兄妹の日常
「あんた、そろそろいい人いないの?」
「そう言えば、同級生のキミちゃん、来月結婚するそうよ!」
電話のクライマックスとして恒例となった母親からの結婚の催促に、俺はため息をついた。
男なら25歳を過ぎた頃から徐々に始まる親からの結婚へのプレッシャーは、平均的に婚期の早い田舎出身の俺は就職一年目の23歳で経験していた。
じわりじわりと心にくるんだよな・・・。
電話でこれなんだから、田舎に帰ったらどんな事になるのか、考えるだけでも恐ろしい。
今年は帰省するの止めようかと、本気で考えながら電話を切る。
「シンなんかまだ良いじゃない!口で言われるだけなんだから。私なんか見てよこれ!」
銀色の型紙、お見合い写真をパタパタ振りながら双子の妹、シオンがため息をつく。
ボーイシュなショートの髪型に気が強そうな少しつり目の大きな瞳、高校まで拳法部で活躍しただけあって、ショートパンツから覗く引き締まった太ももが眩しい。
双子のだけあって見た目は俺とほとんど変わらないハズなのに何故か昔から女の子にモテたのはシオンだった。
おかしいだろ?!性別が女だと解ってなんであっちにコクる?!
高校の時にずっと好きだった吹奏楽部の女の子が妹のシオンにコクったショックは今も大きな心のキズだ。
普通の人なら決して得られない痛い思い出、まさにプライスレス!
確かに拳法部で主将を務め、男勝りな性格のシオンは女にしておくには惜しい。
一方の俺は『内申点が良くなる』『部活に入らなくて済む』という理由で誰もが嫌がる生徒会に入り、会計として部の予算折衝で部費の申請に来た部長達をいびり倒してきたさ。
いや、だって部費を節約させて公平に配分するのが会計の仕事なんだから仕方ないじゃん!
おかげで、部に所属する女子からは『塩会計』とか『イビリスト』とか言われてたさ。
その後、妹と同じ大学に進んでしまった事がまた同じ運命を招くことになった。
大学では拳法部は無かった為、妹が入ったのは剣道部。
そして俺はというと、軍事史研究同好会。要はミリタリーヲタの集まりだ。
学園祭では『世界の傑作携帯火器』という出し物で小銃やバズーカ砲の模型を作って活躍した。
確かに迷彩服を着て、模造兵器を持って客引きしたのはやり過ぎだっと思うが、仲良しグループで回ってたシオンに『こいつ、パンツは一番、なんだってさ!』なんて大笑いされなきゃ、その後の大学生活も違っていただろう。
ドイツが誇る世界初の対戦車バズーカ、『パンツァーファウスト』を愚弄しおって。
兵器に疎いイマドキ女子大生の中では『パンツ好きの危ないミリヲタ』というレッテルを張られてしまった。
俺が乾いた大学生活を送る中、運動神経の良いシオンは剣道部で活躍し、友達も多く、何人もの男女から告白されてたらしい。
なのに彼氏が居た様子が一度もないのが不思議で仕方ない。
「おお、また見合い写真来たのか?見せてみ!」
親から送られてくる見合い写真を吟味するのは俺達兄妹の中では恒例のイベントだった。
スペックは・・・、現在28歳。有名私立大学卒業後、大手製薬会社に勤務。年収は900万円。趣味はゴルフ、テニス、乗馬、映画鑑賞、海外旅行。通訳の資格を持ってて英語はぺらぺら、見た目も少しお堅い感じだが、真面目な好青年風。
こんなのが実在するとは!今回の見合い相手はバケモノか?!
そんな好条件にも関わらずシオンは口をへの字に曲げて、お気に召さないご様子。
「何が嫌なんだよ、俺が女の子ならすぐ結婚して仕事辞めるな!」
「なんかビビッと来ないっていうか、美味しい話ほど裏があるじゃん?例えば極端に神経質だとか、変な性癖があるとか、すごい浮気性だったり・・・」
「そういう事言ってる女って行き遅れるんだよな。理想ばっか高くてさ~」
「私の理想なんて全然低いわ!そもそもあんたがさっさと彼女でも作ってくれたら、私だって腹をくくれるのよ!」
「何だよ、俺に遠慮して彼氏作らなかったって言うのか?!そんなの自分が選り好みしてる言い訳だろうが!」
「はぁ?私が一緒に住んであげなきゃ、一人じゃ家事も出来ないし、まともにご飯だって食べられないでしょ?!」
ぐうっ!何も言い返せねぇ・・・。悔しいがシオンの言う通りだ。
家に居た頃は母さん任せ。上京してからはシオン任せの俺は料理なんてゆで卵すらあやしい。
掃除や洗濯も放っておけばいつの間にか終わってる、くらいの感覚しかない。
妹が『独り暮しさせたら孤立死するんじゃないか』と言うのも頷ける。
母さんは案外、『兄を放っておけない妹』の方が心配なのかも知れないな。
「悪かったよ・・・。俺も自立出来るように努力するし、お前が安心して彼氏を作れるような、優しくて世話好きな彼女が出来るようにも頑張るよ」
「あっそ・・・、ま、やるだけやってみれば・・・」
俺の前向きな言葉にも、シオンは何やら微妙な表情を浮かべて自分の部屋に戻って行った。
どうせ俺には出来ない、と諦めているのかと思ったが、去り際の妙に寂しそうな表情の意味が分からなかった。
―――――それから数日後。
仕事から戻って来たシオンが興奮気味に、ポップな文字が踊る小冊子を差し出してきた。
「これ良くない?!これ!」
子供の頃からシオンが『これ良くない?!』って言ってきた場合、俺にとって『良くない』結果になった事の方が多いのだ。
少し警戒しつつその小冊子を見ると、
『これぞ次世代の出逢い!婚活MMORPG『ブライダルファンタジータクティクス』βテスター大募集!』
――――この薄っぺらな小冊子が、後に俺達兄妹と多くの人間の人生を左右する大事件に発展するなんて、この時は思いもよらなかった。