1 旅の始まり1
俺たちはゲートを通り、ルキエイと言う名の町に到着した。
到着と言っても、先程まで居た王都側のゲートに入ってから、この町のゲートを出るまでに徒歩でたったの十数歩を歩いただけだ。
フィンプラス王国の王都と、そこから100km以上離れたこのルキエイが、ゲートと呼ばれる転移装置が設置された短いトンネルによって繋がっている。ゲートはゲートハウスと呼ばれるいわゆる駅のような建物の中に有って、一般の人が普通に移動手段として利用している設備だ。
ゲートハウスの中を見渡してみるが人が数人いるだけで閑散としている。広さは、他の町のゲートハウスと比べると若干狭いが、それほど見劣りするものでは無い。ただ、明るく綺麗な分、人の少なさが強調される結果になっている。
俺はもう少し活気に溢れた様子を想像していたのだが、その期待は少し裏切られたようだ。
「なんか人が少ないな」
さっきまでいた王都の超混雑していたゲートハウスとは雲泥の差だ。喧騒から一気に静寂へと変わり、しーんと言う音までも聞こてきそうだ。
残念そうに話す俺に対して、この町に以前住んでいたことのあるシルビアがニッコリとして俺の顔を見る。
「そうね。この町の人はあまりゲートを使わないからね」
美人エルフの笑顔が俺を直撃する。それでも、ドキドキしたり、緊張したりすることは無い。正確には、サイボーグの俺はそんな機能を持ち合わせてはいないと言うべきだろうか。
そう、俺はサイボーグだ。
剣と魔法のファンタジーな異世界に転生した俺は、なぜかサイボーグだったという訳だ。
名前はアース。見た目は完全に人間だが、体は全て人工物で出来ている。この世界にはサイボーグなんて概念は無く、もちろん俺以外にサイボーグはいない。
魔法やスキルは使えないが、人間には無い機能を持っていることで今のところ困ることは無い。動力源はエナという異空間物質だ。魔法使いで言うところの魔力のような存在だ。エナは身近に存在しているが、魔力のように人々に認識されることは無いようだ。
一方、シルビアにも特殊な事情がある。出会ってから暫く経ったある日、シルビアから秘密を打ち明けられた。シルビアは不老不死だと言う。自分のことを普通では無いと泣いていた。
そう言う俺も不老不死に近い。千年は動きそうだ。腹が減ることもないし、睡魔に襲われることもない。
俺がサイボーグであることを知ったシルビアは、俺に多くの共通点を見出し、俺に好意を持ってくれるようになり、俺の旅に付き合うこととなった。
それ以来、シルビアは明るくなり、よく笑うようになった。しかもその笑顔は無邪気でとびっきりだ。
「このゲートハウスはただ通り過ぎるだけの場所ってことか?」
確かに、王都や他の町のゲートハウスとは違ってここのゲートハウス内には一軒の店も無い。それに、この町に住んでいる人がゲートを使わないのならば閑散としているのも頷ける。
「うん、そうよ。それにね、この町は人が少ない訳じゃなくて逆に多い方なのよ。外に出てみれば分かるわ。ふふ」
なにやら悪ガキのような顔で俺をみている。
ほんとか? そう思いながらもゲートハウスの扉を開き外に出てみると…… 確かに多くの人が……
「なんだこれ! ハンターがうようよ居る!」
行き交う人は、ほぼ全員と言っていいほど武具を身に着けている。防具の様子からしてDランク以下のハンターがほとんどだろう。Fランクや、最低ランクのGランクもいそうだ。エルフの姿も普通にある。
驚いている俺とは対象的に、シルビアはにこやかに町並みを見ている。
「ほら、言った通りでしょ? ふふん」
何気に得意顔だな。
「ああ。しかも、低ランクハンターばっかりだな」
「ここは新人ハンターの町だからね。ひよっこハンターばっかりなの」
見れば見るほど不思議な光景だ。
「面白い町だな」
「確かに変わった町かもしれないね。あはは」
普段着を着ている方が浮きそうだ。そう、俺達みたいに……
「シルビアはこの町に住んでたことがあるって言ってたよな。どのくらい居たんだっけ?」
「そうね、2年間くらいかな。Dランク卒業までいたからね。もう6年も前のことになるわ」
Cランクになる事を卒業と言うらしく、学生っぽい仕組みのようだ。
「結構居たんだな」
「うん。でも2年で卒業はかなり早い方なのよ?」
そう自慢っぽく言う。
「へー」
「たった数ヶ月でAランクハンターになったアースには分からないかもね」
シルビアは自らうんうんと頷いて一人で納得しているようだ。
「うーん、そうだな。ごめん」
「ああ、いいのよ。気にしないで。ふふ」
そう言うシルビアもAランクハンターだ。
そう話している間も俺たちの横を何人ものハンター達が行き交っていた。
新人ハンターの町か…… 年齢層が低そうだし、これまでの町とは勝手が違うかもしれない。
「ちょっと町を見て回ってもいいか?」
「うん、いいわよ」
「この町にたぶん一ヶ月ほどいることになるし雰囲気を掴んでおこう」
若い奴がほとんどを占めているので、いろいろと勝手が違いそうだ。
「うん」
「あ、でもシルビアはだいたい知ってるんだったか」
「そうだけど、あれから何年も経っているからいろいろ変わってるかもしれないしね」
