世界というものは
アッシュヴィトが説明すること曰く。この世界には、"武具"と呼ばれるアクセサリーがあるのだという。魔の力で練った銀で作られたそれは、動力である魔力を注ぎ込めばその力を発現する。その効果は多岐に及ぶ。ありとあらゆる行為を可能にする。
あの男たちは使ったのは指輪からダガーに変ずる武具を使い、対するアッシュヴィトが使ったものは指輪からレイピアに変ずる武具を用いた。そして一撃で圧倒された男たちは空間転移をする武具で逃走し、自分たちもまた武具で空間転移してスタテ村に到着した、ということだった。
「まるで魔法だなぁ」
「ん? 魔法だヨ」
はるか昔、魔法というものは複雑な魔術式を理解しなければ使えなかった。それを特別な呪法で銀に刻むことで魔術式の理解を経ずに誰でも使えるようにした。持ち運びやすいよう、その魔銀を加工してアクセサリーにしたのが始まりだ。
その魔術革命のおかげで魔法は一気に広まり、誰にも使えるありふれたものとなった。一般家庭の調理で火打ち石の代わりに使うほどに。それほど当たり前に存在しているものだ。空間転移の武具を使って遠方に一瞬で届け物をする仕事だってある。
「武具には色々あってネ」
火打ち石の代わりにただ火を起こすもの、武器に変じるもの。異世界から人間を喚び出す術。日常生活の便利用品から禁術に相当する危険で強力なものまで様々な形態がある。
「それを集めている魔術師団が"パンデモニウム"っていうノ」
「悪いやつ?」
「とっても」
禁術にあたる危険な武具を集め、その術者を誘拐する。反抗する者は殺す。手段を問わない悪劣で非道な集団だ。5年前から突如として現れた魔術師団は破壊と略奪を楽しみながら世界を蹂躙している。
先ほど草原で会った男たちはその魔術師団の一味だ。
「ボクの故郷も焼かれたんだ」
不滅の島と言われた、とても美しい島だった。その島に眠る武具と術者に目をつけたパンデモニウムによって略奪を受けて滅びた。生き残りは自分を含めて4人しかいない。
「その対抗になるカナって使ったのが……」
「これ?」
猟矢が左手首に装着された銀の輪を指す。アッシュヴィトが頷いた。
世界を蹂躙する邪道の魔術師団に対抗するため、救世主を求めて召喚に挑戦した。まさか本当にできるとは思わなかったが。しかし現れたのは凡庸な少年。青年と少年の中間の年齢の、ひどく平凡な。
「…ホント、ゴメンネ」
平凡で凡庸な少年を召喚してしまった。こんな子供などアッシュヴィトの旅に連れていけない。足手まといになって途中で力尽きるに決まっている。子供が夢見る冒険活劇のように、異世界から召喚された人間が救世主で英雄だということはありえない。
連れていけない。だが連れて行かねばならない。召喚の際に用いた武具である"ソールオリエンス"は術者の願いを達成してはじめて被召喚者を元の世界に戻す。つまりこの場合はアッシュヴィトの復讐が成就するまで猟矢は元の世界に帰れない。だからアッシュヴィトの復讐の旅に連れて行かねばならないということになる。
非常に過酷だ。そんなものに巻き込んでしまった。覚悟も何もない、まったく関係のない子供を。しょんぼりと気落ちした声でアッシュヴィトは再度謝った。
それきり沈黙が降りる。どう声をかけていいか猟矢にはわからなかった。異世界に召喚されたと理解した時は驚いたが、今は落ち着いている。唐突に知らない遠い親戚が来て、海外に連れてこられたような感覚だった。ここで見聞きしたものを題材にして新作の小説でも書こうかと思う余裕すらある。
だからそこまで気にしなくていいのだ。そう言いたいが猟矢にはそれをうまく伝えられるほど口が達者でもない。そう深刻になることはない。ボディガードと案内付きの海外旅行のようなものだ。そう言おうとしてどう伝えていいか口が止まる猟矢は別の手段に出た。
「その口調って、素?」
まったく関係のない話題を振って場を和ませることにした。きょとん、と。数度瞬いた後に彼女は突如として笑い出した。謝罪に対しどう答えるのかと思っていたら、こんな質問が飛び出してくるなんて。元の世界に返せと嘆くか怒るか泣くかと思っていたのに。意外とこの猟矢という少年、肝が据わっている。
「…笑うなよぉ」
「あはは、ゴメンネ」
謝罪を受け取らないのはその行為に対し謝罪する必要がないと思っているからだ。要は気にするなと言いたいのだろう。猟矢の意図を的確に読み取ってアッシュヴィトは胸をなでおろす。
「ボクの故郷はずっと東にあってネ」
今いるこの村を擁する地域のある国がある大陸よりずっと東だ。文字通り東の果てというに近い島国だった。故に独自の文化が育まれ、独自の言語が構築された。なので共通語を話そうとすると訛ってしまうのだという。
「普通に話そうと思えば話せるよ。こういう風にね」
綺麗な発音で補足がついてきた。発音や単語にとても気を使えば共通語を話せる。咄嗟に喋ろうとするとどうしても訛ってしまうが、ゆっくりと喋るならばどうにかなる。
「でもクセなんだよネー、この喋り方」
直後、普段と同じ喋り方に戻る。そこまで聞いて、猟矢はふとあることに思い至る。
「…言葉ってどうなってるんだ?」
こうしてアッシュヴィトと会話できている。応答にもまったく問題はない。だがスタテ村だのノンナだの固有名詞の雰囲気からして明らかに日本語ではない。だが英語かと言われたら違う。その他猟矢が思いつく外国語でもない。というより日本語以外の言語であるなら会話など成立しない。猟矢の英語の点数はあまり褒められたものではない。
「試しに字でも書いてみようカナ」
そう言ってアッシュヴィトが備え付けのメモ用紙らしき紙片に備え付けのペンで字を書く。綴られた文字はやはりアルファベットとは違う文字だった。そして猟矢の知る限りのあらゆる文字とも違う。
「これで"アッシュヴィト"って読むんだケド、読める?」
問いに首を振る。まったく読めない。だがこうして会話はできている。不思議なことに。
「うーん、セカイをまたぐついでに翻訳機能デモ付与されたのカナ?」
言葉がまったくわからないのでは日常生活すらままならないだろうからと、"ソールオリエンス"が配慮してくれたのかもしれない。
そういうことにしておこう。わからないのでわからないままにしておこう。今重要なのは翻訳機能ではない。それよりも。
「アッシュヴィトはこれからどうするんだ?」