13 ひよっこ道場2
模擬戦の開始早々、すぐさまザハルが剣を振るってくるが、軽く躱す。
確かに剣のスピードは一般的なCランクハンターと比べても速い方だろう。自信過剰なだけはある。だが、剣の軌道がめちゃくちゃで無駄だらけ、そのスピードを全く活かせていない。練習していないことが一目瞭然だ。
パワーとスピードで押して行くタイプってことだろうが、ガレルより強いかと言えば、どっこいどっこいだろう。
ひたすら躱してみる。
「くそっ! なんで当たんねーんだ! 当たれば一撃で仕留めてやるのに!」
そう言いながらも剣を振るってくる。
「基本がなってないな」
「基本なんてクソ食らえだ!」
その後、何度も剣を振るってくるが、全て躱す。
「剣先がブレまくってるし、軌道も適当、それだと何も斬れないだろ?」
「俺にはパワーがあるから問題は無いんだよ!」
確かに一振りのパワーは有りそうだ。ゴブリンなら一撃で仕留められる可能性は高い。
少し驚かしてやるか。
「よし、ちょっと休憩にしよう」
「もう休憩かよ! アースさんの攻撃を見せてもらって無いぜ? まさか躱せるけど攻撃できないってことか?」
大きい口を叩いているが、既に少し息が上がってきているのが分かる。持久力は微妙だ。
「まあ、慌てるな。そこの大木を相手にみせてやろう」
「はあ? 大木相手だと? バカにしてるのか?」
横には練習用だろうか、人ほどの大きさの大木が数本立っている。太さも丁度人の胴体ほどだ。
「ニコラス先生? そこの大木を破壊することになってもいいでしょうか?」
「ええ、どうぞ。練習用なので予備が何本も有りますので」
近寄って手でコツコツと叩いてみると練習に使うだけあって結構な硬さのようだ。
承諾を得たことで、俺は改めてザハルの目を見る。
「ザハル、剣でこの大木を真っ二つに斬れるか?」
「はあ? そんなぶっといのが斬れる訳ねーだろ!」
「そうか」
そう言って、俺は刀を手にし、横薙ぎに振るい大木をスパっと切って見せる。
大木の頭部分がゴトリと転がり落ちたのを見てかなり驚いているようだ。周りの生徒も先生も同じ顔をしている。
「攻撃を見たいって言ってたが、ザハルの体はこの大木よりも硬いのか?」
しかし、すぐさま否定の言葉が飛び出る。
「その刀の性能がいいからだろ!」
性能がいいのは否定できないし、エナも強めに流しているのでさらに性能が上がっているのは間違いは無い。まあ、ネタばらしはしないけど。
「そうかな? じゃあ君が持っている剣を貸してみてくれないか?」
ザハルは何やらブツブツ言いながらも自分の剣を渡してきた。
剣を手に取って見る。その辺の武器屋で売っているオモチャのような剣だ。手入れもほとんどされていない。エナを流してみると、まあ、なんとか通るな。エナを流すのはちょっとズルだけど構わないだろう。
素振りをしてみると、そのスピードに既に驚いているようだ。
ただ、大木を切ることを考えると、この剣だと流石にエナを流すだけでは無理がある。
ルナ、オーバーフローを使うぞ。
《流し込みエナ量を47にセットしました》
大木を前に構える。
「じゃあ、瞬きせずに見てろよ」
スパンッ! 大木は胴部分から綺麗に真っ二つだ。
ザハルが目を見開いている。
「なっ!」
周りからも悲鳴のようなどよめきが起こっている。
「ほら、切れただろ?」
驚きを隠せないようだ。
「そんな馬鹿な……」
「剣の性能もあるかもしれないけど、それだけじゃ無いってことだ」
そう言って剣を返すと、ザハルは自分の剣と大木を交互にまじまじと見ている。
「……」
「剣を振り回す強さも必要かもしれないが、それよりも剣を使いこなすことのほうがもっと重要だぞ」
「信じられない……」
「忠告しておくが真似しようとは思うなよ? 今のお前の実力だと剣が折れるか刃こぼれを起こすのが関の山だからな」
「こ、これがAランク……」
「まずは基本を練習するんだな。上を目指すなら基本が完璧じゃないとどうにもならないぞ」
「なら……」
「ん?」
「なら、なんで…… なんでガレルごときから逃げたんですか?」
おっと、いきなり敬語に変わってやがる。分かりやすい奴だ。
「さっきも言ったけど、格下相手に喧嘩するほど暇じゃないんだよ」
その後、改めて模擬戦の続きを行った。今度は、ザハルの攻撃を躱さずに受け流し、俺の攻撃もゆるくだけど見せてやった。まあ、ザハルに躱されたり防がれることは無かったが。
最後にはザハルが俺を尊敬の目で見ていたような気がしないでもない。
ったく、ガレルといい、ザハルといい、この町の特徴なのかね。
模擬戦を終えたザハルは、今度はシルビアに興味を移したようだ。
「そっちのシルビアさんもAランクなんですか?」
「ああ、シルビアはAランクの魔法使いだ」
何故か皆から笑いが溢れる。魔法使いではなく魔法士と言わないとダメとの指摘が入った。そうなのか? ちょっと言い間違えただけだしどっちでもいいじゃないか、そんなの。ただ、ちょっと和やかなムードになったのは間違いなさそうだ。
「シルビアと木刀で戦ってみるか?」
はぁ?って顔をしている。
「…… 流石に魔法師には負けないと思うけど」
「それはどうだろうか」
