戦うものよ
「おっとやる気かぁ。受けて立つぜ。"リングダガー"」
男たちが口々に"リングダガー"と喋る。彼らの指にはまっていた無骨な指輪が分厚いダガーに変じた。
それを見て猟矢は驚き、固まる。あんな凶器など生きていて初めて見るし、何より、ただの指輪が武器に変わった。どういう仕組みなのか。
驚きよりも目の前の凶器というものに恐怖を感じる。女の子に庇われるなんて、という男の沽券など吹き飛んだ。素手ならなんとかなったかもしれないが、凶器を携えているとなると。殺される、と直感が告げた。
屈強な男が4人。それぞれ同じダガーを持っている。それなのにアッシュヴィトと名乗った彼女は細いレイピアだけで立ち向かおうとしている。
「突剣技…」
彼女がレイピアを構える。その刃を風が撫でる。男たちとの距離はだいぶ離れている。歩きの歩幅で20歩といったところか。踏み込んでもレイピアの刃は届かないだろう。それなのにどうやって攻撃するのか。
「"ハードインパルス"!」
猟矢の危惧に構わず、彼女はそのレイピアを一気に振り抜いた。
刃に乗った風は衝撃波となって男たちへ向かう。見えない風の塊は男たちの腹を叩き、手に持ったダガーを弾き飛ばした。
「ボクが優しいうちに退散しておいた方がイイヨ」
でなければ次は首だ。特殊な形状の刃は風をまとい、それを自在に操る。レイピアを突きつけたアッシュヴィトは刃先を軽く薙ぎ、首をはねる動作をする。
「くそっ」
急所に食らった。これ以上戦いの継続は困難だと判じた男たちは素直に退くことにした。覚えておけ、と捨て台詞を残した男たちはその場から一瞬で姿を消した。
「…ふぅ…」
びっくりした。呟いたアッシュヴィトは持っていたレイピアを軽く振る。たちまち銀の指輪に戻るそれを右の人差し指にはめる。
「それは…それに、あいつらは…」
「サツヤ、待って待って。順番に説明するから」
落ち着け、と身振りで示す。色々説明しなければならないことがある。それらをゆっくり噛み砕いて説明するにはここは落ち着かなさすぎる。
とりあえず彼女が泊まる宿で話をしよう。アッシュヴィトは道を指した。この先に行けば村があり、宿屋がある。すべての説明はその宿に落ち着いてからだ。
「じゃ、掴まって」
アッシュヴィトが唐突に猟矢の手を握る。ラド、と呟いた。その瞬間、足元がなくなる感覚がして、咄嗟に猟矢は目を強く瞑った。
足元に地面の感覚がある。ぎゅっと強く瞑った目をおそるおそる開けると、目の前にはさっきの草原とはまったく違う光景が広がっていた。
木の板と煉瓦を組み合わせた素朴なたたずまいの家が何件も建っている。木の柵で囲まれたところでは見たこともない動物が飼育され、赤ん坊を背負った子供がその面倒を見ていた。
「スタテ村ダヨ。あの家畜はノンナっていうノ」
日本語はおろか、英語ともその他の言語ともまったく違う響きだ。本当にここは異世界なのか。ようやく実感がわいてきた猟矢を伴って、アッシュヴィトは2階建ての木造の家屋に足を踏み入れた。
正面にはカウンターがあり、皺だらけの老婆が座っていた。その背後には奥に続く廊下が伸びている。カウンターの左右に広がるように丸机と椅子が並べられ、左の奥には上に続く階段があった。
この光景はとても見たことがある。ゲームやアニメや漫画の中で。
「宿屋?」
「宿に行くって言ったデショ」
ならやはりここは宿屋なのか。ゲームやアニメや漫画の中でよく見る宿屋というものをそのまま再現したようなこれは。
カウンターの老婆に会釈したアッシュヴィトは、老婆にもう一部屋借りたい旨を伝える。猟矢のぶんだ。
「あいよ」
客など来ない寂れた村だ。客が増えるのは大歓迎だと皺だらけの顔を和ませて老婆は鍵を渡す。
それを受け取り、アッシュヴィトは階段を指し示す。おいで、と猟矢を促した。