目の前に居るにも関わらず相手の武器が全く見えないのだ。ただヒュンヒュンヒュンと音が聞こえるだけ。これはもう恐怖以外の何ものでもないだろう。
モイセイは顔面蒼白で、いつ気絶してもおかしくない状態だ。
親方が発破をかけようと叫んでいるが、全く耳に入っていないようだ。
シルビアの攻撃がまたもや決まった。その勢いでモイセイが吹っ飛び転がった。
ん?
モイセイが立ち上がってこない。
シルビアがモイセイに近づき確認すると気絶しているとのこと。
それを受け、俺は親方に詰め寄った。
「モイセイが気絶したようだな。シルビアの勝ちってことでいいのか?」
親方は悔しそうな顔をしながらも、シルビアの勝ちを認めた。
それを聞いたシルビアは、急いで俺の元に戻ってきた。
「シルビア、よくやったな」
「うん、でも、アースが言ってたように、なんか戦った気がしないわ」
「まあ、楽勝ってことだな」
改めて親方に聞く。
「2勝したから俺たちが勝ちってことでいいのか? それとも、まだなんか有るのか?」
親方は黙っている。
「はっきりしないな。この村のルールではどうなんだ? もしかして、最後はラスボスってことで親方が相手するのか?」
親方は目を見開いて後ずさりした。
「そ、そんなルールは無い!」
「じゃあ、俺たちの勝ちってことでいいんだな?」
親方はビビりながら答える。
「あ、ああ、お前らの勝ちだ。だから出て行っていいぞ」
「そうか、じゃあ終了だシルビア。今日はちょっと長い朝練だったな」
「そうね」
親方の顔を見ながら、ギャラリーにも聞こえるように言う。
「取り敢えず、一泊させて貰ったんだけど、もちろん朝飯付きなんだろ? 朝飯はまだかなー」
親方が叫びながら手下に指示する。
「おい、お前ら! 朝飯の用意だ! さっさとしろー」
「不味かったり毒が入っていたりしたらもう一泊させて貰うからな」
少し脅し気味に言うと、それを聞いた親方は驚愕の表情をしながらも、声を絞り出す
「こ、心を込めて作らせて頂きますんで」
「ところで宿賃はいかほど?」
「お代は結構です」
「それはなんとも良心的だな」
飯が意外にも美味かったのでもう一泊すると言うと、動揺した様子で頼むから出て行ってくれと言われた。
§
バイクを走らせ、途中、何回か徒歩を交えたりしながら次の町に到着した。
海の町マリンだ。
「アース、海があるのよね?」
「ああ、そうだな。まずは海を見に行ってみようか」
暫く歩くと海が見えた。青い海。磯の香りが漂ってくる。待ちきれないように歩みは少し早くなる。
砂浜に入ると波の音が一層大きく聞こえる。砂の感触を楽しみながら海に到着した。
浜に小さな波が寄せては引きを繰り返している。生前に見た海と同じだ。海水を触ってみると少しひんやりとしていて、舐めてみると塩っ辛く、なぜか嬉しい気持ちになった。
「綺麗な海だな」
「うん、そうね。久しぶりに海を見たけど、なんだか落ち着くわ」
「そう言えば、シルビアは海の近くで生まれ育ったんだったな」
「ええ、そうよ」
ビーチで泳いでいる人達がいる。みんな真っ黒に日焼けしている。
少し離れたところには岩場もあるようだ。
「泳いでみるか?」
「うん」
近くの店に水着を買いに行った。俺は海パン。柄パンではあるが、まあ、普通だ。
シルビアはビキニを選んだようだ。ピンクの大きな花の模様が可愛らしい。それ以上に、シルビアの透き通るような肌が眩しい。
俺たちは店で着替えたまま海に向かい、早速海に飛び込んだ。準備運動は無しだ。
この体は泳げるのだろうか。生前は普通に泳げたのだが。などとちょっと心配だったが、問題無く泳げることが分かりほっとする。
普通の人間と変わらず海に浮かぶこともできる。
念のため、水泳入門をロードした。
シルビアは泳ぎが上手で、しかもフォームが美しい。さすが海育ちだ。
二人して久しぶりの海を満喫するように泳ぐ。
「なんか、もの凄く速く泳げるわ」
「体にエナを回しているからだろうな」
エナのおかげでスピードも出る。まるでフィンを装備しているかのようだ。
《この辺から一気に深くなっていますね》
かなり沖まで来たようで、相当な深さのある所まで来たようだ。
「今度は下に潜ってみるか」
俺は息継ぎが不要なので永久に潜れそうだ。耐水圧も問題なくどこまでも深く潜れそうだ。
二人でどんどん潜っていったが、40mくらいに達したところでふと疑問が沸いたのでシルビアに聞いてみた。念話があるので意思疎通は問題無い。
『シルビアは息が持つのか?』
『息を止めてる訳じゃ無いから大丈夫よ』
シルビアの口から呼吸のタイミングで空気がブクブクと出ている。
どう言うことだ?
どうも魔法で解決しているらしい。鼻から息を吸うタイミングで、魔法で鼻の中に空気を出現させるとのこと。鼻から吸って口から吐き出すことで地上にいるのと変わらずに息ができるらしい。これは、子供の時の訓練によるもので、今では水に潜った瞬間からほとんど考えること無く呼吸方法を変えているとのこと。
『潜水病というか減圧症にはならないのか?』
通常、深く潜った所から一気に浮上すると、体内に溶け込んでいる空気が気圧差から膨張することで体に深刻なダメージを負う。サイボーグの俺には関係ない話だが、シルビアはどうなのだろうか。
『それは大丈夫。ヒールがあるから』
聞くと、これも魔法で解決しているとのこと。浮上する際に要所々々でヒールを掛けるらしく、これも、子供の頃からの訓練によって、もはや無意識に内にヒールを掛けていると言う。
問題無いことを確認出来たのて、再び潜り始める。
水深40mからさらに潜っていき、遂に海底にたどり着いた。70mくらいだろうか、光はなんとか届いている。
こんなに深く潜ったのは初めてだ。




