12 ひよっこ道場1
マティスさんは少し考えてから俺達を見る。
「その感がもし確実なものだったとしても夜7時には閉門を開始する規則ですので、申し訳ありませんが、やっぱり回答としては承諾し兼ねると言わざるを得ません」
やっぱりそうか。
「ちなみに、間に合わなかった者達はどうなりますか?」
「この町には24時間開放している門は有りませんので門の外で一晩過ごすことになりますね」
「そうなんですか…… 仕方が無いですね。分かりました」
「申し訳ありません」
《あと9分です》
「じゃあ、閉門しようかシルビア」
「うん、そうね。えーっと、どうするんだっけ? アースわかる?」
「ああ、分かるぞ、この依頼票に書いてあるからな。えーと、どれどれ」
依頼票を取り出し、閉門の方法を読み返してみる。
「まずは槍を仕舞うんじゃないか?」
「違うよアース。まずは石板を仕舞うんだよ」
あーでも無い、こーでも無いと俺達は依頼票を見ている。
《あと6分です》
マティスさんがちょっとイライラしているようだ。
しびれを切らしたのか助言をしてくる。
「まずは門を――」
「マティスさん! 大丈夫です。任せてください。ちょっと分からないことが有っただけですので」
それからも依頼票をうんうん唸りながら二人して見る。
マティスさんは、意図が分かったらしく、もう何も言ってこない。
《あと3分です》
「シルビア、分かったぞ!」
「え! なに? 何が分かったの?」
「まずは門を閉めるんだよ!」
「えーー! そうだったのね! 全然覚えて無かったわ!」
マティスさんは、冷ややかな目でこの猿芝居を見ている。
シルビアが固定されている扉に手をかける。
「あれ? アースこの扉動かないけど!」
「そんなはずは無いだろ! って、ほんとだ! 朝、どうやって固定したんだっけ?」
《あと2分で到着します》
解除方法についてあーでも無い、こーでも無いと言っていると、一組のハンターがようやく見えた。
俺たちが門に手を掛けているのが見えたのか、ひよっこ達は門に向かって速度を上げた。疲れているのか足はなんとも重そうだ。
門の固定を解除して門を閉め終わる直前にひよっこ達は滑り込んだ。
「ふー、ギリギリセーフ!」
「おいおいお前ら遅いって、はっきり言って間に合って無いぞ。今日は閉門に手こずったから偶然間に合っただけだ。これからは気をつけろよ」
「「「はーい」」」
「まったく」
マティスさんは、本当にハンターが帰ってきたのを見て驚き、7時11分という時間を確認して、さらに驚いているようだ。
その後は、ルナの指示に従ってさっさと閉門を完了した。ギルドへも初めてだったんでちょっと手こずったと連絡しておいた。
改めてマティスさんに完了の報告を行うと、マティスさんは、なんとも言えない顔をしている。
「本当に11分でした…… な、なぜ分かったんですか?」
「え、何の事です? それにしても11分も閉門に手こずるとは、俺たちもまだまだでしたね。はは」
§
門番最終日、昼食を食べ終わったころ一人の男が近づいて来た。
「アースさん、シルビアさん、初めまして。ハンター養成学校を経営しておりますブラウンと申します」
「はい。初めまして」
ハンター養成学校? 学校の先生が俺達に何の用だろうか。
「学校名はニコニコ学園と言うのですが、是非見学に来て頂きたくお誘いに上がった次第です」
そう言うや否やシルビアが目を輝かせた。
「ニコニコ学園? そこって、サリー先生が今居るところですよね? そうですよね?」
ブラウンさんはシルビアを見て一つ頷いた。
「その通りです。実はサリー先生にシルビアさんとアースさんのことを聞きまして、見学に来て頂けないかと思いまして参った次第です」
シルビアは満面の笑みを浮かべている。
「是非行きたいです! アースいい?」
シルビアが行きたいと言うなら反対する理由は無い。
「ああ、いいぞ。俺もハンター養成学校と言うものを見てみたいしな」
ブラウンさんから少し話を聞いたところ、その学校ではいろいろと問題を抱えているようだ。
優秀な生徒が多々居るらしいが、優秀が故に調子に乗っている生徒も多く、そういう生徒の目を覚ましてあげたいと考えているとのこと。
教師は元Cランクでハンターを引退して久しく、優秀な生徒の中には指導を聞き流したり、教師の言うことを信用しない者もいるらしい。
そんな話を聞きながら、明日にでも行くとの約束をした。
§
ハンター養成学校のニコニコ学園に着くと、ブラウンさんが出迎えてくれた。
「本日はご足労頂きまして有難うございます」
入口を入って中の様子をちょっと覗いてみると、剣や魔法の訓練をしているのが分かる。サリー先生も居た。
俺たちに気付いたサリー先生が駆け寄ってきた。
「シルビアー、よく来てくれたわね」
「サリー先生こんにちは! 養成学校なんて久しぶり、なんか懐かしい気分になるわぁ」
ここは、シルビアが通っていた学校とは異なる。サリー先生も以前は別の学校に努めていて、その学校でシルビアは指導を受けていたらしい。
「アース君もようこそ。ゆっくりして行ってね」
「はい、お邪魔します」
サリー先生がもう一人の先生を紹介してくれる。主に前衛の指導を担当しているニコラス先生とのこと。
