寄せて返すは
「偉大なる海竜王ナルド・リヴァイアが賛成賛同してくれたおかげで正式に公式に我がミーニンガルドも同盟に名を連ねることができるようになったのです」
ディーテ大陸が一丸となって組まれる同盟の話だ。ナルド・リヴァイアが猟矢を認めたおかげで、ミーニンガルドもその同盟に添えることとなった。これでディーテ大陸のすべての都市国家が締結に賛同し参加することになる。
「いつかいずれはベルミア大陸の国々も加わって欲しいものです」
現状維持に固執する西の大陸だ。4つの大国のうちひとつが大国同士の勢力争いによって没落し、その不均衡をパンデモニウムに突かれてあっという間に飲み込まれた。これ以上の不均衡は現状維持に悖るとパンデモニウムへの服従を誓っている。
「……あ!!」
不意にアルフが声を上げた。どうしたのかと一同の視線が集まる。そうじゃねぇか、と膝を叩いたアルフは何かを思い出したようだった。
「アルフェンドってどこかで聞いたことあると思ったら」
以前からずっと引っかかっていたことだ。シャオリーの姓だ。アルフェンドという名に聞き覚えがあったものの何のものなのか思い出せずに消化不良感を抱えていたのだ。それをようやく思い出した。
アルフェンドとはベルミア大陸の4つの国家のうちのひとつではないか。大国同士の勢力争いに破れて没落した国の名はアルフェンドといった。
つまりシャオリーは国同士の争いに負けて没落したアルフェンド王家の末裔ということか。ノーラが言っていたカーリダインの怨嗟とは、陥落した首都カーリダインの民の恨みか。おそらく、自分たちを追い落とした他国家への復讐のための力を得られると甘言を囁かれ、パンデモニウムに加わったのだろう。
「ドコも復讐の連鎖ダネェ…」
「そういうものよな。…我々もまた変わりはしないよ」
篝火が掲げた火はディーテ大陸で燃え始めた。復讐という薪をくべ、燃えている。希望の種火という見せかけの綺麗な名目の下は復讐と怨嗟という醜い粘油が渦巻いている。
「だがどういうものであれ火は火。力は力。このまま力を束ねればパンデモニウムに対抗できよう」
今までのように、それぞれの地域の自警団が適宜対応するような漫然とした抵抗ではない。ひとつの意思のもとに束ねられた連合軍ならば正面から対抗できるだろう。小さな抵抗ではない。大きな反抗だ。そうすれば拠点に乗り込むことも可能だし、そうなれば術者の武具を破壊しヴェインの意識も知識も取り戻せるはずだ。
だから今は辛抱する時だ。ぐっと堪えて力を溜める時。ヴェインのことは気がかりだし早く元に戻してやりたいと思うが、今はじっと耐えるしかない。
こうしてわざわざ返しに来たのだ。パンデモニウムとしてはもう用はないのだろう。そういう意味では安全であるといえる。複雑だが、ヴェインを狙った襲撃はありえないということは僥倖だ。
「そうか…うん、そうダネ」
焦れったいが待つしかない。今は十分に力を蓄えるためにあらゆる方面に手を回して準備する段階だ。ここで焦って単独で突っ込めば返り討ちは必至。
大丈夫。大丈夫だ。うまくいく。これだけ努力しているのだ。神が助けない分、努力を積み重ねている。大丈夫。自分に言い聞かせながらアッシュヴィトは窓の外を見た。
「やれやれ…道は遠そうだネェ……」
「"呪殺"が死んだって?」
「あぁ、そのようだ。ついでに"倒錯"の双子もだ」
ふぅん、とネツァーラグは鼻白んだ。色々と強力してやったというのに、結局何も成果を残すことなく無駄死にか。まぁそれはいい。さっさと空位になった立場を埋めなければ。ディーテ大陸の管轄をする万魔の首を据えなければ。
そういえば小賢しくもディーテ大陸の都市国家同士が手を組んで同盟を立ち上げているのだとか。我々パンデモニウムに対抗するための力だそうだ。その旗印には、かのビルスキールニル皇女が立つという。そんな話を聞いた時、ネツァーラグはよくできた冗談だと一笑に付した。お前たちが旗印に掲げるそのビルスキールニルは5年前にすでに我々パンデモニウムが打ち砕いたもの。とうに滅びた国の皇女を掲げるとは滑稽な。
「もうひとつ旗印があるそうだが」
「あぁ。何やら聞きなれない名前の響きの少年だっけ」
少年だか青年だか微妙な年頃の。その男の情報はある程度流れてきている。武具では到底なしえない特殊な技能を持っていると聞く。ネツァーラグとてそれを目の前で見た。あれは油断がならない。
「まぁ所詮は尾にたかる蝿だろうさ」
ディーテ大陸が一丸となったところで、その旗印にビルスキールニルの皇女がいたところで、未知の能力を持つ少年がいたところで。パンデモニウムは揺るがない。今更パンデモニウムに牙を剥いたところでどうなるというのだろう。支配は盤石で揺るがない。
あの少年は油断がならないし、ビルスキールニルの皇女は神を従える。そこに注意さえすればあとは有象無象の集団。何ら怖いことはない。
だというのに胸騒ぎがする。堅牢に建てられた城の地下で基礎が少しずつ朽ちていくような。盤石なはずの足元から崩れていくような。これもあのふたつの旗印のせいか。早々に排除にかかるべきか。
「やれやれ…道は遠そうだな……」
ようやく軌道に乗った。"深淵の魔女"セシルはそう思った。
巫女から知識と意識を抜き取ったおかげで、行き詰まっていた"破壊神"の作成が進んだ。巫女の知識はあくまで"破壊神"完成の際の制御のためだったが思わぬ収穫だ。工程の目処もついたし大筋の計画は書けた。あとはそれに沿うだけ。
「…もうじきだよ、"デューク"ロシュフォル・ザンクトガレン」
深淵の魔女は玉座を振り返った。パンデモニウムを統べる玉座は中身が窺い知れぬよう薄布がかけられている。その中に座す影に向かって深淵の魔女はそう告げた。
もうじきだ。もうじき世界はすべてパンデモニウムのものになる。"破壊神"ができればもう、神であっても誰も止められはしない。深淵の万魔の名は永遠に歴史に刻まれる。世界はパンデモニウムの思うがまま。
玉座に座す影は深淵の魔女の報告に感情もなく答えた。虚ろな声は玉座の間に響く。
「世界を手に入れろ」
「あぁ、道は近いよ」