歩き始めてみるが、多くの低ランクハンターが行き交う光景はなかなか慣れない。今までの町には無い光景だ。町並みを見ようとしても、ついつい人混みに目を奪われてしまう。
「それにしても多いな。国中の新人ハンターが集まってるんじゃないのか?」
「たぶん、そうね」
「え、ほんとに?」
冗談半分で聞いたつもりだったのだが、あっさり肯定されるとは。
「ほんとよ。だいたい16歳になる前までは生まれ育った町の学校で勉強して、そこからハンター志望の人はこの町に来て修業して巣立っていくのよ」
「そうなのか…… 知らなかった。俺は訪れる順番を間違ってたってことか」
「まあ、そういう事になるわね」
ただ、先にここを訪れていたとしても、根本的に人と違う俺には馴染めなかっただろうと思う。
「あれ? シルビアは16歳で来たんじゃ無いよな?」
「私は20才でこの町に来たのよ。ここには年齢制限なんて無いから何歳で来てもいいの。30才を超えてから来る人もいるわよ?」
「ほー」
ここは学生の町って感じだが、明らかに学生って年齢じゃ無い人も見たところ多そうだ。
「でもね、大抵は16才から20才くらいまでにこの町に来るみたいよ」
もう少し聞いてみると、若くしてここに来ても出て行く年齢はバラバラだそうだ。ここで修行してCランクになって巣立つか、なれずに諦めて故郷に帰るかだ。
町並みは、若者向けの繁華街のようだ。学生街っぽく飲食店なども多い。特に、この町の主目的となるハンター養成学校や道場などの看板が目立っている。
武具屋も沢山ある。
その内の1つ、新し目の外観を持つ武具屋に入って見るが、売っている物と言えば低ランク用の安いものが主流のようだ。というか低ランク用しか売って無かった。
剣を手に取ってみても、安いだけのことはあるって感じだ。
《アースも物の善し悪しが分かるようになったんですね》
おお、そう言えばそうだな。まあ、ルナの鑑定眼には足元にも及ばないけどな。
この声の主はAI、つまり人口知能だ。俺の脳に共存していて名前をルナという。AIだけあって計算速度、解析能力、記憶力は天下一品だ。
ルナの喋る声は俺の脳に直接話し掛けるので念話のように脳内で会話が成立している。他人には聞こえることは無く、もちろんシルビアにも聞こえていない。
シルビアは女性用防具をいろいろと見ている。
「昔とは色合いとかデザインとかがだいぶ違うね」
「流行りもあるだろうしな」
とは言うものの昔を知らない俺にはよく分からない。
「うん。だいぶ派手になってる」
そう言いながらも低ランク用だからか全く興味は無さそうだ。俺も興味が沸かないまま店を後にした。
町を散策していると、シルビアが徐に俺をじっと見た。
「アース、宿はどうするの?」
「どうするって?」
確かに今日泊まる所は決めていないけど、まあ適当なところを今日中に探せばいいだろうと考えていたのだが。
「この町の宿って、いつも埋まっているし、空きが出てもすぐに埋まっちゃうのよ?」
「え、そうなのか?」
「町の端まで行けば流石に空いているとは思うけど」
1日、2日なら空いているだろうけど、1ヶ月となると流石に空いてないんじゃないかという。
「取り敢えず、街並みを見がてら宿も探してみるか」
「ギルドに聞く方が早いと思うけど?」
「そうかも知れないが、歩いて探してみるのも面白いと思うぞ」
「うん、分かった」
ルナが表示する地図を見ながら散策を続ける。
ルナは一回見たら絶対に忘れない絶対記憶の持ち主だ。王都の図書館を丸ごと暗記している。最初は何も知らなかったルナだが今では物知り博士だ。ルナが覚えている地図を俺の目の前に表示しているのだが、これも他人には見えることは無い。
散策をしながら、宿の近くを通るたびに空いているか確認してみる。
何軒も宿を訪ねてみたもののどこも一杯だ。それに宿自体も少ない気がする。
「人の数に比べて宿が少ないな。それにしてもみんな何処に泊まってるんだ?」
「一般的な宿の他に、下宿とか寮とかレンタルルームが結構あるのよ。でもそっちの方が逆にもっと空いて無いとは思うけど」
「ほー」
辺りは段々と暗くなり、ギルドで聞かなかったのは失敗だったかと思い始めた矢先、ようやく空いている所を見つけた。宿屋ではなくレンタルルームだ。
だが、空いていたのは1部屋だけだ。少し高めだが、ダブルの部屋なので2人で泊まれない訳じゃないとの説明があったのだが、どうするか。
二人で一室か…… これまでの宿ではシルビアとは別々の部屋を取っていたけど勇気を出して聞いてみよう。
「シルビア、一緒の部屋でもいいか?」
「うん! 一緒でいいわよ! と言うより、別々の部屋より私はアースと一緒の方がいいわ。ここにしましょうよ」
おおー、即答! シルビアはニコニコしながら答えてくれた。
《神様ありがとう》
いや、それ俺のセリフだから。
ということで一ヶ月分の宿代を前払いし契約した。
早速部屋に入ってみると、結構綺麗で、基本的にこれまでの宿と変わらない。生活に必要そうなものは一通り揃っていそうだ。ただ単に、食事が付かないとか、掃除は自分でという違いがあるだけだ。