「アースさん、シルビアさん、初めまして。お待ちしておりました。本日はようこそおいでくださいました」
ニコラス先生がこの養成学校、ニコニコ学園の概要を説明してくれた。
ニコニコ学園は実力によってクラス分けされていて、初級、中級、上級、特別の4クラス編成で、今日は特別クラスの日だと言う。特別クラスの生徒数は15名とのこと。
剣士が9名、魔法師が6名だ。
ちなみに、全クラス合わせると220名らしい。
道場に入り隅で見学する。聞いてた話とは違い、生徒達はみんな一生懸命やっているように見える。
俺達が皆気になるようで、こちらをちらちら見ている。視線を追うと特にシルビアが気になっているようだ。門番のバイトで顔が売れたのだろう。
暫くみていると練習は一旦終了し、今度は外で模擬戦を行うらしく、建屋の外に移動する。
模擬戦の前にということで、皆が揃っている中、俺たちが紹介された。
「Aランクハンターのアースさんと、同じくAランクハンターのシルビアさんです。昨日まで門番をされていたので知っている人も多いんじゃないかな?」
生徒達がざわめく。
Cランクだと思ってたとか、ほんとにAランクか?そんな風に見えないぞ、などと聞こえてくる。
その状況を見ながらニコラス先生が話を進める。
「まずは生徒の名前だけでも紹介させてください。各自順番に名前を紹介するように」
15名の自己紹介が行われた。といっても単に名前を順番にさくさくと言っていくだけで、そんなにいっぺんに覚えられないぞ。現に誰一人として覚えられなかったし。
《ここにいる全員が昨日まで門をほぼ毎日通過してましたよ?》
『ほう』
そう言われても俺は良く覚えていない。
「アースさん、ちょっとお手本を見せてもらえないでしょうか?」
模擬戦のお手本としてAランクの実力を見せればいいのだろう。
「ええ、構いませんよ。えっと、誰か相手をしてくれる生徒がいればいいんですが」
その言葉にいち早く手を上げた者がいる。体格は俺よりも遥かに大きい。
「その相手、俺がやるぜ!」
元気いっぱいだ。
「えっと――」
《ザハルですね》
「ザハルだな」
「なっ、俺を知っているのか?」
「いや、初めて会ったと思うが」
「ならなんで俺の名前を知っている?」
ニコラス先生が慌てた表情をしている。
「ザハル! 口の利き方に注意しろ!」
俺はニコラス先生に向かってまあまあと手で問題無いことを伝えた。
「それで名前をなぜ知っているかって話だったな。答えは、さっきの自己紹介で自分で名乗ったろ?」
「自己紹介って…… 順番に名前を言っていっただけだろ。あれで全員を覚えたとでも言うのか?」
「まあ、そうだな」
「うそだ! あんなんで全員を覚えられる訳がない」
「なら、左から順番に名前を言ってみようか?」
ほんとになんて口の利き方だと思いながらも、おれは順番に一人ひとりの名前を言っていく。もちろんルナにその都度教えてもらってだけど。
……
なんかの罰ゲームっぽい気がしたが、名前を呼ばれた者達はなんとも嬉しそうな顔をしていたので良しとしよう。
ただ、生徒の暴言でニコラス先生は冷や汗が止まらないようだ。
この当たりが問題と言っていた部分なんだろう。
ニコラス先生が冷や汗を流しながら行った説明によると、ザハルはこの道場一番の腕利きらしい。といってもDランクだ。
歳はもうすぐ18歳。Cランクほどの実力は十分あるのだが、Cランク試験は18歳にならないと受けられないため今はまだDランクだという。それにしてもザハルは相当な自信家に見える。
こいつも井の中の蛙だろうか? ただ、18歳でCランク試験を受ける奴は皆無らしいので、それなりの才能はあるのだろう。
「ところでアース…… さんってほんとにAランクなのか?」
「ああ、その通りだ」
「Aランクってことは当然俺よりも強いってことだよな?」
何故かニヤリとしている。なんか失礼な奴だ。
「まあ、そうだと思うぞ」
ニコラス先生が顔を引きつらせながらザハルに再度注意する。
「ザハル! 口の利き方に注意しろって言っただろが! アースさん、躾がなっておらず本当に申し訳ありません」
ザハルは悪びれた様子もなく生意気な言葉を続ける。
「口の利き方なんてどうだっていいだろ。ハンターの世界は力が全てなんだよ! 要は勝てばいいってことだ」
ある意味そうとも言えるな。
「まあ、勝てたらだけどな」
「ぷっ、あのガレルの時とは違って今日は逃げることはできないんだぜ?」
ガレル? ああそうか、あれを見ていたのか。
《確かにあのギャラリーの中に居ましたね》
ほー、なるほどねー。だから最初からバカにしたような態度だったのか。ただ、その後のことは知らないようだな。
「あれは喧嘩だ。俺は喧嘩するほど暇じゃないんでね」
《暇だなぁって言ってたくせに》
うるさい。
「言っとくけど俺はガレルより強いぜ? ガレルごときに尻尾を巻いて逃げるやつがほんとにAランクとは思えねーしな」
「まあ、やってみれば分かるさ」
「化けの皮を剥がしてやるぜ」
またもやニヤリとしている。だが、逆に俺がニヤリとしたい気分だ。
冷や汗ダラダラのニコラス先生と、シルビアの横で楽しそうにしているサリー先生が見てる中、ニコラス先生の号令と共に模擬戦が始まる。
「始め!」




