判断は如何に
「問答はもうイイデショ。八つ当たり、受けてアゲルカラさ」
こちらの怨嗟を受けて死ね。そう言いたげな冷たい視線で会話を打ち切った。これ以上、恨みの比べ合いをしたところで無駄だ。最終的に勝った方が正義。敗者は草葉の影で怨嗟を消化できずに朽ちていけ。
「えぇ…そうですね、姉様を奪った忌まわしき大海竜ごと殺してさしあげます!」
カーディナルですらないただの下っ端のレッター級。だがそれはあくまで自身の命を確保した上での話。命の一滴まで絞り出せばカーディナルを容易に凌ぐ。自らの命を犠牲に発動させる、まさに全身全霊の大魔法。
すべてを魔力に変換し注ぎ込み、ノーラは自らの武具に魔力を込める。武具は装置で魔力は燃料。燃料を注げば注ぐほど、装置はより強力に動く。ただの火打ち石代わりの日常の便利用品程度の武具でも、命を犠牲にすれば街ひとつ消し飛ばす威力を放てる。それならば、街ひとつ消し飛ばす威力が通常の武具に命を注ぎ込んで出力を跳ね上げさせればどうなるだろうか。答えは今から見せるとしよう。
今から展開するのは滅びの魔法。あまりにも強力すぎるからあまり使うものではないとシャオリーに常々釘を刺されていたものだ。切り札として隠し持てと言われていたそれを今から使う。全身全霊を捧げて。
「終端の王と始源の神に成せし、遥けき時の彼方にて揺り籠で眠りし神の子よ」
殺せるならば命などどうなってもいい。むしろここで死ねれば僥倖。死んだ暁には死後の世でシャオリーに会えるだろう。そのための橋渡しとなるならばこの命など。
まさに捨て身の詠唱だ。練られていく魔力の膨大さに水神ティアマトが感嘆の声をあげた。命を犠牲にすれば神よりはるかに劣る人間とてこれほどの魔力を生み出せるのかと。余裕ぶって事態を俯瞰する水神はぎりぎりまで手を出さないつもりであった。
主に請われたから召喚に応じたものの、これは海竜が人間に課した試練だ。主が喪われては困るので間に合わなければ手を出すが、そうでない限りは傍観でいた方がいい。神が手を下せばあっという間にすべては決着する。それでは海竜の判定も鈍ろうもの。
「堕つる星が砕けし空、昇る日が支えし地…」
あぁ、ほら。早くせねば詠唱が完成してしまうぞ。どうする主よ、人の子よ、海竜よ。神は俯瞰して決着を見届けるとしよう。
この瞬間、ナルド・リヴァイアは判断の最終決定のすべてを猟矢の行動に託すことにした。あの人間がどう動くかで決める。
奪い奪われ殺し殺される。怨嗟の連鎖。結構ではないか。争いを好む海竜としては望むところ。その螺旋に加われるのならば波濤の渦潮で戦乱を水底に引き込もう。他の者は血にまみれ汚泥をすすり、復讐の怨嗟に溺れててでも戦うと決めた。ならばあの人の子はどうだ。聞けば異世界から来たという。この地にも人にも縁もゆかりもない。愛着もないだろう。この世界をどうこうする義務も道理もない。そんな人間が見知らぬ世界のために身を捧げることができるのだろうか。
その覚悟を見届けたのなら、このナルド・リヴァイアは人に力を貸そう。すべては少年の行動に委ねられた。
「どうする、止めなきゃやべぇぞ」
このまま呆然と立っているわけにはいかない。このままでは桟橋どころか神殿も、むしろミーニンガルドもろとも吹き飛ぶ。術者を殺さねばこの魔法の発動は止まらない。ハーブロークが判断を促す。
「そんなもの、殺してしまえばいいだけじゃない」
「いや、だめだ。それは…」
幸いにもノーラは魔法の完成に全身全霊を注いでいる。懐に飛び込むのも、その急所を貫くのも容易だろう。誰も行かないなら自分が行く。六尺棒を構えるバルセナをアルフが止める。確かにその通りだ。術者を殺せば発動は防げ。しかしここで術者を殺してしまえば、中途半端な魔法が暴発する可能性がある。暴発すれば当然無事ではすまないし、きちんと発動しなかったぶん、どんな影響があるだろうか。
「ティアマト。ボクらを守れる?」
「主がそうお望みでしたら」
水神の力にかかればこの程度。そう答えつつも水神ティアマトは動かない。まだ海竜の判断が済んでいない。それを下すための猟矢の決断を聞いていない。猟矢がどう覚悟を決めるかで行動を決める。
「…決まった」
「え?」
ふと、猟矢が呟いた。この状況で一体何を。疑問符を浮かべる一同に構わず、猟矢は持っていた弓を元に戻す。
この弓は"歩み始める者"が形状を変化させて生み出したものだ。"歩み始める者"は定められた一文から所持者が能力を解釈して力とする。志願者による宿意。隠者による百識。侵略者による淘汰。犠牲者による防衛。指導者による標準。密告者による背反。狂信者による理性。放浪者による騎行。それらの文言から何を生み出すか、猟矢は毎日考えていた。少しずつ練られていく考えは日々を経るごとに確実に形になり能力になり猟矢の力となる。歩み始める者が1歩1歩踏みしめた足跡が道となるように。
そうして日々、徐々に形成されていく"歩み始める者"は残りひとつの文言を残すのみとなった。その残りのひとつが、今、決まった。
"歩み始める者"の元々の形状である手のひら程度の銀の板を掲げる。そして高らかに宣言した。
「……"狂信者による理性"!」