「魔法を使わないって条件ならその腰の剣でもいいっすよ」
おいおい、大きく出過ぎだぞDランク。敬語に変わっても礼儀知らずはそのままか。
シルビアはニコッと微笑む。
「あら、そう?」
シルビアは、レイピアを抜き、ヒュンヒュンと音を鳴らしながら高速で振り始めた。
「この剣術はアース直伝よ? ほんとにいいのー?」
ヒュンヒュンヒュヒュンとレイピアが威嚇とも言える音を出している。こわー。ザハルは目を見開いてビビってるぞ。
「ぼ、木刀でお願いします」
結果、Dランクがシルビアに勝てるはずもなく、シルビアの強さももしっかりアピールできたようだ。
サリー先生も驚き顔だ。そりゃそうか、魔法士として育てた教え子が剣術を使っているんだからな。
「魔法ならアースさんにダメージを与えられるわ」
俺に魔法で挑戦してきた娘がいる。エルフだ。
《プリシラですね》
「プリシラか」
この学校で一番の魔法士らしい。こちらも17才だという。少し小柄で可愛いらしい顔をしている。
「魔法相手だと俺が見せられるものは何も無いので対戦は出来ないな」
「そんなの只の言い訳よね。本当は魔法に負けるのが怖いんでしょ?」
失礼な奴がまだいたか。
「まあ、負けるとは思わないが、意味が無いからな」
「その負けないっていうのが本当かどうか見せてみなさいよ」
ニヤリと笑っている。可愛らしい顔して何考えてんだか。
結局、どうしてもと言うことで断り切れなかった。
20m離れて、そこから撃つという。
「もっと近くからの方がいいんじゃないのか?」
「バカにしないでよ。ここでも近すぎるくらいよ」
「そうか? じゃあ全力でどうぞ」
その自信の裏付けだろうか、シルビアのような無詠唱とまではいかないが、詠唱時間は相当短縮できているようだ。
ただ、魔法は直線的に来るので軌道を読むのは簡単だ。速度が遅い上、20mも離れていればなおさら簡単に避けられた。
『シルビア? 魔法のスピードはどうだ?』
『一般的な速度よ。ただ、破壊力は凄いわね。Cランクほどの強さは十分あると思うわ』
なるほど、その破壊力が自信の根拠か。
まあ、当たったところでシルビアの魔法にも耐えられるくらいなので無意味なのは間違い無いのだが。
間を置かずに何発も連続で撃ってくるが全て躱す。当たらないのが気に入らないのか、どんどん近づいてくる。最後は3mまで近づいていた。
「おいおい、近づき過ぎじゃないか? プリシラは前衛か?」
「もー! なんで当たらないのよ! 当たれば勝てるはずなのに!」
「はは、そんなスピードじゃ絶対に当たらないさ。もっと腕を磨くんだな」
プリシラはキッと俺を睨みつける。
「魔法なんだからこれ以上のスピードが出る訳ないでしょ! バッカじゃないの」
「そんなことは無いだろう? シルビアはもっとスピードが出るぞ? シルビアの見本を見てみるか?」
プリシラはシルビアに少し目をやる。
「見せて貰おうじゃないの!」
シルビアが右手を上げて構える。腕を上げる必要は無いはずなんだが、分かり易すく見せるためだろう。
「いくわよー」
シルビアが手を振り下ろした次の瞬間には50m先の地面に着弾していて、炎と砂煙が舞い上がっていた。
シルビアが放った炎の矢は、高速というより光速と言うのがしっくりくる程のスピードだ。
「このくらいにならないと俺には当たらないぞ」
プリシラも含め、魔法使いの見習い達は唖然としている。
……
「魔法って…… こんなにスピードが出るものなの?」
驚きを口にした後、シルビアを尊敬の目で見ている。
そんな生徒たちにシルビアは一つ助言を行う。
「どんなに強力な魔法でも当たらなければ意味が無いわよ? 威力よりも、まずはスピードとコントロールを鍛える方がいいわね」
それを聞いたプリシラは少し首を傾げる。
「サリー先生と同じこと言ってる」
「当たり前でしょ。私の魔法は全てサリー先生に教わったんだもの」
えっ! という感じで皆は目を見開いて一斉にサリー先生を見る。
「ほんとに?」
「ほんとよ。サリー先生の言うことを良く聞いて、一生懸命練習すればこのスピードとコントロールを手に入れられるわよ」
ニコラス先生が拍手をする。
「アースさん、シルビアさん、大変素晴らしいお手本を見せて頂きましてどうも有難う御座いました。あと、生徒の無礼の数々、大変申し訳ありませんでした」
俺とシルビアは問題無いと伝える。
「さあ、みんな、通常の練習に戻りますよ」
その後、さっきの礼儀知らず2名も基本の大切さを身にしみて感じたようで、基本練習を真剣に行っているようだった。
授業終了の時間になったようだ。
「アースさん、シルビアさん、今日は本当にありがとうございました」
生徒のみんなからも口々にお礼を言われた。
その後、シルビアはサリー先生とお茶を飲みながらぺちゃくちゃ喋っている。
暇そうにしていた俺をニコラス先生が話かけてきた。
「この学園の横にハンター犬の養成学校もあるんですよ。少し見てみますか?」
ニコラス先生も面識があるといっても関係者じゃ無いので、少し遠くから見るぐらいしかできないとのこと。
ハンター犬にもランクがあるらしく、ハンター犬の試験もここで行っているという。
俺はその様子を見ながらシルビアを待つことにした。




