懲罰の交錯
悔しさと憎しみで噛み切った唇から血を流し、片割れを失った双子は手を振りかぶる。たとえ片方だけとなったとしても自分はパンデモニウムがカーディナル級。"倒錯"のアスクトネリコ。
ぎりりと睨みつける視線を水神は黙殺する。ここは海に突き出た桟橋の上。水神に従う水の元素などいくらでもある。この絶対優位空間で人間が何をできるというのだろう。
「ちょっと。…悪いけど、ここからは私の獲物」
津波が迫っていたのでいったん捨て置いたが、本来この双子はバルセナの獲物。たとえ相手が神だとしても譲るわけにはいかない。この双子を殺し、倒錯の呪いの武具を破壊せねばバルセナの気は永遠に晴れない。
「了とした。人の子で決着をつけるといい」
もとより興味なし。水神はふいと目を逸らした。津波を消すという役目が終わった以上、もはや水神がいる理由はないのだが主人は石門に帰れと言わない。指示がないということは待機せよということだ。さて、待機の暇潰しに眷属の雄竜でも誘惑するか。ちらりと考えてやめた。雌竜が睨んでいるからやめておこう。
「許さない、許さない…許さない許さない許さない許さないっ!!」
「えぇ。私も同感よ」
恋人に倒錯の呪いをかけた双子を許さない。気まぐれと自由を愛するベルベニ族らしからぬその復讐心で4年を過ごした。
何もかもを共有する運命共同体の双子だというのなら、生死の均衡を取るためにお前も死ね。どす黒い声でそう言い放ったバルセナは六尺棒を握る。これで頭蓋を砕いて殺してやる。
「ハーブローク、もうすぐ解放してあげる」
ばさばさと頭上を舞う鷹が旋回しながらこちらを見下ろしている。キィキィと鳴くその声はバルセナを急かさない。むしろどす黒い復讐の道を止めてさえいるように思えた。
「楽しみだわ。あんたの頭がアズラの実のように赤く弾ける様子が、とても」
「やってみろ、やってみろ、我が名は"倒錯"のアスクトネリ……」
最後まで名乗らせてもらえなかった。十分に勢いがついた六尺棒が双子の頭を打ち据えた。
否。"倒錯"の双子、アスクトネリコを殺したのはバルセナの六尺棒ではなかった。駆け抜けた一陣の風が彼の者の心臓を抉り抜いた。数瞬遅れて六尺棒が頭蓋を打ち砕いた。
突如背後から吹き抜けた一陣の風の先頭に立つその人影はよく見慣れたものだった。まとめられた金髪に強気に切れ上がった目。動きの邪魔にならないよう切り詰められた袖と裾。その手に握られた直刃の双剣。
「来ると思ってたヨ…シャオリー」
アッシュヴィトの言葉にシャオリーは無言で返す。その様子に違和感を覚えた。いつもなら何かしら応じるはずだ。数度剣を交えた程度でシャオリーの人となりを完全に知るわけではないが、アッシュヴィトの記憶する印象ではこの状況で黙殺するような人となりではなかったように思う。
いったい。違和感の正体を探ろうとさらに声をかけようとしたところで気付く。手足が異常に重く感じることに。まるでそれぞれの四肢に成人男性が貼りついているかのような。この感覚は、間違いなく彼女の双剣のもの。しかし以前呪縛を受けた時よりは軽い。あの時は指先ひとつ動かせなかった。なのに今は強烈な重みがあるだけで指先程度ならなんとか動かせる。
手加減をする理由などないはずだ。縛れるのならば完全に縛ってしまえばいい。そこを容赦する理由も道理も意味も存在しない。自分たちは呪縛が発動するまで斬られたことを知覚することさえできなかった。それなのに呪縛そのものは手加減されている。そのことが違和感をさらに強くさせる。
そんなアッシュヴィトの疑問をシャオリーは黙殺する。背後から駆け抜けたそのまま、こちらを振り向こうとすらせず立っている。そのシャオリーの正面に転移魔法で現れた人影。
「ふふ、皆様お初にお目にかかります」
肩紐のない、胸で締め付けるタイプのワンピースの形をした薄茶の簡素なローブ。その肩に上等なビロードの外套を羽織っている。その胸元にはパンデモニウムの刻印がなされていた。
肩甲骨ほどもある茶髪を乱れないように赤のバレッタで留めたパンデモニウムの魔術師は優雅に一礼をした。
「私の名はパンデモニウムがレッター級、ノーラ・クライシスと申します」
今のところ敵意はありません。といっても信じてくださらないでしょうから円滑に話をするため、失礼とは思いますが動きを止めさせていただきました。
そう丁寧な口調で礼儀正しく説明をしたノーラの表情からするに、確かにそのようだった。今のところ敵意はない、と。
「…サツヤ、"キャンセル"は……」
無駄だと知りつつアルフが問う。先程使ったばかりだ。1日1回のそれは日をまたぐまで使えない。それに、仮に使えたとしてもこの展開は変わらない。
以前、猟矢はシャオリーの双剣による呪縛を"キャンセル"した。一度打ち消した運命は再び回ってくる。回ってきた運命は"キャンセル"できない。それがルールだ。
不可能ということを示すために猟矢は首を振る。そこではたと猟矢もアッシュヴィトと同じ違和感を抱いた。四肢は鉛のように重くて動かないのに首を振る程度の動作はできるということに。
「申し訳ありません。円滑に話をするためですので。話の途中で寄ってたかって掴みかかられては私も抵抗できませんので」
なにせこの通り膂力もない少女だ。この人数を相手に大立ち回りを演じるには不利すぎる。
話が終われば呪縛を解く。それを裏切って害することはない。そう約束したノーラは心底申し訳なさそうに眉を下げた。敵対する身ではまともに話をするのも一苦労だ。
「それでは本題に入らせていただきます」




